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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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不在を吊り支える束の間の一致 −−−− ARICA『孤島』レヴュー(補遺)  Momentary Matching Suspending Absence of Focused Body −−−− Review for ARICA " On the Island " (Supplement)
 ARICA『孤島』横浜公演を観た。同じ作品を、違う会場で、短期間のうちに二度続けて体験することで、初回には気づかなかった重要な細部が浮かび上がってきた。舞台の広さが大きく異なるため、演出も違ったものにならざるを得ないと聞いていたので、二度目の体験の際に、意識はその違いをとらえ、前回との視差から作品を立体的にとらえようと働くこととなった。
 しかし、今回新たな試みと見えた部分が、確かめてみると、実は程度の差こそあれ、前回にも行われていたとわかったりもして、「観る」ということがいかに不徹底で当てにならないものかと、改めて嘆息せずにはいられなかった。すぐれた演奏と同様、すぐれた舞台もまた、聴き尽くす/見尽くすことなど到底できはしない。汲んでも汲んでも汲み尽くせない豊かさがそこにはある。その豊かさから眼をそらし、見尽くせぬ「見残し」が常にそこにあるとの不安に蓋をするために、脚本や演出家の弁や、果てはチラシに刷られた主催者の惹句、つまりはあらかじめ用意された言葉に合わせて、わずかばかりの「見たこと」から、さらに細部を余剰あるいはノイズとして切り落とし、ベッドの丈に合わせて手足を切り詰めた、呈のいい言葉が、流通しやすい完パケの「正解」としてつくりだされる(140字以内に収まるとなおよい)。私はそれを批評と呼ぼうとは思わない。
 ともあれ、横浜公演の体験から見えてきたことを書き付けていくとしよう。

0.記憶を剥ぎ取られた場所
 ARICA特設会場と銘打たれた横浜公演の会場は馬車道通りからほど近い、もともとはライヴハウスだったというスペース。音楽ファンには関内ホールやエアジンのそばと言えば、ああ、あの辺りと見当がつくだろう。
 外の道路に面して床までの大きなガラス窓があるが、カーテンで塞がれており、入口を入ると正面から奥にバー・カウンターが伸び、右手が舞台、客席となっている。小学校の教室程度の空間、灰色のつるつるしたコンクリートの床、内装を取り去られ「すっぴん」のままの漆喰風の白い壁、パイプが剥き出しのシーリング。外壁やガラス一枚向こうは道路にもかかわらず、ほとんど車通りがないのか、外の音はほとんどしない。空調の音が低く響くばかり。元公衆浴場の空間で、壁の一部に刻まれた当時の名残や、残された浴槽から、水のたゆたいを映し出していた北千住BUoYと大きく異なり、こちらは暴力的に「記憶を剥ぎ取られた場所」との印象を受ける。それも『孤島』にはふさわしかろう。

 奥の両隅に机が設置されており、きっと福岡と西原が座るのだろう。バー・カウンターの一番奥にも機材がセットされているように見えるが、ここで藤田が客席からの死角に潜みつつ、音響の操作を行うのかもしれない。今回の舞台の唯一の装置である「島」は、最初から舞台左手前の太い柱の陰に、剥き出しでほっぽり出されている。まるで大道具倉庫を楽屋に使うので、倉庫の中身を舞台の端の邪魔にならないところに置かせてもらいました……とでもいうように。
ARICA孤島2-3縮小
横浜公演会場入口


1.開幕
 暗転。最初から剥き出しの「島」の下に、安藤はどうやって入り込むのだろうと、楽屋につながっていそうな舞台左奥の暗闇に眼を凝らしていると、何の前触れもなく、「島」がすっと滑らかに動き始める。奥から手前へと伸びるバー・カウンターの中を抜け、意表をついて奥からではなく、手前から這い入ったのだろうか。舞台が次第に明るくなり、「島」は舞台上をあてもなく漂泊した後、中央手前へと寄り付く。薄闇の中に、背中に台車を敷いて、「島」を下から操る安藤の姿がぼんやりと見える。


2.運動/感覚/身体像
 今回気づいたこと、これに基づいて思考を巡らした内容について、次の二点に集約して述べることとしたい。まずは、前回にも主要なテーマとして述べた、運動/感覚/身体像
の一致と揺れについてである。

(1)揺らぎの諸相/諸層
 前回の論稿では、運動/感覚/身体の揺らぎ、ずれ、不一致に注目し、その結果、焦点となる身体像が不在であることを指摘した。このことは、ある一点(これについては後ほど詳述する)を除いて、横浜公演でも変わりないことを確認できた。そのことを改めて振り返っておこう。

 ARICA『孤島』は不断に揺れ続ける。テクストの諸相/諸層においても、あらかじめ録音された/その場で発せられる声についても、様々な経路を通じて放たれる音響(その中には先に掲げた「声」も時に侵入し、その一部となる)においても、そして唯一の登場人物である安藤の身体の運動とその視覚像においても。

 この揺れは巡り続ける。たとえばテクストはあらかじめ録音された声により表象され、その声は身体の影を引かない虚ろな希薄さにより、その場で発せられる実在の声との差異を際立たせながら、時に実在の声と重ね合わされ、侵食される。テクストの記述は淡々と手記風に進みつつ、時にコンピュータによる機械的応答やサミュエル・ベケット的な繰り言を思わせる、語の組合せによる自動生成(「島は島」)に至る。かと思えば、「サトウキビは島を守り、島は国土を守る」といった明らかに「南島」を示唆する語りが現れ、イメージはローカルな歴史へと係留され、さらには「私をどこかへ連れ出して、そのまますぐに捨てて」との歌謡曲的な叙情へと変奏される。

 あらかじめ録音された声は、当初、淡々と状況を説明する第三者的ナレーションとして外在化しながら、安藤による昔語りという側面を通じて、突然に内面へと踏み込んでくる(島抜けの招待状について急に声を潜めて語る)。これは安藤による「内語」のリアルタイムの実況ではないかと思わせながら、チャイムと共に迷子の呼び出し放送が始まり(声の加工により聴き取りにくく、前回には気づけなかったが、ここで「迷子」として探されているのは、明らかに当の安藤である)、これを聞いた安藤は慌てて姿を隠す。「外敵」として身体の防衛行動を誘発する声。もちろん、これも「内語」であり、トラウマによる強迫反復なのだと解することも可能だろう。しかし、二度目の「放送」に、その場で発せられる声が重ね合わされることにより、それも怪しくなる。これらの諸相/諸層を「自分自身との対話」、「応えるのは自分の声のみという孤独」と要約し、一面化してしまうことはできまい。

