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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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タダマス、直木三十五に関する映画を35mmフィルムで撮る  "TADA-MASU" Shoot Movie about Sanjugo Naoki by 35mm Film Camera
 いろいろあって、しばらく更新が滞っていた本ブログ『耳の枠はずし』だが、今週末10月26日(土)には、多田雅範と益子博之がナヴィゲートするNYダウンタウンを中心としたコンテンポラリー・シーンの定点観測「タダマス35」が開催されるとなれば、これは何とか重い腰を上げて告知をせねばなるまい。

益子博之×多田雅範=四谷音盤茶会 vol. 35
2019年10月26日(土)  open 18:30/start 19:00
四谷三丁目 綜合藝術茶房喫茶茶会記
ホスト:益子博之・多田雅範
ゲスト:柳沢耕吉(ギター奏者・作曲家・即興演奏家)
参加費:\1,500(1ドリンク付き)

今回は、2019年第3 四半期(7~9月)に入手したニューヨーク ダウンタウン~ブルックリンのジャズを中心とした新譜アルバムをご紹介します。
ゲストには、ギター奏者・作曲家・即興演奏家の柳沢耕吉さんをお迎えすることになりました。2013〜17年のNY在住時にはJazz Galleryのスタッフを務め、Prix Presque Rien(プレスク・リヤン賞)2017で大賞を受賞した柳沢さんは、現在のニューヨークを中心としたシーンの動向をどのように聴くのでしょう。お楽しみに。(益子博之)

タダマス34,35縮小


 続いて、当日プレイされた10作品中、わずか3作品への言及にとどまるが、前回「タダマス34」に関するレヴューを記しておきたい。

タダマス34,35-1Joseph Branciforte & Theo Bleckmann『LP1』((Greyfade Label)
Theo Bleckmann - voice, electronics; Joseph Branciforte - modular synthesizer, Rhodes electric piano, tape loops, processing
 靄の立ち込めた視界の効かなさ。押し殺した吐息。放送終了後のTVの「砂嵐」画面を思わせる粒子の粗さが次第に浮かび上がる。吐息のもたらす身体の輪郭から、魂が抜け出るように声がゆらりと立ち上り、どこまでも希薄に広がる響きと化して、空間の隅々まで浸みわたっていく。ここでTheo Bleckmannは女声としか聴きようのない高域まで繊細に駆使し尽して、まったく輪郭の固さや圧力を感じさせない柔らかな広がりをつくりだしている。電子音の肌理をいささか粗くしているのは、この相互浸透を達成するための周到な仕掛けなのだろう。蒟蒻を煮込む前に、味がよく染みるよう、鍋で丹念に空煎りするような。「母胎回帰」あるいは「羊水感覚」をまんま演出する電子音の仕立て(クラウス・シュルツェ等k七〇年代ジャーマン・ロック)、荒く忙しなくなる吐息のこもった響き(スタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』のボーマン船長)など、いささか既視感が伴いはするのだが。

タダマス34,35-2Rallidae『Turned, and Was』(Gold Bolus Recordings GBR 026)
Angela Morris - tenor saxophone, voice; Dustin Carlson - electric guitar, voice; Scott Colberg - double bass, voice; Nico Dann - drums, voice; Alex Samaras - voice
最初にかけられた「Awake」は曲題とは真逆の、緩やかな眠りへと引き込む子守歌。曲としての良さにまず惹かれるが、それだけではない。遠く近く催眠的に繰り返される歌の一節に対し、演奏は個々の楽器/演奏者のヴォイスであることを脱ぎ捨て、非人格的なテープ・エフェクトの方へと、ずぶずぶと滲み出していく。ガラス片で奏でられたようなギター、遠くのサイレンの如く頭上を通り過ぎていくテナー・サックス。先のJoseph Branciforte & Theo Bleckmannのエレクトロニクスによるアプローチを、あえて器楽アンサンブルで試みることで、より体温の暖かみと肉の厚み、そして柔らかな濁りのある音響がかたちづくられている。希薄に拡散するのではなく、頭から布団をかぶって身を丸める甘やかで胸苦しい内向的な濃密さが感じられる。それでいて、断片の繰り返しへと落ち込んでいくヴォーカルをはじめ、テープ・ミュージックをわざわざ人力で演奏するにような、マニアックなこだわりが感じられるのが興味深い。ここでも「相互浸透」が主題化しているということだろうか。全体としてはポップなロック感覚をたたえているのだが、冒頭でも、最終トラックでもなく、前半の最後に、Joseph Branciforte & Theo Bleckmannに続けて置かれた理由がわかる。益子博之による選曲・配列の巧みさを思わざるを得ない。
 続く「Still Breathing」は「Awake」の重怠い昏さをそのまま受け継ぎながら、眠気の底が抜けて、夢の世界の扉が開いていくような柔らかな光に満ちている。オルタナティヴ~シューゲイズ的なギターの掻き鳴らしがサンドに力強さを与えているが、口笛のようなスキャット・ヴォイスと鼻歌のようなテナー・サックスの絡みは、どこまでもやわらかくこわれやすい希薄さを手放さない。なお、Rallidaeとは鳥の名前(クイナのこと)だという。

タダマス34,35-3Matt Mitchell『Phalanx Ambassadors』(Pi Recordings PI 81)
Matt Mitchell - piano, Mellotron, Prophet-6; Patricia Brennan - vibraphone, marimba; Miles Okazaki - electric & acoustic guitars; Kim Cass - double bass, electric bass; Kate Gentile - drums, percussion
 まずは圧倒的に高密度な演奏に打ちのめされる。先にかけられた「Stretch Goal」は、2016年にアップされたライヴ演奏をYoutubeで観ることができ、そこでは本作の5名に武石務を加えた6人編成が、極端に入り組んだ曲構成の複雑さを、いささかたどたどしくなぞる様を見ることができる。CD用に録音されたトラックはそれよりもはるかに加速され、かつ複数の流れを重ね合わせ、捩じるように撚り合わせた複層的なものとなっている。冒頭からいきなり急速に畳みかけていく動きに対して、途中からそれと引き合うようにだんだんと遅くなっていく逆向きの加速度が加わり、アンサンブルは身をよじるようにして、天井知らずに内圧を高めていく。
 鋭く尖らせた切っ先で細密に刻んでいくピアノとギター、流星雨の如く煌めきながら走り抜けていくマリンバやヴァイブ、超高速でジグザグにステップを踏むベースに比べると、ドラムスのKate Gentileの演奏は、最初、パワフルではあるが、いささか粗いように感じられた。しかし、聴き込めば、彼女のバネの効いた打撃が、この複雑怪奇に入り組んだ演奏に、急坂を駆け下りるような火照った推進力を吹き込んでいることがわかる。「ケイト・ジェンタイルの足腰のしなる柔らかさから繰り出すグルーヴは牽引力以上の触発力まであるようだ」とは、自身のブログで当日の音源を振り返った多田雅範の弁。
 調べるとKate Gentile自身のクワルテットとは、Kate Gentile, Matt Mitchell, Kim Cassとリズム・セクションが丸ごと共通しており、共演を重ねる中でアンサンブル感覚を練り上げてきたことがわかる。ただし、彼女自身のクワルテットの演奏は、さすがにここまで複層的なものではない。
 そそり立つ聖堂の仰ぎ見るステンドグラス群、あるいは岩石標本の色鮮やかな顕微鏡写真を思わせるジャケットのアートワークも、また彼女によるものだというから驚く。拡大すると、様々な写真が万華鏡的に細密に貼り合され、民俗的な文様と組み合わされていることがわかる。それはまるで、長い時間をかけてゆっくりと凝固する花崗岩の内部で、先に結晶化した鉱物の間を縫い、それらをいわば「型枠」として、別の鉱物が自らをかたちづくっていく様を、このアンサンブルの生成原理として、シンボリックに表象したものであるかのように感じられる。





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ライヴ/イヴェント告知 | 23:50:09 | トラックバック(0) | コメント(1)
うねりと濁り 「星形の庭」@下北沢leteライヴ・レヴュー  Swells and Turbidity(Unclearness) Live review for "The Pentagonal Garden" @ lete , Shimo-Kitazawa
1.
 椅子をぴったり詰めて四脚分ほどしかないスペースに、三人の演奏者がどう入るのかと思っていたら、写真の通り、向かって右奥にVOXの小型ギター・アンプ、その左にヴァイオリン、手前にエレクトリック・ギターとディレイとペダル、さらにその左手前にアコーディオンと楽器が置かれ、その傍らに各演奏者用の丸椅子が配されていた。

