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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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誰が揺れる身体を目撃できるか −−−− ARICA『孤島』レヴュー  Who Can Witness Swaying / Shaking Body ? −−−− Review for ARICA " On the Island "
−1.身体の揺れを感じ取ること
 居間に座っていて、地震の揺れに遭遇することがある。あれ、揺れているかなと思っても確信できず、壁にかけた装飾具の振り子が揺れているのを見やって、ようやく得心する。自分の身体の揺れはよくわからない。今日は随分揺れていましたね、と隣席の友人に指摘されて初めて、ライヴ演奏に合わせて身体をゆらゆらと揺すっていたことに気づかされる。まだ幼い頃、家族旅行に出かけて、遊覧船に乗ったり、海水浴をした後、旅館に戻って寝そべると、畳ごとゆらゆらと揺すぶられて、揺れてるよ、揺れてるよと大声を出したことを覚えている。
 自分の揺れを感得できないのだから、他人の感じている揺れなどわかるわけがない。此れ見よがしに身体を二つに折り、波打たせれば、「揺れ」を表していることはわかっても、身体の揺れ自体を伝えることはできない。足下で台地が揺らぎ、支えを失って不安が走り出し、それでも何かを掴もうと足先に力が込められる。手指の先まで緊張が行き渡る。そうした張り詰めた身体を感得することはできても、やはり揺れ自体、揺れている身体そのものを感じ取ることはできない。


0.特定の場所
 ARICAの新作『孤島』の東京公演は、北千住BUoYで行われた。各路線が入り込んで無闇に長くなった駅の、今まで行ったことの無い南端の出入口から階段を降りると、かつて国鉄の高架下に軒を連ねていたような飲屋街が現れ、タイムスリップ感覚に驚かされる。墨堤通りまで出て、珍しく迷わずにたどり着く。かつてはボウリング場だったという2階のカフェ・スペースに上がると、廃墟感あふれる剥き出しのコンクリートに、木製の什器や装飾が配置され、これ自体、演劇的な空間をかたちづくっている。写真がないのが残念だが、天井までの高さ5mはあろうかという木製ドアに設置された、同じく木製のパズルみたいなカラクリ錠前の見事なこと。こちらは銭湯だったという地下の舞台スペースは、やはりコンクリートの梁が剥き出しの廃墟風で、突き当たりの壁に浴槽が残されており、水が張られているのか、ゆらゆらと揺れる波紋が温泉の大浴場風の石張りの壁に映し出されている。右手の奥と左手の手前に配されたラップトップPCを措いた机は、「演奏」とクレジットされている福岡ユタカと西原尚が座るのだろう。黒いPAスピーカーが配され、さらに選挙カーに乗せられているような巨大なトラメガ様のスピーカー(「トランペット・スピーカー」と言うのだそうだ)が黒い床に直置きされている。装置らしい装置は何も無い。乾燥した冬の空気の中、それでも水の気配に浸されて舞台は始まった。

ARICA孤島2縮小


1.開幕
 壁に水の揺らめきを映し出しただけの暗い舞台に、何物ともつかぬ黒い影が現れ、右手から左手へと動いていく。フランシスコ・ロペスFrancisco Lopezの作品で聴かれるような不穏な空虚音がスピーカーから放出されている。土台となる部分に幾つか突起物が付着した「それ」は、重さに軋みながら断続的に進み、左手の壁に突き当たって少し後戻りする。どうやって動いているのか、よくわからない。上から吊るした細いワイヤーが見えるが、それで動いているとは到底思えない。レールや車輪を使った滑らかな動きでもない。訝るうちに、影は今度は前へ、すなわち客席の方に進み始める。遠く聴こえる口笛にも似た響きに希薄なフィードバック音が重ねられ、影が奥と手前の段差を斜面で滑り降りると同時に波しぶきがすべてを包み込む。
 ようやく姿を現した「それ」は、2畳ほどの広さの「島」状の装置で、傾いた上面に椅子、引き出しダンス、傘立て、細い枯れ木、コンクリート・ブロック、半分埋もれた漁網の浮子等が乗せられている。ベケット原作によるARICA『しあわせな日々』の世界観を、ちっぽけな無人島(椰子の木が一本だけ生えた「無人島マンガ」の記号化された舞台)に反映させた感じ。

 「島」の下から女の手が現れ向こう側の上面を叩き、次いで両脚が上方に向かってV字に伸ばされる。やがて左側の下から、自動車整備工のように仰向けの頭が出てくる。装置の下に這い入って、この重い塊を背負い、あるいは押してきたのか……と驚くうち、両腕が伸びて椅子の脚を掴み、椅子の脚の間をくぐって上へと這い上がってきた。照明が点され、主演の安藤朋子の姿がくっきりと浮かび、波の音が静まって、あらかじめ録音された彼女のモノローグが流れ始める。
 感情や体温から切り離された声の冷ややかさ/遠さ。まるでピアノの鍵盤を弾いているように粒が揃い明晰で一定のテンポを保ちながら、まさにそのことによって語り手の身体性を切り取られた空虚にして平坦な声は、彼女の生い立ちや家族のこと、「本土」から切り離された「島」での生活といった一見わかりやすい物語を語りながら、文脈の連なりは具体的な身体像へと着地すること無く宙に浮かび、言葉の断片となって降り注いで、足元に積もっていく。実際、そうして放たれる言葉をよそに、主演の安藤は「島」の上をしばし動き回り、そのたびに重心が動いて「島」をあちらこちらに傾かせる(彼女の足裏に走る緊張)。かと思えば、また頭からずるりとずり落ちて、「島」の下へと這い入ってしまう。
 幼稚園か何かのフィールドレコーディングだろうか、子どもたちの歓声が遠く蜃気楼のように浮かび、オルゴールに似た天国的な音色(見れば西原尚の奏する親指ピアノだった)が重ねられる。


2.孤島とは
 今回の『孤島 On the Island』のフライヤーには、次のような惹句が掲げられている。

  ひとりで立っている たったひとり 島はひとつ 島は遠い
  島はここにある ここにあるのか ここは島 どこの島 島は島

 一方、当日、会場で配られたペーパーには、粗筋に当たるであろう説明として、次の文章が掲げられている。

  年老いた女がひとり。海に囲まれた小さな島、住人も旅人も少ない。
  女は、自分が落ち着くことの出来る居場所を作り上げるために、震える手と足で、
  小さな島のなかに、さらに彼女だけの、極小の居場所としての「島」を作ろうとする。
  それだけが彼女の望みであるかのようだ。
  しかし「島」は絶えず揺動して、定まることがない。
  西原尚が作る、揺れる奇妙な「島」と格闘する身体の演劇。

 さらに同じペーパーには、演出・藤田康城の署名入りの「マイナーなものを凝視する。」と題された文章が掲載されている。いやむしろ、この文章を掲載するためにペーパーが発行されたのだろう。そこで彼は、西原尚(『孤島』の上演で美術・演奏を担当している)の造形作品の「不毛な動きの繰り返し」に触れた後、「そんな、徒労に満ちた繰り返しは、サミュエル・ベケットのお得意だ」とつぶやき、ARICAによるベケット『しあわせな日々』のインド公演を振り返り、そこから改めて『孤島』について次のように語る。

 日本は島国だと言われている。
 「本土」が中心だと思わせながら、しかしたくさんの島がそこにある。
 そして、この舞台はどこかの小さな「島」の話だ。
 何処と名指されてはいないが、長い歴史と政治の中で、
 「中央」に翻弄され続けてきた「島」のようであり、
 その孤立性は、生きることの過酷さを表している。
 そうした「孤島」において、さらに孤立し、体ひとつを頼りに自分だけの「島」を作り、
 そこに居場所を求めようとするひとりの女の話だ。
 だが、その女のアクションは、ベケットの登場人物のように、
 ただただ無益な労苦を重ねるだろう。

ARICA孤島1縮小


3.焦点となる身体像の不在
 ここには多くの音が息づいている。音量が大きいとか、音数が多いと言うのではない。音源が多元化しており、それらがひとつの共通平面を織り成すことなく、多層のまま交錯し、敷き重ねられる。
 あらかじめ録音された声が語るテクストがある。基本的には前章に掲げた設定に沿っているが、決して一筋縄では行かない。感情や身体の揺れを映し出すこと無く、淡々と一定のテンポで、柔らかく、だがきっぱりと区切られたマルカートにより奏される声は、だがふと倍速に歩みを速め、あるいは半速に遅らせる。声の調子を何ら変えることなく、感情の動きとは無縁に(パーキンソン病的な不随意の感覚)。「ここにあらず」感をたたえて、言葉を宙に浮かせながら。かと思えば、秘密裏に送られてくる島抜けの招待状(おそらくは彼女の妄想なのだろう)について語る際には、声がふっと潜められる。
 突然にピンポンパンとチャイムが鳴り、「迷子情報」の放送が始まる。デパートや遊園地で流れるアレだが、そのいささか不明瞭で聞き取りにくい声は、先ほどまでの語りと音調は異なるものの、同じ彼女の声のように思われ、眼の前にある装置がつくりだしている舞台空間にも、想起が紡ぐモノローグの中にも着地できず、中空で不安定に揺れながら消えてしまう。
 ここではすべてが揺らぎのうちにある。福岡ユタカのうら寂しい口笛やスキャットも、西原尚の親指ピアノや鳴り物も、ふと始まるチターに彩られた観光音楽も、同調を外れた短波ラジオの電子ノイズも、語りの平面にも、装置のある舞台空間にも、「フレーム外」の音響にも収斂することがない。その一方で、眼前の安藤の動きと同期する音がある。「島」の上を動き回る足音やこれにより揺らぐ「島」の軋み、あるいは彼女が傘を取って「島」を叩く音などが同期するのは当然であり、何の不思議もないが、彼女がペットボトルから水を飲む音(飲み込む際の喉の鳴り)や漏らす息が、口元のマイクロフォンで拾われ、増幅されて空間に響き渡る。身体の内部の音が外へと放射され、外部の音と混じり合う。すると先程来の録音された声によるモノローグは、外付けのナレーションではなく、リアルタイムの内語ではないかとの疑念がふと頭をもたげる。例えば、ここで聞かれる「……というやり方」という口癖は、サミュエル・ベケット『しあわせな日々』でとめどもなく溢れ出す、いかにもベケット的な繰り言のうちに頻出していた。彼女がトランジスタラジオのアンテナを伸ばすと、くぐもって聞き取りにくい北京放送か何か(藤田康城によれば「あえて聞き取りにくくしているが、宮古島の神歌を使用している」とのこと)が流れ出し、これが効果音のように聞こえた短波ラジオのノイズと意味有りげな目配せを交わし合う。

