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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ラテン・アメリカからの熱風が吹き荒れるヴァルプルギスの夜 ―― 歌女+オータコージ@なってるハウス ライヴ・レヴュー  Fiery Wind from Latin America Hard Blowing Walpurgisnacht ―― Live Review of Kajo + Koji Ohta@Nutteru House
 店に入ると、いきなり景色が違う。一段上がったステージ上にも椅子が用意され、左右の壁際、奥のカウンター前と、ぐるり360°まわりから取り囲むように客席が配置されていた。中央には歌女のトレードマークである解体されたドラム・セット。もともと石原と藤巻が移動しながら叩けるよう、中央にバスドラを横置きにし(これがティンパニに替わる時もあった)、その周囲にスネア二個と各種タム、複数のシンバル、ハイハット、タンバリン、カウベル、ゴング、ウィンドチャイム、様々な音具等を並べていたのだが、この日は打楽器奏者が三人ということで、バスドラが二個に、スネアが三個にそれぞれ増強され、シンバルの数も増えている。その一方で、かつて石原・藤巻は大工が工具を入れる携帯用の袋に各種スティックを入れて腰からぶら下げていたのだが、今回はそれはなく、スティック類は音具とともに小テーブルやスネアの打面の上など、あちこちに分散して置いてあった。おそらくはゲストとして初参加のオータに配慮し、イーヴンな環境を準備したのだろう。
220614歌女セッティング1縮小

 チューバがちょっと音を出してピストンの具合を確認し、打楽器奏者たちが手近のものに触れているうちに、何となく無造作に演奏が始まってしまう。

 「これはいくらなんでも、あまりに無造作に過ぎるのではないか」と迂闊にもその時思ってしまった。というのも、ところ狭しと並べられたドラム類を手当り次第に叩いているようでいて、石原・藤巻が打撃の瞬間にスティックの先端で打面をミュートし、一音一音をくっきりと粒立たせているのを、これまで何度となく体験してきたからである。それでこそ音数が増えても響きの空間が確保され、音響が団子とならずに交錯/透過して、様々な起伏を織り成すことができる。また、ミュートせずにフリーに打面を振動させた時の、打音が幾つも重なり合って溶解した分厚い密度、雷鳴や瀑布の如き轟きとも鋭い対比をかたちづくることができた。さらに互いに耳をそばだて敏感に反応するので、演奏は山の天候のように瞬時に移り変わることができた。
 しかし、最初眼の前で繰り広げられたのはあまりにも無造作な叩き合いであり、三人だからそれなりに広がりはあるが、まとまりはない。各音の関係がどうしても効果音的なものにとどまってしまう。銀色の腹を一斉にきらめかせ、一瞬で鮮やかに向きを変えるイワシの群れの鋭敏さは感じられなかった。
220614歌女セッティング2縮小
 店内奥からステージ側を見込む。ステージ上にも椅子が設置されているのがわかる。
 ちなみにステージ上の椅子でエラソーに腕組みしているのはプロデュサーとかではありません。
 念のため。

 しかし、そうした不満はすぐにひっくり返される。
 前述したように、歌女では石原・藤巻の二人が移動しながら演奏する。位置が変われば眼の前の楽器も替わり、互いの、さらにはチューバとの位置関係も変化する。これまでのライヴでは、あるシークェンスでひとしきり演奏してから阿吽の呼吸でおもむろに位置を変える‥‥という風だった。しかし、今回は違う。椅子取りゲームのようにぐるぐる回る。オータが移動を加速させているのだ。あれもこれもと手を伸ばす欲張りでせっかちなビュッフェ客みたいに、少し叩いてはカレンダーをめくるように次に移るオータに押され、他の二人も回転速度を速めないわけにはいかない。いつの間にか打音もミュートを効かせた、細かい刻みへと変化している。響きが粒立ちつつ重層化してサウンドの色合いを編み上げ、チューバがその上を滑走していく。
 打音が打面の擦りの集積へと移り変わると、チューバが循環呼吸によるドローンで応える。石原がベルで細かいリズムを叩いたのを合図に他の二人が一斉になだれ込む。いよいよ「化学反応」が起き始めた。チューバはドローンの音圧を極限まで上げて、何とか決壊せぬよう持ちこたえる。オータが大太鼓用のフェルトヘッドのスティックでバスドラから単一ビートを叩き出し、他の二人がビートの近傍でそれぞれに異なるリズム・パターンを綾なして絡み合う。オータは足を止め、一心不乱に振りかぶってバスドラを殴り続け、他の二人はペースを落とさず、ぐるぐると回り続ける。高岡もまた回転の輪に入ったり出たりを繰り返し、ビートがこらえ切れずにどんどん速くなって音量も高まり、その頂点で弾けてジャラジャラとスピリチュアル・ジャズ風にのたくると、高岡もその中に参加している。一方、オータはいち早く身を翻してスネアを素手で叩き始める。アフロ・ブラジルから吹き抜ける一陣の風。
220614歌女スネア素手叩き縮小

 「三人いれば社会」とよく言われるが、チューバ+打楽器×2のふだんの「歌女」の編成では、打楽器同士の交通がすべて「チューバを見据えて」に行われていたのに対し、打楽器×3になると「チューバはさて措いて」交通が始まってしまう。それだけチューバの位置取りが難しく、また、打楽器は打楽器で回転が止まり、眼の前の楽器が決まるとリズム・パターンが固定してしまうという「ルーレット」的な面が見えてきた。どうなるかと思っていると、位置が固定されても打楽器同士のコンビネーションの中で自主的にリズムを切り替える「機能」が自動生成してくる。様々なリズムが交錯してカリブ海風のサウンド・イメージを醸し出す。「未知との遭遇」の交信フレーズを連想させる一節がチューバに現れ、ドラムが一斉にロールを始める。打面全開放のナイアガラ瀑布。ひとしきりずぶ濡れになってからチューバがコンダクトして減速すると、ゆっくりとしたビートの中から朝鮮打楽器ケンガリのリズムが様々に浮かび上がる。それを軸に色とりどりのビートがずらしながら重ねられ、海岸の砂山のように形態を崩しさっていく。

 しばしのインターミッション。開口一番「楽しい。楽し過ぎる」とオータ。「いや、オータさんは絶対歌女に合うって思ったんだよ」と高岡は満面の笑み。だから先入観なく新鮮に演奏できるようにリハーサルはほとんどせず、ほぼぶっつけ本番で演奏に臨んだのだと言う。
 もうそろそろ後半を始めるかという頃になって、石原がふと気づいて「スタンドにシンバルが一枚もない」と指差す。外して叩いたり、それでドラムの打面を擦ったり、身体がぶつかった弾みに外れて落ちたりして、シンバルが一枚もスタンドに残っていないのだ。ただ、剥き出しの細い金属の柱があちこちに虚しく立っているだけ。廃墟感満杯。「何だこいつらドラマーのくせに、シンバル・スタンドの使い方まったくわかってねーぞ‥‥って言われるよ」とオータ(爆)。

 「それでは歌女のいつものお決まりで、ゲストのソロから始めようと思います」という高岡の大嘘MC(笑)で、後半はオータのソロから始まる。彼は意を決したように、首からマリンバ(バラフォン?)を吊り下げて前へ歩み出て(その姿は文化大革命で自己批判させられる罪人を思わせる)、両手に持ったフェルトヘッドのマレットで叩きまくる。自らを
叩きまくる身体の動きによりマリンバの盤面が撓み波打つので、自ずとマレットの軸の部分も当たってしまい、柔らかく太い音と固く細い音が入り混じる。減速と加速を何度も繰り返した後、炊飯器の内釜(それにしても何でこんなものがあるのか)にチェーンを入れて振り始め、次いでスネアを素手で叩き始める。ラテンのボンゴ・スタイル。上半身が大きく反り返り、下半身は楽器にこすりつけるように突き出され左右にうねる。さらにリンボーダンサーみたいに膝が床に着きそうなほど大きく曲がり、叩き続けながら楽器に身を預けるようにして、下半身が感極まったようにうねりまくる。人類がこんな動きをするのを今までみたことがない。壁際にいたたまらず藤巻が飛び出して、オータが首から下げたマリンバを叩き出す。高岡がこそこそと耳打ちし、カウンターの中でスタッフとして従事していたやはり打楽器奏者の笠谷航平(高岡のFacebook情報で後から知ったのだが、彼はこの少し前に同じ「なってるハウス」で「即興演奏デビュー」を果たしたのだという)がやおら加勢して、打楽器奏者が四人に増える。

 演奏は何度も頂点に登り詰めながら、シジフォスよろしくそこから一瞬で滑り落ち、また尽きることなく高揚していく。オータがスネアの打面をガムテープでミュートし、何を思ったか、そのままテープを延長して、傍らのシンバル・スタンドやタムはおろか、演奏している石原や藤巻にまでテープを巻き付けていく。高岡もテープ貼りに加わり、何重にもぐるぐる巻きにされながら豪放にして繊細な演奏は続き(ダダ的なパフォーマンス性だけでなく、テープによるミュートで余韻が切り詰められ、サウンドの充満が晴れ渡って、実際に細部が聴き取りやすくなった)、最後、シンバルやスネアのスタンドをなぎ倒しながらオータがバスドラにダイヴして楽器が倒れ崩れて〈幕〉。喧噪に満ちたヴァルプルギスの夜に終わりを告げた。「圧巻!」の一言。
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写真はすべて高岡大祐Facebookより転載させていただきました。

2022年6月13日(月)
入谷なってるハウス
歌女:石原雄治(perc)、藤巻鉄郎(perc)、高岡大祐(tuba) +オータコージ(perc)

 オータと高岡はこのライヴの直後、6月後半から関西ツアーに出かけたが、今度は二人に「赤い日ル女」(ヴォイス)を加えたトリオで、8月19日(本日!)から、やはり関西ツアーを行う。現在、発表されている日程は以下の通り(詳しくは下記URLを参照)。ぜひご覧ください。
https://note.com/blowbass/n/nb8cca8a8e5ae?fbclid=IwAR0JSwL0b4QBGoZj7le6AZV_qFjagryduX8sMrlgiz6vbPbSSBhormAjNeY

8/19(金) open 19:00 / start 19:30
神戸元町 space eauuu
赤い日ル女×高岡大祐×オータコージ
ゲスト:山本信記 tp,synth

【外の人 vol.6】 ※野外即興イベント
8/20(土) 南海・堺筋線 天下茶屋駅改札口15時集合
赤い日ル女×高岡大祐×江崎將史×オータコージ
at 大阪市西成区某所

8/21(日) open 18:30 / start 19:00
西明石はりまのまど
赤い日ル女 高岡大祐 デュオ
赤い日ル女vo,etc 高岡大祐tuba

8/22(月)open 18:30 / start 19:00
京都エンゲルスガール
赤い日ル女×高岡大祐×オータコージ
※急遽会場が十三宝湯→京都エンゲルスガールに変更となりました。




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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 13:32:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
行動のネットワークとしての曼荼羅 ―― 田内万里夫個展レヴュー(高岡大祐ソロ・ライヴを含む)  Mandala As Network of Action ―― Review of Mario Tauchi Exhibition (including Daysuke Takaoka Solo Performance)
1.オーガニックなイメージ
 日比谷駅のA3出口の階段を上がると、自動車がひっきりなしに往来する大通りとはまったく異なる景色が右手に開ける。段差のない広い歩道スペース、整えられた街路樹、落ち着いたオープンカフェ‥‥。高い建物が両側に続くので、強い日ざしに直接晒されないのも、この時間帯にはありがたい。オープンカフェと小道を挟んだ向かい、ホテル「ザ・ペニンシュラ東京」から対角線に眺め下ろされる角に目指すギャラリーはあった。道路に面した二面の膝の高さから頭の上までがガラス張り。そこに絵が描かれている。
 オープンカフェに面した側は白い線で、メイン道路に面した側は視線の角度によって色合いの変わる不思議な線で(何と出入口のドアにまで)、それぞれ後述する「マリオ曼荼羅」が描かれている。壁に飾られた白い紙に描かれたドローイングも、PCモニタで流されている動画で制作中の様子が紹介されている壁画も、装画を担当した書籍をかざるのも、奥まった控え室スペースに飾られたより判の小さいドローイングも、貼られた写真に写る服飾や店舗のデザインも、すべて同様の「図像」が描かれている。
マリオカフェ福島1縮小