(2)映画における自由な切断と結合
 こうした細部の交錯や決定不能な揺らぎがもたらす豊かさを、「あらかじめ録音した声を用いることにより、身体の運動からいったん切断し、改めて多様な結合を操作した」結果ととらえることもできる。演劇にあらかじめ撮影された映像を積極的に導入する「2.5次元」のように、演劇に「他なるもの」を導入することが進化であると、手放しに礼賛される傾向もある。だが、それは、芝居などほとんど観ないど素人の私が言うのはおかしいが、演劇を貧しくする見方ではないだろうか。
 考えてみよう。映画はもともと映像と音声を切り離すものとして誕生した(無声映画)。さらにはキャメラを移動させ、あるいはいったん止めて場面を転換してから撮影し、これらを編集により結合することができた。同様に音声についても、後から付加することにより、映像との自由な結合が可能になった。だが、その結果明らかとなったのは、自由な切断と再結合は、混乱しかもたらさないことだった。棚に置かれていたはずの壺が急に消え失せてかと思えば再び現れ、いま聞こえている声が画面上の誰のセリフだかさっぱりわからない‥‥というように。

 「映画という機械は、見えるものの再現、再構成である以上に、まるでひとつの身体であるかのように世界を見て、聞いて、そして動く。(中略)イメージと声がシンクロしないことは、「誤ったつなぎ」の極致といえないこともない。」【宇野邦一『映像身体論』みすず書房 p.64〜65】
 ジル・ドゥルーズが『シネマ』で論じた「運動・イマージュ」に沿った滑らかなつなぎのことを思い出そう。そこでは運動/感覚/身体がぴたりと重なり合い、つなぎは「省略」として機能し、自らを目立たせない。彼の立論では、それらの結合がネオ・リアリズモを契機として解け、「時間・イマージュ」が産み出されてくると同時に、つなぎが目立ってくるわけだが、ここではむしろ、彼が映画の与える身体が演劇とは異なることについて述べていることに注目したい。
 「演劇を深く愛していた人々は、映画にはいつも何かが、現前が、演劇の特性であり続けている身体の現前が欠けていると反発していた。映画が見せるのは、波であり、揺れ動く微粒子であり、それらによって映画は身体を偽装するだけである。(中略)もし映画がわれわれに身体の現前を与えるのではなく、そもそも与えることができないとすれば、それはまたおそらく映画が別の目標を持っているからである。」【ジル・ドゥルーズ『シネマ2*時間イメージ』法政大学出版局 p.280】
 この指摘を踏まえて、宇野は次のように書いている。
 「そして演劇(あるいはダンス)においても、身体の現前はけっして自明なものではありえない。ただ身体が目の前にあるからという理由で身体が現前するとしても、やはり演劇さえも、その身体から何かしら「別の身体」を生み出すことを本質的な課題にするだろう」【宇野邦一『映像身体論』みすず書房 p.138】
ARICA孤島2-1縮小
東京公演より


(3)「不在」を吊り支える束の間の「一致」
 この「本質的な課題」に応えるものとして、ARICAの一連の舞台、とりわけ今回の『孤島』はある。宇野は先の箇所に続けてアントナン・アルトーやベケットに触れているが、ベケットの力線がARICAの営為を射し貫いていることは論を俟たない。ここで一方では言語の自動生成にまで切り詰められたテクストは、もう一方で謎めいた寓意劇、スブラスティックな喜劇、歴史上の悲劇等、多方向に散乱しながら増殖し、舞台上にひとつしかない身体を引き裂きにかかる。だが、安藤の身体は、ここで多種多様なテクストが投影されるスクリーンとしてだけ存在するわけではない。時に自ら声を放つばかりか、頻繁に自身の姿を隠してしまう。
 ここで注意すべきは、彼女の身体が袖から掃けて舞台を去っているのではないことだ。彼女の姿が見えない時、彼女は「島」の下に身体を潜めている。そのことは『孤島』の開幕部分において、誰もいない「島」が動き回り、その下から彼女が這い出てきた場面で高らかに提示されていた。彼女の身体は常に舞台上に存在し続ける。揺れ続ける「島」と共に。

 このように「姿の不在」をすら含んだ幅広い身体のスペクトルの変容を、「明確な身体像の不在」として、揺らぎの全面的な顕現としてとらえたのが、前回の論稿だった。そこで私はこう述べている。「今回の『孤島』における安藤の身体は、そのように運動や感覚、あるいは言葉を集約する焦点とはなり得ない。身体はくっきりとした像を結ばず、何重にもずれ重なり、埋め難い欠落を帯びている」と。

 今回はそうした「明確な身体像の不在」を吊り支える特異点として、運動/感覚/身体像が一致し、力線を束ね、強度を極限まで高める瞬間が二度訪れたことを指摘したい。

 ひとつは、二度目の「迷子呼び出し放送」に重ねて、安藤が声を重ねるうちに高揚し、ロープでトランペット・スピーカーを吊り上げると、すかさず西原が乱入して、口元にマイクロフォンを吊り下げる場面である。
 前回の論稿では、この場面について次のように述べている。
 「即興的なやりとりを通じて、舞台上の身体の運動は最高潮に達するが、それでもその動きは、ARICAご贔屓のバスター・キートンによる疲れを知らない機械的な動作、スプラスティックな蕩尽的運動に至ることはない。それはむしろ、彼女がこの「島」に縛り付けられ離れられないこと、すなわち「島」に囚われた「運動の限界」を、明らかにするために繰り返される動きにほかならなかった。」
 なぜ、このように、いささか評価を保留しているかと言えば、東京公演では、この場面に一種のすれ違いを感じたからだ。
 「ロープを掴んだまま「島」から離れることのできない安藤に対し、まるで檻の中の猛獣を威嚇する猛獣使いのように、手に持った竿から吊り下げたマイクロフォンをぐいっと突きつけ、彼女が例えば「ホンドー(本土)」と叫びながらパン食い競争のようにそれにかぶりつこうとすると、今度はすぐさま引き離す」やりとりの中で、当初、吊り下げられたマイクロフォンで拾われた声は、トランペット・スピーカーから発せられる。しかし東京公演では、西原が意地悪くマイクロフォンを引き離した時にも、安藤の声はほぼ変わらぬ音量で(音質はやや異なるが)、舞台上に響き続けた。口元に装着されたミニ・マイクで拾った声で補っているのだろう【注1】。これにより、マイクロフォンに飛びついては引き離される身体の運動は、聞こえてくる音声と決定的なずれを来す。身体像(視覚)と音声(聴覚)がライヴな同期を手放してしまうのだ。私はこの瞬間を、不一致やずれの変奏の系においてとらえざるを得なかった。身体の運動が最高潮に達する場面ですら、なお、不一致が周到に挿し込まれ、身体像は焦点からずらされていると。