 ほどなくして演奏者たちが登場し、椅子に腰を下ろす。津田が弓に松脂を塗る音が響く。気がつくと三人は狭い中に膝を突き合わせ、まるで正三角形の炬燵の鍋を囲むように向かい合っていた。
 津田がギター弦に当てた弓を垂直に引き上げる。珍しく太筆による幅と厚みのある線が引かれる。ヴォリューム・ペダルがベタに踏み込まれている。ややフラジオ気味のヴァイオリンがそれに寄り添い、響きを重ね合わせ、微かに揺らがせる。見分け難くひとつになってごうごうと鳴り響く音流の中に、幾つもの筋が浮かんでは消える。倍音がぶつかり合い、眼の前にそそり立つ音の柱とは別の「もうひとつの音」がふと鳴り響いては、また別のところに移り変わる。Tony Conrad『Early Minimalism』を思わせる増幅/濃縮された轟音の只中で、ギター弦と弓が擦れあうか細い金属質のささくれが、微かな音であるはずなのに、ふと聴こえてくる。この「音楽劇場」が永遠に続けばいいのにと夢想するうち、エレクトリックな轟音は次第に逆巻くうねりを抑え、ゆったりと左右に揺れ傾ぐようになり、そこにアコーディオンが加わって曲のイントロを奏でる。いつもより太く厚みのある音が思い切り良く放たれ、オブリガードを奏でるヴァイオリンもまた、それに寄り添うというよりは大胆に身体を預け、体重を乗せていく。弓奏ギターはその傍らでヴィオラ・ダ・ガンバを思わせる補足倍音の多い音を編んでいる。
 演奏は切れ目なく次の曲に移り変わる。ギターの爪弾きによるイントロに、食い入るように荒々しく波頭をもたげたアコーディオンが突っ込み、そのまま覆い被さっていく。いつもは細く絞り込まれ、禁欲的なまでに揺るぎなく水平に保たれる音が、あからさまにうねりを迸らせ、やがてヴァイオリンにバトンを引き継いでいく。

 ここでは、これまでの「星形の庭」とは全く異なるアンサンブルのあり方が示されている。

190817星形の庭縮小
2019年8月17日のステージ配置



2.
 下北沢leteの、水道橋Ftarriはおろか、喫茶茶会記よりも、Permianよりも、「ここから」よりも、Liltよりも間口の狭いちっぽけなステージには、やはり魔法がかかっているのだろうか‥‥。そう思わずにはいられないくらい、昨日8月17日に行われた「星形の庭」のライヴは素晴らしかった。leteでの「星形の庭」ライヴと言えば、前回5月14日(火)のライヴを、このブログで激賞しているから、それも当然のことと思われるかもしれない。だが、それは違う。前回はデュオ編成であり、その演奏/交感の濃密さに打たれた。しかし、今回はトリオ編成による出演であり、その演奏に私はずっと不満と不安を感じていたからである。
 津田貴司のギターと林(佐藤)香織のアコーディオンのデュオによる結成時の「星形の庭」に林享のヴァイオリンが加わったトリオは、当然のことながら、アレンジや演奏の絡みの可能性を豊かにすることが期待される。しかし、私が横浜The CAVEや文京区立森鴎外記念館で聴いた演奏では、ヴァイオリンが本来持っている音色、「鳴ってしまう」響きの豊かさが、あるべき隙間を塗りつぶしてしまっているように感じられた。
 そこで楽器の音は、か細く不安定で脆く壊れやすい物音の段階を脱ぎ捨てて、最初から確かな「楽音」として現れる。その確かさを踏みしめて広げられる響きの翼は、アンサンブルにオーケストラ的な厚みと豊かさをもたらす。だが、その陰で失われてしまうものもある。ひとつ例を挙げるならば、私が「星形の庭」を初めて聴いて、思わず耳が惹き付けられた「ピシピシ、パチパチ‥‥」という囲炉裏の薪が爆ぜるような、しんしんと冷え込む夜中に洗面器の水が凍っていくような、鍵盤を押さえずに開閉されるアコーディオンの蛇腹が立てる微かな物音がそれだ。その音は私にとって「星形の庭」のシンボルと言うべき存在であり、前回、5月14日の演奏で、その音が回帰してきたことを無邪気に喜んでいる。
 私は単に自分が決めつけた古い鋳型を彼/彼女らに押し付けているのだろうか。そうは思わない。というのは、研ぎ澄まされた細く硬いペン先が刻み付ける筆蝕から次第に淡く広がるインクの滲みや、キャンヴァスに擦りつけられたほとんど乾きかけた筆が辛うじて残す掠れが、眼を凝らすうちにタブラ・ラサと思われた無垢なキャンヴァスに潜む凹凸や傷、微かな染みや汚れを浮かび上がらせ、そこに幾つもの不定形の形象を結びながら、さらに身を沈め交感を深めていく‥‥。そうした演奏の次元を有することが、彼/彼女らのかけがえのない特質ととらえているからである。それは「音響」の汲み尽くし難さにより、不可視の「環境」を浮かび上がらせ、それとの即時的な交感を通じて「即興」演奏の軌跡を産み出していく。そこには音を放つこと以前に聴くことの深みがあった。
 対して、そうした細部を有することのない均質な楽音は、前述の次元を持つことができない。メロディの変奏やリズムの変化、テンポやイントネーション、アーティキュレーションの変容といった、通常の楽曲解釈の「閉域」に留まることになる。逆に言うと、聴き手の耳は、「聴くこと」の深みへと、それ以上降りていくことができない。
 完成された古典楽器であるヴァイオリンを迎えた「星形の庭」の演奏に、私の耳は空振りを繰り返した。響きに触れようと伸ばした指先は空を掴み、オーケストラ的な絵柄の全幅を、引いたところから遠巻きに眺めるしかなかった。

190514星形の庭@lete縮小
2019年5月14日のステージ配置



3.
 この日の彼/彼女らのアンサンブルは思い切りの良い厚みをたたえ、勢いのあるうねりを保ち続けていた。それらが濁りや不透明さを招き寄せるのを恐れることなく。
 私が「星形の庭」の演奏に、前述の次元でフォーカスしていたのは、あらかじめ記譜された楽曲の演奏であろうとインプロヴィゼーションであろうと、まずは聴くことに身を沈める彼/彼女らの身体のあり方へのチューニングがあった。そしてもうひとつ、そうしたフォーカシング、微視的な耳の眼差しの接近を、どこまでも受け入れるサウンドの透明度の高さがあった。細く張り詰めた線、希薄な倍音の広がり、いやそれだけでなくもうもうと立ちこめるシューゲイザー的な充満にあってさえ、耳の視線はどこまでも響きに肉迫し、一様に塗りつぶされた音の壁に突き当たり行く手を塞がれることなく、その細部へ、襞の奥へと入り込むことができた。その象徴であり、また指標ともなっていたのが、先に述べたアコーディオンの蛇腹が立てる「ピシピシ、パチパチ‥‥」という微かな物音にほかならない。
 新たに加わったヴァイオリンが、そうした音の壁を持ち込んでしまった後ですら、彼/彼女らは「濁り」を嫌っているように思われた。空間を埋め尽くさぬよう音の懸隔を確保し、さもなくば寸分の狂いなく重ね合わせ、呼吸をゆったりと平らかに保ち、先を急がぬこと。にもかかわらず、「ピシピシ、パチパチ‥‥」は聴こえなくなっていた。

 しかし、この日の演奏は決して「濁り」を回避することなく、むしろ積極的に招き入れ、随所で効果的に活用していた。ヴァイオリンが能う限り細く希薄な音を放ち、それにアコーディオンの響きが寄り添って醸し出す朝もやを思わせる不透明さが、二人の呼吸のズレに促されてゆるゆると動いていく。あるいは思い切りよく立ち上がり、そのままダイヴして他の誰かの音に乗っかり、そのまま体重を預けていくヴァイオリンやアコーディオンの振る舞い。ヴァイオリンの参加による高音域へのシフトとバランスを取るギターの低弦のブンと撓んでうなるような強調。その結果生み出される乱れや歪み、うねりが音の厚みをいや増し、押し寄せ高まる波が交錯し波頭を打ち付けあう。
 別の言い方をすれば、デュオ編成で互いに分かち合う2分の1ずつを、トリオ編成では3分の1ずつに‥‥というような「換算」を彼/彼女らはもはやしていなかった。ヴァイオリンの出音のサイズが小さくならないのであれば、たとえ全体が過剰になろうと、まずはサイズを揃えてしまえばよい、という単純明快な(パンクな?)思い切りがあった。
 もちろん濁りを招き入れたからと言って、決して聴くことが蔑ろにされたわけではない。ここで「聴くこと」は、「耳の眼差し」が見通す透明性の次元から、水底の闇で水の動きを感じるようなより皮膚感覚的かつ全方位的なものへと歩みを進めている。考えてみれば、三人が膝詰めで向かい合う配置は、まさにまずは互いが聴き合うためのものであり、そしてそのように聴き合いながらミックスされたサウンドを、ステージの形をした「サウンド・ボックス(モニターにしてミキサー)」から客席に向け放射するためのものにほかなるまい。