 このようにミクロな疑念が沸き立ち続け、世界像が収斂し得ないのは、舞台上に視線の、運動/感覚の、あるいは言葉の焦点となるべき、明確な身体像が不在だからではないか。こうしたことは、これまで観てきたARICAの舞台ではなかった。『ネエアンタ』及び再演の『Ne ANTA』では山崎広太の身体が舞台上に存在し続け、安藤の声に語りかけられ続けていた。『しあわせな日々』では舞台の中央でうずたかく積まれた廃品の山に埋もれながら、とめどもなく語り続ける安藤の身体があった。『蝶の夢 ジャカルタ幻影』においては安藤と首くくり栲象の身体が、『UTOU』においては安藤とジョティ・ドグラの身体が繰り広げる、まさに運動と感覚をぎゅっと束ね圧縮するスプラスティックな運動があった。
 しかし、今回の『孤島』における安藤の身体は、そのように運動や感覚、あるいは言葉を集約する焦点とはなり得ない。身体はくっきりとした像を結ばず、何重にもずれ重なり、埋め難い欠落を帯びている。例えば、彼女が椅子に置かれたヘアーブラシを取り上げるや、動作が突然スローモーションと化し、それまで鳴っていた音も消え失せ静まり返って、緊張が異様に高まる中、正面を向きながら視線を横に流し、美しい銀髪をこれ見よがしに梳る蠱惑的な場面。あるいは「サトウキビは島を守り、島は本土を守る」というように、語り/テクスト中に不意に噴出/浮上し、露呈される沖縄の過酷さ。さらには、「私をどこかへ連れ出して、そのまますぐに捨てて」といった酒と煙草にまみれた歌謡曲的俗情の、他とは明らかに異なる匂い。

 そうしたずれや欠落が最も端的に、またシンボリックに現れているのが、安藤が録音された声に合わせて語りながら、そこからぼろぼろと歯が抜けるように、音が脱落していく場面だろう。もともと「伝えよう」という意志など微塵も感じられない希薄な音の平坦な連なりは、さらにライヴで声を重ねられ、また、その際の口の動きが極端に誇張され、発声との非同期感をもたらすことにより、複数化され、ずれを来たし、不明瞭なぶれをいや増して、言葉とは一切関わりのない口腔音の不気味でいびつな明滅と化していく。


4.「島」との紐帯
 先の場面に続く展開において、安藤が急に背伸びし、梁から垂れ下がったロープをつかみ引くと、壁際に置かれていたトランペット・スピーカーがぐいと中空に吊り上げられる。左手の机で演奏していた西原がやおら舞台へと乱入し、シンバルで太腿をバンバンと叩きながら、「島」のまわりを廻り始める。PAから放射される爆撃音が興奮を煽り立てる。ロープを掴んだまま「島」から離れることのできない安藤に対し、まるで檻の中の猛獣を威嚇する猛獣使いのように、手に持った竿から吊り下げたマイクロフォンをぐいっと突きつけ、彼女が例えば「ホンドー(本土)」と叫びながらパン食い競争のようにそれにかぶりつこうとすると、今度はすぐさま引き離す。
 この即興的なやりとりを通じて、舞台上の身体の運動は最高潮に達するが、それでもその動きは、ARICAご贔屓のバスター・キートンによる疲れを知らない機械的な動作、スプラスティックな蕩尽的運動に至ることはない。それはむしろ、彼女がこの「島」に縛り付けられ離れられないこと、すなわち「島」に囚われた「運動の限界」を、明らかにするために繰り返される動きにほかならなかった。

 彼女は「島」から離れることができない。まるで眼に見えない臍の緒で結ばれているように。彼女は常に「島」を背負い、あるいは抱えている。思えば、彼女が「島」の下から這い出し「上陸」する時も、決して「島」から身を離すことがなかった。頭からずるりと滴り落ちて「島」の下に入り込む時もまた。
 「島」の境界は鋭く断ち切られている。傾いた椅子は、その境界線に沿って一部を斜めに断ち落とされている。このことは「島」が世界の中に居場所としての広がりを確保しているのではなく、ちっぽけな区画に閉じ込められていることを示していよう。「場所」というより「容器」としての「島」。
 ひょっとして「島」の下に入り込む動きは死を、這い上がる動きは誕生/再生を暗示しているのだろうか。そう考えれば、彼女が「島」へと這い上がる時に、いつも苦労して椅子の脚の間やタイヤの穴を通り抜けねばならない理由もわかる。容れ物としての身体を抜け出し、また入り込む魂。とすれば、「彼女」は、何度も死んでは生まれ変わる「彼女たち」の一断面にほかなるまい。
 「彼女たち」は繰り返し繰り返し、愛してなどいない父母に先立たれ、愛していた兄に置き去りにされ、届かない招待状を待ちわび、長い髪を梳かしながら年老いていくのだ。それは差異を産み出す能産的な反復ではなく、無限に続くループへと閉じ込められた生であり、暗く重苦しく痛く苦い倦んだ持続にほかなるまい。


5.テクストへの抵抗
 ARICAが以前に上演した『UTOU』のコーダ部分で、安藤がひそひそと語り漏らした倉石信乃によるテクスト「死んだ小鳥のために」について、私はレヴューで次のように述べている。

 「私は最後に読み上げられたからと言って、それが何か劇の結論めいた終着点と見なしたくはない。この国の現在を水没させている重苦しく出口のないやりきれなさに、鳥を殺し続ける罪深さを結びつけようとは思わない。能舞台の座標空間から思わずフレームアウトしてしまう、ほとんどスラップスティックな身体同士の直接的なやりとりを、ぎりぎりまで切り詰め削ぎ落とした結果、微かな気配ばかりとなってしまった「反転した希望」に向けて、決意表明を行うための助走と位置づけることはしない。
 むしろ、この「コーダ」は、これまで劇の上演を観てきた一人ひとりが、各自それを振り返り、自分なりの「物語」を再構築する「自律」に向けて、反発を惹起し組織するために置かれたのではないかと、私は思うからである。」

 今回の『孤島』のテクスト(やはり倉石信乃による)は、「死んだ小鳥のために」よりも、さらに暗く重苦しく痛く苦い。それは時代の空気の率直な(あるいは何重にも屈折した)反映なのかもしれない。ちっぽけな閉域に押し込められた装置と身体は、歴史をもはらみ込んだテクストの混沌とした分厚さに対抗する術を持たないようにも見える。
 だが、第3章の冒頭に記したように、ここには実に様々な音が息づいている。演出の藤田康城は客席の後方、すなわち観客の視界の外で、ずっと音響を流し、あるいは声を細かく編集加工していたと語ってくれた。
 この多様な音響の生成変化の側から舞台を眺め、過剰なテクストと過剰な音響の間で、また不安定な装置の上で揺れ続ける身体の、そのぶれや揺らぎにこそ注目することにより、テクストの重さに抵抗しようというのが、本論の目論みということになる。
 これがいささかバイアスのかかり過ぎた見方であることは承知している。だが、一見簡素な外見とは裏腹に、むやみに情報量の多い上演に接し、ずたずたに刺し貫かれた観客の身体が、切れ切れの記憶や印象をつなぎ合わせて、何とか自分なりの体験を言語化しようというのだから、公平・公正・客観的な言述など出来ようはずもない。
 おそらくは2月15日から始まる横浜公演を見直したならば、まったく違った見解に至るのではないか。また、この『孤島』という作品自体が、上演空間に合わせて様々に変容するであろうことも想像に難くない。そのような体験への欲望を喚起することこそが、演劇の(と言うよりもより幅広く、上演の)使命ではあるまいか。

 開演から終演までずっと、舞台上には「島」の装置の軋みが間歇的に鳴り響き続けていた。唯一確実なことは、このちっぽけな大地が揺れ続けていること。でも、誰が、いつ、どこで、その揺れを感じているのか定かではない。

ARICA孤島ちらし縮小


ARICA『孤島 On the Island』
演出:藤田康城
テクスト:倉石信乃
音楽・演奏:福岡ユタカ
美術・演奏:西原尚
出演:安藤朋子

東京公演 2019年1月31日〜2月4日 北千住BUoY
横浜公演 2019年2月15日〜2月17日 横浜ARICA特設会場
※私が観たのは2月3日の公演です。

ARICA公演レヴュー一覧
『ネエアンタ』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-221.html
『しあわせな日々』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-280.html
『UTOU』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-305.html
『Ne ANTA』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-382.html
『蝶の夢』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-410.html




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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 02:53:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
「タダマス」のための32年次報告書 ―― 「タダマス32」への案内及び「タダマス31」の振り返り  The Thirty-second Annual Report ( Throbbing Gristle ) for "TADA-MASU" ―― Invitation for "TADA=MASU 32" and Retrospective for "TADA-MASU 31"
 益子博之と多田雅範によるNYダウンタウン・シーンを中心とした同時代音楽の定点観測「四谷音盤茶会(通称「タダマス」)」は、今月末、1月26日(土)に32回目を迎える。1月に開催される回は、通常の四半期分への注目だけでなく、前年をトータルに振り返り、前年のベスト10が公表されるのが恒例となっている。特に今回は、超大作にして、超注目作であり、2018年ベストとの呼び声も高いTyshawn Sorey『Pillars』がラインナップされることが予想され、いよいよ期待が高まるところだ。
 「other musicに捧げる」を標榜するアルゼンチンの音楽サイトEl Intrusoが毎年実施しているミュージシャン・批評家投票による年間ベスト選出は、その見識の高さ、そして「タダマス」とのシンクロ率の高さで知られているが、主に合衆国やヨーロッパのミュージシャン・批評家で構成されている投票者に、今回から新たに益子が加わる(アジアからは初めての選出であるという)。そのベスト選出結果とコメントにいち早く触れられる機会ともなる。なお、今回の開催は日曜日ではなく、土曜日なのでご注意を。
 新年初めてのゲストは、ベース奏者/作曲家の蛯子健太郎が「タダマス15」に続き二度目の登場を果たす。前回の登場時に、彼の「ミュージシャンシップでもプレイヤーシップでもない何か」を感じさせるコメントには深く打たれた。その時の様子については、拙レヴュー(※)を参照していだきたい。その後、彼のグループ「ライブラリ」のライヴに何度も足を運ぶことになるのも、ここでの出会いがきっかけだった。あらかじめ譜面に書き込まれた作曲や作品としての歌詞があるにもかかわらず、しかも「どんでん返し」を図るようなあざとい構成・演出など一切なく、音楽だけを目指して脇目も振らずひたすら誠実に、むしろ禁欲的なほどに淡々と演奏を進めながら、にもかかわらず、すでにある像のなぞり、完成されたモデルの再現ではなく、各メンバーが持ち寄った素材により、眼の前で料理がつくられていく新鮮な感動は比類のないものだった。現在の「ライブラリ」の活動休止が何とも残念である。しかるべき再始動を待つことにしたい。
 ※http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-324.html


 以下、「タダマス」情報ページから転載する。

益子博之×多田雅範=四谷音盤茶会 vol. 32
2019年1月26日(土) open 18:30/start 19:00/end 22:00(予定)
ホスト:益子博之・多田雅範
ゲスト:蛯子健太郎(ベース奏者/作曲家)
参加費:¥1,500 (1ドリンク付き)