 これに対し横浜公演では、会場の狭さゆえ口元のミニ・マイクはなく、前述の場面で声の音量が補正されることもなかった。吊り下げマイクロフォンが口元を離れた時でも、会場の狭さゆえに、生の声がそれだけで充分響き渡ってしまうということはあるのだが。いずれにしても、ここにあえて不一致が挿し込まれることはなく、再生される爆撃音や西原の打ち付けるシンバルが鳴り響き、安藤が叫び続ける沸騰状態の喧噪の中で、安藤の(そして西原の)身体は、発話を含む運動と感覚の、視覚像と音声の、幸福な一致を生きていた。

 もうひとつの一致の瞬間は、これとは対照的に静寂のうちに訪れる。安藤が髪を梳かす場面である。この場面について、私は前回の論稿で「彼女が椅子に置かれたヘアーブラシを取り上げるや、動作が突然スローモーションと化し、それまで鳴っていた音も消え失せ静まり返って、緊張が異様に高まる中、正面を向きながら視線を横に流し、美しい銀髪をこれ見よがしに梳る蠱惑的な場面」と述べた。これが全編中で特権的な瞬間であることに気づきながら、それをある時は○○で別の時は××‥‥という、諸相の混淆、抽象と具体、聖と俗、シンボルとアレゴリーの両極を間断なく揺れ動く「揺らぎ」のひとつの極として切り出していた。
 だが、先に見た「沸騰する喧噪の中での一致」が定位されることにより、この瞬間の特異性が改めて浮かび上がることとなった。東京公演では一度きりしかなかった場面が、横浜公演では繰り返されたこともある。もっとも、これは例によって私の見落としかもしれない。ただ、先の「浮上」により、横浜ではより特権的な瞬間として見逃し得ないものとなったということも可能だろう。
ARICA孤島2-4縮小
横浜公演より


(4)身体の中に降りていくこと 通常の演劇であれば全編で垂れ流されているはずの「運動と感覚の、視覚像と音声の一致」に、なぜこれほどまでにこだわるかと言えば、それこそが、この「制約」こそが、映画とは異なる「演劇の可能性」の根源だと考えるからにほかならない。映像や音声を自由に切断/結合し、演劇の「拡張」を試みることもいいだろう。だが、拡張自体に価値があるわけではない。即興演奏において、エクステンデッド・テクニックの開拓あるいは開陳自体に価値があるのではないように。

 tamaruの演奏/行為に触発されて書き上げた即興演奏論【注2】において、私はハープによる即興演奏を行うRhodri Daviesについて、次のように述べている。
 「彼は楽器を多様で異質な各部の複雑な構成として取り扱う。多種多様な部分共鳴/共振のアンサンブルとして。各種プリペアドや弓やe-bow等の様々な音具の使用により、各部の差異を際立たせつつ、さらに分割振動や相互干渉を引き起こしながら演奏は進められる。ここで演奏の資源として用いられる「複雑性」が、決してプリペアドや音具の使用といったエクステンデッド・テクニックによって新たに産み出されたものではないことに注意しよう。それは以前から存在していながら、正統な演奏方法によりノイズとして排除/隠蔽/抑圧されていたものなのだ。彼は足下の直下に豊かな水脈を掘り当て、そこから音響を汲み上げている。それはエクステンデッド・テクニックが目指す領土の拡大、水平方向の踏査ではなく、垂直方向の探査の産物である。足下に開けている深淵を覗き込むこと。気がつけば深淵はあちらこちらに不気味な黒い口を開けている。」
 また、次のように続けている。
 「Derek Baileyの試みもまた、ギターを拡張(extend)するのではなく、ギターの「運命」である脆弱さ、不安定さを垂直に掘り下げ、そこから汲み上げた、通常の演奏からは排除されてしまう発音のぶれ、音の粒の揃わなさ、ミスタッチ、付随的な演奏ノイズ等をランゲージに取り込むものととらえることができる。それらは外宇宙ではなく、J.G.バラードの言うところの「内宇宙」探査の取り組みなのだ。ちなみにBaileyは、少なくともディスコグラフィ上『Solo Guitar vol.1』(1971年)から『Improvisation』(1975年)に至る期間において、エレクトリックで開拓した語法を必ずアコースティックでも達成できるよう、常に試していた。ここでも加工により新たにつくりだすのではなく、すでにありながら埋もれ隠されているものを掘り当て、明るみに出すことが一貫して継続されている。ギターを改造するのではなく、アコースティック・ギターという楽器の元来の輪郭を保持しつつ、その足下を掘り下げて新たな世界を開く、「内宇宙」探査の試み。」

 それゆえ私は、「即興的瞬間」を豊かにはらんだ演劇は、まず何よりも身体の内部に降りていくことによってもたらされると考えている。探索すべき「内宇宙」である楽器としての身体。それは所謂「身体/肉体の演劇」を意味するものではない。むしろARICAがたびたび採りあげるサミュエル・ベケットの作品が、身体を制限し、極小化し、声と言葉、言葉と主体、主体と思考を残酷に分離し、引き裂く中で、なおそこに残らざるを得ないものを浮かび上がらせることも、身体の奥底へと降りていく一つの道筋であるだろう。

 そうした険しい道筋を辿ることができるのも、安藤朋子の身体があればこそだと、改めて思う。終演後に、私の近くに座っていた老齢の婦人が「朋ちゃんも本当に体幹のしっかりした、いい女優になって‥‥」とつぶやいていた。「体幹のしっかりした、いい女優」という表現が、果たして演劇界において一般的なものであるのかどうかは知らない。だが私の耳には、その親しみを込めたごく自然な口調と相俟って、的確であるだけでなく、至極当然な賞賛と聞こえた。
ARICA孤島2-5縮小
横浜公演より


3.二つのメロディが照らし出す身体の厚み
 『孤島』の舞台上でちっぽけなラジオから音声が流れ出した時、それは遠さを媒介し、この場にはない他なるものを導入するための装置にほかなるまい‥‥と瞬間的に決めつけてしまったのは、ジョン・ケージの作品やキース・ロウKeith Roweの演奏に慣れ親しんでいたからかもしれない。その音声はノイズまじりの粗いものに加工されていて、声/歌であること、標準的な日本語ではないことぐらいしかわからなかったが、ここで「島」が沖縄を含めた「南島」のイメージを作中でしばしば付与されていることから、「外国のラジオ放送が受信できるくらい本土から遠く離れている」ことの表象ととらえ、台湾か中国の放送ではないかと見当をつけたのだった。
 前回体験時のこの推測は思いっきり外れていて、実際には宮古島の神歌だった。今回、そう言われて聴いてみれば、前回よりも多少聴き取りやすかったこともあって、確かにゆったりとしたたゆたいをたたえていることがわかる。