 津田がツイッターやFacebookで引き合いに出していた(そしてこれまで私にはちっともピンと来なかった)Velvet Undergroundも、今ならすっと理解できる。ひとつにはTony Conradと共にLa Monte YoungのEternal Music Theatreに参加していたJohn Caleが持ち込んだ倍音が(近接音程での基音もまた)ぶつかり合うドローンの生成において、もうひとつにはパンク・ムーヴメントに遥かに先駆ける衝動の技術を介さぬダイレクトな発露において。



4.
 トリオ編成による「星形の庭」のことを記していて、なぜかふとTin Hat Trioの名前が頭に浮かんだ。サンフランシスコを拠点として活動する彼/彼女らは、アコースティックな器楽トリオ編成で、ラテン音楽をはじめ民族音楽まで幅広く素材を渉猟し、リズム・セクション無しの三人が自在に役割を取り替えながら「チェンバー・ポップ」などという呼称が野暮に感じられるほど、洗練の極みと言うべき洒脱な演奏を聴かせる。超絶技巧のひけらかしなどまったくなく、演奏マナーは極めてさりげないのだが、それでいて必要にして充分な表現を自由自在に生み出す技量の冴えにほとほと感心させられた。一時はよく聴いていた。最初はなんでそんな名前が急に浮かんできたのか訝しく思ったが、改めて確認してみるとTin Hat Trioもまた男性二人、女性一人によるギター、アコーディオン、ヴァイオリンの編成なのだった(ただし、こちらの紅一点はヴァイオリン奏者のCarla Kihlstedtだが)。ポップな親しみやすさをキープしながら、同一編成においてミュージシャンシップを極限まで発揮した感のあるTin Hat Trioを対極に置くと、今回の(もしかすると今後の)「星形の庭」のあり方が見えてくるような気がする。

  
Tin Hat Trioのアルバム



5.
 正直なところ、期待と不安では後者の方が大きく、それゆえ直前まで観に行くか決めかねていたライヴだったが、これまで記してきた通り、彼らの飛躍的成長を見届ける結果となったのはうれしい限りだ。もちろん大きな変化を迎えているがゆえに、まだ細部には綻びが多い。特にギターがフィンガー・ピッキングによる丸みのある、だが不定形にひしゃげたミュート気味の音色で、そぞろ歩くような三拍子を刻み続ける曲(新曲か?)では、蝋燭の揺らぐ炎のように伸び縮みする間合いを踏まえながら、水平にまっすぐたなびくアコーディオンのコード弾きとそれに斜めに交わっていくヴァイオリンのオブリガートが推進力を生み出していかなければならないが、長くは続かない。だが、それはむしろ「伸びしろ」の大きさを物語るものだろう。
 個人的なリクエストとしては、冒頭に記したTony Conrad『Early Minimalism』を思わせる部分を、トリオ全員の演奏に拡張し45分間やってもらいたいところだが、実現は難しいだろうか。

 これはまったくの余談だが、ライヴ前の夕食をleteの近くのタイ料理屋で取ったのだが、ソムタム(青パパイヤのサラダ)がとりわけおいしかった。この料理を初めて食べたのは、マレーシアの北部でタイ国境に近いコタバルの屋台なのだが、その後、国内で何度食べてもずっとピンと来なかった。細切りにした青パパイヤの固めの歯触り、歯応えとともに、辛味と酸味が立ち上がりよく鼻に抜け、ナンプラーや小エビを発酵させた蛯醤の混じり合った濁りのある重たい旨味が甘みを携えて舌の中央から根元にガツンと来る。内側から怖々と輪郭をなぞるのではない、手早く思い切りの良い調理ならではの見事な出来。店の雰囲気も常連が多そうであるにもかかわらず、私のような一見客にもとっても気のおけない感じで良かった。大層元気な女性店主によれば、leteのライヴ客もよく来るという。水道橋Ftarriの讃岐うどん(笑)ではないが、ライヴ演奏といっしょに食事も楽しみにできるというのは何とも幸せなことだ。

ティッチャイ縮小
http://tit-chai.com/


2019年8月17日(土) 下北沢lete
星形の庭(林享violin, 林香織accordion, 津田貴司electric guitar)

※当日のライヴからの抜粋録音を次のURLで聴くことができます。
https://soundcloud.com/tsuda-takashi/live-at-late-2019817





ライヴ/イヴェント・レヴュー | 00:09:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
タダマス、レイ・チャールズと「3/4拍子」を歌う  "TADA-MASU" Sings "Three-Four Time" with Ray Charles
 益子博之と多田雅範がナヴィゲートするNYダウンタウン・シーンを中心とした同時代音楽の定点観測「四谷音盤茶会(通称:タダマス)」が34回目を迎える。

益子博之×多田雅範=四谷音盤茶会 vol. 34
2019年7月27日(土) open 18:30/start 19:00/end 22:00(予定)

ホスト:益子博之・多田雅範
ゲスト:北田 学(クラリネット奏者・作曲家・即興演奏家)
今回は、2019年第2 四半期(4~6月)に入手したニューヨーク ダウンタウン~ブルックリンのジャズを中心とした新譜アルバムをご紹介します。
ゲストには、クラリネット奏者・作曲家・即興演奏家の北田 学さんをお迎えすることになりました。北米やヨーロッパを旅しながら多彩な音楽家たちと共演を重ねてきた北田さんは、現在のニューヨークを中心としたシーンの動向をどのように聴くのでしょう。お楽しみに。(益子博之)
タダマス34フライヤ縮小


 「タダマス」は年4回、1・4・7・10月の定期開催で、7月の回には、その直前の6月に毎年益子が定点観測に出かけるNYの、見てきたばかりの新鮮な現地ネタが話題となる。

 相方の多田が自身のブログで書いている。

四谷音盤茶会、タダマスのリーダー、益子博之がいまニューヨーク定点観測に行っている、歯ぎしりするようなミュージシャンとの交流画像を送ってきているが、わたしだって蓮見令麻やポールモチアンと時空をこえた交流をしてるんだ、ゆうべだってジョーマネリのダーベンザップルを聴いたぜ、
ニューヨーク定点観測の成果は、7月のタダマス34で聞くことができるだろう、いつも言うことだが益子博之のすごいところは1000人を超えるミュージシャンとのつながりと、その音楽の評価はリンクしていない、という真っ当な、批評家として当然といえば当然なのだろう、アンテナの信頼度だ、

 その多田が前回「タダマス33」を終えてすぐ、次のように振り返っている。

9. RJ Miller Trio (Apohadion Records)
track 1: Side One (RJ Miller) 19:51
Dave Noyes - trombone, bells, keyboards, synthesizer; Pat Corrigan - timpani, vibraphone, amplified birdcage, toys, junk; RJ Miller - drums, samples, keyboards, bells.
recorded by Caleb Mulkerin at The Apohadion Theater, Portland. ©2018
ミラーの前作は理解するのに時間がかかったことを告白しよう、
菊地雅章からのスタジオメールにはタイションとミラーの名が早くからあって、わたしはタイションもミラーも知らなかった、タイションはCDが出ていたので聴いてみたが当時はよくわからなかった、
それからだいたい15年が過ぎたのだ、その間に菊地雅章はいなくなり、タイションとミラーの才能の大きさにおののきはじめているのだ、

 私にとって「タダマス34」のハイライトは、この『RJ Miller Trio』だった。LPジャケットや封入されたシートに用いられた岡田敏宏の写真もまた強烈だった。以下に拙レヴューから引用する。
タダマス33-4再縮小 タダマス33-5再縮小

 『RJ Miller Trio』もまた濃密な音群を操作する。電子音による黒く厚い雲のたなびき、その只中から浮かんでは消える細部の不安定な移ろい、シーケンサーのベース・リズム、呼吸音のコラージュ、パチパチと爆ぜる針音、ドラム・ストローク、ディレイを深くかけられたエレクトリック・ピアノの強迫的自己反復‥‥。音群の多様な移り変わりにもかかわらず、全体を覆う黒々とした濃度/密度は切断を許さない。すべての作業はそこから逃れることのできない強力な重力圏の下で行われ、外へと放出される音響はすべて深い淵から届けられる呻き声のようだ。
 『RJ Miller Trio』とRafiq Bhatia『Breaking English』の大きな違いは、確定した最適解あるいは一般解を差し出す後者に対し、前者はどこまでも手探りで揺らぎブレ続けることにある。どちらがより深く掘り進んでいるかと言えば前者だろう。にもかかわらず、後者と異なり、前者は一向に底にたどり着く気配を見せない。暗闇の中、盲いて掘り進む前方におぼろげに光景が浮かび、視界が開けたかと懸命に掘り進むと、いつの間にか景色は消え失せ、また別のところにふと浮かび上がり、そこに向けて必死で掘り進むと‥‥以下繰り返し。そう、ここで「景色」の在りようは「地」となる音響平面へのスーパーインポーズではなく、厚い雲の切れ目から、束の間、下界の様子が垣間見える‥‥といった感覚である。覆いが取られ、幕がめくられて、中身が明らかとなる。
 「タダマス33」当日のやりとりの中で、ホストの多田から突然コメントを求められた際に「都市のフィールドレコーディングみたいに聴こえる」と思わず答えたのは、こうした異なる細部が、望遠鏡を向けたように次々と切り取られて浮かんでくるにもかかわらず、全体像が一向に明らかにならない事態をとらえてのことだった。当日は説明が足りず、伝わらなかったかもしれないので、ここでは補足しておきたい。暗い混沌の中から闇が晴れ情景が浮かび上がる様はGilles Aubryによるカイロの市街のフィールドレコーディングを、異なる断片が次々に浮かぶ構成は同様にChristina Kubischによるカメルーンのサウンド・スナップショットを、耳の視界すべてが切り替わるのではなく、その一部が望遠鏡の視界で切り取られたように推移し、焦点が合わされた箇所の物音が拡大されて現れる様は、Lucio Capeceがボール紙製のチューブとマイクロフォンを気球に仕掛けたフィールドレコーディングを、それぞれ連想させたのだった。
「災厄の街、不穏な眼差し 「タダマス33」レヴュー」より抜粋
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-464.html
タダマス33-6縮小