今回は、2018年第4 四半期(10~12月)に入手したニューヨーク ダウンタウン~ブルックリンのジャズを中心とした新譜CDと、2018年の年間ベスト10をご紹介します。
ゲストには、2度目の登場となるベース奏者/作曲家の蛯子健太郎さんをお迎えすることになりました。ストレート・アヘッドなジャズから電子音響や詩の朗読を含む作曲まで幅広い表現で活躍される蛯子さんは、現在のニューヨークを中心としたシーンの動向をどのように聴くのでしょう。お楽しみに。

タダマス32ちらし縮小



 女性ゲストへの注目度の高さ故か盛況を極めた前回「タダマス31」は、私にとって極めて問題の多い回となった。もちろんそれは私個人の受け止め方に過ぎないが、そのことを自分なりに咀嚼するのに随分と時間がかかってしまった。
 そのの「問題」は結局のところ「作曲と即興」を巡る議論に行き当たるのだが、そんなことを一から掘り返していてはいくら時間があっても足りない(何とかコンパクトに取り扱えないかと試行錯誤したが、結局挫折し断念した)。結論を先取りしてしまえば、私は益子や多田と同様に、「作曲と即興」という枠組み、作曲/即興という二分法自体がもはや失効していると考えており、「作曲の外部/余白としての即興」というように、作曲を基準として即興をとらえるのではなく、即興という行為自体をその過程/軌跡に根差しつつ、直接に思考したいと思っている。
 ここで断っておかねばならないのは、作曲/即興という二分法の失効が、直ちに即興演奏の自立/自律を保証したり、即興演奏の新たな地平(新章?)を開いたりなどしないことだ。世の中というものは、それほどオメデタクは出来ていない。しかし、世間にはそう考える(考えたい)人たちが少なからずいて、妙に浮かれ騒いでいたりするのだが、そんなものは冷ややかに無視しておけばよろしい。
 自分にとって、「即興/音響/環境」や「即興的瞬間」といった用語、あるいはフリー・インプロヴィゼーションとフィールドレコーディングをひとつながりのものとして聴くという視点は、「即興という行為自体をその過程/軌跡に根差しつつ、直接に思考する」ための構えであり、当ブログに執筆してきたライヴ・レヴューにおいては、演奏の過程/軌跡の持続と各瞬間を聴診しつつ、この構えに基づいて様々な角度から分析・記述を進めてきたところである。
 津田・歸山・原田と続けてきたリスニング・イヴェント『松籟夜話』(現在「作業中」)もまた、そうした構えを共有しており、特に私の場合はこの意味合いが大きい。『松籟夜話』で聴く音源は、すべて録音されたものであり、なおかつジャンルで括れば、フリー・インプロヴィゼーション以上に、民族(民俗)音楽やフィールドレコーディングの比率が高いが、それゆえに聴取に対して現れる持続の各瞬間において、音や響きの衝突/交錯/変容を、演奏者の意図や元となる作曲とその解釈に還元することなく、力動的に触知することができる。そこにおいては、演奏/録音された「場」の作用、歴史や文化の流れ、地形や気候、生活様式や空間特性等が、時としてあからさまに前景化してくるが、無論のこと、そこで聴取できるものをそれらに還元してしまえるわけではないし、また、すべきでもない。

 前置きが長くなったが、10月28日に開催された前回「タダマス31」の振り返りを以下に掲載する。前述の自分なりの「咀嚼」の到達点である「1」と、そこから派生した、むしろ先に触れた「浮かれ騒ぎ」の内実の戯画(笑劇?)的なスケッチとしての「2」の二幕から構成されている。それではどうぞ、お読みください。


1.「作曲/即興」の二分法の失効 「タダマス31」を振り返る
——いわゆるインプロの面白さはどのように考えていらっしゃいますか。
多田 そもそもインプロヴィゼーション/コンポジションっていう二分法が有効かどうかが疑わしいよね。
益子 全く有効じゃない。
多田 そういう二分法はもう無いんだよ。

これは別冊ele-kingのために益子博之と多田雅範が行った対談「タダマス番外編」の誌面に掲載されなかった部分からの抜粋である。この対談を企画した細田成嗣が自身の主催した「即興的最前線」なるイベントの配布資料に「インプロの消滅、あるいはフィードバック現象としての即興」と題して掲載している。掲載された部分は多田のブログ(*1)に再録されており、そこで読むことができる。
*1 http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20181126

これに対し、相方の益子がFacebookでこうコメントを寄せている。「別冊ele-king掲載「タダマス番外編」の番外編。こういう話を載せて欲しかったのだが...。」
それは無理な注文というもので、本来生成的な厚みを有する事態を、人脈図とディスク・ガイドに薄っぺらく解消することしか考えていない編集企画としては、ミュージシャン名にも、作品名にも、あるいはサブ・ジャンルやスクールにも紐づかない抽象的な見解は、およそ価値のないものと映るに決まっている。そして、そこで不要とされた「廃棄物」が、今度は音響の記録やそれを巡る歴史や言説のアーカイヴから全く切り離されたところで、各自が勝手な思い込みやファンタジーを「原理論」としていいように投影する、別のマーケットに出品され、「消費」されるのだ。ここでは、シーンの動向や音響の記録に対する個別具体的な分析と、「即興」を巡る原理的な思考を切り離し、全く別物として流通・消費させることが、市場のメカニズムとして機能している。

 いや、そんなつまらない話がしたいのではなかった。
 冒頭の益子と多田の対談を読んで、10月28日開催の「タダマス31」へのもやもやとした疑念が一気に晴れた思いがしたということが言いたかったのだ。というのも、「タダマス31」終了時点では、これまで体験した29回の「タダマス」(よんどころない事情で2回欠席しているため)の中で、ぶっちぎりで最低最悪の回だと感じていたからだ。
 これまでにも例えば「タダマス16」のように、当日プレイされた10枚中、私にとって採りあげるべき作品が3枚しかなかったこともあった(*2)。だが、今回は何と1枚もなかった。益子が以前に述べていたように、もちろん見解が一致すればよいと言うものではない。しかし、それにしても、なぜ、この選曲で、この配列で、このコメントなのかについては、いったん腑に落ちた上で、しかし、それとはあえて異なる自分ならではの視点を設定する……という、いつもの「了解」の作業が今回は果たせず、頭上に「?」印をおぼろに浮かべたまま、途方に暮れることとなった。
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-336.html

 今回は現在注目を集める有名ミュージシャンをゲストに招いたため、彼女目当ての参加者も多く、進行役の益子が途中何度も「今日は彼女のトーク・ショーではないので…」と客席をなだめなければならなかった。そうしたざわつきにいらいらして、音に耳が届かなかったのではないか……とも考えたが、やはりそれだけではないように思われた。次回に超注目作Tyshawn Sorey『Pillars』が控えているために、今回はそれとは違う論点を立てようとして、議論が分散してしまったのだろうか……とも思い悩み、そのことに自分なりの見解を出せなくてはレヴューを記すことはできないと考えた。

 そこで話は冒頭部分に戻ることとなる。「タダマス31」よりも随分前に行われた対談で、益子と多田の二人は、揃って「作曲/即興」の二分法の失効について語っている。にもかかわらず、「タダマス31」でゲストに差し向けられる質問のカギとなり、それだけでなく折りに触れて言及され、全体を通しての主要な軸線となっていたのは、紛れもなく、この「作曲/即興」の二分法だった。そこに齟齬が生じるのは当然のことと言えよう。

 振り返れば「タダマス31」の告知記事で、益子はこの回の趣向を次のように記していた。
 「ゲストには、NY在住の挾間美帆さんをお迎えすることになりました。作曲家・編曲家、そして指揮者として、多彩な分野で世界を舞台に活躍する挾間さんは、『即興的瞬間』をどのように捉えているのでしょうか。」
 「即興的瞬間」などという、読者にとって馴染みの薄い語をあえて用いる意図はいったい何なのだろうと、自分のブログに「タダマス31」の告知記事を書き込みながら、いぶかしく思ったことがよみがえった。
 おそらく、「タダマス」が定点観測を続けているNYダウンタウン・シーン(それは決してエリアや人脈、ジャンルを限定するものではなく、彼らが注目するコンテンポラリー・ミュージックのあり方を象徴するものとしてあるのだが)で活躍する、しかも演奏者としてよりも作曲家として活動している挟間美帆をゲストに迎えることにより、「作曲と即興」の二分法の「失効」を現場の感覚で裏付けたいとの狙いがあったのではないか。そう私は想像する。

 だが当日、その目論みは空振りを繰り返すことになる。これは用語法の問題もあったのだろうが、挟間にとって即興演奏は作曲作品の演奏とはまったく別物であり、(録音を)聴くよりはライヴを体験するものであると言う。また、彼女自身の作曲作品の演奏の中で行われる即興演奏については、メンバーを厳選し、演奏特性や作品解釈の仕方が作品の作曲意図に適合するミュージシャンを選ぶと答えている。「彼/彼女がこの部分をどう演奏してくれるか楽しみだ」という調子だ。こうしたことなら、クラシックのオーケストラでも、作品により各管楽器セクションのトップを交替させるといった形で、よく行われている。すなわち、ここで即興演奏とは、作品解釈のプレゼンテーションに過ぎず、楽譜の余白を魅力的に埋めてくれるものでしかない。
 一般に「ジャズ」由来の作曲作品は、即興演奏を当然の、いや必然的な要素と見なす傾向がある。これは「クラシック」由来のゲンダイオンガク系作曲作品が、即興演奏を用いることを「不確定性の導入」手法の一つとして、つまりはゼンエイ的な「実験」として有り難がったのとは異なり、伝統あるいは慣習、ないしはマーケティング上の必要性/必然性としてとらえることができよう。すなわち作曲と即興が演奏の中で同居することは、昔からずっと行われ続けてきた当たり前のこと、それがなくては「ジャズ」ではなくなってしまうことであって、それがなぜなのか、その区分自体がどうなのかといったことは意識されないし、いまさら問題にしてもしょうがないことなのだ。

 だから、あえてこのテーマを挟間にぶつけるのであれば、ケンカを売る覚悟で「なんで作曲家なのに、作品に即興部分を入れるんですか」、「即興演奏が自由でいいのだとしたら、何で作編曲なんてするんですか」と、むしろ「作曲/即興」二分法原理主義者として、ツッコミを執拗に繰り返すべきだった。そこで二分法の失効を明らかにした上で、二つに分けられないとすれば、それはどういう状態としてとらえられるのか。不純物を取り除けないということなのか、効果的な配合があるということなのか、それとも生成の過程で特異点が生じるといった何か特別な事態なのか……と議論を進めることもできたかもしれない(たぶんそんなことはあり得なかったろう。その前に彼女は腹を立てて退席してしまうだろうから)。そこに至ってはじめて「即興的瞬間」といった語も活きてくることになる。