カッティングシート3縮小
 写真:田内万里夫

 一定の太さの筆致を感じさせない線。直線的とか幾何学的から限りなく遠い線の軌跡。細密に描き込まれながら、息苦しさを感じさせないユーモラスな伸びやかさ。だが、そうした線の印象より先に、描かれた「図像」の特異さが迫ってくる。消化器官の粘膜の顕微鏡写真? 脳内でドーパミンをやりとりするレセプター? 古代の海を席巻した腔腸動物の群生? ペイズリー柄のサイケデリックな増殖? ‥‥‥???
 中央が円く窪んだ柔らかな突起。そこを出入りしたり、あるいは宙空に浮かぶ幾つもの小さな球体。その周囲に広がる飛沫か分裂体のような細かい球体。絡み合うひも状のもの。表面はイソギンチャクやウミウシ(=腔腸動物)を思わせる白水玉模様で覆われていたり、そのまま白く残されていたりするが、いずれの場合もぬらりとした粘液層で覆われているように感じられる。
 料理人をしているという方に「これは貝ですか」と尋ねられました‥‥と田内。確かに貝の水管や肝、あるいはホヤに似た形態も見られる。「うどん」と言われたこともありますね。まあ、オーガニックなイメージであることは確かです‥‥と。


2.隣接性と曼荼羅
 これは、この後、ギャラリー内で演奏するために来ていた高岡大祐に教えてもらったのだが(と言うか、そもそもこの展覧会自体、高岡のライヴ告知で知ったのだった)、ドローイングは広げた紙のどこかに小さな○を描くことから始め、休みなく即興でどんどん描いていって、一気に完成させてしまうのだと言う。そう言われると、「隣接性」の原理に基づいて線が自らを構築していく様子が浮かんでくる。「隣接性」ということは「間隔化」ということでもあって、〈非〉接触であり〈非〉交差にほかならない。そう思ってドローイングを見直すと、卵(あるいは胞子)が孔から放出されるかの場面でも、ひも状の組織が絡まりあっている場面でも、そこにはしかるべき距離/空間があって、窮屈に密着することがない。そのことが「表面がぬらりとした粘液で覆われている」印象を与えるのだろう。
 もうひとつここで指摘しておきたいのは、ドローイングが不思議な奥行きを有していることだ。図像が重なる部分があって、なおかつ接触/交差していないのだから、当然そこには前後の隔たりがある。ジャクソン・ポロックJackson Pollockの作品ではポワリング/ドリッピングによる線の交錯が、その厚みのない重なりによって「浅い奥行き」を生み出すとされているが、田内のドローイングでは形態が描かれているから、奥行きは厚みのある「モノ」と「モノ」の重なりとして感得される。陰影も遠近法的な構図も排され、描線が一様で細部も文様的な描かれ方をされているにもかかわらず、決して平面的ではない。宙空に浮かんでいる球(そもそも、これが「円」に見えない時点で空間的と言うほかはないが)は、天体写真に写り込んでいるはるか遠くの星雲のようにも見え、手前にあるのか、奥にあるのかわからない。

 このことは田内が自ら標榜する「曼荼羅」と彼の作品自体の関係を考える上でも重要ではないだろうか。田内は「曼荼羅」というのが、特に西欧世界において、自らのドローイングを取っ付きやすくする「接点」をもたらす語であり、また言葉を通じて情報を流通しやすくするものであると話していた。C.G.ユングCarl Gustav Jungによる曼荼羅理解がそのベースになっているとも。その一方で、自分の作品や制作行為があまりにも仏教に引き付けられて解釈/理解されてしまうことに対する懸念も述べていた。
 無意識の奥底深くから浮かび上がる共通図式(個人的には不定形の流動が束の間かたちづくる平衡/均衡のかたち/構造ととらえたいところだ)という、ユングの曼荼羅のイメージは、彼の唱える集合無意識とも深く関わるものであり、田内の描くオーガニックな形象と確かに響き合うところがある。しかし、その一方で、金剛界曼荼羅とか胎蔵界曼荼羅といった稠密かつ幾何学的な平面配置と田内のドローイングは、ほとんど対極にあると言ってよいほどかけ離れていることに注意したい(球、トーラス、四角錐というあからさまに密教的なシンボルをカラー図版で刷り込んだものや、実在しない漢字(を連想させる形象)を鮮やかな朱色で配した作品もあるが、「マリオ曼荼羅」自体の性質がそれらによって大きく変化するわけではない)。
金剛界縮小 胎蔵界縮小
左:金剛界曼荼羅  右:胎蔵界曼荼羅  いずれも奈良国立博物館蔵

 田内とは異なる曼荼羅的なドローイングの一例として、いささか極端なケースではあるが、アール・ブリュット作家として知られるアドルフ・ヴェルフリAdolf Wölfliの作品を掲げておこう。こうした空間恐怖、強迫的反復、空間の分割に継ぐ分割は、田内の作品にはまったく見られない。ここで作品は、いや、あらゆる線と形象は、平面の中にギュウギュウに閉じ込められ窒息している。
ヴェルフリ1縮小

 やはり自らを平面性の中に限定している点で、ダニエル・リベスキンドDaniel Libeskindの建築ドローイング『マイクロメガスMicromegas』(1979年)も見ておきたい。その後、ベルリンのユダヤ博物館の設計(1988年にコンペ当選)やニューヨークの世界貿易センター跡地の再建計画コンペ(2002年)に当選したことで知られる彼の初期作品である、この「建築ドローイング」は実際には三次元化できず、建築物として成立しないばかりか、形象(と見えるもの)を縁取る輪郭線が閉じておらず、内部と外部が、凹部と凸部が入れ代わってしまう「だまし絵」的な性格を有している。彼自身はこのことについて、「ドローイングはある物体の影などではなく、また単なる線の集積でもなく、慣習という惰性的な力への盲従でもない。わたしの作品は、それに対してはいかなる(決定的な)言葉も与えられないような不十分さが知覚の核心にあることを表現しようとするのである。」と述べている。ディコンストラクティヴィストとしての面目躍如な発言ではあるが、その決定不能性は、ドローイング/絵画のメディウムとしての本質である平面性に、自らを注意深く限定することによってもたらされたものにほかなるまい。
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3.行動の横断的ネットワーク
 それでは田内のドローイングは平面性から、メディウムの純粋性からどこへ向かって一歩を踏み出したのだろうか。ここで「参加と行動の横断的ネットワーク」という言葉が思い浮かぶ。「マリオ曼荼羅」に描かれているのは、脳内レセプターや腔腸動物を思わせる、すべてオーガニックな形象であるばかりでなく、それらが互いに連結し、相互作用する組織/環境であるからだ。そちらで卵が、種子が、胞子が産み落とされ、あちらでは絡み合う触手が捕食の準備を整え、こちらは今まさに脱皮して、あるいは宿主の皮膚を食い破って、新たな形態が流れ出そうとしている。いくつものサイクルが異なる周期で作動しながら重なり合っているようだ。
 さらに作品内に描かれた内容を超えたネットワークがある。JR高輪ゲートウェイ駅新設工事のフェンスを飾るパブリック・アートを手掛けた際の記録ヴィデオを見ると、彼は脚立を上り下りしながら、本当に下絵もなく、一定のスピードでどんどんと描いていく。下がって全景を捉え直すこともなく、ただただ腕の届く範囲にペンを走らせ、また位置を変えて描き続けていくのだ。その様子は葉の裏にびっしりと整列した卵を産みつけていく昆虫を思わせる。「オーガニックな増殖」は描かれた形象を超えて、彼の描く行為自体と結びついている。
 そうした「描く行為」は、展覧会用の作品の製作を超えて、彼が「Commission Works」と呼ぶ活動へとつながっていく。もちろんそれは単なる「請負仕事」ではない。小説本を装画し、料理店の店頭を飾る壁画を描き、阿波踊りの「連」の浴衣の図柄をデザインし、選挙の度に投票行動促進のポスターを制作する。これらがすべて相手に広く呼びかけ、内部へと招き入れ、参加と行動を促す活動であることは決して偶然ではあるまい。それらを貫いて「マリオ曼荼羅」が脈動し、増殖を続けていく。

 彼の初めて出版された作品が「曼荼羅ぬり絵」だったというのは何とも象徴的だ。線で囲まれた区画を塗り手が思い思いに塗りつぶしていく塗り絵は、「マリオ曼荼羅」の三次元的な構築(形象の立体としての連続性/前後配置/嵌入性)と幻惑的な奥行きを明らかにするとともに、塗り手の参加を必要不可欠のものとして促すからだ。
 所謂「コラボ」というのは、現在のアート・シーンではごくごく当たり前のことではないかと疑問に思われるかもしれない。確かにアーティスト同士の、あるいはそうした枠組みも超えた企業や社会団体、さらには一般市民とのコラボレーションは、いまや広く行われているだろう。しかし、それらは大抵の場合、マルチメディア的なマーケティング戦略の一環としてのキャラクターの流通、名前の権威を貸し借りしあうタイアップに過ぎない。だからこそ「コラボ」と三文字の略称/蔑称で呼ばれるのだ。田内の行ってきた「Commission Works」は、そうした「マリオ曼荼羅」のキャラクター商売ではない。「マリオ曼荼羅」が場に応じてその都度その都度つくり出されるものではなくなって、誰が見てもそれとわかり、見る前から固定的な意味あいや価値を担ってしまう「キャラクター」と化してしまうことを、彼は誰よりも怖れ、その危険を注意深く避けているように思う(この姿勢はバリー・シュワルツ『なぜ働くのか』(朝日出版社)を彼が翻訳していることと結びついているに違いない)。それが現場での即興的な制作にこだわる理由だろう。

 今回の展示でガラス面に制作された二作品も、会場を実際に下見したら、もともと商業スペースとして設計・施工されたということで、よくあるホワイト・キューブ仕立てではなく、道路に面する二面がショーウインドウ用にガラスになっていた。勿体ないのでガラス面を使えないかなと考えて、オープンカフェに面した方は、お店の人やお客さんが「おや、何だろう」と思ってくれるように、そちらに向けて絵を描くことにした(実際、外から見て読める向きで個展の案内表示がされている。ちなみにこの絵は会期中にどんどん描き足されている)。出入口のある方のガラスは、十年くらい前に展覧会を開いた時に、中川ケミカルっていう会社の方から「これってウチの会社の製品、カッティング・シートでできますよ」って耳打ちされたのを思い出して相談してみたら、「カッティング・シート」って名前自体がこの会社の商品名だった。セロテープとか、ホッチキスと同じ。それで、偏光性のある素材を使いました。いや〜、展示の準備が大変で。まずは全面にカッティング・シートを貼付けて、それから中を切り取っていくんだけど、貼るだけで会社から三人ぐらい職人さんが来て、こっちも手伝って、その後、中身の刳り抜きで。いや〜、本当に力尽きました(笑)。
 作品をすっと眺め渡すだけでも、紫、ピンク、オレンジ、緑、水色、青、黄等の色が見える。見る角度を変えると、また色が変わる。表面が超の鱗粉のような構造になっているのだろうか。反射と透過の両方がミックスされるわけで、夕方、陽が傾いてビルの隙間から西日が直接射し込むようになると、影までが色づいているのだ‥‥と、前日のリハーサル時に体験した高岡が教えてくれた。
カッティングシート1縮小 カッティングシート5縮小
 写真:高岡大祐
 この写真でも色あいが変化しているのがわかるが、肉眼ではもっと顕著。