 前々回の「タダマス33」は1月に開催され、恒例の前年のベスト10が披露された。そこでダントツの1位として称揚されたのがTyshawn Soreyの大作『Pillars』だった。

 多田はこの作品について、次のように書いている。

1. Tyshawn Sorey
Pillars (Firehouse 12 Records FH12-01-02-028)
タダマスで年間ベストを発表するのは8回目、タイションが1位、4位、そして今年また1位、、
タイションが突出した1位で、群を抜いていた、あとは順不同でもいいくらい、
3CD+2LPをほぼフルスペックという時間が先立ってある、全体像といったものはない、
そこは、聴取が記憶として構造化されることを拒絶する「純粋経験」と言えるかもしれない、
スルドイ論点ですね、そういえば月光茶房の原田さんが、あれはすごいんだけど、あとから思い返しても憶えられない演奏、とか言ってた、
なんであんなユルんだ現代音楽みたいな作品を1位に挙げるんだと批判されて、現代音楽に似てるのあるの?と問うと、ジョン・ケージの龍安寺かなと言われて、聴くも全然OSが異なる演奏で、海外のレビューでも現代音楽作曲家の名前を並べて賞賛するものもあったけれど、言うことに事欠いての印象だった、
昨年末から、底が抜けた感覚というか、しばらくジャズ聴けなくなってしまった、ゴルフ場の駐車場でボーっとしてても『ピラーズ』の中に居るような、あれは演奏のやり取りではなくて、磁場なんじゃないか、東スポじゃないが、菊地雅章は生きている!と言いたい衝動に駆られる、
菊地雅章のスタジオにモーガンやニューフェルドやタイションやRJミラーなんかが来ていて、タイションは演奏にインできなくて叩けなくてショックで何日か顔を出せなくなっていたというエピソード、ニューヨークのスタジオからメールをもらった当時のオレはタイションもミラーもまったく気にしてないリスナーだったから(ミラーは名前すら知らなかった)、まあそういう若手はいるだろうなあという印象しかもっていなかったけれど、その後にどんどん判明してゆくのだ、菊地雅章に触れた、菊地雅章の地平を知ってしまったミュージシャンたちというのは、モーガンやニューフェルドやタイションばかりではく、ミラーも、ハスミレマもそうだ、キタミアキコもそうだ、なんか、アートの次元でどこか枠が外れているんだと、思う、
それはきっと東京ブルーノートで菊地雅章TPTトリオを体験して、身体が冷たくなって動けなくなってから、ずっとそうだった、

 先に『RJ Miller Trio』に関して掲げたのと全く同じ、今は亡き菊地雅章を巡るエピソードだが、「これまでタダマスで何度も話したけど」と多田自身語る通り、繰り返し繰り返し披露されている。ということは、つまり、多田が菊地本人から聞いた「予言」が、その後、一歩また一歩と着実に実現していることを、「タダマス」が繰り返し繰り返し目撃しているからにほかならない。そのような場は、この国には「タダマス」の外にはどこにもない。


 多田は自身のブログの別の回で、私の「タダマス」評を引いて、「福島恵一さんのレビューにちゃんと応じられないままでいる、」と述べている。

ジャズが果敢に自らを更新することにより生き延び、「ジャズとは似ても似つかない新たな『ジャズ』」へと変貌を遂げていくとしたら、そこで途切れなく持続している「ジャズなるもの」、あるいは「ジャズの創造性」とは、ジャズ固有のフレージングやスタイルでも、サクソフォンのヴォイスでも、ブラックネスでもなく、こうしたリアルタイムの飛行感覚ではないか‥‥、私はそう考えている(だから「ジャズの新たな章」とは、いつまでたっても自己を更新できない旧来のジャズの、延命のためにだらだらと書き継がれ続ける「続編」でしかないとも)。
想定外の事態 ― 「タダマス30」レヴュー
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-454.html

 しかし、そう言いながら彼は独り語りを始め、さらに深く潜っていく。

菊地雅章に接触したミュージシャンたち、というくくりを意識してはいないわけだが、今年に入って自分の中で突出している新譜はRJミラーとハスミレマだけだったりすると、なんだよおまえかよ、というみたい浮上してくる、というか、さ、
メルドーやエスペランサ、マークジュリアナの新譜を聴いたが、ザミュージックになっているんだな、楽器奏者が描くワンワールドというやつ、それもうポップス、で、元をたどればパットメセニーやフリゼールがそういう歩みの先鞭をつけてたんだわ、演りたいことを実現しているんだから許してきたんだが、で、奏者としてジャズやれよな、メセニー~ジムホール交感即興では爺さんの圧勝だったしさ、
タダマス現代ジャズを特徴付けるレイヤー構造の流動体について、浮遊感とも、飛行感覚とも、で、わたしたちリスナーはプレイヤーであることでも聴取していて、瞬間瞬間の立ち振る舞いや意図や逃げや耳の目配せなんか、手を取るようにわかってしまうわけだ、もうジジイだからさ、
ジジイでも、時にゾゾケが立つわけよ、瞬間的な理解が宙吊りになるって言うの?、定型・定型ズラシと進む将棋の駒の定石の安堵感をすり抜けるように「なにそれ!」「いま、何言った?もういっぺん言ってみろ!」と、霊が見えて後頭部の髪がうにゃにゃとあれは本当に髪の毛が逆立つ現象なのだが、
と、書きかけてみても自己への問いにはなっていない、

 繰り返し巡る思い出話は、個々の作品に対する記憶/評価へと移行し、さらにそれをとらえる自己の感覚/認識へと向かい、自問自答繰り返しながら先へ先へと歩みを進めるが、しかし、それは思いがけず中途で「書きかけてみても自己への問いにはなっていない、」と残酷なまでに無造作に断ち切られる。改行により読みやすくされてはいるが、読点のみで区切られ、句点なしにどこまでも連ねられた各節は、地に足を着けることなく、「リアルタイムの飛行感覚」にすべてを委ねながら、不安定/不確定な浮遊状態を保ち続ける。

 高強度の音空間に触発され、尖った耳の視線が交錯する中から、このような言葉が連ねられ、思考が紡がれる場も、やはりこの国には「タダマス」の外、どこにもあるまい。




ライヴ/イヴェント告知 | 23:17:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
待つこととヒョウタン ― 宮本隆司『いまだ見えざるところ』展レヴュー  Wating and A Gourd ― Review for Ryuji Miyamoto Photo Exhibition "Invisible Land"
 宮本隆司による写真展『いまだ見えざるところ』を東京都写真美術館で観ることが出来た。そのことについて記しておきたい。

1.軍艦島(端島)1954〜56
 同じ東京都写真美術館で開催されている『場所をめぐる4つの物語』で観た奈良原一高『人間の土地』より抜粋された軍艦島(端島)の写真についてから、まずは始めることとしたい。作品自体に漲る強度もさることながら、何よりも宮本の作品を体験するのに格好の比較対称軸を与えてくれたからだ。