 今回、メロディについてはもうひとつ気づいたことがあって、最初、福岡のスキャットのうちに、うっすらとか細く現れた歌謡曲風のメロディが、最後は安藤自身によって再び口ずさまれる。これも横浜用の新演出かと思って確かめると、東京公演の時にもやっていたというから、ますます自分の注意力に自信がなくなるが、今回、それが舞台上に明確に立ち上がったことは確かである(実際、今回の方がより聴き取りやすかったらしい)。島と女と歌謡曲という「定番」というべき強力な結びつきは、ARICAの硬質な舞台にあって、むしろ強い違和感をもたらした。
 後で確かめると、このメロディはバタヤンこと田端義夫が歌ってヒットした「島育ち」で、もともとは戦前につくられた奄美新民謡だが、島唄の伝承が廃れてしまった徳之島では、島へ帰る船の中で大合唱が起きるほど、人々の記憶に定着しているのだという。

 古来より脈々と受け継がれ、生活に深く根を下す「土着」の文化である宮古島の神歌がラジオから流れ、対して昭和を迎えてから生まれ、後にレコード化されて全国ヒットした新民謡/歌謡曲が記憶の海からふと湧き上がり口を衝いて出るという、距離と時間の遠近の交差が興味深い。島とは中央から伝わる文化が最も遅れて届く場所であり、それだけ古い文化が変化を被らずに原型のまま保存されていたりもする。その一方で、島は海を通じて周囲に開かれており、異文化が最も早く伝来する「接触地帯」(ジェイムズ・クリフォードJames Clifford)でもある。そこにあるのは「純粋」で「手つかずの」文化などではないし、文化変容がイコール文化の衰退や死を意味する物でもない。
 『孤島』においては、こうした島が本来的に有している二重性/多重性への眼差しが、同時に、そこに暮らす民の生活や身体の厚みをとらえている。先に見た宮古島の神歌と田端義夫「島育ち」の関係もそのひとつだが、より身体が前景化された例として、作中二度繰り返される安藤が豆を食べる場面を見てみよう。彼女はポケットから豆を一粒取り出すと、何回か反動をつけるために腕を振り身体を揺すり(その度に「島」もまた揺すぶられる)、豆を投げ上げて、落ちてくるところを開いた口で受け止める。何度か繰り返され、失敗してこぼれ落ちることもある。そして最後には同じく反動をつけながら、投げ上げずにそのまま口に放り込み、ボリボリと大きな音をたてて噛み砕くのだ。客席から思わず笑いがこぼれるこの場面は、過酷な「島」の生活環境に耐えるだけではなく、時に出し抜いてみせる身体の狡智を示している。と同時に、不安定に揺れる「島」の上を、他のほとんどの瞬間、安藤が何事もないかのように自在に動き回っていることに改めて気づかせる。
 ここでは「しっかりした体幹」こそが身体の厚みであり、それはまた、先に見た抽象と具体、聖と俗、シンボルとアレゴリーの両極を間断なく揺れ動く「揺らぎ」を受け止め、映し出す多層の襞を備えた身体でもある。テクストに抗う身体。

【注1】
 後で聞いたところによると、東京公演でも最初は音量の補正はなかったとのことだ。しかし、そうすると、吊り下げマイクロフォンが口元を離れると声が聞き取りにくくなってしまうことから、テクストの内容をしっかりと伝えるため、あのような補正に至ったとのこと。私自身としては、叫んでも聞こえないことも含めて声の身ぶりであり、そのような身ぶりこそがテクストに息を吹き込むのだと思うところだが、それはもちろん作品中でテクストが担う役割によっても違ってくるだろう。よって、ここではこのこと自体の是非には踏み込まずにおく。
【注2】
「足下に口を開ける深淵 −− tamaruの無謀な企て」
 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-458.html

ARICA孤島2-2縮小
横浜公演より

ARICA『孤島 On the Island』
演出:藤田康城
テクスト:倉石信乃
音楽・演奏:福岡ユタカ
美術・演奏:西原尚
出演:安藤朋子

東京公演 2019年1月31日〜2月4日 北千住BUoY
横浜公演 2019年2月15日〜2月17日 横浜ARICA特設会場
※文中「前回体験した」とあるのは2月3日の公演、今回体験したのは2月17日の最終日の公演です。






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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 23:17:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
誰が揺れる身体を目撃できるか −−−− ARICA『孤島』レヴュー  Who Can Witness Swaying / Shaking Body ? −−−− Review for ARICA " On the Island "
−1.身体の揺れを感じ取ること
 居間に座っていて、地震の揺れに遭遇することがある。あれ、揺れているかなと思っても確信できず、壁にかけた装飾具の振り子が揺れているのを見やって、ようやく得心する。自分の身体の揺れはよくわからない。今日は随分揺れていましたね、と隣席の友人に指摘されて初めて、ライヴ演奏に合わせて身体をゆらゆらと揺すっていたことに気づかされる。まだ幼い頃、家族旅行に出かけて、遊覧船に乗ったり、海水浴をした後、旅館に戻って寝そべると、畳ごとゆらゆらと揺すぶられて、揺れてるよ、揺れてるよと大声を出したことを覚えている。
 自分の揺れを感得できないのだから、他人の感じている揺れなどわかるわけがない。此れ見よがしに身体を二つに折り、波打たせれば、「揺れ」を表していることはわかっても、身体の揺れ自体を伝えることはできない。足下で台地が揺らぎ、支えを失って不安が走り出し、それでも何かを掴もうと足先に力が込められる。手指の先まで緊張が行き渡る。そうした張り詰めた身体を感得することはできても、やはり揺れ自体、揺れている身体そのものを感じ取ることはできない。


0.特定の場所
 ARICAの新作『孤島』の東京公演は、北千住BUoYで行われた。各路線が入り込んで無闇に長くなった駅の、今まで行ったことの無い南端の出入口から階段を降りると、かつて国鉄の高架下に軒を連ねていたような飲屋街が現れ、タイムスリップ感覚に驚かされる。墨堤通りまで出て、珍しく迷わずにたどり着く。かつてはボウリング場だったという2階のカフェ・スペースに上がると、廃墟感あふれる剥き出しのコンクリートに、木製の什器や装飾が配置され、これ自体、演劇的な空間をかたちづくっている。写真がないのが残念だが、天井までの高さ5mはあろうかという木製ドアに設置された、同じく木製のパズルみたいなカラクリ錠前の見事なこと。こちらは銭湯だったという地下の舞台スペースは、やはりコンクリートの梁が剥き出しの廃墟風で、突き当たりの壁に浴槽が残されており、水が張られているのか、ゆらゆらと揺れる波紋が温泉の大浴場風の石張りの壁に映し出されている。右手の奥と左手の手前に配されたラップトップPCを措いた机は、「演奏」とクレジットされている福岡ユタカと西原尚が座るのだろう。黒いPAスピーカーが配され、さらに選挙カーに乗せられているような巨大なトラメガ様のスピーカー(「トランペット・スピーカー」と言うのだそうだ)が黒い床に直置きされている。装置らしい装置は何も無い。乾燥した冬の空気の中、それでも水の気配に浸されて舞台は始まった。