 そのように考えると、ゲストとの互いを慮ったような、何だか煮え切らぬやりとりの繰り返しだけでなく、この日の選曲が共通して「○○っぽい即興演奏の(あるいは作曲作品演奏の)サンプル」であり、その結果としてプログラムが平板化していたのも必然と思えてくる。「タダマス」のプログラムに関し、基本的に聴取に対する演奏の強度で作品や曲を選び、それを配列する際に、そこから浮かび上がってきた「物語」と組み合わせて、適宜取捨選択や入替を行う……と、以前に益子は説明していたが、この日のプログラムは「ゲストの挟間に作曲と即興の関係性について問う」ための「素材」という視点が強過ぎたのではないか。

益子博之×多田雅範四谷音盤茶会(通称:タダマス) Vol.31
2018年10月28日(日) 18:30 start

綜合藝術茶房 喫茶茶会記(四谷三丁目)


ホスト:益子博之・多田雅範

ゲスト:挾間美帆(作曲家/編曲家)

参加費:\1,500 (1ドリンク付き)

今回は、2018年第3 四半期(7~9月)に入手したニューヨーク ダウンタウン~ブルックリンのジャズを中心とした新譜アルバムをご紹介します。

ゲストには、NY在住の挾間美帆さんをお迎えすることになりました。作曲家・編曲家、そして指揮者として、多彩な分野で世界を舞台に活躍する挾間さんは、「即興的瞬間」をどのように捉えているのでしょうか。お楽しみに。(益子博之)


2.「聴かないための音楽」としての即興演奏
 「作曲/即興」の二分法の失効という当たり前の状況認識が理解されないのは、「即興」なるものが、依然として、通常ではあり得ない特別な、それだけで価値のある存在として、排除と崇拝の対象となっているからにほかならない。すなわち「即興」は誰にでもひと目でそれとわかる有徴性を帯びており、場違いなマイナーなものとして抑圧/排除されるからこそ、ゼンエイ的でジッケン的でチ的でゲイジュツ的なものとして高値で取引されるのだ。聖別の原理。

 冒頭に掲げた「タダマス」対談で、益子が「記譜された音楽でも即興性がゼロの音楽って存在し得ないですからね。機械がやるんじゃない限りは。音量が少し変わるとか、音の長さが少し変わるとか、毎回違うわけですよね。だから人間が演奏する限りは即興の余地がない演奏にはなり得ない」と指摘しているように、常にそこに存在しているにもかかわらず、なぜ「即興」が依然として特別扱いされ続けるのかと言えば、もっともらしい顔をして耳を傾けている聴き手の多くが、実は何も聴いていないからに過ぎない。
 それゆえ、譜面が無かったり、わかりやすいメロディやリズムが出てこなかったり、携えた楽器を通常の仕方で演奏しなかったり、本来は楽器ではないものを演奏したり、携えた楽器はそっちのけで何か別のことを始めたりするのが、「即興」のわかりやすい目印で、それをもって先の聴衆たちは「これは即興だ」と理解し、安心して聴くことをやめてしまう。逆に言えば「これは即興演奏ですよ(だから聴かなくていいですよ)」ということを、いかに演奏開始早々、いやステージに登場次第、いや告知の時点から、わかりやすくあからさまに伝えるかということが、「即興」のお約束であり、最大の重要事なのだ。
 これさえ忘れなければ、聴衆は何も聴かずとも「自由」や「可能性」について声高に語り合うことができ、あるいは「やっぱりさ、即興演奏って、うーん、どうなのかな……」と否定的に述べることも出来る。しかも、その場で共通の体験をしたことを暗黙のうちに相互に認め合いながら、ゼンエイ的でジッケン的でチ的でゲイジュツ的なワタシとアナタに共に敬意を払いつつ。
 文学や美術のように現物(の複製)を前にして理解が問われることもなく(だって演奏の痕跡は消え失せてしまって記録も無いから。即興演奏を録音しようなんて即興に対する冒涜にほかならない……とみんな口を揃えて言う。果たしてそうだろうか*)、映画や演劇のように物語や主題の理解を確かめられることもない。何て安全極まりない「みんなが特別なワタシになれる時間」であることか。
*補足
前述の試行錯誤の中でジョン・ケージ関連の書物を読み返したりもしたのだが、そこに次の発言を発見した時は、びっくりすると同時に、大層うれしかったことを記しておこう。
 ジム・オルーク「即興音楽のコンサートなんて行きたくない。(中略)それよりレコードを買うほうがいい。つまり、コンサートでは、この種の音楽を長年考え、試行錯誤してきたひとたちが演奏するのを聴くことになるよね。彼らの演奏がもたらす情報はとても濃密だから、むちゃくちゃ頭がよくないかぎり、その場で起きている思考の流れをすべて把握することなど無理だろうからね。」
【デヴィッド・グラブス『レコードは風景をだいなしにする』(フィルムアート社)p.206】

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ライヴ/イヴェント告知 | 14:37:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
足下に口を開ける深淵 ― tamaruの無謀な企て  Dark Depth Gaping at Our Foot ― tamaru's Reckless Attempt
 だいぶ間が空いてしまったが、前稿に引き続き、『阿部薫の冬』を巡るtamaruのツイートに言及したい。

 tamaruは次のように書いている。

 福島さんが述べている疾走展開も魅力的に感じるが、当初思い描いていた「の」の世界は、吐出で外に開かず、内に籠めたまま背景としての共有感が生じるか、というロマン。「冬」テーマで企画するうちに後から降ってきた「阿部」の自分なりの収め方だった。もっと阿部を語らなかったら何が見えていたか。

 ここで「『の』の世界」とは、「阿部薫と冬」ではなく、イベントのタイトルとなった『阿部薫の冬』を指す。対象をそれとして名指すことなく、語らずして背景に浮かび上がらせる。一見不可能と思われるこの企ては、tamaruの本質と深い関わりを持っている。

 誤解を招かぬよう、先にまず言っておかねばならないのは、ここで「名指すことなく」あるいは「語らずして」とは、決して叙述の紡ぎ方や語り口の問題ではないということだ。たとえば主人公たるマクシム・デュ・カンの名を挙げることなく、冒頭から延々と語り継いでいく『凡庸な芸術家の肖像』の蓮實重彦とは。


1.震えの凝視、振動の触診
 これまでこのブログでは、何度となくtamaruの演奏に触れてきた。そこでは私が初めてライヴで見た「演奏」が、映像作品の「上映」だったことも手伝って、常に「震えの凝視」がキーワードとして浮上することとなった。
 それが何物であるかを見極めるために眼を細め、あるいは見開き、視線を凝らすのではなく、むしろそうした判別/弁別を能う限り遠ざけながら、不定形/決定不能に移ろい続ける持続にどっぷりと身を浸し続けること。
 視覚において、滲みやちらつきは脳によりノイズとして排除され、確定不動の輪郭がもたらされる。このことは聴覚においても変わりない。見る、あるいは聴くという行為そのものの中に、本来的/不可避的に含まれている決定不能性/不確定性は、生命を維持するために、あるいは主体の統一性を維持するために排除/抑圧される。
 だが、世界は震えに満ちている。現実世界は揺るぎなく確固として不動/不変を保ち、確定しているにもかかわらず、不確定な揺らぎが生じてしまうのは、対象と受信者をつなぐメディアが、たとえば低解像度である等、世界の豊穣さをとらえるのに不充分だからに過ぎない……と、そう考えるのは間違っている。そうした間違いは、だからここで揺らぎは言わば付加されたエフェクトである……という更なる間違いを呼び寄せ、そこでそうしたエフェクトを施したアーティストの意図の詮索へとめでたくたどり着く。何と言う予定調和。凡百のメディア・アートは、まさにこうした貧しい図式の上に繁茂している。

 対してtamaruはエレクトリック・ベース弦の震えを見詰め続ける。共振共鳴の少ないソリッドのボディの上に張り渡された鋭敏なエクストラ・ライトの弦を、顕微鏡的に増幅度を高めたピックアップがとらえ続ける。しかし、彼は電気増幅され空間に投影される拡大音響だけでなく、すなわち耳だけではなく、弦の振動に爪を短く切りそろえた指先によって、弦の振動に耳を澄ましている。
 彼は弦の振動には、ボディの面に平行、あるいは垂直な揺れだけでなく、弦に沿って螺旋状に走り抜けるものがあるという。弦をZ軸と見立てれば、通常認識されているX軸、Y軸成分の振動だけでなく、撓むことによるZ軸方向の僅かな伸縮を介して、確かにそのような運動が生じているのかもしれない。しかし、彼の言う「走り抜けるもの」とは、そうした座標空間に還元し、分解した各成分を合成して構成できるものではないだろう。それはそのように分離できない触覚的なものなのだ。
 ここで「触覚的」とは、決して指先と弦との触れ合いから産み出されたことだけを意味するものではない。指先が弦に触れ、はじき、あるいは押さえ込まれた弦が「くっ」と離される。するとその瞬間に思った音が出る。tamaruは修練を積んだミュージシャンだ。

 そのとき感じるものが指先を通じて出ていけるようなからだの状態になるというか。対象があって、それに近づいて行くのじゃなくて、ある音を感じる、感じるときにはもうその音が出ている。そういうことが各瞬間に起こっているような、ということかな。(中略)意識までいかないで、フィードバック回路をつくるということ。こういう音を出すためにこういう手の形をするという考え方じゃない。自分の弾いている音が聴こえなくても、こういう音とイメージすればその音が出ていると言うことなのね。意識でコントロールはしないけれども、からだはそのようにフィードバック回路をつくりあげる。それが技術ね。【(対談)浅田彰・高橋悠治「カフカ・音楽・沈黙」より高橋の発言】

 しかし、演奏の現場で起こっているのはそれ以上のことだ。tamaruの指先が産み出した弦の震えは、事前には想定し得ない豊穣さをはらんでいる。そのことが顕微鏡的に拡大された音響により明らかにされる前に、彼は指先によりその振動の襞を触知する。そして再び指先で、指先の横側で、あるいは爪で弦に触れ、より詳細に振動を触診するとともに、新たな振動を付け加え、あるいはミュートによって差し引く。
 眼の前の不定形の広がりから個体偏差を取り除いて種を同定したり、ノイズを除去して輪郭を明確にし、対象をそれと名指したりするのではなく、不定形/決定不能な豊穣さの移ろいをそのままにとらえる。その時、距離を介さない触覚の鋭敏さは、この不定形の広がりを感覚野の視界いっぱいに浮かび上がらせることになるだろう。これこそは、冒頭に引用したtamaruのツイートが描き出すところの当初思い描いていた『阿部薫の冬』のあり方そのものではないのか。
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2.足下に口を開ける深淵
 そのtamaruは、以前に使っていて、その後はずっと押し入れ内に封印されていたエレクトリック・ベースを、最近急に思い立って改造し、何とアコースティック化してしまうという「暴挙」に及んだ。この週末、11月25日(日)にソロ・ライヴ(@目黒・不動前Permian)で初披露されるこの楽器について、勝手に考えてみることにしたい。

 tamaruのエレクトリック・ベース演奏は先に見た通り、共振共鳴の少ないソリッドのボディの上に張り渡された鋭敏なエクストラ・ライトの弦を、顕微鏡的に増幅度を高めたピックアップがとらえるもので、言わば弦の振動だけを見詰め続けるストイックなものである。自身、今回改造の対象としたセミ・ホロウ・ボディのエレクトリック・ベースについて、かつては「鳴りが邪魔」と言って内部にウレタンを詰めたと告白しているから、こうした傾向は以前からあったと言えるだろう。
 ただし、ここで注意しておかなければならないのは、そこに「余剰を取り除いて弦の振動だけを純粋化して抽出する」というような発想は微塵もないことだ。音響派 → リダクショニズム → 正弦波というような盆栽的ダイエット志向は彼にはない。だいたいにして、そのような形で混じりけなしに濾過された弦の振動を取り出したいのなら、純正律に調弦された一弦琴をずらりと並べればよかろう。
 彼における凝視が、むしろそうした純粋さからはみ出しずれていく、微細な肌理や粒立ちを可視化するものであることは、先に触れた通りである。そこで用いられているのが、鋭敏な触覚とともに、電気増幅による顕微鏡的な拡大であることも。