 1954年から56年に撮られたモノクロ写真だが、高い解像度と精度は、写真家の凝視の揺るぎない強さをひしひしと感じさせる。くっきりした明暗の対比がかたちづくる造形美。フォーカスではなく構図によってもたらされる空間の深さ。型押しされ、あるいは彫り刻まれたような建築物の輪郭線の強さと、たちこめる靄、荒波が跳ね上げる水しぶき、風雨に苛まれ荒れたコンクリート面のノイジーな感触の対比。逆光に陽炎のように浮かび上がる不安定な人のシルエット。
 鉄筋コンクリート建築の堅牢極まりないアパート群が、様々な視点からとらえられ、マッスの持つ巨大な質量を明らかにする。アパートを背景にしてとらえられた人物は、風景の作動させている造形的凝集力にまったく太刀打ちできず、その一部へと弱々しく呑み込まれてしまう。特に棟と棟の挟間に開けた空間を、ほとんど真上から見下ろした構図は卓抜だ。黒々とした建物の稜線の鋭さや垂直であるべき面の傾きが、強力な遠近法で視界を歪め、その底に沈む人の形を不確かな染みのようなものへと変容させてしまう。
 居住者がとらえられた写真は決して多くはない。それらでは決まって一人か、せいぜいが少人数で、皆弱々しく不安げで何かに怯えているようであり、決してこの土地の「主」などではなく、間違って迷い込んだか、あるいは「主」の眼を盗んで徘徊している侵入者のように見える(そこにはスクワッターたちが巡らせる反逆の眼差しはない)。もちろん、「海を見る少年」のように強い存在感を放つ人物像がないわけではない。しかし、それも風景の欠かせない一部へと造形され、画面に平坦に組み込まれてしまう。
 炭坑労働者たち撮った写真があるではないかと反論されるかもしれない。確かにそこで彼らは時に群像ととらえられ、他の写真における人物とは比べ物にならない存在感を放っている。しかし、炭塵で黒く汚れた顔はフェイス・ペインティングを施したようであり、やはりそそり立つ建築物の「主」には到底見えない。まるで「主」の下で作業に勤しむ「ハタラキアリ」であるかのように感じられてしまうのだ。

 荒海へと出航する一隻の巨大戦艦、あるいはあらぶる自然に深々と打ち込まれたくさびとしての土地は、それゆえ風雨波浪による苛烈な侵食作用に日々さらされ続ける。そこにはすでに、このそそり立つマッス群をかたちづくった「主」の姿はなく、何かに怯えるちっぽけな侵入者たちと「主」の不在を知らぬかのように黙々と作業を続ける「ハタラキアリ」がいるばかり。これを廃墟と呼ばずしてなんと言おう。

 しかし、これは史実に反する。石炭採掘の再前線基地としての端島は1960年頃にピークを迎える。これらの写真が撮影された1954年から56年は、まさに絶頂に登り詰めようという勢いの最も盛んだった時期に当たる。当時としては最先端の設備を備えた鉄筋コンクリート造のアパート群は国民の羨望の的であり、日本一のみならず世界一の人口密度を達成する人口を日本中から呼び寄せることとなった。彼/彼女らは決して単なる国策に殉じた「労働機械」などではなく、共に暮らし、祭りを祝い、空前の繁栄を謳歌していた。
 その後の「石炭から石油へ」というエネルギー政策の転換により、栄華を極めた国内石炭産業は斜陽化し、端島も閉山の憂き目を見ることになる。その後の端島は、(敗戦国の)「軍艦島」という名にふさわしく、まさに絵に描いたような廃墟としての姿をさらしていくだろう。それを知っている私達にとって、奈良原の視線は繁栄の只中にあって、その後の衰退と廃墟化、その底流に流れる巨大な「機械」による人間の疎外を優秀な猟犬のように嗅ぎ当て、さらには映像として幻視していたのだと、その預言者性を誉め称えることもできる。

 しかし‥‥と思わずにはいられない。映像として素晴らしい強度を放ち、また、幻視として驚くほど正確極まりないものであったとはいえ、これらの写真は、風景を見ることが本来持っている広がりを、あまりにも極端に方向付け、限定しているのではないか。
 端島は暗い空と海の間に突如として出現した、建築物や道路や岸壁や作業機械といった人工的構築物の、一層暗く巨大な集積として提示される。人はその隙間を不安げに徘徊するか、地下空間で苦役に従事するのみで、そこに「生活」などないかのようだ。
 そうした殺伐荒涼とした土地の姿は、画面に映し出された事態以上に、強迫的な構図により高密度に圧縮された視界の中で、鋳直され、焼き付けられ、型押しされ、彫り刻まれた鋭く重い線、ざらざらと凍てついた面、極端に強調されるか均一に平坦化された明暗により、ディストピックな廃墟イメージとして一挙に投げ与えられる。それ以外のことを思い浮かべる隙など与えることなく。

 そんな考えを巡らしながら、私は東京都写真美術館の階段を3階から2階へと降りていった。「廃墟写真家」として知られる宮本隆司による展示『いまだ見えざるところ』を見るために。


2.ロー・マンタン1996
 展示室に入ると、急に明るくなったように感じられた。珍しくホワイト・キューブではなく、明るいオレンジ色に塗られた壁面のせいもあったかもしれない。しかし、それ以上に、展示された作品のモノクロの画面が、不思議な風通しの良さ、明るさと軽やかさに満たされていることが大きかった。
 写真はネパールの奥地ムスタンに位置するロー・マンタンの街を写したものだった。画面のほとんどを丸石と高い土壁が占める構図にもかかわらず、そこに強迫的な圧迫感や息苦しさはなかった。そびえ立つ建築を仰ぎ見る時にも、壁や建物が一体となって空を切り取る時も、極端に奥行きが強調されるわけではなかった。また、画面が壁の落とす影で二つに分割される時も、あるいは両側に高く並んだ壁に光を遮られ間の部分が影に沈む時も、明暗が過度に際立たせられることはなかった。
 数人の人影が画面の下の方に写し出されていることがある。それらは画面のほんの一部に過ぎなかったが、壁や石と同様、かけがえのない細部であり、明暗や構図に埋没してしまうことはなかった。だからといって人物の姿が大きく映し出されたり、生活の一場面がとらえられることもなかった。

 ここで作品は「これをこう見ろ」と押し付けてこない。見る者の眼球に強迫的なイメージを挿し込もうとしない。画面は穏やかで静かな持続に満ちており、見る者の視線を自由に歩き回らせる。ここで視覚体験は邂逅の瞬間に訪れるのではなく(一瞬の閃光と共に刻まれる軍艦島の光景と比べてみること)、そうした遊歩とともに時間をかけて浸透してくる。眼をさまよわせるうちに、壁面の明るさが空に満ちる風と光を映していることが浮かび、それとともに石造りの建築物の静謐なマッス感が肌に沁みてくる。そうしたごくごく短い時間経過は、決して物語やメッセージを紡ぐのではなく、空間の奥行きや広がり、事物の間に走る無数の関係の線、光の多方向への反射と浸透(包囲光)、空気の流れや温度感を、順次触れていくように、足下から満ちてくるように伝えてくる。これは語本来の意味での「アンビエント」な聴取体験に似ている。
 ムスタンについて調べると、どこまでも青く抜けた空とチベット風の原色に眼を射られた。例のオレンジ色は城壁の色だった。赭(そほ)という伝統色だという。放射される色彩に手前で阻まれ遮られて、視線が奥まで入り込めない。波立つ海面が陽光を反射して水底を見せないように。底にガラス板をはめた箱を水中に挿し込むと、まぶしさが消えて透き通り、水底の様子が間近に浮かぶ。ここでモノクロームであることは、そのような働きを担っている。


3.東方の市1984〜92、建築の黙示録1990
 次のスペースに移ると画面は黒みを増し、乾いた明るさに湿度を帯びた暗さが取って代わる。台湾、中国、タイ、ヴェトナム、沖縄等の東南アジアのバザールを撮影した作品群は、先ほどより作品のサイズが小さくなる代わりに解像度が増し、より稠密な描写となる。
 結果として題材も描法も言わば『ブレードランナー』的な廃墟イメージに近づくが、その枠にはまることはない。画面は時に迷宮的な乱雑さをたたえながら、視線を奥に引き込んで捕えることをしない。生活の場面を眼差しながら、それ以上踏み込まない。
 スナップショット的な軽やかさだけに走らないのは、凝視のもたらすかっちりとした構図ともうひとつ。人物像の不可思議なブレによる。ブレることなく収められた人物もあれば、ブレが嵩じて消え入りそうになっているものまである。シャッタースピードが遅いのだろうか。だがなぜ。
 事後に催された宮本自身によるギャラリー・トークの中で謎が明かされた。植民地時代の建築の研究者と共に各地を回り、建築写真用にアオリが撮れる(建築物の垂直線・水平線を直交するように撮影できる)写真機を用いたため、露光に1〜2秒を要したという。長時間露光により、都市の街頭から雑踏や交通混雑を消し去り、不動の建築だけを撮影した写真を見たことがあるが、あのようなプレゼンテーション技法だけに走ったものではない。氷結した像により瞬間を記録するのではなく、僅かな時間の推移を導入すること。それは瞬間の切片の集積としてはとらえ難い運動の存在を明らかにし、なおかつ曖昧なブレや不定形の変容として画面に導入する。もちろんこれを活かすには、すなわち写真全体がブレの集積に還元されてしまわないためには、画面の堅固な構築が必要となる。