ARICA孤島2縮小


1.開幕
 壁に水の揺らめきを映し出しただけの暗い舞台に、何物ともつかぬ黒い影が現れ、右手から左手へと動いていく。フランシスコ・ロペスFrancisco Lopezの作品で聴かれるような不穏な空虚音がスピーカーから放出されている。土台となる部分に幾つか突起物が付着した「それ」は、重さに軋みながら断続的に進み、左手の壁に突き当たって少し後戻りする。どうやって動いているのか、よくわからない。上から吊るした細いワイヤーが見えるが、それで動いているとは到底思えない。レールや車輪を使った滑らかな動きでもない。訝るうちに、影は今度は前へ、すなわち客席の方に進み始める。遠く聴こえる口笛にも似た響きに希薄なフィードバック音が重ねられ、影が奥と手前の段差を斜面で滑り降りると同時に波しぶきがすべてを包み込む。
 ようやく姿を現した「それ」は、2畳ほどの広さの「島」状の装置で、傾いた上面に椅子、引き出しダンス、傘立て、細い枯れ木、コンクリート・ブロック、半分埋もれた漁網の浮子等が乗せられている。ベケット原作によるARICA『しあわせな日々』の世界観を、ちっぽけな無人島(椰子の木が一本だけ生えた「無人島マンガ」の記号化された舞台)に反映させた感じ。

 「島」の下から女の手が現れ向こう側の上面を叩き、次いで両脚が上方に向かってV字に伸ばされる。やがて左側の下から、自動車整備工のように仰向けの頭が出てくる。装置の下に這い入って、この重い塊を背負い、あるいは押してきたのか……と驚くうち、両腕が伸びて椅子の脚を掴み、椅子の脚の間をくぐって上へと這い上がってきた。照明が点され、主演の安藤朋子の姿がくっきりと浮かび、波の音が静まって、あらかじめ録音された彼女のモノローグが流れ始める。
 感情や体温から切り離された声の冷ややかさ/遠さ。まるでピアノの鍵盤を弾いているように粒が揃い明晰で一定のテンポを保ちながら、まさにそのことによって語り手の身体性を切り取られた空虚にして平坦な声は、彼女の生い立ちや家族のこと、「本土」から切り離された「島」での生活といった一見わかりやすい物語を語りながら、文脈の連なりは具体的な身体像へと着地すること無く宙に浮かび、言葉の断片となって降り注いで、足元に積もっていく。実際、そうして放たれる言葉をよそに、主演の安藤は「島」の上をしばし動き回り、そのたびに重心が動いて「島」をあちらこちらに傾かせる(彼女の足裏に走る緊張)。かと思えば、また頭からずるりとずり落ちて、「島」の下へと這い入ってしまう。
 幼稚園か何かのフィールドレコーディングだろうか、子どもたちの歓声が遠く蜃気楼のように浮かび、オルゴールに似た天国的な音色(見れば西原尚の奏する親指ピアノだった)が重ねられる。


2.孤島とは
 今回の『孤島 On the Island』のフライヤーには、次のような惹句が掲げられている。

  ひとりで立っている たったひとり 島はひとつ 島は遠い
  島はここにある ここにあるのか ここは島 どこの島 島は島

 一方、当日、会場で配られたペーパーには、粗筋に当たるであろう説明として、次の文章が掲げられている。

  年老いた女がひとり。海に囲まれた小さな島、住人も旅人も少ない。
  女は、自分が落ち着くことの出来る居場所を作り上げるために、震える手と足で、
  小さな島のなかに、さらに彼女だけの、極小の居場所としての「島」を作ろうとする。
  それだけが彼女の望みであるかのようだ。
  しかし「島」は絶えず揺動して、定まることがない。
  西原尚が作る、揺れる奇妙な「島」と格闘する身体の演劇。

 さらに同じペーパーには、演出・藤田康城の署名入りの「マイナーなものを凝視する。」と題された文章が掲載されている。いやむしろ、この文章を掲載するためにペーパーが発行されたのだろう。そこで彼は、西原尚(『孤島』の上演で美術・演奏を担当している)の造形作品の「不毛な動きの繰り返し」に触れた後、「そんな、徒労に満ちた繰り返しは、サミュエル・ベケットのお得意だ」とつぶやき、ARICAによるベケット『しあわせな日々』のインド公演を振り返り、そこから改めて『孤島』について次のように語る。

 日本は島国だと言われている。
 「本土」が中心だと思わせながら、しかしたくさんの島がそこにある。
 そして、この舞台はどこかの小さな「島」の話だ。
 何処と名指されてはいないが、長い歴史と政治の中で、
 「中央」に翻弄され続けてきた「島」のようであり、
 その孤立性は、生きることの過酷さを表している。
 そうした「孤島」において、さらに孤立し、体ひとつを頼りに自分だけの「島」を作り、
 そこに居場所を求めようとするひとりの女の話だ。
 だが、その女のアクションは、ベケットの登場人物のように、
 ただただ無益な労苦を重ねるだろう。