 ここで補助線として、同じく複数の弦を張り渡した楽器であるハープでフリー・インプロヴィゼーションを奏するRhodri Daviesを対照例に引こう。同じくハープの即興演奏者でありながら、弦をサウンドのトリガーと見なすZeena Parkinsと違い、彼は楽器を多様で異質な各部の複雑な構成として取り扱う。多種多様な部分共鳴/共振のアンサンブルとして。各種プリペアドや弓やe-bow等の様々な音具の使用により、各部の差異を際立たせつつ、さらに分割振動や相互干渉を引き起こしながら演奏は進められる。ここで演奏の資源として用いられる「複雑性」が、決してプリペアドや音具の使用といったエクステンデッド・テクニックによって新たに産み出されたものではないことに注意しよう。それは以前から存在していながら、正統な演奏方法によりノイズとして排除/隠蔽/抑圧されていたものなのだ。彼は足下の直下に豊かな水脈を掘り当て、そこから音響を汲み上げている。それはエクステンデッド・テクニックが目指す領土の拡大、水平方向の踏査ではなく、垂直方向の探査の産物である。足下に開けている深淵を覗き込むこと。気がつけば深淵はあちらこちらに不気味な黒い口を開けている。

 Derek Baileyの試みもまた、ギターを拡張(extend)するのではなく、ギターの「運命」である脆弱さ、不安定さを垂直に掘り下げ、そこから汲み上げた、通常の演奏からは排除されてしまう発音のぶれ、音の粒の揃わなさ、ミスタッチ、付随的な演奏ノイズ等をランゲージに取り込むものととらえることができる。それらは外宇宙ではなく、J.G.バラードの言うところの「内宇宙」探査の取り組みなのだ。
 ちなみにBaileyは、少なくともディスコグラフィ上『Solo Guitar vol.1』(1971年)から『Improvisation』(1975年)に至る期間において、エレクトリックで開拓した語法を必ずアコースティックでも達成できるよう、常に試していた。ここでも加工により新たにつくりだすのではなく、すでにありながら埋もれ隠されているものを掘り当て、明るみに出すことが一貫して継続されている。ギターを改造するのではなく、アコースティック・ギターという楽器の元来の輪郭を保持しつつ、その足下を掘り下げて新たな世界を開く、「内宇宙」探査の試み。

 そうしたことを念頭に措いて、言わば「Baileyの耳を通して」聴くならば、ありとあらゆるギター演奏に「ベイリー的瞬間」を聴き取ることができるだろう。演奏者も数多の聴衆も何事も無かったように通り過ぎて行く何気ない瞬間に、黒い深淵が口を開けている。フリー・インプロヴィゼーションとは、この深淵を通り過ぎることができず、否応無くつまずき、はまり込んでしまう歩みにほかならない。それは一種の脱構築(deconstruction)でもある。

 さて、ここでtamaruの楽器に眼を転じると、単にエレクトリック・ベースの電気回路を抜いて、中身を中空にしたのみならず、背面に大きな木製のボウルが取りつけられ、また前面には幾つもの丸い開口部が設けられていることがわかる。試行錯誤の結果であろうし、tamaru自身、これからどんどん変わっていくかもしれないと言っているが、興味を惹かれる形状である。ボウルの取り付けは、内部の共鳴空間のヴォリューム拡大を図ったものと考えられるが、演奏が難しく、現地でもあまり見かけないというインドの民族楽器ルドラ・ヴィーナを思わせるところがある(あのような極端な共鳴は引き起こさないだろうが)。密度の高い硬そうな材質は音をよく反射し、ドーム状の曲面の導入も手伝って、前面の開口部から音を前方へ押し出す効果があるのではないか。と同時に「受信機」としてのパラボラ・アンテナを内蔵しているようにも見える。
 いずれにしても、Rhodri Daviesのハープとは異なり、各部が別々に鳴らし分けられるのではなく、各部が緊密にアンサンブルした総体として鳴り響くこととなるだろう。それは決して弦の振動に筐体の共鳴が付加されたものではなく、指先の操作による振動が多方向に駆け抜け、隅々まで波及していくその都度ごとに、音は流動的な移ろい/変容として立ち現われてくるだろう。Permianの音を減速あるいは濾過することなく、聴き手の身体に直接ぶつけてくる空間特性は、この楽器にふさわしかろう。その演奏がどのようなものになるかは、もちろんまだわからない。しかし、tamaruのエレクトリック・ベース演奏でも随所に垣間見えた、前述の「深淵の開けた黒い口」が、アコースティック・ベース・ギターの演奏では、さらに度合いを増して、まざまざと迫ってくるのではないかと予感している。
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3.足下に開ける深淵【なくもがなの余録】
 この「何事も無かったように通り過ぎて行く何気ない瞬間に口を開けている黒い深淵」だが、思い出すエピソードが二つある。ひとつは子どもの頃にTVで観た特撮番組『キャプテンウルトラ』の最終回で、主人公たちがとある惑星の地表の割れ目を覗き込み、その深さを計測したロボットが「無限大です」と騒ぎ出し、その割れ目が外宇宙につながっていることがわかるシーンだ。今となっては他愛無い話だが、すでに宇宙好きだった7歳の子どもにとって、見上げた空に輝く星の彼方ではなく、足下に口を開けた割れ目の向こうに無限の宇宙が開けているという「転倒」は、ざわざわした不安感とともに強い印象を刻むこととなった。
 もうひとつは、中学生の頃に家にあった一松信『数のエッセイ』で読んだ数論のエピソードで、軍団の並び直しの問題である。兵隊が正方形に並んだ軍団がx個あり、それに総大将の王1人を加えて並び直したら、大きな正方形が出来たとして全体の人数を求めるもの。与えられた問題ではx=61なのだが、これが60だとすると961人、62だとすると3969人になるが、その中間の61だと何と3119882982860264401人というあり得ないほど巨大な数になってしまうと。整数問題だから解が不連続になるのは当然なのだが、これもまた、世界の何気ない隙間に魔が潜んでいるとの不穏な印象を刻むこととなった。ちなみに、この問題は有名な「アルキメデスの牛」の問題を説明する際のオマケとして紹介されていた。これは、アルキメデスが友人に宛てた手紙の中に詩の形で記された問題で、ある条件を満たす家畜の牛の頭数を求めるものなのだが、何とその解は20万桁以上に及ぶ超々巨大な数となる。
 こうしたことが、後にフリー・インプロヴィゼーションを熱心に聴き始める遠因になっているかどうかはわからない。たぶん関係ないだろう。だが、この「すぐそこに口を開けている深淵」の感覚は、例の「即興的瞬間」と、きっとどこかでつながっているのではないかと感じている。

tamaruのエレクトリック・ベースによる演奏については、以下で論じている。ご参照いただきたい。
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-434.html
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-435.html

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2018年11月25日(日) 20:00~
目黒・不動前 Permian
品川区西五反田3-14-4 KakutaniレイヴァリーB1
http://www.permian.tokyo/

tamaru(acoustic bass guitar)ソロ
杉本拓(guitar)ソロ




ライヴ/イヴェント告知 | 17:32:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
『阿部薫の冬』と『阿部薫と冬』の間  Between "Kaoru Abe's Winter" and "Kaoru Abe and Winter"

 前回記事中で、9月24日に上池袋anoxiaで行われたイヴェント名『阿部薫の冬』を『阿部薫と冬』と誤記していた部分があった。この日のゲストであり、企画発案者であるtamaruのツィートを見て気づき、すぐさま訂正させていただいたのだが、文章自体はタイトル通り『阿部薫と冬』に関する覚書であり、内容自体は修正する必要がない。

 だが、それにしても何で書き間違えたのだろうか。案内文を書き写すために、anoxiaのページもチェックしたというのに。
 今回の気づきのきっかけとなったtamaruのツィートを読み返すうちに、だんだんとその時の心もようが浮かんできた。『阿部薫の冬』と言われて、当然、阿部にフォーカスし、それをさらに「冬」を通じて深めていくのかと思いきや、ほぼ冒頭から、阿部薫は謂わばプレテクストに過ぎないと言われて面食らってしまったのだった。このシリーズは初めてだったから、毎回そういうものなのかと思っていたら、たまたま隣席に座っていた知り合いが、問題と阿部との関わりを問い、そのうちに「この中に阿部薫の愛好者はいないのか」という話になって、誰も手を挙げないものだから、それでは信奉者ではないものの私が……と名乗り出たのだった。
 そんなこんなで、結局は阿部薫とその周辺(例えば間章)を巡る話が多くなり、その辺に不案内な方には敷居が高かったろうと思う。前回記事の冒頭部分は、そうしたことを踏まえて書かれている。
 そうしたやりとりの中で、幾つか頭をもたげる考えがあり、それらはむしろ『阿部薫の冬』ではなく、『阿部薫と冬』という軸線を巡るものだった。それゆえ、実際にテクストに当たるなどして構成と体裁を整えた原稿は、当然のことながら『阿部薫と冬』に関するものとなった。すなわち私はイヴェントの最中に、『阿部薫の冬』のオルタナティヴとしての『阿部薫と冬』を夢想していたことになる。

阿部薫の冬と阿部薫と冬の間1


 前述のツィートでtamaruは次のように書いている。

「阿部薫と冬」でも構わない気もするが、「阿部薫の冬」。客観意識で阿部薫と冬を併置したく気持ちを今一度こらえ、外側の冬を阿部薫の視線のうちに押し込める。阿部薫は背景であり、内部でもある。

 言いたいことはわかる。阿部薫の視線により切り取られた、削り込まれた、彫り刻まれた、侵食された、結晶化された……冬を見せてくれるとすれば、阿部薫を背景として、しんしんと降り積もる、きっぱりと張り詰める、ぴりぴりと肌を刺す……冬を感じさせてくれるとすれば、何と魅惑的な催し/体験だろう。