マリオカフェ福島2縮小
 ドローイングの右端の部分が描き足されている。前掲の写真と比べていただきたい。

 アートよりも音楽の人たち、特にフリー・ジャズとか演っている人たちとどうも気が合うみたいで‥‥と話す田内は展覧会の2日目の8月10日、ファンカデリックのTシャツを着ていた。ブラック・ミュージックがお好きなんですかと訊くと、やっぱりサイケデリックとかから入ってるからJB(ジェームズ・ブラウン)よりもジョージ・クリントンかな。宇宙って感じで‥‥と答えてくれた。
 制作を始めた頃、子どもがまだ小さかったこともあって、それからずっと自宅ではソファ、アトリエでは寝袋で寝ているという話に、「田内さんはいつもそうだよね。アトリエも行ったけど、何か常に切羽詰まってるよね」と、古くからの付き合いだと言う高岡が混ぜっ返す。
 本当にそうなんだろうなと思う。アトリエにしろ、ストリートにしろ、制作「現場」のスピード感(湧き上がってくる感じ)、機動力、即興的な構築力と柔軟性(応用力)等が、描かれた作品や行動の軌跡、話し振りなどから一貫して感じられる。「行動」する人のアート。それは結果としての作品の集積(アーカイヴ)ではなく、展覧会の開催実績や受賞歴でももちろんなく、「いま・ここ」での行動の手段であり、ツールであり、メッセージであり、身体であるのだろう。


4.高岡大祐ソロ・パフォーマンス
 アフリカ産だという色鮮やかな絵柄の布地で両サイドにシースルーの切り返しが仕込まれたロング・スカート(友人のダンサーが仕立ててくれたという)姿の高岡が、チューバのハードケース(貨物扱い用のもの)に田内が描いてくれたドローイングが外から見えるよう、まずはそちらの面を窓に向けて置き直した。外をあまりクルマが通らないので意外なほどに静かだ。リュックから取り出した、ダイスカップを籠で編んで持ち手を付けたような打楽器「カシシ」(アフリカの民族楽器)を、チューバのそばに並べる。
マリオ高岡福島1縮小

 しばらくして、ケースの「マリオ曼荼羅」面をこちらに向け直し、椅子に腰掛けて演奏が始まった。まずは長い持続音が部屋の響きを確かめるように続く。循環呼吸の鼻息が鋭く空気を打つ。ピストンはずっと開放のまま、息だけで音高を揺らがせる。チューバを吹きながらカシシに手を伸ばし、ゆっくりと、やがてリズミックに振り始める。中に入れられた乾燥した豆がシャカシャカと音をたて、板の貼られた底面をこちらに向けて打ち鳴らすと鋭い打撃音が飛び散る。吹きながら発する声が重ねられ(グロウル)、持続音に立ち戻った中にさざ波が現れて、右脚のステップに煽られるように速度が高まると、ワンワンワンワン‥‥と小刻みに唸りを上げ始める。川村美術館のロスコー・ルームで絵の中から響いてきたように感じた音(もちろん、あそこでは実際に音が鳴っていたわけではなかった)。ミニマルなフレーズが紡がれ、どんどんダンサブルな感じになっていく。チューバを指でパチンと弾いて勢いを付け、再びうなり声。やがて声は高く澄み渡っていき、重音奏法も加わって「一人メレディスク・モンク・ヴォーカル・アンサンブル」みたいな不思議な響きに至る。

 それでも足りないと感じたのか、膝の上にチューバを横置きにして吹き鳴らしながら、カシシを手に取り、両手で振り出す。自転車の手放し運転の如き荒技。さらには右手で管の一部を引き抜いて「水抜き」する間、カシシの鳴りを途切れさせまいと口に加えて頭を振る違法行為(笑)。後には奏法が改良され、膝の上に縦置きしたチューバを左手で支えながら、右手で二個のカシシを振る。
 声とチューバの持続音が豊かな倍音を高めていく。反復的なカシシのリズムと相俟って、ブードゥー祭儀の音楽やカンドンブレ、あるいはネイティヴ・アメリカンのゴースト・ダンスにも似た民族音楽の宗教的トランスの感覚が呼び起こされる。「都心のギャラリーでの演奏」という冷房の効いた無菌的なイメージとは程遠い、熱気と色彩と匂いに満ちた生命の脈動を感じさせる演奏となった。スカート生地とカシシのせいで、どうしてもアフリカのサヴァンナとかを思い浮かべてしまうけれど、それはまさに「マリオ曼荼羅」のオーガニックな生成を映し出した音世界と言うべきだろう


田内万里夫個展
 場所 CADAN有楽町(千代田区有楽町1丁目10−1 有楽町ビル1F)
 会期 2022年8月9日(火)~8月28日(日)
 演奏イヴェント(15時頃より1時間程度 投げ銭制)
  8月11日(木)  高岡大輔(チューバ)ソロ
8月13日(土)  高岡大輔(チューバ)、赤い日ル女(ヴォイス)
8月14日(日)  高岡大輔(チューバ)、潮田雄一(ギター)
8月21日(日)  佐々木彩子(うた,ギター,キーボード)ソロ
8月28日(日)  高岡大輔(チューバ)、桜井芳樹(ギター)
  ※13日は台風襲来のため外出せず聴き逃したが(泣)、
   14日の演奏については幸い聴くことができたので、
稿を改め、追ってレヴューしたい。

田内万里夫ウェブページ「マリオ曼荼羅」
https://mariomandala.com/
 作品のほか、『フォーブス ジャパン』インタヴュー記事(※)や動画も
見ることができ、とても内容が充実しているので、ぜひご覧いただきたい。
※「マリオ曼荼羅」articlesページ最下段のリンクから
あるいはhttps://forbesjapan.com/articles/detail/32543
「『マリオ曼荼羅』のイメージが初めてが降りてきた」時の話などもされていて
実に興味深い。




ライヴ/イヴェント・レヴュー | 15:15:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
比類なき集中が照らし出す跳躍の瞬間 ―― 大上流一デュオ・シリーズ(石川高、灰野敬二)@Permianライヴ・レヴュー  Leaping Moments Illuminated by Incomparable Concentration ―― Live Review of Ryuichi Daijo Duo Series (Ko Ishikawa, Keiji Haino) @ Permian
1.石川高+大上流一@Permian
 2022年3月19日、この日の東京の天候は夕方から雨。かなりの降りで風も強い。Permianは地下にあるから、入口のドアさえ閉めてしまえば外の雨や風の音は気にならないが、その分、隔離され閉ざされた感触は強まる。眼前の音への集中が否が応でも高まらざるを得ない。

 左手側に笙の石川、右手側にアコースティック・ギターの大上。いずれも椅子に腰掛けている。演奏は身構える間もなく、すっと同時に始まった。強く息を吹き込まれた笙が音色を移り変わらせながら強弱の弧を描き、ギターは琵琶を思わせる鉈のように重い音色で、同一音高の連続や二・三個の音を繰り返しながら、音色をさらに研ぎ澄まし、一音を深く彫り刻んでいく。
 ふーっと寄せては鮮やかに切り返していた笙が、息を抑えて起伏をなくし、あえて弱音による平坦さを選んで、音を水平に伸ばし続けると、ギターは同じく音高を限定してフレーズやリズムへの展開を抑制しつつ、手首をひねって弦をピッキングすることにより、音の立ち上がりに不定形に歪んだアクセントを付け加える。笙本来の「寄せては返す」息づきを殺し、鏡のように磨き上げられた白く輝く平面に、不思議な形の岩がぽつりぽつりと配されていく。
 ふっと笙の音が止むとギターがアルペジオに転じ、その後も提示したフレーズやコードをすぐさま鋭く切断し、ダイナミックな跳躍を繰り返しながら「不在」を支える。石川は手元に置いた電熱器の上に笙を転がし、楽器内にたまった湿気を取っている。
 再び笙が弱音から始め、ギターが左手指でミュートした弦を搔き鳴らすと、「ルルルルルル‥‥」とあるはずのないリードを震わせるような聴いたことのない音色が吹き鳴らされたかと思うと、すぐに止んでしまう。再びギターが切断と跳躍を繰り返し、「不在」を支える。今度は演奏のフィールドをフレーズやリズムのグラウンドからさらに深め、ピックでの弦の擦りやミュートした弦へのアクト等、よりミクロな「振動」の領野へと移している。大上が静かに、また繊細にダイナミックな跳躍を繰り返す間、石川は電熱器の上で転がす笙だけを見詰めている。先ほどは湿気がまだ取りきれていなかったのだろうか。今度の離脱はずいぶん長く続いている。
 捧げ持たれた笙の空間に溶け入る微かな鳴りが、ルルルルルル‥‥という明確な響きへと羽撃き、さらにハーモニクスが加わる。タンギングを駆使しているのだろうか、短く切り取られた吹き鳴らしが断続的に破裂する。ケーンとパンパイプを合わせたような音色から電子音と聴き紛うサウンドへの移り変わり。ギターは音数を減らし、空間を広く保って、笙の音色変化を照らし出して、より静寂へと近づきながら緊張を高める。
 さらに笙の音が高まり、ちっぽけな球体の中でひしめき合う息の「戦闘状態」を周囲に拡大投影する。幾つにも分岐した気の流れがぶつかり合い、渦を巻いて、林立する管を揺すぶってノイジーな悲鳴を上げさせながら、さらにモジュレーションをかけ音色をねじ切るように歪めていく。ギターが激しく搔き鳴らされ、射出された倍音が四方八方に飛び散って、充満する重たい音の雲を鋭く切り裂く。金属質のアクが分離し、雲がいささか薄らいだかと思うと、首を切られても甦るヒュドラの如く、またぞろ頭をもたげてくる。ギターは音数を保ったまま、弦をミュートし、音量をだんだんと絞っていく。ギターの音が遠ざかるのを確かめながら、立ちこめていた笙による充満も次第に解け、すーっと温度を下げるように最弱音に至る。

 ここでサウンド間に繰り広げられている「交通」は、通常の即興演奏よりもはるかなミクロな次元で為されており、時にそれを超えて潜在性の次元へと進入していく。
 振り下ろされるピックと弦の衝突がまず光として炸裂し、すでに鳴り響いている笙の未だ現象化していなかった様態を閃光の下に照らし出しながら、三方の壁や天井に激しく衝突して、砕け散る残響の中、高次倍音に至る幅広いスペクトルがさらに飴のように引き伸ばされ、明滅を繰り返しながら透き通っていく。ここで照らし出される「笙の未だ現象化していなかった様態」とは、通常、安定した持続=ドローンととらえられる笙の均質で定常的な音の層のうちに潜む響きの濃度の勾配、加速する部分と減速する部分が入り混じってつくりだす局所的な圧縮や伸張さらには褶曲や断層、吹き込まれた息が複数に枝分かれした乱流が絡まり合ってつくりだすパルスの網状組織等にほかならない。
 通常の楽器演奏の範疇では具現化されず潜在的なままとどまっているもの、たとえ束の間顕在化したとしても、笙=持続/ギター=瞬間という対比が固定観念により覆い隠され見えないままになってしまうものに、目映い光が照射され、白日の下に引き出される。一見、透明に溶け合う倍音と残響の希薄な広がりには、早朝の蒼い光にも似たざわめきが満ち満ちている。