ARICA孤島1縮小


3.焦点となる身体像の不在
 ここには多くの音が息づいている。音量が大きいとか、音数が多いと言うのではない。音源が多元化しており、それらがひとつの共通平面を織り成すことなく、多層のまま交錯し、敷き重ねられる。
 あらかじめ録音された声が語るテクストがある。基本的には前章に掲げた設定に沿っているが、決して一筋縄では行かない。感情や身体の揺れを映し出すこと無く、淡々と一定のテンポで、柔らかく、だがきっぱりと区切られたマルカートにより奏される声は、だがふと倍速に歩みを速め、あるいは半速に遅らせる。声の調子を何ら変えることなく、感情の動きとは無縁に(パーキンソン病的な不随意の感覚)。「ここにあらず」感をたたえて、言葉を宙に浮かせながら。かと思えば、秘密裏に送られてくる島抜けの招待状(おそらくは彼女の妄想なのだろう)について語る際には、声がふっと潜められる。
 突然にピンポンパンとチャイムが鳴り、「迷子情報」の放送が始まる。デパートや遊園地で流れるアレだが、そのいささか不明瞭で聞き取りにくい声は、先ほどまでの語りと音調は異なるものの、同じ彼女の声のように思われ、眼の前にある装置がつくりだしている舞台空間にも、想起が紡ぐモノローグの中にも着地できず、中空で不安定に揺れながら消えてしまう。
 ここではすべてが揺らぎのうちにある。福岡ユタカのうら寂しい口笛やスキャットも、西原尚の親指ピアノや鳴り物も、ふと始まるチターに彩られた観光音楽も、同調を外れた短波ラジオの電子ノイズも、語りの平面にも、装置のある舞台空間にも、「フレーム外」の音響にも収斂することがない。その一方で、眼前の安藤の動きと同期する音がある。「島」の上を動き回る足音やこれにより揺らぐ「島」の軋み、あるいは彼女が傘を取って「島」を叩く音などが同期するのは当然であり、何の不思議もないが、彼女がペットボトルから水を飲む音(飲み込む際の喉の鳴り)や漏らす息が、口元のマイクロフォンで拾われ、増幅されて空間に響き渡る。身体の内部の音が外へと放射され、外部の音と混じり合う。すると先程来の録音された声によるモノローグは、外付けのナレーションではなく、リアルタイムの内語ではないかとの疑念がふと頭をもたげる。例えば、ここで聞かれる「……というやり方」という口癖は、サミュエル・ベケット『しあわせな日々』でとめどもなく溢れ出す、いかにもベケット的な繰り言のうちに頻出していた。彼女がトランジスタラジオのアンテナを伸ばすと、くぐもって聞き取りにくい北京放送か何か(藤田康城によれば「あえて聞き取りにくくしているが、宮古島の神歌を使用している」とのこと)が流れ出し、これが効果音のように聞こえた短波ラジオのノイズと意味有りげな目配せを交わし合う。

 このようにミクロな疑念が沸き立ち続け、世界像が収斂し得ないのは、舞台上に視線の、運動/感覚の、あるいは言葉の焦点となるべき、明確な身体像が不在だからではないか。こうしたことは、これまで観てきたARICAの舞台ではなかった。『ネエアンタ』及び再演の『Ne ANTA』では山崎広太の身体が舞台上に存在し続け、安藤の声に語りかけられ続けていた。『しあわせな日々』では舞台の中央でうずたかく積まれた廃品の山に埋もれながら、とめどもなく語り続ける安藤の身体があった。『蝶の夢 ジャカルタ幻影』においては安藤と首くくり栲象の身体が、『UTOU』においては安藤とジョティ・ドグラの身体が繰り広げる、まさに運動と感覚をぎゅっと束ね圧縮するスプラスティックな運動があった。
 しかし、今回の『孤島』における安藤の身体は、そのように運動や感覚、あるいは言葉を集約する焦点とはなり得ない。身体はくっきりとした像を結ばず、何重にもずれ重なり、埋め難い欠落を帯びている。例えば、彼女が椅子に置かれたヘアーブラシを取り上げるや、動作が突然スローモーションと化し、それまで鳴っていた音も消え失せ静まり返って、緊張が異様に高まる中、正面を向きながら視線を横に流し、美しい銀髪をこれ見よがしに梳る蠱惑的な場面。あるいは「サトウキビは島を守り、島は本土を守る」というように、語り/テクスト中に不意に噴出/浮上し、露呈される沖縄の過酷さ。さらには、「私をどこかへ連れ出して、そのまますぐに捨てて」といった酒と煙草にまみれた歌謡曲的俗情の、他とは明らかに異なる匂い。

 そうしたずれや欠落が最も端的に、またシンボリックに現れているのが、安藤が録音された声に合わせて語りながら、そこからぼろぼろと歯が抜けるように、音が脱落していく場面だろう。もともと「伝えよう」という意志など微塵も感じられない希薄な音の平坦な連なりは、さらにライヴで声を重ねられ、また、その際の口の動きが極端に誇張され、発声との非同期感をもたらすことにより、複数化され、ずれを来たし、不明瞭なぶれをいや増して、言葉とは一切関わりのない口腔音の不気味でいびつな明滅と化していく。


4.「島」との紐帯
 先の場面に続く展開において、安藤が急に背伸びし、梁から垂れ下がったロープをつかみ引くと、壁際に置かれていたトランペット・スピーカーがぐいと中空に吊り上げられる。左手の机で演奏していた西原がやおら舞台へと乱入し、シンバルで太腿をバンバンと叩きながら、「島」のまわりを廻り始める。PAから放射される爆撃音が興奮を煽り立てる。ロープを掴んだまま「島」から離れることのできない安藤に対し、まるで檻の中の猛獣を威嚇する猛獣使いのように、手に持った竿から吊り下げたマイクロフォンをぐいっと突きつけ、彼女が例えば「ホンドー(本土)」と叫びながらパン食い競争のようにそれにかぶりつこうとすると、今度はすぐさま引き離す。
 この即興的なやりとりを通じて、舞台上の身体の運動は最高潮に達するが、それでもその動きは、ARICAご贔屓のバスター・キートンによる疲れを知らない機械的な動作、スプラスティックな蕩尽的運動に至ることはない。それはむしろ、彼女がこの「島」に縛り付けられ離れられないこと、すなわち「島」に囚われた「運動の限界」を、明らかにするために繰り返される動きにほかならなかった。

 彼女は「島」から離れることができない。まるで眼に見えない臍の緒で結ばれているように。彼女は常に「島」を背負い、あるいは抱えている。思えば、彼女が「島」の下から這い出し「上陸」する時も、決して「島」から身を離すことがなかった。頭からずるりと滴り落ちて「島」の下に入り込む時もまた。
 「島」の境界は鋭く断ち切られている。傾いた椅子は、その境界線に沿って一部を斜めに断ち落とされている。このことは「島」が世界の中に居場所としての広がりを確保しているのではなく、ちっぽけな区画に閉じ込められていることを示していよう。「場所」というより「容器」としての「島」。
 ひょっとして「島」の下に入り込む動きは死を、這い上がる動きは誕生/再生を暗示しているのだろうか。そう考えれば、彼女が「島」へと這い上がる時に、いつも苦労して椅子の脚の間やタイヤの穴を通り抜けねばならない理由もわかる。容れ物としての身体を抜け出し、また入り込む魂。とすれば、「彼女」は、何度も死んでは生まれ変わる「彼女たち」の一断面にほかなるまい。
 「彼女たち」は繰り返し繰り返し、愛してなどいない父母に先立たれ、愛していた兄に置き去りにされ、届かない招待状を待ちわび、長い髪を梳かしながら年老いていくのだ。それは差異を産み出す能産的な反復ではなく、無限に続くループへと閉じ込められた生であり、暗く重苦しく痛く苦い倦んだ持続にほかなるまい。