 だが、実際のイヴェントにおいて、冬を押し込めるべき「阿部薫」の空間のヴォリュームや輪郭は一向に明らかにならなかった。冬を背景として包み込み、照らし出し、響かせるべき阿部薫の広がりや深さも、また示されることはなかった。

 阿部薫「の」冬にこだわるならば、そこを貫く一撃が、また、それを可能とする計算と仕掛けが必要だったはずだ。さらには阿部薫をどろどろに溶かし、あるいは粉々に粉砕して、背景へと変容なさしめる莫大な熱量が必要だったのではないか。前回記事の繰り返しとなるが、中谷宇吉郎や井上靖の引用だけではとても足りなかった。
tamaru自身が阿部薫について、冬について、とめどなくしゃべり続け、遥か彼方に向けて疾走し、あるいはどんどんと深みへと沈潜していくのを、聴衆が呆気に取られて見詰めるうち、田口賢治や加藤裕士が懸命に命綱を引いて、何とか現世へとサルヴェージする……というような針を振り切る強度が必要だったのではないか。もちろんそんなことが叶わないのはわかっているのだが。

阿部薫の冬と阿部薫と冬の間2


 私には阿部を絶対化したり、巨大化したりすることはできない。同様に極小化したり、希薄化したりすることもできない。信奉することもできなければ、「等身大」化することもできない。私は「世間に理解されずに夭折した天才」という陳腐なレッテルを貼り付けて阿部を神話化し、実際には「世に認められないワタシ」をそこに投影して、束の間うっぷんを晴らそうとする輩を、その「消費者=お客様」根性を激しく嫌悪・軽蔑していた。音も聴かずに、「前衛」だからとか、先鋭的な政治性によってとか、音楽が「アート」としてアート・スペースに立ち入るためにうずたかく積み上げるもっともらしい「ごたく」を「実験性」として評価するとか、そうした浅薄かつ低劣極まりないやり方に飽き飽きしていた。

 これまで阿部薫に関し、何作品かのディスク・レヴューこそ書いてきたものの、初めて記すディスク・レヴューではない長めの文章が、私としては少々風変わりな体裁を取ることとなったのには、そうした背景もあることだろう。
 いずれにしても、前回記事で記したような思考の契機を与えてくれたtamaruには、大いに感謝している。


ライヴ/イヴェント・レヴュー | 00:46:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
『阿部薫と冬』に関する覚書  Memorandum on the Talking Session "Abe Kaoru and Winter"
 阿部薫と冬について、少しばかり書き付けておくことにしたい。
 発端は9月24日(月・祝)に上池袋anoxiaで開催されたtamaruの企画発案による『阿部薫の冬』なるトーク・イヴェントだった。もともと田口賢治がナビゲーター、加藤裕士が進行役を務める「種を撒く」の7回目にtamaruがゲストとして迎えられた形であり、下に掲げる案内文にもある通り、阿部薫は言わばとっかかりに過ぎなかったようなのだが、実際にはほぼ彼を巡るやりとりとなってしまった。それゆえ「阿部薫を知らなくてもOK」との誘いに応じて参加された方には、ことによるとずいぶん敷居の高い閉鎖的なやりとりになってしまったのではないだろうか。

【「種を撒く」vol.7 『阿部薫の冬』案内文】
夏が過ぎて。秋分、彼岸の頃合い。来たる冬の幻視、 昭和最後の冬の記憶、中谷宇吉郎『霜の花』、草野心平「ゆき」「 冬眠」、井上靖『夏草冬濤』、 阿部薫の音が空から極北を媒介してくる夜話。 その遠景的存在に各々の「冬」を重ねていく試み。

 これから阿部薫について、幾つか事実関係も含め書き留めていくこととなるが(特に1の部分)、それは決して「阿部薫について、常識/教養として、せめてこれぐらいは知っておいてほしい」というようなことではない。ただ、あの日以来、いつまでも頭の隅に引っかかり続けていることを吐き出すには、多少、前提の説明が必要であるというに過ぎない。そのつもりで読み進めて(読み飛ばして)いただければと思う。
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1.間章が阿部薫に投影する冬、寒さ、北あるいは極北
 『阿部薫 1949-1978 増補改訂版』(文遊社)の巻頭には、彼の経歴が次のように短く記されている。

1949年、川崎市に生まれる
17歳で高校を捨て、新宿で青春を生きた
アルトサックスの奏法と理論を、ほとんど独学で構築
19歳のとき、川崎のジャズ喫茶でデビューする
以来、つねに屹立する音と魂とで
日本フリー・ジャズ史に独自の光跡を刻んだ
1978年、精神の極北へと飛び去る。29歳

 この文章を見て、阿部薫がどのような演奏をしたかは到底わかるまい。しかし、彼が信奉者たちからどのように伝説化されている(た)かは明らかだろう。彼は夭折した天才として、自由にして孤独なアウトサイダーとして、一部で熱狂的に崇め奉られていた。ここで「極北」の語が用いられていることに注意したい。
 もう少し引用を続けよう。

 阿部薫の演奏地平は演奏における破壊意志と厳密な演奏意志の上に成り立っている。恐らく阿部は世界のあらゆるサックス演奏者の中で、真にテクニックと奏法を持つほんの数人の人間の内の最もラディカルな一人であることに間違いがない。エリック・ドルフィーとスティーヴ・レイシーの他に阿部に比すべきテクネーと奏法を作業化し獲得したものはいまだないとの感を私は強く持っている。即興演奏行為を通して、意識と無意識の、肉体と精神の底知れぬ闇と出会ってしまった、無産者の栄光に照らされるようにして阿部は演奏行為の極北に立ちながら彼はそしてさけがたく無性と直面している。

 これは阿部薫の初めてのソロ録音である『なしくずしの死』のリリースに際して、プロデュースした間章がしたためたライナーノーツからの抜粋である。彼の阿部に対する評価が適切であるかどうかは、今は問わずにおく。ここでも「極北」が登場し、阿部が「極北に立つ者」として名指されていることを見ておこう。
 なお、『なしくずしの死』とは、周知の通りルイ・フェルディナン・セリーヌの作品の題名であり、1975年10月18日に青山タワーホールで行われた阿部薫のソロ・コンサート(間章がプロデュースした)のタイトルでもある。本作品がその際のライヴ録音とその前々日の入間市民会館での録音で構成されていることを付記しておこう。言わば、ここでセリーヌもまた「極北」のシンボルとして召喚されているのだ。
 間章は阿部薫の死に際して次のように書いている。

 十年前、私と阿部はハイデッガーとセリーヌとブランショの三人を誰よりも気にしていた。とりわけルイ・フェルディナン・セリーヌはそうだった。だから彼のソロを録音した時にタイトルは「なしくずしの死」はどうだと私は彼に言い彼も喜んでそう決めた。そしてその頃やはり録音した吉沢元治とのデュオと阿部・小杉武久・吉沢の三人のピアノ連弾を収めたレコーディングは『北』(Nord)に決まったのだった。
【間章「〈なしくずしの死〉への後書 ——阿部薫の死に——」 『間章クロニクル』所収】

 それでは間章における「極北」とは何か。大里俊晴は次のように書いている。

 演奏家論では、例えば、リー・スティーヴンス(ブルー・チアー)というロック・ギタリスト、サビカスというフラメンコ・ギタリスト、チャーリー・クリスチャンというジャズ・ギタリストの名が、同一平面で語られたということが大きな特徴だろう。実際、間は、その文章に「極北」「北」という語が頻出するように、どのジャンルであれ、ある極点に達したと見なした者しか取り上げようとしなかったし、その限りに置いて、ジャンルの壁は全く無化されていた。現代音楽であれ(シュトックハウゼン、クセナキス等々)、ロックであれ(シド・バレット、ジミ・ヘンドリックス等々)、ジャンルを超えた「極北の行為者」としての音楽家たちを同一平面上に語る為の基盤、それが思想論の系だったのである。
【大里俊晴「AA 未明の思想家 ———間百合の霊に捧ぐ」 『間章クロニクル』所収】

 「極北」のこうした「間章的用法」については、土取利行がより端的に述べている。

 極北の音楽家。1978年12月12日、32歳で急逝した音楽評論家、間章は、いつしかギタリスト、デレク・ベイリーをこのように形容し、デレクに代表されるフリー・インプロヴィゼーションを、来たるべき音楽として「北」に位置させるようになっていた。
【土取利行「『ディスアポイントメント・ハテルマ』の季節」 『間章クロニクル』所収】

 さらに「北」と連なる「冬」や「寒さ」の間章的あり方については、彼の初期の執筆活動であるブリジット・フォンテーヌの作品のライナーノーツに、すでに刻印されていることを示しておこう。

 そして例えば様々な形で私達は自分が感動したり、かけがえがないと思ったりしている〈音楽〉について考える季節を持つだろう。或る一つの音楽を通してそれを〈深く受け入れた〉者達が本当は何をどのように共有しているのかは今いうと、とても寒いことには違いない。【間章「ジャズと季節についてのメモ」 ブリジット・フォンテーヌ『ラジオのように』ライナーノーツ】
 ブリジットが「世界は寒い」と言った時私は彼女と出会い、彼女の悪意あるやさしさに出会った。【間章「残酷な感性」 ブリジット・フォンテーヌ『ブリジットⅢ』ライナーノーツ】
 永遠のようにやさしく一人で在り続けることに寒くふるえながら僕は亡び、終りつづけ静けさの中からなつかしさの中へ沈んでいった……。在ることは寒く、思い出すことはさらに寒く……言葉は僕の静けさの回りをゆっくりとめぐるだけで……。(中略)
 男が話しかける。雨はまだ降っていますか。ええ降っていますまだ、そして季節はいままでもそしてこれからもずっと冬ですよ。(中略)歌が聞えてくる遠く遠く……言葉たち……世界は寒い……世界は寒い……世界は……寒い、そう世界は寒く僕も寒い。(中略)
 そして僕はフォンテーヌと出会った。僕が僕の心の北へさらに北へと旅立ったのはその翌日だった。パリ−マコン−マルセイユ−サンセバスチャン−マドリッド−コルドヴァ−バルセロナ−バレンシア−グラナダ−アンダルシア−セヴイラ−マラガ−アルジェシラス−タンジール−カサブランカ−マラケシ−アルジェ−チュニス−リスボン−ナザレ……僕は移動し続けた。それは僕の北への旅だった。最後の一冊の本『精神現象学』をカサブランカで捨てる。ハシシュもマリファナもただ僕をさらに寒くさせるだけだった。
【間章「さらに冬へ旅立つ為に」 『アレスキーとブリジット・フォンテーヌ』ライナーノーツ】