 休憩後の2セット目でもやはり、笙の強奏時に本来の端正な響きがぐーっと傾き、モジュレーションをかけられたように押しつぶされ歪む様が聴かれた(後で尋ねたら、やはり本来の雅楽ではあり得ない吹き方のようだ)。また、ギターがアブストラクトな(「非イディオム的な」と言うべきか)フレーズにとどまらず、スライド・ギターを含むブルースの語法を用いる場面を聴くこともできた。

 その2セット目の最後、二人とももう音を出すのは止めていて、笙を口元から離し、右手を弦から外して、演奏の終了を確認するために二人が視線を合わせた時、大上の頬は緊張から解き放たれて安堵に緩み、口角が少し上がって満足そうな笑みをたたえており、一方、石川はぷっと噴き出し笑い出して、大上も釣られて微笑んだ。共に会心の演奏だったのだろう。それは聴いていた私たちにもよくわかっていた。
 ギターの倍音が凄かったと石川が語り出し、盛んに頷く聴衆をよそに、ギターの胴の板が厚めなのでよく響くのではないかと大上が応える。そう言えば、前回のPermianでの共演ライヴでは、確か座る位置が今回と逆でしたねと口を挿むと、そうなんだ、あっち(客席から向かって左側)の方が響きが素直で、こっちの方が音が反射してあっちこっち行く感じなんだよね、なんで今回は石川さんにあっちに座ってもらって‥‥と大上が説明する。「狙い」とか「目論み」とまでは行かなくとも、そうした「伏線」はやはりあったのだなと独りごちた。
 その後、演奏の相性という話になり、二人とも「このデュオでは、ソロよりも遠くに行ける気がする」と話してくれた。そこで「相性」とは何だろうか。もちろん人間関係に尽きるものではあるまい。あえて説明の愚を犯すならば、「自分一人では見ることの出来ない自分が引き出され見えてくる」ような関係とでも言えばよいだろうか。ここに掲げたレヴュー文で言えば、「サウンド間に繰り広げられている「交通」は、通常の即興演奏よりもはるかなミクロな次元で為されており、時にそれを超えて潜在性の次元へと進入していく」ことが、今回のライヴにおけるその内実と考える次第である。


2.灰野敬二+大上流一@Permian
 上記ライヴのちょうど一週間後の2022年3月26日、この日のPermianは予約で満席となり、通常のひな段への固定椅子以外に前方に補助椅子が並べられた。客席から向かって左側にガット・ギターを抱えた灰野、右側に大上用の椅子。
 開演前に、わざわざ大阪から来たという聴き手が友人に「灰野さんのガット・ギターをライヴで聴きたいって、ずっと言ってたんだよ。誰もやってくれないなら、自分で企画するしかないかなと思ってたんだ。確かガット・ギターを手にするのは20年ぶりぐらいだって、灰野さん言ってたよ。人前で演奏するのはたぶん初めてじゃないかって」と話していた。とするとCD『光 闇 打ち溶け合いし この響き』の録音以来なのだろうか。『捧げる 灰野敬二の世界』に収められたディスコグラフィの執筆時に、その時点までに制作・発売された彼の全作品(録音)を聴いたが、個人的にはこの作品はその中の十指に入ると思う。演奏への期待に胸が高鳴る。

 まず灰野がソロで始める。まだ、大上は所定の位置に着いていない。身を二つに折り、ギターを深く抱え込んで、身体を痙攣するように震わせながら、一音ずつ音を出していく。右手と左手はそのまま二人のダンサーであり、その間に同期の閃光が走る時、弦が震えて音が放たれる‥‥とでも言おうか。しかも彼は震える弦をそのままにしておかない。余韻を注視しながら、張られた弦の上に掌をかざし、ギターの向きを変え、あるいは揺すぶって立ち上る倍音/残響に手を加える(それは彼がガムラン・セットや創作打楽器ポリゴノーラの演奏時にやっていたことだ)。

 客席の後ろで聴いていた大上がステージへ進み、椅子に腰を下ろして、ケースからスティール弦のアコースティック・ギターを取り出し、リズミックな刻みを奏で始める。両者の響きの違い(それは決して弦の材質の差異だけによるものではない)が一瞬で明らかになる。引き絞られ、引き伸ばされ、弦一本一本をばらけさせながら、ロクロの上の粘土のように自在の形を変えていく透明な音響。リズムを刻み、音を連ね、あるいはトレモロを用いて、倍音領域を含めてギターを総体として取り扱いながら、クロッキー帳のページを次々に破り捨て、新たなページにペンを走らせ続ける線の進展、あるいは次々に背後へと飛び退っていく車窓風景のめくるめく体験。

 コール&レスポンスをはじめ、「合わせに行く」場面は双方とも見られない。二人はそれぞれに独自の起伏をかたちづくり、あるいは自在に線を伸ばす。いきなり爆発したかと思うと、一転してリリカルな調べを奏で、長い髪をゆるやかに搔き上げてから再度弾き始め、そこから急加速する灰野。弦をミュートしたまま素早く搔き鳴らして切れ目のない連続体をつくりだし、続いてピックで弦を水平に擦る奏法へと移行して音色スペクトルを拡大し、さらに溶けて流れ出すような高速のトレモロに移り変わる大上。にもかかわらず、いや当然のこととして、随所で「交差」や「横切り」が生じる。時に音がぶつかり、あるいは重なり合い、さらには反発や溶融を生じさせる。また、顔も向けず視線も合わせないにもかかわらず、寸分違わぬ同期が生み出されもする。加速し、急減速し、何の前触れもなく音がすっぱりと鋭く切断される様が、ピアニストの右手と左手のように、寸分の狂いもなく成し遂げられた。
 「同期することへの反発」が自然と働いたのだろう。次の展開では互いに「外し」を仕掛けつつ、加速と減速が、離散と連続が、むしろぴったりと並走する。互いの左手首をロープで結わいて、右手のナイフを突きつけ合う決闘、あるいは粘膜を絡め合い体液を交換する性交のように、音の肌を触れ合っているからこそ、次の動きが生じる前に感じ取ることができる。そうした息苦しいまでの密着感をまざまざと露わにした演奏が続いた。

 前半の演奏が終わり、しばし休憩してから後半の演奏を始める旨のアナウンスをして、大上が外へ出る(おそらくは煙草を吸いに行ったのだろう)。残された灰野は抱えたままだったギターにチューニングを施すとスタンドに立てかけ、立ち上がり様、ぽつりと「それにしても凄い集中力だよな‥‥」とつぶやいた。それは共演相手の大上に向けられた賞賛だったのか、それとも息もつけない緊張の連続だった前半を終え、これから後半へと向かう自分を労い鼓舞する言葉であったのか、さらには集中を切らさず固唾を飲んで演奏を見詰め続けた満員の聴衆を含む「場」への驚嘆と感謝だったのだろうか。

 後半は大上が先に音を出し始める。奇妙にねじくれたフレーズから美しい倍音がふんだんに立ちのぼる。すでに椅子に着いている灰野は「考える人」のポーズでしばらくそれに耳を傾けていたかと思うと、会場で配られた「Food For Thought」(※)のプリントを取り出して、それを左手で弦に押し付けミュートしながら、いきなり弾きまくる。さらには、ギターを膝の上に水平に置き、弦の下にプリントを差し込み(プリペアド)、また抱えて弾き始める。激しいカッティングを繰り返すうち、紙はすぐにギターから滑り落ちるが、彼は気にも留めない(プリペアドは走り出すきっかけに過ぎなかった)。
※Permianのウェブページに掲げられた、即興(演奏)について考えるための引用集。出典は音楽関係に留まらず、哲学、文学、美術等、多方面に及んでいる。ぜひご覧いただきたい。
https://www.permian.tokyo/food-for-thought/

 ここからいよいよ二人の対比が明らかになっていく。
 灰野は切断と急加速を繰り返すかと思えば、加速に抗うように定速のカッティングを執拗に続け、極端に点描的になり、搔き鳴らし/フレーズ/カッティングの頻繁な交替を経てごくごく小音量での演奏に至り、フラメンコ風の右手指をぱっと伸ばす華麗なストロークの嵐を吹き荒れさせた後、弦を緩めて調弦を外し始める。猫のように柔軟で鮮やかな身のこなしによる切り返し、反転、フェイントの連続。武術家甲野善紀の言う「井桁崩し」ではないが、自らの拠って立つ足元を一瞬にして崩壊させ、素早く重心を移し、一瞬で加速して、別の地点から異なるヴェクトルで現れる。そしてもうひとつ、演奏の天衣無縫な囚われの無さ。「フリー・インプロヴィゼーション」ということを、暗黙のルールやマナーの集合体(=型や文化)、あるいはその場での演奏を価値づける根拠ととらえてしまうと、特殊奏法(エクステンデッド・テクニック)、非イディオム、ノイズ、無調、非定型リズム等の「フリー・インプロっぽい」形から入った、そしてその「枠組み」を一歩も離れることのない演奏となりやすい。コード感のある演奏、同一音やフレーズの繰り返し等を自らに禁じてしまうのだ。先に石川と大上の共演について見たように、特殊奏法とは通常の演奏における「禁じ手」であるわけだが、そうした「禁じ手」の枠内に限定して演奏するのであれば、可能性の平面は決して拡張されないし、侵犯の強度も低下するよりあるまい。灰野はそうした「自粛」とは無縁の演奏者だ。
 対して大上は「最短距離」で歩みを進める。彼は以前に「動く時はダイナミクスを高めることだけを考える」と話してくれた。静から動へ(あるいはその逆)、加速/減速、音量の極端な変化、音高や音色の変容、疎から密へ(あるいはその逆)‥‥。どのパラメーターをいつ、どのくらい変化させるか。それは瞬間に到来する圧縮された光景への対応にほかならない。自分や相手の考えや動きを事前に読む/見通すのではなく、それらを含む聴覚的環境の変化に瞬時に対応し、打ち返し、宙に身を踊らせる。彼の演奏を「線の進展」と例えたが、それは「線的な継起」として思い浮かべがちなフレーズの器楽的変奏とはまったく異なる。そこには常にミクロだが決定的な切断/跳躍が含まれている。ジグザグに折れ曲がりながら、どこまでも伸びていく線は、至るところで不連続を来しているのだ。
 もし、いまの記述が灰野の演奏はギミックに満ちており、大上は即興演奏の「決まりごと」を墨守する制度主義者だとの印象を僅かでも与えるとするならば、それは私の説明が至らないせいである。もちろん、そんなことはない。

 彼らの演奏の詳細を書き尽くすことは到底できないが、ひとつ書いておきたいのは、先に記した二人の原理的な差異にもかかわらず、至るところで交差し、並走し、肌を触れ合って互いを鋭敏に感じ取り触発し合っている場面が見られたことだ。幾つか事例を抜き出してみよう。
 これは先に一部記したが、前半半ばの目まぐるしい加速/減速/切断を鍔迫り合い状態で並走したまま乗り切った場面とその後の今度は互いに「外し」にかかりながら同様にピタリと貼り付いたように並走した場面。
 後半でプリペアドから抜け出した灰野が極端な切断と加速を繰り返し、大上の左足(通常はギターのボディを支えているので動かない)の踵が小刻みに、しかし激しく震え鳴り出して、それが合図であるかのように彼もまた堰を切った如く加速と跳躍にまみれていった場面。それに続いて大上が立ち上がり、灰野がいるのとは逆の方向、壁の方を向いて弾き出し、以降、二人の演奏が疎と密、速と遅、大音量と小音量というように対照的に、先の密着並走をもたらした求心力とは逆の「遠心力」によって進んでいった場面。
大上灰野縮小