 『建築の黙示録』は中野刑務所をはじめ、解体中の建物を撮影した連作で、続く宮本の代表作として知られる『九龍城砦』と共に、彼の「廃墟写真家」としてのイメージをかたちづくった作品である。ここでは今回の会場となった東京都写真美術館にちなみ、「サッポロビール恵比寿工場」からの抜粋が一部展示された(同工場跡地の再開発によって生み出されたのが、美術館のある恵比寿ガーデンプレイスにほかならない)。
 ここでも通り一遍の廃墟イメージとは異なり、画面は不思議な明るさと軽やかさに満ちている。都市の廃棄物や残骸の集積といったダーク・イメージを強調された明暗の対比でシンボライズするのではなく、フラットな画面が細部の様々な関係性を無数に浮かび上がらせる。寄せ集められたコンクリート柱が多方向へヴェクトルを散乱させる様、歪んだ金属板の見せる多彩な反射の表情。「かつてここに○○があったのだ」と栄華衰退の運命論を投影して、そこには写っていない「かつてあったはずのもの」へと思いを誘導し、見ていないものを見たかのように錯覚させてしまう、廃墟へと収斂する神話的な物語性は、ここで注意深く取り除かれている。そうではなく、質感をフラットにし、アブストラクトな造形性を浮かび上がらせることで、「いまここにあるもの、起こっていること」を注視する。その注視が露わにする多方向への発散力が、「廃墟」という見る側の先入観、視覚にはめてしまう枠組みを静かに侵食していく。


4.九龍城砦
 ここで先に進む前に、今回の展示には採りあげられていない、宮本の「廃墟写真家」としてのイメージを決定づけた(と言うより、メディアがそのような言説を撒き散らす元となった)『九龍城砦』を一瞥しておきたい。初出であるペヨトル工房版(1988年)よりも収録作品数の多い平凡社版(1997年)からまず見ていくことにしょう。
 英国統治下の香港に残る「清朝」と言うべき魔窟。違法建築と犯罪の巣。ガン細胞のように増殖・隆起したスラム。1990年代に、言わばリアル『ブレードランナー』的廃墟として盛んに喧伝されたイメージとは裏腹に、1960年代半ばから犯罪浄化が進み、また同じ頃からコンクリートによる増築が始まって居住者は増え続け、1982年には4万人に達する。そして宮本が写真撮影を開始した1987年は、香港政庁によってその取り壊し計画が発表された年である。以降、人口は減り続け、1991〜93年にかけて段階的に立ち退きが行われ、その後僅か10か月で解体が完了し、1995年には跡地に整備された公園が完成を見る。これらは本書に収録された大橋健一による解説に述べられていることである。
 収録した写真を見ても、上空からの俯瞰が明らかにする異常な(当然違法な)極度の密集にたじろがされるものの、1987年に撮影された写真にもすでに、登校中だろうか、九龍城砦の看板群が覆い被さるすぐ前の道路(通りの反対側ではなく)を歩く小学生の姿がある。また、足下に開いた店やベランダに干された洗濯物の列など、生活感の漂う外観をとらえた写真も見られる。毛細血管のように張り巡らされた電線や水道管のチューブ類には驚かされるが、剥き出しに盛られた米やコンクリートの床の上でさばかれる豚等は中華市場には当たり前の光景であり、工場や食堂、食料品店、数多くの診療所等は、そこが何よりも生活の場であることを明らかにしている。写真は総じて暗いが、決して明暗を強調したものではなく、まだ明けきらぬ薄暗さの中におぼろに浮かぶ風景のようであり、闇は黒一色に染め上げられることなく、むしろ薄墨色に漂っている。暗さに眼が慣れるまで待ち続けたところにようやく浮かび上がる像。建物内は実際に暗いのだろうが、屋外での撮影も屋内と光の差異を際立たせないようにしている点で、ここですでに、世界を唯一の視線で染め上げ特定の一面のみを切り取って限定的に示すのではなく、そこに縦横に走る多様な関係の線を抑圧することなく浮かび上がらせる、フラットな視点を彼が選んでいることがわかる。
 
 ここでペヨトル工房版(1988年)に眼を移すと、明暗が極端に強調されていることがわかる。上空からの俯瞰は細部の定かでないごちゃごちゃとした集積が、禍々しい影の中で息を潜めており、周囲をトリミングされ外縁が見えないために、窒息するような閉塞感をもたらしている。壁面から騒々しく突き出した看板群をとらえた一枚でも、明部はほとんど飛んでしまい、対する暗部の得体の知れない深さが強調される。
 1987年撮影の写真に限定しても、収録点数は平凡社版に比べて半分以下とずっと少ないにせよ、人物がはっきりと写っている写真は2点のみであり(平凡社版では20点近く)、生活がとらえられている写真は皆無である。店先に群がる買い物客や店内の人物、明らかに稼働中の工場内等は、本書にはまったく登場しない。
 前述の豚をさばく場面は本書にも収録されているが、異なる写真が選ばれており、中華包丁を手にしゃがんだ男性が内臓の除去等の作業をしている写真(平凡社版)に対し、逆光の中で粗くぶれたシルエットが豚の四肢を持って床を引きずるという、殺人現場を彷彿とさせる刹那的な写真(ペヨトル工房版)に差し替えられている。これでは生活をとらえたとは言えまい。

 両者の差異は、端的に言えば明暗の強調により禍々しさを強調したペヨトル工房版に対し、強調なしにフラットにとらえた平凡社版という画調の違いということになるのだが、決してそれだけではないことを改めて確認しておきたい。
 ペヨトル工房版の明暗の強調、それに伴うアレやブレの前景化は、刹那的なセンセーショナリズムとして現れている。暗闇の中で、曲がり角の向こう側に腕だけを伸ばし、ノー・ファインダーで撮影して一目散に退散したかのような「一瞥」にすら至らない瞬間。それは見られないもの、見てはいけないものを一瞬垣間見る興奮を掻き立てる。対して平凡社版では、前述のように暗がりに身を潜め、暗さに目が慣れて闇に沈んでいたものが浮かび上がるまで待ち続け、シャッターが押されている。そこに浮かび上がり、写真に写し取られるのは、物の像だけでなく、生活の痕跡であり、歴史の積層であり、その他様々な関係の線にほかならない。それは凝視により、さらに多くを見極めながら、なお、いまだ見えざる部分について思いを巡らす視線にほかなるまい。


5.シマというところ
 今回の展示の目玉と言うべきが、宮本の両親の出身地である徳之島を題材にした、この「シマというところ」である。展示スペースに入ると大きなモニター画面に映し出される、刻々と移り変わるサトウキビの草むらの情景に出迎えられる。動画ではなくスティル写真をスライドショー形式で見せているのだという。しばらく前に立って眺めていたが、画面が切り替わるたびに少しずつ草の葉が位置関係を変えているのはわかるものの、この変化が何を意味しているのか、宮本の視線が何をとらえ映し出そうとしたのか、正直よくわからなかった。前述のギャラリー・トークで彼は「これは台風が去った後で、だから草がみんな横に寝てしまっている。まだ、かなり風が強かった」と語るのを聞いて、ようやく青々と繁るサトウキビがみんな横倒しになって、窮屈そうに重なり合っているわけがわかった。「風」という時に思い浮かべる強さが、徳之島と東京ではまったく違うのだろう。

 ここで「シマ」とは「島」ではなく、小さな共同体のことであると宮本は言う(ギャラリー・トークでは、ムラ、集落であるとも)。「共同体」というと人と人との関係性であり、そこに生まれる様々な伝統的しきたりや掟を指すように思われるが、徳之島にあってはそれ以上に人々を取り巻く自然/環境との関係であるだろう。南島の豊かにして過酷な自然は、それと全面的に対決するのではなく、何とか折り合いをつけ共存していくことでしか、生活を続けていくことを許さない。そのために人々は連帯して助け合う必要があり、自然との関係で守らなければならない決まりがある。こうした条件の下では、「共同体」は濃密な関係を周囲の環境と結ばざるを得ず、その結果として、環境を共同体の「外部」へと排除できず、霜降り状に相互浸透した部分を抱え込まざるを得まい。すなわち、ここで「シマ」とは、空間や気候、地質といった風土を含むものとならざるを得ない。

 集落ごとに分けられ、人物の全身像を中心とした作品が展示されている。ちょっと澄ましてカメラを見詰めるポートレートにも、服装や持ち物がさりげなく生活の中に息づく民俗を伝える。籠を背負った老婆の持つ細い棒は、杖ではなく、ハブを追い払うためのものなのだと、宮本がギャラリー・トークで説明してくれた。南国らしい色鮮やかさに溢れたカラーの画面は、アブストラクトな造形性へと視線を収斂させることなく、画面のあちらこちらへと突き動かし、さまよわせる。チベットの民族衣装のように、原色の布を幾つも腰から垂らした男性は、祭りの際に家々を巡って、そこでもらうタオルをベルトに挿しているのだという。
 そうした「揺らぎ」は至るところに見られる。人物のポートレート群と並んで浜辺での祭りの寄り合いの様子が掲出され、さらにその横には風葬の果てに剥き出しで転がる人の頭蓋骨をとらえた写真が並べられる。また、他方では人物のポートレート群と、その集落の浜辺で産卵するウミガメの写真が並べられる。ネット上で本展示について、とりわけこの「シマというところ」のセクションについて、混乱を極めており、共同体民俗調査として使えないと否定する評価を見たが、それは当然だろう。共同体民俗調査とか、自然環境保存のための記録とか、「個人史」的な探求とか、そうしたある一定の平面に収斂し得ない、フォーカスが収まり切らないことを当然の前提として、「シマ」の撮影や展示のための作品選定は行われたに違いないからだ。ここでもまた、1枚の写真の外側に広がる時間と空間、写真と写真の間に走る無数の関係の線がイメージされていたに相違あるまい。それゆえ各作品は何気なくフラットに撮られているように見える。しかし、その一方で、視線を限定するところまでは踏み込まず、かと言って関係性が希薄化するほどは遠のかず、微妙な距離感で作品が撮影されていることも確かだ。
 実はここにひとつ仕掛けが施されていて、ほとんどの写真は2010年から18年に撮影されているのだが、3点だけ1968年に撮影された宮本の祖父や家族のポートレートが紛れ込んでいる。展示を見ている限り、そのことはわからなかった。まだ学生時代に撮影されたその3枚が原点、ルーツ、写真家としての原風景であり、そこからの発展/展開として他の作品がある‥‥というようには展示されていなかった。それはその通りだろう。そうした始点や終点、つまりは全体を吊り支える収斂点を持たないことが、この展示の眼目であるだろう。