 延々と続く地名の羅列を省略せずに書き写したのは、それが地理的な北への旅ではおよそないことを示すためである。間章にあって「北」とは磁針の示す方位や地理上の高緯度地帯を示すものではなく、「寒さ」も気温の低さや冷感を示すものではなく、「冬」もまた太陽高度の低い一時期(我が国では12月から2月か)を示すものではない。いずれも極端に観念的な範列に基づいて用いられている。
 阿部薫における冬、寒さ、北あるいは極北はこうした間章の刻印を逃れ難く帯びている。もし阿部薫を通じてそれらの語や概念について語ろうとするならば、こうした間章の「磁場」の中でゲームを始めざるを得まい。それが嫌ならば、そこから抜け出す方法を編み出さなければならないが、中谷宇吉郎の顕微鏡的な観察眼とそれがもたらす静謐な詩情だけでは難しかったと言わねばなるまい。もちろん、例えば日本の雪国の、冷たく湿った雪に閉ざされた冬の生活のどうしようもないリアリティから、間章の観念性を批判することは可能だろう。だが、これは当日も指摘したことだが、彼は新潟県新潟市に生まれ、大学入学で上京するまで、ずっと新潟で暮らしている。彼は雪国の冬のリアルを知りながら、なお、冬、寒さ、北あるいは極北をあのように語っているのだ。


2.コンラッド・エイケン/tamaruによる「冬」の相対化/対象化
 イベントの最後になって、tamaruがコンラッド・エイケンの短編小説「ひそかな雪、ひめやかな雪(Silent Snow, Secret Snow)」について語り始めた。雪の幻想に取り憑かれた繊細鋭敏にして孤独な少年の物語。甘美な幸福のうちに閉ざされていく世界。tamaruは確か、「種子が芽吹くのではなく、種子の内部へと還っていく季節」としての冬……というようなことを言っていたように記憶している。

 作品を探してテクストに当たってみた。最後の場面で雪が少年に語りかける。「横になって、さあ目をつむりたまえ——もう見えるものなどないのだから——この白い闇の中で、目の見える者などいはしまい。」……凍死による甘い眠りへの誘いとも思える雪の言葉を、突然の闖入者が遮り、彼を揺さぶり立てる。少年の口から飛び出す邪魔物を追っ払う言葉。「ママ! ママ! 向こうへ行って! ママなんか大きらいだ!」……ささやきかける声が再び近づいてくる。
 「眼をとじたまえ——とても小さい話なのだ——だんだん小さくなってゆく話なのだ——花のように外に向かって開くのではなくて、内に向かってはいりこんでゆくのだ——花が種になるのだよ——小さな冷たい種に——聞こえるかね? もっと君によりかかっていくよ——」【コンラッド・エイケン「音もなく降る雪、秘密の雪」野崎孝訳 『教えたくなる名短篇』(ちくま文庫)所収】

 寒さに閉ざされた冬の、北の、極北の潔癖さ、無菌状態のイメージは、夏や南の放つ腐敗/変容の臭いの対極にあるだろう。腐ることなく、永遠に保たれる形(氷河に埋もれたマンモスのように)。それゆえ死は永遠に通ずる。死骸が腐敗し、獣や蟲に食われ、やがて蜜となって土壌に染み込むことはない。
 私は間章的な極北志向に、人間を超えた彼方に魅せられ、憧憬し続けるアンチ・ヒューマンなウルトラ・ロマンティシズムを見ていた。それはやはり永遠不変への憧れにほかなるまい。一方、エイケンは(あるいは彼の作品を引用するtamaruは)、そうした永遠不変に強く魅せられつつも、それを氷に閉ざされた永遠の眠りを種子への退行ととらえ、無限に降り続く雪をちっぽけなスノウ・ドームに閉ざされた反復として思い浮かべさせる。これは間章の張り巡らす強力な「磁場」に対する見事な相対化/対象化であり、呪力封じではないだろうか。それは私にとって、静かな、だが驚きに満ちた、新たな視点をもたらす指摘だった。


3.即興演奏における阿部薫の「問題」 
 「新たな視点」とは何かを述べるためには、ここで私の阿部薫との出会いについて書いておかねばならない。

 私も彼の伝説に引き寄せられて、彼の音を追い求めた。もうすでに80年代になっていて、『なしくずしの死』は廃盤で入手できず、『北』と『オーヴァーハング・パーティ』を聴いた。だが、私が伝説の向こうに透かし見ていたものは、そこにはなかった。その後、『なしくずしの死』が再プレスされ、ようやく耳にすることができたが、むせかえるほど充満した濃密な死の匂いには惹かれたものの、やはり私の求めるものは、そこにはないように思われた。

 それでもずっと気にかけていたのは確かだろう。P.S.F Recordsから、まだ聴いたことのない1972年のライヴ演奏のプライヴェート録音が『またの日の夢物語』として1994年にリリースされると、すぐに買い求め、噴出する音響の瑞々しさに驚かされることになる。しばらくしてやはりP.S.Fからリリースされた、同じく1972年の、前掲作のほぼ3か月後のライヴ演奏を収めた『光輝く忍耐』もまた素晴らしかった。何よりも垂直に立ち上がる速度に魅せられた。ここで速度は、力みや抵抗、鈍い重さを削ぎ落とすことを通じて、音響の純粋さと同義語だった。フレーズや音列のヴァリエーションが自己を展開すべきストーリー・テリングや構造のアレンジメントは、前述の垂直な速度と音響の純粋さに蹴散らかされていた。
 その後、『なしくずしの死』を聴き返して、1972年の阿部の断片があちこちに埋もれているのに気づかされた。あの垂直の速度が一瞬噴出するが、もはやその強度に耐えきれなくなった意識/身体がすぐに態勢を崩してしまい、音響は屹立するに至らず、倒れ横たわりながら音の身体を弓なりに反らせるのが精一杯だ。この突然の噴出が、完遂することなく絡めとられ、沼地へと沈められることの反復が、演奏中に立ちこめる死の匂いを、一層濃密なものとしているのは確かだった。それは決して甘美な眠りへと引き込まれていくような安らかなものではなく、神経が火花を散らし、筋肉が激しく収縮して、痙攣を繰り返しながら、その都度、壊死していくような凄まじさをたたえていた。

 阿部薫には有名な詩(のようなもの)がある。冒頭に引いた『阿部薫 1949-1978 増補改訂版』でも、経歴の次のページに掲げられている。同書所収の長尾達夫「風のような男」によれば、1978年6月に行われる中村達也とのデュオ・コンサートに向けた打合せの際に、パンフレットに載せる文章を自分が書くと言って、手近にあった告知チラシを1枚引きちぎり、その裏面にしたためられたものである。

ぼくは誰よりも速くなりたい
寒さよりも、一人よりも、地球、アンドロメダよりも
どこにいる、どこにいる
罪は

 詩作品としての評価はさて措くとして、この文章は演奏に向かう彼自身の意識の在りようを鮮やかに示している。ここで「速さ」は、実存の虚無(寒さ)も、孤独(一人)も、重力(地球)も、果てしない遠さ(アンドロメダ)も超えるものとしてある。それは無論、運指やフレージングの速度などではなく、放たれる音と演奏する身体/意識の関係においてとらえられるべきものにほかならない。脳内に噴出するイメージが瞬時に手指へと伝達され、音となって管から迸り出る過程を、彼は常に「のろい」と感じていた。その瞬間、垂直に立ち上がり、管を極限まで鳴らし切る、しなやかに卓越した技量に至りながらもなお。思い浮かんだ瞬間にはもうすでにその音が出ているという理想状態すら、彼には満足のいくものではなかった。放たれ、出てしまった音が、演奏する意識をすら追い越し、彼方へとさらにとめどもなく加速していく時、音は、母親の手を放してしまった幼子と同じ不安に襲われ、思わず背後を振り返り、あたりをキョロキョロと見回すことになる。罪を負い、この場、この瞬間に、プロメテウスの如く固く縛り付けられた意識/身体はどこにいるのかと。

 もちろん、こうした解釈は何か確たる根拠を持つわけではなく、所詮は恣意的なものであり、私の個人的な印象に過ぎない。しかし、1972年の阿部の演奏を聴いた後では、そのように読むことしかあり得なかった。幸運にも、あるいは偶然にも、すなわち天賦の才の成せる業であっても、あるいは天文学的な確率の偶然に恵まれた結果であるにしても(それは同じコインの裏表にほかなるまい)、あのように瞬時に管を鳴らし切る境地に達してしまったが故に、1972年の阿部は、そこにある眼に見えない壁に、どうしても乗り越えられない一線に、気づかざるを得なかった(否応無く気づかされた)のだ。
 通常の場合、即興演奏における「問題」は、新たな演奏の展開に向けて照準され、それゆえそこに至る回路として、楽器の表現領域の拡張、新たな音響の獲得が目指される。通常とは異なる楽器の部位を用いたり、様々な音具を使用したり、利用可能な音域や音色のパレットを拡張したりという特殊奏法は、「エクステンデッド・テクニック」と呼び慣わされるように楽器の能力の、表現の領土の、拡大・伸張にほかならない。とすれば、当然のことながら、「エクステンデッド・テクニックを用いれば、それが即興演奏として成立する」というのは、転倒・倒錯した問題理解に過ぎないことになる。多くの自称「即興演奏者」たちがこうした転倒・倒錯と、自堕落に戯れている。
 阿部薫はそうした児戯に耽溺する暇もなく駆け抜け、ただ一人、あまりにも真正直に前述の問題に突き当たっている。
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4.阿部薫がデリダから「受信」したもの
 なので、中上健次が次のように書き残しているのを知った時は、「やはり」と思わずにはいられなかった。

 今、手元に阿部薫が読んでいたジャック・デリダ『声と現象』という本がある。こんなところに線がひかれてある。
《ところで、われわれは一方において、イデア性をも、またあらゆる形式のもとにおける生ける現前をも最もよく維持するように思われる記号作用の活動領域 ——すなわち表現の資料—— は、声としての気息の精神性であること、また他方において、イデア性という形式における現前性の形而上学である現象学は、同時に一種の〈生の哲学〉でもあるということ、この二点をよく考えてみなければならない》
 線をひいたのは阿部薫なのか誰なのか分からない。ただ阿部薫がジャック・デリダをその当時読んでいた事は確かだ。そう考えると、かつての熱狂の夢が分析しがたい謎をまた一つ含み、私の前に立ちふさがる。
【中上健次「金属神に仕える現代のシャーマン」 『阿部薫 1949-1978 増補改訂版』所収】

 フッサール現象学の批判的精読であり、以降、脱構築のツールと鳴る様々な用語を/概念を生み出した『声と現象』は、デリダの著作の中で最初に邦訳されており、1970年に高橋允昭訳により理想社から出版されているから、阿部が手に取ることは充分可能だったろう。ここで中上は該当箇所が『声と現象』のどこに位置しているか詳らかにしていないが、確かめると同書21ページの「序言」の一部であり、例の「自分が話すのを聞く」ことを論じた第六章「沈黙を守る声」を予告する箇所である。それでは第六章の記述から該当する箇所を適宜引用してみるとしよう。