5.テクストへの抵抗
 ARICAが以前に上演した『UTOU』のコーダ部分で、安藤がひそひそと語り漏らした倉石信乃によるテクスト「死んだ小鳥のために」について、私はレヴューで次のように述べている。

 「私は最後に読み上げられたからと言って、それが何か劇の結論めいた終着点と見なしたくはない。この国の現在を水没させている重苦しく出口のないやりきれなさに、鳥を殺し続ける罪深さを結びつけようとは思わない。能舞台の座標空間から思わずフレームアウトしてしまう、ほとんどスラップスティックな身体同士の直接的なやりとりを、ぎりぎりまで切り詰め削ぎ落とした結果、微かな気配ばかりとなってしまった「反転した希望」に向けて、決意表明を行うための助走と位置づけることはしない。
 むしろ、この「コーダ」は、これまで劇の上演を観てきた一人ひとりが、各自それを振り返り、自分なりの「物語」を再構築する「自律」に向けて、反発を惹起し組織するために置かれたのではないかと、私は思うからである。」

 今回の『孤島』のテクスト(やはり倉石信乃による)は、「死んだ小鳥のために」よりも、さらに暗く重苦しく痛く苦い。それは時代の空気の率直な(あるいは何重にも屈折した)反映なのかもしれない。ちっぽけな閉域に押し込められた装置と身体は、歴史をもはらみ込んだテクストの混沌とした分厚さに対抗する術を持たないようにも見える。
 だが、第3章の冒頭に記したように、ここには実に様々な音が息づいている。演出の藤田康城は客席の後方、すなわち観客の視界の外で、ずっと音響を流し、あるいは声を細かく編集加工していたと語ってくれた。
 この多様な音響の生成変化の側から舞台を眺め、過剰なテクストと過剰な音響の間で、また不安定な装置の上で揺れ続ける身体の、そのぶれや揺らぎにこそ注目することにより、テクストの重さに抵抗しようというのが、本論の目論みということになる。
 これがいささかバイアスのかかり過ぎた見方であることは承知している。だが、一見簡素な外見とは裏腹に、むやみに情報量の多い上演に接し、ずたずたに刺し貫かれた観客の身体が、切れ切れの記憶や印象をつなぎ合わせて、何とか自分なりの体験を言語化しようというのだから、公平・公正・客観的な言述など出来ようはずもない。
 おそらくは2月15日から始まる横浜公演を見直したならば、まったく違った見解に至るのではないか。また、この『孤島』という作品自体が、上演空間に合わせて様々に変容するであろうことも想像に難くない。そのような体験への欲望を喚起することこそが、演劇の(と言うよりもより幅広く、上演の)使命ではあるまいか。

 開演から終演までずっと、舞台上には「島」の装置の軋みが間歇的に鳴り響き続けていた。唯一確実なことは、このちっぽけな大地が揺れ続けていること。でも、誰が、いつ、どこで、その揺れを感じているのか定かではない。

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ARICA『孤島 On the Island』
演出:藤田康城
テクスト:倉石信乃
音楽・演奏:福岡ユタカ
美術・演奏:西原尚
出演:安藤朋子

東京公演 2019年1月31日〜2月4日 北千住BUoY
横浜公演 2019年2月15日〜2月17日 横浜ARICA特設会場
※私が観たのは2月3日の公演です。

ARICA公演レヴュー一覧
『ネエアンタ』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-221.html
『しあわせな日々』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-280.html
『UTOU』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-305.html
『Ne ANTA』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-382.html
『蝶の夢』 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-410.html




ライヴ/イヴェント・レヴュー | 02:53:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
『阿部薫の冬』と『阿部薫と冬』の間  Between "Kaoru Abe's Winter" and "Kaoru Abe and Winter"

 前回記事中で、9月24日に上池袋anoxiaで行われたイヴェント名『阿部薫の冬』を『阿部薫と冬』と誤記していた部分があった。この日のゲストであり、企画発案者であるtamaruのツィートを見て気づき、すぐさま訂正させていただいたのだが、文章自体はタイトル通り『阿部薫と冬』に関する覚書であり、内容自体は修正する必要がない。

 だが、それにしても何で書き間違えたのだろうか。案内文を書き写すために、anoxiaのページもチェックしたというのに。
 今回の気づきのきっかけとなったtamaruのツィートを読み返すうちに、だんだんとその時の心もようが浮かんできた。『阿部薫の冬』と言われて、当然、阿部にフォーカスし、それをさらに「冬」を通じて深めていくのかと思いきや、ほぼ冒頭から、阿部薫は謂わばプレテクストに過ぎないと言われて面食らってしまったのだった。このシリーズは初めてだったから、毎回そういうものなのかと思っていたら、たまたま隣席に座っていた知り合いが、問題と阿部との関わりを問い、そのうちに「この中に阿部薫の愛好者はいないのか」という話になって、誰も手を挙げないものだから、それでは信奉者ではないものの私が……と名乗り出たのだった。
 そんなこんなで、結局は阿部薫とその周辺(例えば間章)を巡る話が多くなり、その辺に不案内な方には敷居が高かったろうと思う。前回記事の冒頭部分は、そうしたことを踏まえて書かれている。
 そうしたやりとりの中で、幾つか頭をもたげる考えがあり、それらはむしろ『阿部薫の冬』ではなく、『阿部薫と冬』という軸線を巡るものだった。それゆえ、実際にテクストに当たるなどして構成と体裁を整えた原稿は、当然のことながら『阿部薫と冬』に関するものとなった。すなわち私はイヴェントの最中に、『阿部薫の冬』のオルタナティヴとしての『阿部薫と冬』を夢想していたことになる。

阿部薫の冬と阿部薫と冬の間1


 前述のツィートでtamaruは次のように書いている。

「阿部薫と冬」でも構わない気もするが、「阿部薫の冬」。客観意識で阿部薫と冬を併置したく気持ちを今一度こらえ、外側の冬を阿部薫の視線のうちに押し込める。阿部薫は背景であり、内部でもある。

 言いたいことはわかる。阿部薫の視線により切り取られた、削り込まれた、彫り刻まれた、侵食された、結晶化された……冬を見せてくれるとすれば、阿部薫を背景として、しんしんと降り積もる、きっぱりと張り詰める、ぴりぴりと肌を刺す……冬を感じさせてくれるとすれば、何と魅惑的な催し/体験だろう。



 だが、実際のイヴェントにおいて、冬を押し込めるべき「阿部薫」の空間のヴォリュームや輪郭は一向に明らかにならなかった。冬を背景として包み込み、照らし出し、響かせるべき阿部薫の広がりや深さも、また示されることはなかった。