 このセクションのシンボリックな存在として、垂れ幕大に拡大されたソテツの新芽の写真に触れておきたい。この写真を見て、カール・ブロースフェルトを思わない者はいないだろう。しかし、その外面的な類似は、実のところ相反する視線の下に生み出されている。
 ブロースフェルトはもともと彫刻家であり、造形を教える授業の素材として、植物の一部分の拡大撮影を行った。時に花弁をむしられるなど、本来の外見を加工され、言わば隠された本質を剥き出しにすることが求められ、撮影もまた、成長変容を続ける生物の特定の一瞬をとらえたものとしてではなく、まるでブロンズか何かでかたちづくられたような永遠不変の幾何学的造形としてフィルムに定着された。輪郭や細部を際立たせるため、当然モノクロである。
 対して宮本はカラーで撮影しており、輪を積み上げたような造形に加え、基調を成す緑に肉を思わせる赤みが混じっているため、植物でありながら、何かの幼虫か環形動物、あるいはより大きな動物の触手か感覚器官、生殖器にも似て、今にも身をくねらせて動き出しそうに見える。均整の取れた造形美を突き破る若く瑞々しい生命力。本作品は彼がプロデュースした徳之島アートプロジェクトのために撮影され、垂れ幕大に拡大してプリントされ、開催期間中、屋外に展示されたという。そのため作品は南国の強い日光や風雨にさらされ、退色し、汚れ、様々に変容してしまった。ソテツが南島の生活にとって持つ様々な複雑な意味合いはさて措くとして、宮本が新芽という成長の早い段階、すなわち素早い移り変わりの一瞬をとらえ、さらにこれを屋外に展示し、改めて異なる変容のプロセスの中に置いたことに注目したい。まさにこれは、瞬間の造形を永遠に留めようとしたプロースフェルトとは、真逆の姿勢である。
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6.ピンホールカメラ
 まだ建築中の東京スカイツリーをとらえた「塔と柱」、そして「シマというところ」のセクションにおいて、冒頭に触れたサトウキビのスライドショーと対面する位置に展示されていた超大判の「面縄ピンホール2013」が、共にピンホールカメラによる作品である。ピンホールカメラで使用できる印画紙は種類が極めて限られていて、「塔と柱」の強く青みがかった色調は、夜明け前の空の青みを映したものであると同時に、その印画紙の特性にもよるという。ピンホールカメラはその機構上、写真撮影の原点に帰るヴェクトルを持つことになるが、そこで本来的に立ち現れる、そうした技術的制約を受け入れることを、宮本は楽しんでいるようだ。

 会場の外に人が中に入れるサイズの大きなピンホールカメラが展示されているが、「面縄ピンホール2013」は、それで撮影したものだ。最初はピンホールの対面にだけ印画紙を貼っていたが、ピンホールのつくりだすイメージ・サークルはそれよりも大きく、左右上下の面にも像を結ぶことに気づき、それらの面にも印画紙を貼るようになった。下の面には、内側から印画紙を貼った後、身体を縮こめて床面に横たわっている私の身体がシルエットになっており、中央の大きな面には外の景色が上下左右逆さまに写っているが、そのまま展示している。その像の周囲にイメージ・サークルが広がっており、通常のカメラでプリントされる画像が、このイメージ・サークルの中央部分だけを切り取ったものであることがわかる。カメラの機構は眼の仕組みと同じだと言われるが、通常我々が写真で見る世界は、眼に映る世界の一部に過ぎない。見ようと思うものしか見ない。そして世界はこのイメージ・サークルの外側にも広がっている‥‥宮本はギャラリー・トークでそんなことを語った。

 宮本は『記憶表現論』(笠原一人・寺田匡宏編・昭和堂)所収のインタヴューでも、巨大なピンホールカメラによる撮影について語っている。まず設置できる場所を探すだけで大変であり、機構上、「始めから全部にピントが合っている」ために、ピントの操作も出来ない。おおよその方向を決めるだけで、何かを狙って撮ることはできない。露光には晴れた日の昼で3〜5分はかかる。その間、彼は床の部分に横になり、(対面の)印画紙の方を向いている。「眼がだんだん慣れてくると、印画紙にうっすらと像が映っているのが見えます。非常に暗いですけどね。暗いので、色みはあまりはっきりしませんが、外の風景が映っている。像を結んでいるというのはわかりますよ。ただし、天地さかさまです。裏返し、左右逆です。」(p.120)
 このピンホールカメラ体験が、闇の手触りを呼び寄せる。「ピンホールにしてもフォトグラムにしても、非常にシンプルで単純な写真なんだけれども、やってておもしろいんです。意外と奥が深い。それとデジタルカメラではなかなか味わえない身体感覚。五感を総動員して使うような写真撮影なんです。写真にとって闇が非常に重要だっていうのも、そういうシンプルな写真撮影をすることによって感じられることなんです。デジタルカメラで闇なんて、誰も気づかない。(中略)像を結ぶときは必ず闇の中に光を導き入れてるはずです。そうじゃないと像を結ばない。これは光の原理だから。」(p.131)
 闇の存在によって、光が原理的に持っている像を刻み付ける力が、初めて顕在化される。この認識に基づく思索は、ついに写真というものが本来的・原理的に有している受動性へと至る。「写真という形式は受け身である。受動。(中略)決定的なところでは、光景を受け入れる。光を受け止めるという、受け身の部分があるんです。(中略)写真の最終的な、像を感光材料に反応させるときは、受け身なんです。その受け身であるという状態のときに、ある時間 —−—− 動かしようのない時間といえばいいか —−—− が刻まれる。その操作できなさ、時間の動かしようのなさが写真にはありますね。」(p.130)
 ここで注意すべきは、ここで写真の受動性とは、単に「印画紙が感光する」という写真の原理の受動性にだけ基づいているのではなく、また、宮本がただ写真の原理へと遡り、それを鮮やかにプレゼンテーションするための装置としてピンホールカメラを用いているのではないことだ。むしろ探求は見ることの受動性へと向かい、ピンホールカメラやフォトグラムは、見ることにダイレクトに、レンズやミラー、フィルターを介さず出会い、触れるための機会(機械ではなく)となっている。それは耳をそばだて、澄まし、あるいは全身を耳にして、世界を受信し、聴診することに等しい。


7.いまだ見えざるところ
 今回の展示は『いまだ見えざるところ Invisible Land』と題されている。この表題を先に見た闇と光の関係と重ね合わせて、「見ること、見える部分は、見えない部分によって支えられている」ことを、宮本は写真の原初へと遡りながら見ることの探求を深める中で、ついに感得したのだ‥‥と読みとることも、あるいは可能かもしれない。そこに見えること、見えるものの彼方に広がる「見えざるもの」(宮本を語る際のキーワードのひとつとなっている「都市の無意識」になぞらえて、「視覚的無意識」(ロザリンド・E・クラウス!)とでも言うべきか)への志向を看て取る向きもあるだろう(それはあまりにも観念的な見方だと思うが)。しかし、ここでは邦語タイトルに付された「いまだ」の一語に注目して考察を続けたい。というのは、宮本の写真、あるいは見ることを巡る探求には、時間の経過というか、「待つこと」が深く関係しているように思われるからだ。

 彼が巨大なピンホールカメラの床部分に横たわって眺めた「天地さかさま、裏返し」の風景を私も見たことがある。anoxiaでの昼公演で閉められたシャッターの隙間から挿し込む光が、外界の様子をうっすらと幕に映し出していることに気づいた時のことだ。このことについては、坂本宰と津田貴司による公演『docozo』のレヴューとして、以前に本ブログに記したことがある(※)。ピンホール効果による反転像はシャッターを下ろした瞬間から映っていたはずなのだが、それと気づくまではずいぶんと時間がかかった。急に訪れた暗さに眼が慣れて、周囲の姿が浮かぶようになり、前方で何かが動いていることに気づき、それが外から入ってくる音と連動していることに気づくと、先ほどまでの光と闇の入り混じった歪みは、外の世界の姿以外には見えなくなった。
※http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-452.html