 対象のイデア性とは、対象の、非経験的意識に〈対する−存在〉であるから、それが表現される場は、その現象性が世界性という形式をもたないような場にほかならない。声とは、そのような場の名称である。声は自分自身を聞く。音声的記号(ソシュールの意味での《聴覚映像》、現象学的声)は、この記号の現前の絶対的近さにおいてこの記号を発する主観によって《聞かれ》る。主観は、自己の外を経る必要もなしに、自己の表現活動によって直接に触発される。私の言(パロール)は、私のもとを離れないように思われるがゆえに《生き生きして》いる。すなわちそれは、私の外へ、私の気息の外へ、可視的な隔りのなかへ、転落しないように思われ、私に所属することをやめず、《余計な付属物をもたないから》私の意のままになることをやめないように思われる。ともかく、このようにして声の現象が、現象学的声が与えられるのである。【同書p.143〜144】
 話し手が自分を聞くということ、話し手が諸現象の感性的形式を知覚すると同時に自分自身の表現志向を理解するということが、言(パロール)の構造そのもののうちに含まれているのである。もしもなんらかの偶発事が起こり、それがこの目的論的必然性に反するように思われるときには、その偶発事はなんらかの補欠作業によって乗り越えられるか、さもなければ言(パロール)が存在しないか、そのいずれかということになるであろう。【同書p.148】
 〈自分が話すのを聞く〉という作業は、純粋な自己−触発であるから、そのかぎりにおいて、自分自身の身体の内面的表面さえをも還元するように思われる。すなわちそれは、その現象の内部において、あの〈内面性における外面性〉を、つまりわれわれ自身の身体についてのわれわれの経験ないし心像が提示される場である、あの内面的空間を、なしですますことができそうに思われる。そういうわけで、〈自分が話すのを聞く〉というこの作業は、間隙一般の絶対的還元にほかならないような〈自己への近さ〉において、絶対的に純粋な自己−触発として体験されるのである。[中略]それというのも声は、それが純粋な自己−触発として世界のなかに生じるという、まさにそのかぎりにおいて、世界への発出にあたっていかなる障害にも出くわさないからである。【同書p.149〜150】
※上記引用において下線としたのは原文では傍点、( )としたのは原文ではルビ。

 さて、このように声に、自分が話すことを聞くことに、フッサール現象学の根拠というべき絶対的近接、直接的現前を見出しながら、デリダはそれを脱構築しにかかる。

 フッサールは差異を能記の外面性のうちに押しやりはしたものの、意味と現前の根源において差異が働いていることを、認めないではいられなかったわけである。声の作業としての自己−触発は、ある純粋な差異が〈自己への現前〉を分裂させに来ることを予想していたのである。このような純粋な差異のうちにこそ、空間、外面、世界、身体、等々といった、自己−触発から排除しうると考えられているすべてのものの可能性が、根を張っている。自己−触発が〈自己への現前〉の条件であることを認めるやいなや、いかなる純粋な超越論的還元も可能でなくなる。【同書p.155】

 いま引用した箇所は、有名な「差延」概念を導入する直前のくだりであり、デリダの脱構築の核心部分である。ここで議論はフッサールの議論の細部を精読することにより、彼が見出しているにもかかわらず明らかにせずに終わった事柄を、彼に代わって見出し、明らかにするものとなっている。脱構築とは決して決定不能性を導きだすためだけの作業ではない。
 いずれにしてもここで、デリダは声の、自分が話すことを聞くことの、絶対的近接、直接的現前が、空間、外面、世界、身体等々を逃れ難くはらんでしまうことを明らかにしている。声の絶対的に純粋な透明性が、自分が話すことを聞くことの逃げ道も隠れどころもない閉回路が、不純な混入物により汚染され混濁しており、閉域に穴や抜け道が生じていることを。
 阿部が1972年以降突き当たっていた、眼に見えない壁、どうしても乗り越えられない一線が、決して完璧ではなく、どこかに綻びや亀裂を持っていることを、本書を読んで彼は直感的に理解したのではないか。自らの「問題」に一筋の光明を見出したのではないか。私にはそう思えてならない。

 仮に私の推測が当たっていたとしても、阿部のデリダ解釈を「誤読」と指摘することはたやすい。デリダが論じているのは、フッサールが『論理学研究』の第一篇「表現と意味」で論じ、晩年の『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』や『幾何学の起源』に至るまで前提として保持された記号と表現と指標の問題であり、たとえ「気息」という点において通底しているといえども、「声」とアルト・サクソフォンの音を同列に扱うわけにはいかないと。
 無論、それは正しい。「デリダを読む阿部」について記した中上も、そんなつもりがあって記したのではないだろう。中上が生前の阿部と出会えなかったことを惜しむ向きもあるが、アルバート・アイラーの闘いに「破壊者」の姿しか見ず、アイラーの死後はボブ・マーリーと矢沢永吉ばっかり聴いていたという中上の耳に、1972年の阿部の音は、彼の「問題」の切実さは届かなかったに違いない。しかし、ここで私は「誤配」の結果として阿部が「受信」したものに、いやそれを通して照らし出される阿部の「問題」にあくまでも注目したい。そしてその「壁」の前にひとり立つところまで歩みを進めた阿部の輝かしき達成に。この点において、私にとって阿部薫は、ミッシェル・ドネダ(Michel Doneda)を別にすれば、依然として最も重要なサックス演奏者であり続けていることを告白しよう。ペーター・ブレッツマン(Peter Brotzmann)はもちろん、エヴァン・パーカー(Evan Parker)よりも。


5.「冬」の相対化がもたらしたこと
 1972年以降、阿部は彼の「問題」と闘い続けたが、ついにそれを解くことはできなかった。薬物やアルコール、不摂生で自堕落な生活と信奉者たちの盲目的な賞賛が、彼の意識/身体を奥深くまで蝕み、彼は次第に登り詰めた頂からずり落ちていった。それは見果てぬ「彼方」への、すなわち「超越」に向けた不可能な跳躍だったからだ……ずっと私はそう思っていた。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ描く「海辺の僧侶」の、北の海の見通せない彼方を凝視し続けるウルトラ・ロマンティックな眼差しを、間章と共有していたからだと。それゆえ重力に縛り付けられる肉体を蔑視/毀損し、精神の離脱に向け当ての無い彷徨を繰り返しては、眼の前に立ちはだかる巨大な敵に戦いを挑むドン・キホーテの如く長鎗を構えたまま、薬物やアルコール、束の間の悦楽に耽溺し、出鱈目な妄想を振り撒きながら自滅していくのだと。それが「極北」への憧れの末路である……と。

 しかし今回、tamaruがコンラッド・エイケンを参照しつつ、阿部薫に即して「冬」の相対化/対象化を行ってみせたことにより、阿部の軌跡を「極北」へとまっしぐらに向かう闇雲な疾走/跳躍としてではなく、それに惹かれつつも、その閉域に囚われてしまうことを怖れた「逃走」としてとらえる視点に気づかされた。

 ここで先に明らかにしておかねばならないが、エイケンの短篇小説「ひそかな雪、ひめやかな雪(Silent Snow, Secret Snow)」を、「種子が芽吹くのではなく、種子の内部へと還っていく季節としての冬」を中心に読み解くのは決して一般的ではない。
 先に挙げた『教えたくなる名短篇』(ちくま文庫)の巻末には、編者を務めた北村薫と宮部みゆきによる対談形式の解説が収められているのだが、そこで北村は「この甘美な世界というのは何か、文芸を愛する者の心に響きますし、[中略]芸術の世界のようなものに捕まえられてしまうというふうな」と語り、一方、宮部は「これは大好きな作品ですね。[中略]清冽な美という点で冴えてる[中略]やっぱり心が柔らかくて繊細な年頃のときに、たまさかこういう雪の声を聴いてしまうんでしょうねえ」と述べて、少年が呑み込まれていくのが絶対的な孤独であることを認めながら、その甘美さに対する文芸愛好者としての憧れを隠そうとしない。彼らの眼差しは、「毎朝配達に来る牛乳屋の音が届かないことから、積もった雪の白さを思い浮かべて少年は喜びに浸るが、窓に眼を向けると雪など降っていない、にもかかわらず、ずっと雪が降っている感じが、その後もつきまとった……」と「響きの喪失が生み出した幻想」からこの作品を語り始めたtamaruと大きく異なっている。それは文字言語という、明らかに事後に外部からインストールされた記号を用いるがゆえに、それを外部との回路として、幻想を育むため内部へと沈潜/自閉し得る文学者と、記号とはなり得ない不定形の音/響きを扱うがゆえに、「いま・ここ」に眼を見開き、自らの発した音とその周囲に広がる環境音を凝視せざるを得ない、すなわち自らを外部へと開き続けなければならない音楽演奏者の違いなのだろうか。

 ともあれ、こうした相対化の視点を導入することにより、阿部の達成を、信奉者たちが崇め奉る「極北の殉教者」像からはっきりと切り離してとらえることができる。すると、孤独/孤高とばかり見えていた阿部の営為の周囲に、次第に他のサクソフォン演奏者たちが像を結び始める。
 たとえば、現在、サクソフォンのエクステンデッド・テクニックにおいて世界最先端に位置するジョン・ブッチャー(John Butcher)が、デュオの相手の出した音ではなく、まったく偶然の階段の軋みにすら反応してしまうほど全身の聴覚センサー感度を高め、あるいは不安定なフィードバック回路を採り入れることによって、演奏する自身の意識や身体、意図による運動/操作を希薄化していくやり方。さらには、ロル・コックスヒル(Lol Coxhill)やフローロス・フローリディス(Floros Floridis)が、路上でのバスキングの自由闊達抜さすら取り込んで、トラディショナルや既成の決まり文句を自在に渡り歩きながら、その淡く夢見るようなとりとめのなさによって、移ろい続ける筆先から自己をとめどなく溶解/流出させていく仕方。

 いずれにしても、滅びを必然とし、いやむしろ自ら自滅を希求し、追い求め続けたかに見える阿部の「宿命」を、「極北」に向け方向付けられた磁場から切り離し、むしろそれとは真逆の「自閉からの逃走」ととらえ直すことにより、彼の残した音はまったく新たなパースペクティヴの下に立ち現れてくることになる。『阿部薫の冬』は、改めて阿部を聴き直さねばならない、いや、新たな耳でまた聴くことができるのだと、そこに広がる可能性に気づかせてくれる、私にとってかけがえのない一夜となった。tamaruをはじめ、主催者及び参加者各位に感謝したい。どうもありがとうございました。
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2018年9月24(月)
上池袋anoxia
anoxia lounge種を蒔くvol.7「阿部薫の冬」
ゲスト:tamaru
ナビゲーター:田口賢治
進行:加藤裕士

2018年11月7日修正
 anoxiaでのイヴェント名『阿部薫の冬』を『阿部薫と冬』と誤記していた箇所を訂正しました。
 ただし、本文はあくまで『阿部薫と冬』に関する覚書であり、論旨に変わりはないため、
 他の部分については修正しません。






ライヴ/イヴェント・レヴュー | 17:24:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
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