3.補足
 ライヴ当日にその場で書き留めた簡単なメモ(暗闇での走り書きなので、ときどき自分の書いた字なのに判読できなかったりする)に基づき、体験の記憶というか私の中の「残響」へと測鉛を降ろしつつ書き進めているのだが、それにしても大変なものを聴かせてもらったなと改めて思う。二夜ともとびきりに素晴らしい演奏だった。大上にとっては二週続けてのライヴだったわけで、その充実ぶりには凄まじいものがある。石川との共演で弾みをつけて、灰野との共演に臨めたということもあるだろう。実はもうひとつ伏線があって、石川との共演との約一週間前、3月10日に、大上がエレクトリック・ギターを携えて森重靖宗(el-b)、外山明(dr)とトリオを組んだライヴを同じPermianで行っている。チェロからエレクトリック・ベースに楽器を持ち替えた森重が各種エフェクターを駆使した演奏をするであろうことを見越してか、大上はふだんよりもはるかに多いエフェクターを用意してライヴに臨んだ。最初はいつものヴォリューム・ペダルとアンプだけかと思ったのだが、間歇的にしか音が出ない等のトラブルがあり、彼は背後のギター・ケース中に仕込んだエフェクター類の接続を演奏中にチェックしなければならない羽目に陥った。結局はギター本体のピックアップのトラブルだったようで、彼は失敗を潔く吹っ切り、増幅をあきらめアンプラグドで改めて演奏に参加し直した。石川とも灰野とも、元からアコースティックで共演することは決まっていたのだろうが、この「失敗」が彼に覚悟を決めさせ、どんと背中を押したように思えてならない。マイナスを臨機応変にプラスに転じることも、また、インプロヴィゼーションならではのことである。

 書いたものを読み返すと、石川・大上のデュオでは全く性質の異なる楽器の響きの照応と相互浸透に焦点が当たっているのに対し、灰野・大上のデュオではガット弦とスティール弦という差異よりも、灰野と大上という演奏者の輪郭が際立つこととなっている。もともと演奏者の意図した通りにならないのが即興演奏の本質であり醍醐味なのだから、演奏者の意図に結果としてのサウンドを還元することはもちろん、演奏者の輪郭をことさらに際立たせることのない記述を心がける(というか自然とそうなってくる)のだが、この場合は両者のアクションに強烈な印象を刻まれたことにより、このような記述になったのだと思う。とりわけ灰野の放つ「気」の存在感はやはり物凄い。なお、これはまったくの余談となるが、彼は客席で演奏を聴いている時もやはりすごい「気」を放つので、うっかり近い席に座ってしまうと、演奏中ずっとそれが気になって仕方がない(笑)。


2022年3月19日(土) 不動前Permian
 石川高(sho)、大上流一(acoustic guitar)

2022年3月26日(土) 不動前Permian
 灰野敬二(classic guitar)、大上流一(acoustic guitar)

ライヴ当日の写真がないのが何とも残念である(泣)。




ライヴ/イヴェント・レヴュー | 22:00:21 | トラックバック(0) | コメント(0)
声だけが連れていってくれる場所 ―― 浮(ぶい)ライヴ・レヴュー  The Place Only Voice Can Take Us To ―― Live Review of Female SSW "Buoy " (Misa Yoneyama)
1.湧き出す声
 水底の白砂を音もなく巻き上げて滾々と湧き出す声がなだらかに広がり、その筆先がどこまでもなめらかに滑っていく。これは「船」の声だと思う。中空をはらはらと気紛れに舞うのではなく、人や荷を載せた深い喫水を水平に保ちながら、自らを浮かべている暗い水を波立てずにまっすぐに押していく声の力。私はそのような声の様態があり得ることを大工哲弘から学んだ。
 ふと線の流れが緩み、声がふうわりと舞い降りて、穂先から滲みが広がり、辺りへと染み渡っていく。そのとき聴き手は、ぐるり一面の景色の中にひとり立たされていることに気づく。それは必ずしも歌詞の描き出す情景ではないし、歌っている彼女自身の心象風景でもない。言語以前の記憶にも似たおぼろな輪郭の揺れる、声だけが連れていける世界。だから、ここで浮かぶ景色は聴き手一人ひとりで異なっていることだろう。だが、そこにはどこか相通ずる切なさ、暖かさ、甘やかさ、息苦しさ、鼓動の高鳴り、居たたまれなさ、懐かしさ、脆く崩れ去りそうな不安が満ち満ちているに違いあるまい。忘れ難いはずなのに、ずっと忘れていた匂いのたちこめる場所。涙が流れこそしないものの、体内の水位がぐーっと上昇してくるのがわかる。


2.浮 with高岡大祐、桜井芳樹@Soul玉TOKYO
 浮(ぶい)のことを知ったのは、高岡大祐のFacebook投稿だった。そこには関西ツアーの客席にたまたま彼女が来ているのを見つけ、ステージに上げて歌ってもらったとあり、その歌の素晴らしさについて記されていた。彼女のことはそれまで全く知らなかったから、きっと関西圏で活動するアーティストなのだろうと想像した(刷り込み1)。ウェブで検索すると、ライヴ映像が見つかった。琉球民謡的な旋律や声の運び。深く静かな息遣いがゆったりとした時の流れを連れてくる。昨今の民謡やR&B系歌手によく見られる高速の小節回しやヴィブラートをこれ見よがしに鮮やかに決める、4回転ジャンプを無表情で飛ぶフィギア・スケーターにも似たロボット的なステレオタイプは、ここには微塵もなかった。おそらくは奄美や沖縄、あるいはもっと西の島々の出身なのだろうと思った(刷り込み2)。

 その後、思いがけぬタイミングで、彼女が祖師ケ谷大蔵ムリウイでライヴをする(まだ僅かに空席がある)との情報が飛び込んできた。東京で聴ける貴重な機会と思ったが、すでにその日は先約が入っていて泣く泣くあきらめた。こうして彼女との初めての出会いは、2022年3月24日の阿佐ヶ谷Soul玉TOKYOにおける高岡大祐、桜井芳樹との共演となった。

 「いやあ、最近は歌い手っていうか、声といっしょに演奏するのが、即興演奏同様面白いんですよ。決して歌伴って感じじゃなくて」と私の顔を見て高岡が言った。私が高岡のFacebook投稿で彼女を知り聴いてみたいと思ったことを話すと、「彼女は最近、ものすごく地方から声がかかるようになってきて、なかなか帰ってこれなから、東京でのライヴの機会は貴重ですよ」と言う。どうも話がおかしい。訊くと彼女は沖縄出身などではなく、こちらの出身で活動の拠点も関西圏ではなく、本来は東京なのだと言う。関西ツアーの客席にたまたま来ていたっていうから、あっちで活動している人なのかなと思ったと話すと、いやあ、何だか知らないけどそう思ってる人が多いみたいですね‥‥と。いや、そりゃ絶対アンタの記事のせいだって(笑)。

 ライヴは彼女がガット・ギターを弾きながら自作曲を歌い、それに二人が即興的に絡む仕方で進められた。ギター演奏はひとりで歌うようになってから始めたとのことなので、まだ日は浅いはずだが、フィンガー・ピッキングの演奏に危なっかしさはない。むしろ、通常のギター弾き語りよりはるかに、声とギターは不即不離の関係にある。
 声の速度が揺らぐ時、ギターの刻むリズム/テンポは一定のままで声だけが速く/遅くなるのではなく、同じ一つの身体を共有している。それゆえに声とギターの間に他が入り込むことは難しい。ジャズやロックの演奏で通常行われているように、ヴォーカリストが歌いながら弾くギター(主としてアルペジオやリズム・カッティング)がドラムやベースの保つグループ全体のリズムと安定的に同期していて、その上で声が勢い良くつんのめったり(速くなったり)、後ろにもたれかかったり(遅くなったり)するのであれば、サックスやリード・ギターによる演奏は、同じリズムの土台を踏みしめながら、音を揺らしつつ声と絡んでいけばよいわけだが、ここにそのスペースは与えられていない。
 その結果、二人の演奏はリズムをなぞり補強するか、あるいは持続音で色づけを施すものとなる。それでも高岡は汽笛のように響く息音を放ち、トロンボーンに似た音色でオブリガートを施し、薄くたなびく響きで遠くを眺めやるようなメロディアスなソロを奏でた。弦が違うとは言え、同じ生ギターを奏でる桜井は対応が難しい。たとえば「愛が生まれる」では、曲間のソロも彼女が取るので、もう一本のギターはますます立ち位置が限られることになる。

 対して「線路の上で」のような琉球民謡的な要素がなく、より「フォーク・ソング」的なメロディを持つ曲では、そこに広がるアーリー・アメリカンな音世界を活かして、スライド・ギターを奏でるなど様々な工夫を図る余地がある。
 こうした曲においても、やはり声がふっと遅くなる瞬間がある。もともと蒸気機関車をイメージしたのではないかと思われるこの曲では、上り坂、下り坂、右へ左へのカーヴと地形/起伏の変化に合わせて機関車のストロークが移り変わっていくような微妙な速度の変化が心地よいリズムの揺れをつくっているのだが、その振幅を超えて声がぐっと遅くなり、昇りのエレヴェーターが目的階に停止する直前にも似た、身体が放り出されるような浮遊感が生じる瞬間が訪れるのだ。琉球風の曲では、それでも濡れたような被膜を崩さなかった声が、この瞬間ばかりは被膜が破れて複数の声に分裂を遂げる。決して破綻するのではない。どこか賛美歌を思わせる旋律(基本的に「フォーク・ソング」はみんなそうだが)が合唱的な複数の声を内包した響きへと弾けるのだ。合衆国で古くから歌われていた聖歌合唱「セイクリッド・ハープ」を思い浮かべてもらうのがよいだろう。歌い手たちが壇上に並ぶのではなく、演壇の前、参列者たちの座る椅子の列の前で小さな円陣を組み、互いの声をぶつけ合わせるようにしてたちのぼらせる響き。上澄みを溶け合わせるのではない、洗いざらしのハーモニーや多声の絡み合いは、ゴスペルやニューオリンズ音楽にも通じ、その後、合衆国で生み出される様々な音楽の主要な源泉の一つとなっていく。
 たとえばジョン・ケージが合衆国建国二百年祭に際して委嘱を受け作曲した「44 Harmonies From Apartment House 1776」は、この国の音楽の主要な源泉として、セイクリッド・ハープ(の基となった作曲音楽)、ネイティヴ・アメリカンの儀式音楽、黒人霊歌、ジューイッシュによるセファルディ音楽の四つを選び出し、これらの組合せによりかたちづくられている。
 アーリー・ジャズやニューオリンズ音楽を心より愛し、繰り返し演奏してきた二人が、こうした匂いに反応しないわけがない。「水を得た魚」と言うべき、とても活き活きとした姿を見せてくれた。この後も、ニューオリンズ風やラグタイム風の楽曲が聴かれた。彼女の中のフォーキーな要素が、そちらの方向でぐいっと引き出されたとの印象を覚えた。

 こうして聴き進めていくと、彼女の音楽が声の立ち居振る舞いで出来ていて、それを自身のギター演奏がしっかりと深く支えている様が浮かんでくる。逆に言えば、言葉が先には来ない。声が立ち上がり、響きが広がって、情景が浮かんだ後に、追いかけてきた言葉の意味が像を結び始め、歌詞の連なりとなってこれらを裏打ちする。
 もちろんうたをつくる作業プロセスとしては、先に語による情景イメージがあったり、幾つかの言葉が手元に集められることもあるだろう。しかし、歌われる現場にあっては、言葉の意味は後から遅れてやってくる。これはCDの録音で聴いても基本的に変わらない(ライヴの方が、より声が先に来る感じはあるが)。
 作詞の提供からスタートしたという事情もあろうが、池間由布子においては紡がれる言葉、声による語りが先に来るのと著しい対照を成している(どちらもとびきり素晴らしい歌い手であるだけに、この違いは深く印象に残った)。
浮・桜井・高岡縮小