 眼が慣れてきて像が薄闇から浮かび上がるのを眺めること。その場で世界像が生成する様を凝視すること。何物かがかたちをとり、見えるようになるのを、じっと待つこと。宮本の写真の「均質な写しこみ」(林道郎)は、このじっと待つことの結果だと思わずにはいられない。外部からの濫入者によって巻き上げられた澱が沈み、眺めが澄み渡るのを、池の底で身じろぎもせず待ち続ける巨大なヌシ。この「待つこと」は、ピンホールカメラの露光時間の長さとは関係がない。本来、生成変容を続ける世界を一瞬のうちに切り取る写真において、その極端な時間の薄層の中に世界の存在と関係性を遍く封じ込めようとした時に、それは必要とされる時間なのだ。

 それはやはり聴くことに似ていると、改めて思わずにはいられない。たとえば散らかったモノたちのざわめき/おしゃべりに耳を傾けることに。語り終わるのを待って、おもむろにシャッターを切る。風景であれ、建築であれ、「廃墟」であれ、人物であれ、彼の写真が常に帯びている静けさは、語り尽くした後の(あるいはしゃべりが途切れた一瞬の)沈黙ゆえではないか。そこにはざわざわとしたざわめきや、ぎらぎらとしたまぶしさがない。部分がこれ見よがしに突出することもない。色彩が飛び散り乱舞することもない。穏やかに凪いだような視界の平坦さがある。そうであればこそ、すべての面や辺が空間の奥行きとともに浮かび上がり、その間を走る多様な関係の線もまた、余すところなく可視化されるのだ。

 対象に、あるいは世界に、カメラを向け、じっと応答を待ち、返答を確認してシャッターを切る。子どもの頃読んだ「孫悟空(西遊記)」に名前を呼んで、返事をしたものを何でもすべて吸い込んでしまう不思議なヒョウタンが出てきたが(たしか金角・銀角の出てくる話)、宮本にとってカメラとは、写真とは、見ることとは、きっと、この不思議なヒョウタンであるのだろう。

宮本隆司1縮小

宮本隆司 いまだ見えざるところ
東京都写真美術館
2019年5月14日(火)~7月15日(月・祝)
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3408.html
今回は写真展のレヴューのため、あえて展示写真の転載はしませんでした。
上記URLの東京都写真美術館ホームページでご覧ください。




ライヴ/イヴェント・レヴュー | 01:08:45 | トラックバック(0) | コメント(0)
「濃密さ」と「親密さ」- 星形の庭@下北沢leteライヴ・レヴュー  "Dense" and "Closeness" - Live Review for "The Pentagonal Garden" at lete SHIMOKITAZAWA
 5月14日(火)に下北沢leteで「星形の庭(津田貴司+林香織)」がライヴを行った。津田の言う通り場所との相性のよさゆえなのか(もちろんそれだけではあるまい)、特筆すべき格別の演奏となったので、はなはだ簡単ではあるが、ここにレポートしておきたい。

 白い塗りが剥げた木の床と壁。そこに掛かる空っぽの額縁。やや高めの天井。照明から垂れ下がる蔓枝。なぜかここでも空っぽの額縁が宙に浮いている。アンティークを後から取り付けたのだろう、サイズの合わない観音開き閂付きの手洗いの扉。窓にも同じくアンティークと思われる白塗りのアーリー・アメリカン風の扉がはまり、店の外、すぐ眼と鼻の先に広がる、下北沢は代沢三叉路付近の雑多な喧噪を遠ざけている。聴衆用に並べられた椅子の向かいに演奏者用の丸椅子が二つ置かれて段差のないステージとなり、その背後の壁には西脇一弘(sakana)の描いた絵が額装されずに画鋲でとめられている。彼は人物をよく描くが、これには珍しく風景が描かれており、その実在の風景というよりも、臨死体験で今際に垣間見るあの世の光景と思しき、静まり返った物音ひとつしない世界で、音を反射せずに奥へと吸い込むように、観る者の視線もまた、奥行きへと誘いつつ限りなく呑み込んで止むことがない。

 ずっと鳴っていた甘やかなロックンロールが止んで、「星形の庭」の演奏が始まる。耳がそばだてられ、幾分重心を下げつつ、手指を前へと伸ばす。鍵盤を押さえずに開閉されるアコーディオンの蛇腹が立てる、パチパチと薪が爆ぜるような音。初めて彼女の演奏を聴いた時の驚きがふっとフラッシュバックする。「星形の庭」の初ライヴで、その時はまだ、このパチパチ音は付随的なノイズかもしれないと疑いつつ、それでも耳は否応なく惹き付けられていた。それ以来、しばらくの間、彼女の演奏に耳を傾けるたびに、この音を待ち焦がれていたのだが、CDの録音〜リリースを経た後ぐらいからだろうか、この音が聴かれなくなり、どこか寂しく感じていたのだった。
 パチパチとした粒立ちに耳の視線が吸い寄せられ、そこに外からの子どもの声が淡く重なり、木の椅子の軋みが加わって、ギター弦を弾く弓のスースーと鳴る音を浮かび上がらせる。倍音のさざなみがたちのぼり、空間のあちこちに余白を際立たせるために置かれていた音と音の間の空っぽな広がりを、次第に眼には見えない何かが満たしていく。蛇腹の軋みが続いている。それでも中空にまたたきだけが浮かぶのではなく、床を踏みしめる脚が見えてきたような気がする。右手の指は相変わらず鍵盤を押さえていないが、左手指がボタンにかかっているのかもしれない。行き来する弓の下でギター弦が激しく震えている。弾き切って弓を弦から離し、響きをいったん解き放ってから、弦上で弓を弾ませる。

 この日、津田はVOXの小さなギター・アンプを用意し、フットペダルとディレイを加えて操作し、次々に切れ目なく「曲」を演奏していったが(この日はCDに収録していない曲ばかりだったという)、二人の演奏とサウンドのスケール感、温度感の設定/コントロールは絶妙極まりなかった。メロディアスなナンバーがそれゆえに浮くこともなく、深く安定した呼吸に支えられ、音の濃淡は緩やかに滑らかに推移し、ゆっくりと巡りながら音の深淵へと身を沈めていく。その感覚は、先に触れた西脇の「風景画」の表面を、眼差しが一点に留まることなく漂泊しつつ奥へと引き込まれていく感じに、あるいは似ているかもしれない。

 後半になっても、ゆっくりとたゆたうような緩やかさ、とろりと溶け合う何とも言えない柔らかな豊かさ、滑らかさは変わることがない。響きの密度が高いことは確かだが、それが息苦しい隙間のなさとか、自由度のない密集、不透明な厚ぼったさとは全く無縁に行われている。それゆえギターの弓奏のひと弓のうちに重なり合う多層を手触れるし、そこに的確に挿し込まれていくアコーディオンの刃の具合も看て取れる。冒頭に記した通り、蛇腹の立てる軋みの粒立ちもはっきりと聴き取ることができた。
 この「濃密さ」はなにによるものなのだろうか。結局、今に至るも私は答を出せないでいる。ただひとつ言えるのは、この「濃密さ」は「親密さ」と似ているように思われることだ。気の置けない、のびのびとした感覚。外殻や骨組みではなく、内側からの充実が屋根や壁を支え、空間を確保している。通常ステージから客席に向けて放たれる音の整えられ出来上がった感じ、放たれた音の扇状に拡散した感触とは異なり、演奏者同士が肌で感じながら取り交わしている、まだ生まれたての、可塑的な、出来上がっていないがゆえに豊かで瑞々しい音の中へと、こちらが首を伸ばし耳を突っ込んだ感じと言えば伝わるだろうか。
 津田が弓を置き、木串の先に刺したゴム球でギター弦を擦り始める。アンプが轟々と唸り、噴き上がる倍音がバリバリと音を立ててぶつかり合う。それでいて響きが見通しの効かない厚い音圧の壁となることはなく、むしろ音を消したスローモーションの映像のように、あるいはティーポットの湯の中でジャンピングする茶葉のように、音の細片が舞い上がり、交錯し、降り注ぐ様をはっきりと眼差すことができる。

 アンコールはCD収録曲から。ギターのアルペジオの上で、アコーディオンがフォーク調のメロディを奏でる。録音された版より、ずっとゆっくりした運びだったにもかかわらず、少しも弛緩することも不安定に揺らぐこともなく、荷物をたっぷりと積み込んだ喫水の深い船をゆるゆると押し進めるように、演奏は揺るぎなく進められた。このことはこの日のライヴの格別さは、決して選曲だけによるものではないことを示していよう。

190514星形の庭@lete縮小

2019年5月14日(火)
下北沢lete
星形の庭:津田貴司electric guitar + 林香織accordion



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