3.浮と港(ぶいとみなと)+白と枝@なってるハウス
 浮が服部将典(cb)、藤巻鉄郎(dr)と結成したトリオ編成のバンドによる演奏。一部、女性SSW「白と枝」がコーラスで参加した(彼女のソロCDも透明感溢れる秀作。浮とは「ゆうれい」というデュオでも活動しているそうだ)。実はこの二週間ほど前にも、このトリオのライヴ演奏を聴いたのだが、初めての場所で座る席を間違えたか、距離は割と近いのに片側のPAの音しか聞こえず、ラジオに片耳を当てて聴いているようだったので改めて再挑戦。

 喉の調子を気にしていたようだったが、彼女の「声の身のこなし」の比類ない魅力、すなわち身体を上下させることなくすっすっと歩む安定した足さばき、重心の移動の滑らかさ、バレリーナやフィギュア・スケーターが腕を高く上げる時に肘を伸ばしきらぬように(その方が力が抜けて、身体の線が美しく見える)時にあえて上がりきらぬ音程、そして何よりも声の速度が急に緩み深さを増して、知らぬ間に淵に踏み込んで川底に足が着かなくなった瞬間を思わせる一瞬に噴き出す底知れぬ甘美さ等は基本的に変わることがない。

 彼女の場合、MCで曲名を告げる場合もあるとは言え、最近のライヴのレパートリーのうちCDに録音された曲がまだ少なく、また、新曲もどんどん増えているようなので曲名を挙げてコメントできる部分が少ないのだが、たとえば前回も演奏された「線路の上で」を採りあげて前回の演奏との比較をしてみよう。今回はギター弾き語りで始まり、途中からリズム隊が加わってテンポが速まり、さらにハイハットとバスドラが列車の走行音(線路の響き)風のリズム・リフを刻み、ギターのリズム・リフにはカウベルがシンコペーションを施す。かと言って、刻み続けるリズム、敷かれた線路の上をそのまま定速で声が走り続けるわけではない。前回同様、ふっと聴き手を放り出すように減速し時が深まる瞬間が何度か訪れるのだが、耳をそばだて鋭敏に対応するリズム隊の貢献もあって、ここで解き放たれる声の複数性は、前回よりさらにはっきり聴き取れたように思う。
 それ以外にも、ブラシの使用やシンバル三枚を使い分けた繊細なシンバル・ワーク(弓弾きを含む)が声の浮き漂う感触をしっかりと支える場面、イントロにバロック風のコントラバスの弓弾きが配され、途中、何度も微妙にテンポを変えながら、最後、くるくるとコマが回るように曲を終える場面など、グループ演奏ならではの手応えを感じることができた。声の抑揚、速度の微妙な変化に寄り添うだけでなく、多彩な音色をどう使い分けるかに気を配っていたと思う。やはり、声とギターの結びつきは強固であり、そこにフレージングで割って入ることが難しい以上、リズム・ワークを中心に音色を使い分けて全体のサウンドを彫琢していくというのは、あるべき方向性だと思う。

 その一方で、池間由布子(何度も彼女を引き合いに出してしまうのは、浮への私の評価/期待の高さのせいである)がバックバンド「無労村」を従えたCD『My Landscapes』で、これまでのギター弾き語りから遂げたような大きな変貌は、彼女にはまだ見られないように思う。今後、「浮と港」でのCD録音も予定されていると言うから、そうした機会を経て、ソロとは異なるトリオでのみ可能な新たな音世界へと更に飛躍していくことを楽しみに待つこととしたい。
浮と港ちらし縮小


2022年3月24日 阿佐ヶ谷Soul玉TOKYO
 浮(vo,ac-g)、桜井芳樹(ac-g)、高岡大祐(tuba)

2022年4月29日 入谷なってるハウス
 浮と港+白と枝
  浮(vo,ac-g)、服部将典(cb)、藤巻鉄郎(dr)、白と枝(chorus)



ライヴ/イヴェント・レヴュー | 19:37:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
日常を食い破る記憶 ―― 日本美術サウンドアーカイヴ | 上田佳世子、渡辺恵利世《トートロジー》1973年  Memories ( To Remember ) Break Through Everydayness ―― Japanese Art Sound Archive: Kayoko Ueda and Erize Watanabe, Tautology, 1973.
1.時を織る
 片方が一瞬遅れて後を追ったり、相手の動きを確認するかのように途中で筆を止めたりしても、概ね重なり合い同期していた「キュッ、キュー、キュッ‥‥」というマジック・ペンの軋りの「ハーモニー」にふと違和感を覚えた次の瞬間、床に落ちる前に垣間見えた画用紙の数字は「28」と「29」にすれ違っていた。そんなことが起こり得るのかとの当惑をよそに、その後も平然と数字は書かれ続け、マジック・ペンの軋りはズレ続け、書き手には見ることの出来ない数字の閃きがそのことを証し立てる。

 1973年8月に上田佳世子と渡辺恵利世が《トートロジー》の第8回として行ったパフォーマンス《時を織る》は、今回の日本美術サウンドアーカイヴの展示で、次のように説明されている。
「室内には1台のテーブルと、向かい合う2脚の椅子がおかれ、女声二人が腰掛けている。二人の眼は黒い布でかくされ、視覚的情報は遮断されている。互いに息を整え、呼吸を読みとりながら、無言で紙に数字を書きつける作業を始める。相手の動きを読み取りながら、作業が進んでいく。書かれた紙は床に捨てられ、1枚ずつ落ちた紙は、散らばり広がっていく。室内には60枚の紙に書き付けられるサインペンの音と、床に落ち続ける紙の音が、ずれながら重なっていく。」
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 ■《時を織る》 1973年8月 日本美術サウンドアーカイヴ ウェブページより(スクリーンショット)

 冒頭に記したのは、今回、6月24日に同展で改めて上演されたパフォーマンス《時を織る》の一場面である。以前に当ブログで参加体験リポートした安藤朋子による演劇ワークショップの会場となったBUoYカフェに連なるスペースに透明なビニールが敷かれ、やはりビニールを掛けられたテーブルと椅子が置かれている。演者(岡千穂と田上碧)が登場し、客席に向け一礼して着席する(向かって右が岡、左が田上)。テーブル上に置かれていた黒い布でそれぞれ目隠しをし、マジック・ペンを取り、キャップを取って、各自の左手側に置かれた画用紙を1枚取って、「1」から順に数字を書き、書き終えたら紙を床に落とす。することはわずかにこれだけ。演者二人は儀式ぶったり妙に勿体ぶることなく、すらすらと行為を続けた。
 視覚が閉ざされている中で行為の同期を図るため、向かい合う二人は相手の動きに聞き耳を立てることになる。紙を取る音や床に落とす音は当てにならないのだろう、「キュッ、キュッ‥‥」というマジック・ペンの特徴的な軋りが同期のキーとなっている様子が浮かんでくる。次の紙を取ってテーブルに置くのはいつも岡の方が速い。ペンを持った利き手で紙を取る彼女に対し、利き手でない左手で取る田上がいつも少し遅れてしまう。だが岡は先には書き始めず、ペンを構えたまま、田上が書き始めるのを、具体的にはペン先が画用紙に触れる「キュッ」という音がするのを待って、それからおもむろに書き始める。数字ごとの画数や、書いている部分が直線か曲線か、さらには線の長短の差異がつくりだす音響のリズムにおいて、自分と相手のペンの動きが重ね合わされ、自ずと検証されて、「同じである」との安心感をもたらしていたことだろう。もちろん、細部まで合致しているわけではないにしても(たとえば「7」を一方は一画で、他方は二画で書いていた)。
 「60」まで無事書き終え、ペンにキャップをはめてテーブルに置き、目隠しを取る(ここで外したキャップをポケットに入れた岡がすぐ取り出せたのに対し、田上はテーブル上に置いたキャップを探し当てられず、キャップをせずにペンを置いて目隠しを取り、後からキャップをはめるという違いが生じた)。
 これで終了かと思っていたら、二人は席を立ち、新たな画用紙の束を取って席に戻り、また目隠しを着けて行為を繰り返した。とは言え、細部には違いがある。田上は外したキャップを今度はポケットに入れた。一方、岡は、田上が書き始める気配が掴めるようになったのだろう、「15」を過ぎた辺りから、「キュッ」という音がする前に書き始めることも見られるようになった。互いの身体の動きがわかるようになった分、数字を書く動きも、一画ずつ確認するぎこちなさが薄らいでスムーズになったように感じられる。数字が書かれる位置や大きさも安定してきた(最初のうちは、相手の動きに合わせようとするあまりか、数字が紙の中央から外れて偏ったり、線がはみ出しそうになる場面が見られた)。
 この安定した繰り返しが、この後ずっと続くのだろうかと緊張が緩んだ瞬間、同様のことが演者にも生じたのか、冒頭に記したズレが生じた。田上が数字をダブって書いてしまったのだ。演者二人は書かれた数字の違いを見ることはできないが、以降、紙にペンを走らせるたびに、その軌跡を示す音響が同期しない居心地の悪さに苛まれ続けたことだろう。さらに田上が取った画用紙が1枚足りなかったのか、「59」と「58」が床に落ちた後、岡が「60」を書き上げて床に落とすまでの間、田上はぼつねんと過ごさねばならなかった。
 ペンにキャップをはめてテーブルに置き、目隠しを取り、席を立って、また画用紙の束を取り、再び着席して三回目の繰り返し。今度は田上が左手で取った紙を、手首をひねり裏返して置くように動作が「改善」された。「キュッ、キュッ」という同期がまた始まって、他はほぼ変わりなく、このまま何事もなく事態が進むと思われたその時、またも「28」を岡が重複して書いてしまう。筆致の生み出す音響は以降ズレを提示し続けながら、「59」と「60」がはらりと舞い落ちるラストを迎える。ペンにキャップをはめてテーブルに置き、目隠しを取り、立ち上がって一礼。終了。


2.《トートロジー》
 「『トートロジー』は1973年に渡辺恵利世(堀えりぜ)と故・上田佳世子が8回連続で行った作品行為の総称である」と堀えりぜは本展リーフレットに記している。ここで同リーフレットに基づき概略のみを記せば、二人の共同生活の場であり、彼女たちが開いた子ども向け絵画教室の会場ともなった東京都大田区南雪谷のマンションの一室で同年1月に第1回を開催し、以降、毎月、異なるテーマで展覧会を開催した(第3・5回をこの部屋で、第2・4・6〜8回を画廊等で)。その内容はインスタレーションから制作作品展示、パフォーマンスまで多岐に渡っている。なお、当初の予定では、1年間12回を開催する計画であったという。

 今回の展示では、パフォーマンスが行われたスペースから壁一枚隔てた隣の細長い空間に、《トートロジー》各回の記録写真と第2回《アリアドネの糸》の再制作作品、及び堀えりぜによる解説コメントが、ひび割れたコンクリート剥き出しの壁面に掲示された。また、第6回《真空の》のインスタレーションの再制作と新作《あなたはいつも私より強い、あなたはいつも私より弱い》(この二作品については後ほど改めて言及する)が、反対側の壁面の前に展示されていた。さらに前章に述べたように、最後となった第8回のパフォーマンス《時を織る》が今回上演された。
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 ■展示風景(スペースの奥の部分)
 右手の壁面に記録写真パネルが、奥の壁面に《アリアドネの糸》の再制作作品が展示されている。左側のインスタレーションのように見える椅子やポリバケツについては「5.刻印 ―― 地層を貫く力線」を参照。

 日本美術サウンドアーカイヴの主催者である金子智太郎は本展リーフレットに寄せた評文「反復と不在 上田佳世子、渡辺恵利世《トートロジー》」において、その特質を、①自宅で展覧会を開催することによる制度批判と、②第6回「真空の」で参照されたシモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』から引き出した真空と重力の対比の二点において見ようとしている。私なりの要約を以下に示そう。
 まず①制度批判については、単に画廊ではない場所で展覧会を開催したというだけではないことに注意したい。金子は、ベビー・ブームと高度経済成長がもたらした人口増加と都市化により住宅が社会問題化しており、これに美術が反応して住宅をテーマにした展示や自宅における展示が行われたことを指摘し、さらに高松次郎による彦坂尚嘉《FLOOR EVENT》評に触れながら次のように述べている。
 「この作品が重要なのは、美術館や画廊以外の場所で展示したからではない。彦坂は、学生運動のさい『日常』を破壊するためにバリケードを築いたにもかかわらず、そのなかに非日常ではなく『日常』が構成されたと感じたという。自宅を舞台とする彦坂の作品は『日常性』のあり方を探求するものだろう-と。高松がここで語った『日常』を、彦坂らの言葉を使って『制度』と言いかえることができそうだ。美術をめぐる制度とは美術に関わる人やモノのあり方、規制や慣習の全体を意味する。高松や彦坂は文化的再生産の場である自宅を、オルタナティヴな展示空間ではなく、美術をめぐる制度を根本から問うための場所としてとらえた。」
 ここで、日常性を支える、日々の生活に沁み込んだ固定観念や慣習・習慣の総体を、「制度」としてとらえる、言うならばアンリ・ルフェーブルHenri Lefebvre的視点は極めて重要であると考える。
 一方、②については次のように述べられている。「ヴェイユによれば、人間の魂はたえず『重力』の作用を被っており、『恩寵』がもたらされるには自分のなかに『真空』がなければならない。《トートロジー》における不在や欠如がヴェイユの『真空』という概念と結びつくなら、『重力』に対応するのは表現をめぐる制度や蓄積される過去だろうか。」と。
 ここで前述の「制度」が「蓄積される過去」と併置されていることに注意が必要である。実は先の引用に先立つ段落で金子は次のように述べている。「《トートロジー》は作品を重ねるごとに、場所を変えても、過去の作品を蓄積していった。彼女たちは、表現を条件づけるさまざまな制度を意識したように、過去の共同作業を新たな制作の条件としていったように見える。そして、視覚の欠如と一定の規則にしたがう行為を通じて、互いの存在を確認しあうパフォーマンス《時を織る》を最後に、過去の蓄積を保ちきれなくなったかのように、シリーズは計画の途中で動きを止めた。」


3.再制作と批評性
 パフォーマンス《時を織る》の上演に続き、堀えりぜと金子智太郎によるトークが行われた。冒頭、パフォーマンスを見た感想を訊かれた堀は「とても緊張した。自分がやった方がずっと楽だ」と述べた。これは単に客席の笑いを取る「つかみ」ではなく、堀の実感にほかなるまい。彼女は「もうよく覚えてはいない」という自身のパフォーマンス当時と現在との「距離」を正確に感じ取っている。さらに本展準備のプロセスについて、「資料はいったん全部捨ててしまった。今回活用した資料は、処分してしまったと思っていたものが本棚の裏側に落っこちていて、たまたま残っていたもの。日付入りの写真も出てきた。これらがなかったら今回の展示はできなかった」と語りつつ、「展示の説明コメントはそれらに基づきながらも、現在の視点で書いている。そこには当時と異なる理解、批評性が入ってきている」と述べた。この「距離」の肯定とそこへの注力が、再制作を単なる記録や再現ではなく、いま・ここに立ち上がり、開かれたものとしていると言えるだろう。
 その後のトークの展開は、当時の社会や美術シーンの状況やそこから受けた衝撃・影響に関する生々しい証言(たとえば当事者ならではの裏話等)を期待していた向きには、あるいは肩すかしとなったかもしれない。堀はさばさばした思い入れのなさをたたえながら、画廊の高額な使用料など到底支払えないこと、特に銀座の画廊には権威に対する反発を感じていたこと、かと言って自宅だけでやっていたのでは駄目でみんなが来易いところでも展示をやらなければいけないと最初から思っていたこと、小学生の頃に安保闘争を見て政治闘争に期待を持たなくなったこと、斎藤義重に憧れて多摩美術大学に入学したが大学闘争で授業がなくなりBゼミに出るようになったこと、その流れで高松次郎の私塾にも通うことになったこと、斎藤も高松もスーパースターだし距離が近過ぎて影響を直接受けるというのはなかったこと、父親が推理小説を書いていて(父の弟がやはり作家で『新青年』の編集者だった渡辺温とのこと)言葉の世界が身近だったこと、ル・クレジオやソレルスは当時出たばかりで高松も読んでいて意気投合したことなどが緩やかに語られた。「かつてスゴイことがあった」といった伝説化・神話化の素振りをいささかも見せないその語り口を、私はとても好ましく思った。

 第6回《真空の》インスタレーションについて、解説コメントには次のように記されている。
「室内に入ると、一脚の椅子の上に2冊の本が置かれ、床には4冊の本が直に置かれている。それだけ。仮設壁の奥からは声が聞こえる。二人が交互に本を読んでいる声をテープに録音したものだが、どちらの声なのか、どの本をよんでいるのかも判然とはしない。そもそも聴く意志がなければ、言葉としても成立しないほどはっきりとは聞こえない。」
 コメントはさらに次のように続くが、「私たち」ではなく「私」が主語であることからして、これは再制作時に新たに書き下ろされた内容だろう。「私には、薄いアパートの壁から聞こえてくる他人の生活音に支えられた経験がある。隣の住人は、規則正しく毎日をおくる。自分自身がたてている音が、どんな音であるか考えたこともないだろう。グラスを洗う水の音、椅子を引いたり、ドアをバタンとしめたり、鉄骨の階段を駆け下りていく靴音など。それを聴くことが、私が生きている証だった。ただ音として、息を継ぐ言葉が、絶えず室内に降り積もる。意味もなくし、無になる過程を展示したかった。」
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 ■《真空の》 1973年6月 日本美術サウンドアーカイヴ ウェブページより(スクリーンショット)

 再制作展示において、「二人が交互に本を読んでいる声」は椅子の真下に置かれた小型のワイヤレス・スピーカーから流れていた。確かに聞き取り難く、何を語っているのか判然としない。連続するBUoYカフェのスペースから話し声や物音が入ってはくるが、コメントに記されているような「生活音」とは感じられない。そう感じられたのは、それが生活の場の隣室から聞こえてくる隣人の身体の軌跡であるからだろう。だからこそ、それは「私が生きている証」と成り得たのだ。再制作された展示からはそうした隣人の気配が抜け落ちて、代わりにその後の(現在の)堀えりぜの痕跡が残されている。コメントでは「一脚の椅子の上に2冊の本が置かれ、床には4冊の本が直に置かれている。」とあり、記録写真でもそのようになっているのだが、再制作では椅子の上に4冊、床の上には6冊の本が置かれ、スーザン・ソンタグ『サラエボで、ゴドーを待ちながら』、今福龍太『群島=世界論』、ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』等、当時のものではなく最近出版された書籍が多く含まれている。おそらくは堀が最近読んだ本なのだろう。
 先の解説コメントにもかかわらず、当時のインスタレーションを体験した観客がまず感じたのは、その部屋の(不在の)居住者の気配にほかなるまい。声は誰のものともわからずとも、生活の気配がたちこめる住居の中に椅子と本が置かれていれば、まずはその部屋の主のことを思い浮かべるだろう。たとえ隣室から生活音が響いてきても、そのことを深く考えるには至るまい。
 このように考えてくると、かつて堀が隣人の生活音に「私が生きている証」を聴き取っていたことが事実だとして、本展展示再作成及びコメント執筆の時点おいて「隣人」として感じられていたのは、「当時の私」にほかならなかったのではないかと思えてくる。ずっと感じ続けていた「距離」に関する手触りが、ここから過去/記憶へと姿を変えて一挙にせり上がってきた。
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 ■《真空の》再制作(部分) 2022年6月


4.記憶の諸相
 堀は第2回《アリアドネの糸》(それぞれ中央部分の縦糸と横糸を抜いた2枚の布地を重ねた作品。今回、再制作作品を展示)と第8回《時を織る》に共通する「織物」という主題について問われ、「世界中どこでも、なぜか決まって機織り仕事は女性がしている(*1)。その点、女性二人が行う展示のテーマとしてふさわしいと考えた。たとえば《時を織る》は向かい合う二人が縦糸と横糸を織り上げていくパフォーマンス。二人がそれぞれ別の過去を引き摺りながらいっしょにやっていくところに、二人でやる意味がある」と答えた。
 実は本展を見る前の「予習」として、日本美術サウンドアーカイヴの記念すべき第1回、堀浩哉・堀えりぜ《MEMORY-PRACTICE (Reading-Affair)》1977年の拙レヴュー(*2)を読み返した際、堀浩哉の「記憶は残り続ける」との発言が強く印象に残っており、それがこの回答や第6回《真空の》インスタレーション再制作に対する印象と結びつくこととなった。
 また、今回上演されたパフォーマンス《時を織る》を、コンポジションとも言い難いようなごく簡素な指定に基づくデュオ・インプロヴィゼーションととらえるならば(*3)、互いの身体(運動)の応対(主として同期)が前面に出て、何を書いたかは重要ではなくなる。実際、演じた二人に後で訊いたところ、「数字がズレるのは失敗ではないので、何しろ最後までやり通せ」と指示を受けており、途中で違和感を覚えたが表に出さず淡々とやり続けたと語ってくれた。にもかかわらず、冒頭に記したように見ている側は大きなショックを受けた。一見、機械的(自動的)な反復と思える動作が、実のところ不確かな記憶に辛うじて支えられており、いつ破綻するかわからない不安定なものであることに気づかされたからではないか。ここでも「記憶」が別の角度から主要なテーマとして浮上してくるように思われた。
 *1 これは確かにその通りだと思う。指が細く、糸を織り込む細かい作業に向いていることもあるだろうが、アジア、アフリカ、アラブ、ペルシャ等の民俗織物は主として女性が担い手であろう。また、工業化された織物業においても、我が国の「女工哀史」に見られるように、やはり主たる働き手は女性だった。その一方で、女性が集まって糸を紡いだり、機を織ることによって、女性が各家庭内に閉じ込められずに、世代を超えて女性同士の連帯を育めた側面も見逃すわけにはいかない。社会運動としてのキルト・ワークはそうした側面を継承している。細田成嗣編『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社)所収の拙論「録音/記録された声とヴァナキュラーのキルト」は、過激な制度破壊者としての面ばかりが強調されがちなアイラーにおける、フォークロアへの親和性や女性的なものの発露についてキルト・ワークをモティーフに論じている。ご参照いただければ幸いである。
 *2 ブログ 耳の枠はずし「残存の中ですり減ることと積み重なること―日本美術サウンドアーカイヴ | 堀浩哉《Reading-Affair》レヴュー」
   http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-442.html
 *3 岡千穂、田上碧ともミュージシャンとして活動し、即興演奏も行っているから、この見立ては決して無理なものではあるまい。なお、このパフォーマンスについて、堀えりぜはトークの中で「時代が変わり、社会の感じ方、受け止め方も変化してきている中で、目隠しした女性の姿を舞台で晒すのはどうかとも考えた」と話していた。私は目隠しは仕掛けとして必須だったと思う。これがもし目隠しなしで衝立で視界を遮る装置だったとしたら、たとえ演者には対面する相手の姿が見えなくとも、客席からはそれを直接感じ取れないし、コロナ禍等への余計な連想が働いてしまったことだろう。ちなみに金子智太郎は、ライヴ・パフォーマンスの際に聴衆に目隠しをさせるフランシスコ・ロペスの来日ライヴを実施した経験があり、彼による助言もあったのではないかと推測する。

 そうした想いから、トークの最後に設けられた質疑応答において、堀浩哉においても重要なテーマとなっている「記憶」と《トートロジー》の関係、さらにはその後の彼との共同作業との関係について、それが当時に特徴的な時代的/世代的なテーマであったのかを含め、問いを投げかけてみた。
 堀えりぜによる回答は次のようなものだった。「記憶へのこだわりは強くある。私は写真のような映像的な記憶が強く、それがどんな状況でのことかは覚えていなくても、ある断片的な一場面を細部まで鮮明に、たとえばどんな色や柄の服を誰が着ていたかとか覚えていて、それがふと甦ることがある。」
 客席(私の隣!)にいた堀浩哉が続けて答えた。「20年のブランクを経てパフォーマンスを再開してから、『記憶するために』ということを重要なテーマに掲げ、ずっと継続して活動してきている。60年代末から70年代の初めにかけて、『制度批判』ということが盛んに言われた。ここで『制度』とは先ほど言われたように日常としてルーティン化したもので、ありとあらゆるところに及ぶ。制作というものは制度に従ってやるということでもある。そこで『記憶』によって、『記憶』を掘り起こすことによって、日常の殻を食い破るということが考えられた。これは『記憶』というものの、その時代の『用法』と言ってよいと思う。自分でずっと絵画を描いてきて、それが自分なりに出来上がってきた時に、それが制度化してきているという感じを持った。そこで『記憶するために』を掲げてパフォーマンスを再開した。この『日本美術サウンドアーカイヴ』第1回で《わたしは、だれ?── Reading-Affair 2018》という東日本大震災の死亡者の氏名を読み上げるという、やはり『記憶するために』と関わるパフォーマンスを行ったが、それもその後も機会があるごとに何回も行ってきている。」


5.刻印 ―― 地層を貫く力線
 「記憶」が彼/彼女らにとって重要なテーマであるというだけでなく、「制度批判」の動機付け/足場/源泉等として多面的にとらえられていることに注目したい。というのは、最近の歴史認識を巡る論争(というより「騒ぎ」)等を見ていても、過去=記憶=資料記録=‥‥=歴史的事実といった、すべてが難なく等号で結ばれてしまう杜撰な図式的理解が大きな障害となっているように思われるからだ。
 まず記憶とは多型的なものにほかならない。物語記憶は常に突き動かされ書き換えられているし、写真にも似た映像的記憶はたやすく属すべき文脈を喪失して、断片として浮遊してしまう。最近問題になっているように、ある暗示を与えて、偽の記憶を刷り込むことも可能である。ある瞬間に浮かぶ記憶は記憶総体のごくごく一部に過ぎず、それらが他の記憶とどのような関係にあるかもすぐに判断することはできない。そうした瞬間的に浮上し意識を支配する記憶を、日常を食い破るための手段とすることはできない。それは単にその場の激情に任せることに過ぎないのだから。

 ここで、堀えりぜが本展で展示している新作《あなたはいつも私より強い、あなたはいつも私より弱い》が意義深い示唆を与えてくれる。スペースに置かれているのは、第6回《真空の》インスタレーションのとは異なる木製の古びた椅子とその脇の水の入ったポリバケツ、そして椅子の背には作業着の上着のようなものが掛けられ、座面には白チョークと軍手が置かれているだけなので、これってインスタレーション?‥‥とうっかり見過ごしてしまいかねないのだが、実は作品本体は別にある(私も受付にいた金子に「椅子等は作品の制作中なので置いてある」と教えられて、ようやく理解した)。壁面に掲示されたプレートには次の説明が掲載され、壁にできた亀裂すべてに白いチョークの線が入っている。
 「私は1948年の冬に生まれた。私の両親は、生まれた子に、漢字で「恵利世」と書き 「えりぜ」と読ませる名前をつけた。それ以来、私は日本人でありながら外国名を持つ女の子として、フィクションとリアルの間を生きることになった。それに伴う差別も被害も経験した。その経験は特別な傷跡として、今も私の中に残っている。1970年から73年までの間に、私は「壁の亀裂」をテーマとした作品を何点か作った。堅牢な壁と、そこに走る亀裂が、私の中に残る引き裂かれた傷跡と共振したのかもしれない。その記憶が、ここ BUoYの壁を観た瞬間に蘇ってきた。そして同時に、この壁の亀裂を描き起こしたいという想いが湧き上がってきた。私たちの前にいつものように立ち塞がる壁の前で「壁の向こうに言葉は届くだろうか、壁の向こうから言葉は届くだろうか」とつぶやきながら。それが、再制作でもあり、ライブドローイングとしては新作でもあるこの作品である。」

 ここで心の傷が壁面の亀裂に重ね合わされているというだけでなく、壁のひび割れ一つひとつを白いチョークでなぞり直すことが、ある力の刻印を発見し、それが描く軌跡/力線に身体を動かして同調しつつ、それを余すところなく可視化していく行為であることに注目したい。ここにあるのは、記憶を白黒のはっきりした単一なもの-たとえば単純な線引きや一瞬のうちに沸き起こる感情-に収斂させてしまうことから確実に遠ざかる手立てを着実に遂行することにほかならない。記憶の襞に分け入り、凝り固まったしこりを解し、回路を幾つにも分岐させ、全身に血を巡らせること。
 それは亀裂が生じた力のドラマに想像力を向けることでもある。地層はどのように形成されたのか、隆起や沈降、褶曲や断層はどの方向からどれだけの力が働いて成し遂げられたのか、それらの変容はどれくらいの時間をかけて生じ、それからさらにどれだけの年月が流れたのか。それは過去に刻印されてしまった傷跡を、自らの一部として受け止め生きていくプロセスでもあるだろう。
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 ■《あなたはいつも私より強い、あなたはいつも私より弱い》制作中 2022年6月


6.反語としてのトートロジー
 日常を食い破り得る「記憶」とは「かけがえのないもの」でありながら、単一の状況/物語/事実に収束・収斂していくようなものではないとすれば、むしろ中井久夫が「世界における索引と徴候」(*4)で提示している「索引」に近いのではないか。すなわち、マルセル・プルースト『失われた時を求めて』における紅茶に浸したマドレーヌ菓子の如く一つの世界を開く魔法の鍵に。
 *4 中井久夫『徴候・記憶・外傷』(みすず書房)所収

 中井はやはり同書所収の「発達的記憶論 ―― 外傷性記憶の位置づけを考えつつ」で、実際には多くの記憶が失われているにもかかわらず、個人の記憶が現在までの連続感覚を獲得しているのはなぜかについて論じており、そこで米国の精神科医ハリー・スタック・サリヴァンの議論を紹介している。「サリヴァンのいう『セルフ』というシステムは、意識の幅を制御する仮想的システムであって、意識の統一性を乱すものを『解離』し続けている装置である。」中井はこのことを踏まえ、意識のスクリーンには一定の容量があり、それを超える量の記憶がいっせいに意識に現前すれば超氾濫状態により意識が瓦解する危険があるとし、意識に対して現前こそしていないが、そこから想起によって記憶を取り出すことの出来る「メタ化」した記憶の総体があると考える。先に挙げた成人型記憶の連続感覚は、このメタ記憶の存在感覚ではないか‥‥というわけだ。(*5)
 *5 中井 前掲書 p.51

 この構造的理解を「日常を食い破る記憶」と重ね合わせてみたい誘惑に駆られる。そこで制度化/日常化は個人や社会の「セルフ」の統一性を乱すものを解離するシステムの作動として現れてくるだろう。にもかかわらず、それらは消滅してしまうのではなく、メタ化した記憶として収蔵される。ここで注意すべきは、個人の記憶の連続性とは、あるいは個人の生=セルフとは、不変の硬直したものではなく、日々移り変わるものであることだ。
 「ストーリーは生きる時間とともに変わってゆく。細部の克明さも、個々の事実の重みも変わる。生死を賭けたと思う体験も階層の中では些細なエピソードに転化する。逆に、取るに足らない事件が後になって重大な意味を帯びてくる。生きるとはそういうことである。あるいは『歴史性』とは。」(*6)
 *6 中井 前掲書 p.50

 制度化/日常化は「セルフ」を守るシステムの作動であるが、それが行き過ぎれば生の硬直を招く。とすれば生きるとは、(メタ)記憶の活用により、不断に制度/日常を食い破り、柔軟に組み替え続けることではあるまいか。ある一瞬における記憶の爆発的な噴出により制度/日常が祝祭的に転倒/破壊されること(=大文字の「革命」)だけを夢想するのではなく、むしろ記憶による制度/日常のミクロな転化を、一見変わることのなく続く日常のただ中にこそ仕立て見出すこと。生活の場を舞台にして始められた、一見慎ましやかな一連の《トートロジー》の実践を、このように読み解くことも可能ではないか。

 この時、《トートロジー》というタイトル自体へのある疑念が湧いてくる。もともとトートロジーとは「A=A」のような事態や文脈に拠らず真であり、それゆえ情報量のない言明や話法を指す。では《トートロジー》で展開された一連の作品行為において、何がトートロジー、すなわち「A=A」だったのだろうか。
 「レディメイドを用いたインスタレーションだから」というのは、おそらく皮相な理解に過ぎまい。第1回のインスタレーション《予定調和的半過去》において、用意された点滴用ガラスボトル、点滴用装置、水道水、キャンパス生地は確かにそのもの自体=レディメイドとして用いられているから、そこにトートロジーを見出すことは可能かもしれない。だが、それではありとあらゆるレディメイドの利用にトートロジーを見出さねばならなくなってしまう。また、このインスタレーションの眼目と言える布地に滴る水のつくり出す、刻一刻移り変わる不定形の染みはその等式からはみ出してしまう。それは常に「水によって濡れた染み」であるから「A=A」だと言うのだろうか。それでは時間的変化を捨象して「A0」(開始直後の状況)と「An」(開始後n分経過後の状況)を同一と見なし、A0=A1=A2=A3=‥‥を無条件に前提してしまうことになる。
 冒頭に見たように、一見「A=A」的な機械的反復と思われたパフォーマンス《時を織る》にも、それをはみ出す予定外の事態が生じる。反復だからトートロジーだと決めつけることもできはしない。

 むしろ、ここで《トートロジー》は、「変わらない」とか、「同一だ」と決めつけて、左辺と右辺の間に暴力的に「等号(=)」を挿入すること―― それこそは硬直した制度/日常の抑圧そのものにほかなるまい―― への抗いの宣言として掲げられているのではないか。反語的表現用法として。
 トークでの堀えりぜの発言によれば、《トートロジー》とは後から思いついたものではなく、一連の作品行為の実施に先立って、最初に考案されたタイトルとのことである。おそらくそれは「渡辺恵利世」=「私」という等式への違和から芽生え、《トートロジー》と命名される前も後も様々にかたちを変えながら、生活の場において深く静かにミクロな次元で展開・継続されている戦い謂ではないだろうか。


日本美術サウンドアーカイヴ 上田佳世子、渡辺恵利世《トートロジー》1973年
2022年6月23日〜26日
北千住BUoY

上 演:上田佳世子、渡辺恵利世《時を織る》(1973 / 2022年)
     出演 岡千穂、田上碧(6月24日)
トーク:堀えりぜ、金子智太郎

日本美術サウンドアーカイヴ ウェブページ
 https://japaneseartsoundarchive.com/jp/jasa/
同 上田佳世子、渡辺恵利世《トートロジー》1973年
 https://japaneseartsoundarchive.com/jp/news/
 ※現在は「新着情報」に掲載されていますが、後日、「過去の企画」(アーカイヴ・ページ)に移り、展示等のオフィシャル写真が掲載されるとのことです。作品等の詳細については、ぜひそちらをご覧ください。




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