 阿部薫「の」冬にこだわるならば、そこを貫く一撃が、また、それを可能とする計算と仕掛けが必要だったはずだ。さらには阿部薫をどろどろに溶かし、あるいは粉々に粉砕して、背景へと変容なさしめる莫大な熱量が必要だったのではないか。前回記事の繰り返しとなるが、中谷宇吉郎や井上靖の引用だけではとても足りなかった。
tamaru自身が阿部薫について、冬について、とめどなくしゃべり続け、遥か彼方に向けて疾走し、あるいはどんどんと深みへと沈潜していくのを、聴衆が呆気に取られて見詰めるうち、田口賢治や加藤裕士が懸命に命綱を引いて、何とか現世へとサルヴェージする……というような針を振り切る強度が必要だったのではないか。もちろんそんなことが叶わないのはわかっているのだが。

阿部薫の冬と阿部薫と冬の間2


 私には阿部を絶対化したり、巨大化したりすることはできない。同様に極小化したり、希薄化したりすることもできない。信奉することもできなければ、「等身大」化することもできない。私は「世間に理解されずに夭折した天才」という陳腐なレッテルを貼り付けて阿部を神話化し、実際には「世に認められないワタシ」をそこに投影して、束の間うっぷんを晴らそうとする輩を、その「消費者=お客様」根性を激しく嫌悪・軽蔑していた。音も聴かずに、「前衛」だからとか、先鋭的な政治性によってとか、音楽が「アート」としてアート・スペースに立ち入るためにうずたかく積み上げるもっともらしい「ごたく」を「実験性」として評価するとか、そうした浅薄かつ低劣極まりないやり方に飽き飽きしていた。

 これまで阿部薫に関し、何作品かのディスク・レヴューこそ書いてきたものの、初めて記すディスク・レヴューではない長めの文章が、私としては少々風変わりな体裁を取ることとなったのには、そうした背景もあることだろう。
 いずれにしても、前回記事で記したような思考の契機を与えてくれたtamaruには、大いに感謝している。


ライヴ/イヴェント・レヴュー | 00:46:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
『阿部薫と冬』に関する覚書  Memorandum on the Talking Session "Abe Kaoru and Winter"
 阿部薫と冬について、少しばかり書き付けておくことにしたい。
 発端は9月24日(月・祝)に上池袋anoxiaで開催されたtamaruの企画発案による『阿部薫の冬』なるトーク・イヴェントだった。もともと田口賢治がナビゲーター、加藤裕士が進行役を務める「種を撒く」の7回目にtamaruがゲストとして迎えられた形であり、下に掲げる案内文にもある通り、阿部薫は言わばとっかかりに過ぎなかったようなのだが、実際にはほぼ彼を巡るやりとりとなってしまった。それゆえ「阿部薫を知らなくてもOK」との誘いに応じて参加された方には、ことによるとずいぶん敷居の高い閉鎖的なやりとりになってしまったのではないだろうか。

【「種を撒く」vol.7 『阿部薫の冬』案内文】
夏が過ぎて。秋分、彼岸の頃合い。来たる冬の幻視、 昭和最後の冬の記憶、中谷宇吉郎『霜の花』、草野心平「ゆき」「 冬眠」、井上靖『夏草冬濤』、 阿部薫の音が空から極北を媒介してくる夜話。 その遠景的存在に各々の「冬」を重ねていく試み。

 これから阿部薫について、幾つか事実関係も含め書き留めていくこととなるが(特に1の部分)、それは決して「阿部薫について、常識/教養として、せめてこれぐらいは知っておいてほしい」というようなことではない。ただ、あの日以来、いつまでも頭の隅に引っかかり続けていることを吐き出すには、多少、前提の説明が必要であるというに過ぎない。そのつもりで読み進めて(読み飛ばして)いただければと思う。
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1.間章が阿部薫に投影する冬、寒さ、北あるいは極北
 『阿部薫 1949-1978 増補改訂版』(文遊社)の巻頭には、彼の経歴が次のように短く記されている。

1949年、川崎市に生まれる
17歳で高校を捨て、新宿で青春を生きた
アルトサックスの奏法と理論を、ほとんど独学で構築
19歳のとき、川崎のジャズ喫茶でデビューする
以来、つねに屹立する音と魂とで
日本フリー・ジャズ史に独自の光跡を刻んだ
1978年、精神の極北へと飛び去る。29歳

 この文章を見て、阿部薫がどのような演奏をしたかは到底わかるまい。しかし、彼が信奉者たちからどのように伝説化されている(た)かは明らかだろう。彼は夭折した天才として、自由にして孤独なアウトサイダーとして、一部で熱狂的に崇め奉られていた。ここで「極北」の語が用いられていることに注意したい。
 もう少し引用を続けよう。

 阿部薫の演奏地平は演奏における破壊意志と厳密な演奏意志の上に成り立っている。恐らく阿部は世界のあらゆるサックス演奏者の中で、真にテクニックと奏法を持つほんの数人の人間の内の最もラディカルな一人であることに間違いがない。エリック・ドルフィーとスティーヴ・レイシーの他に阿部に比すべきテクネーと奏法を作業化し獲得したものはいまだないとの感を私は強く持っている。即興演奏行為を通して、意識と無意識の、肉体と精神の底知れぬ闇と出会ってしまった、無産者の栄光に照らされるようにして阿部は演奏行為の極北に立ちながら彼はそしてさけがたく無性と直面している。

 これは阿部薫の初めてのソロ録音である『なしくずしの死』のリリースに際して、プロデュースした間章がしたためたライナーノーツからの抜粋である。彼の阿部に対する評価が適切であるかどうかは、今は問わずにおく。ここでも「極北」が登場し、阿部が「極北に立つ者」として名指されていることを見ておこう。
 なお、『なしくずしの死』とは、周知の通りルイ・フェルディナン・セリーヌの作品の題名であり、1975年10月18日に青山タワーホールで行われた阿部薫のソロ・コンサート(間章がプロデュースした)のタイトルでもある。本作品がその際のライヴ録音とその前々日の入間市民会館での録音で構成されていることを付記しておこう。言わば、ここでセリーヌもまた「極北」のシンボルとして召喚されているのだ。
 間章は阿部薫の死に際して次のように書いている。

 十年前、私と阿部はハイデッガーとセリーヌとブランショの三人を誰よりも気にしていた。とりわけルイ・フェルディナン・セリーヌはそうだった。だから彼のソロを録音した時にタイトルは「なしくずしの死」はどうだと私は彼に言い彼も喜んでそう決めた。そしてその頃やはり録音した吉沢元治とのデュオと阿部・小杉武久・吉沢の三人のピアノ連弾を収めたレコーディングは『北』(Nord)に決まったのだった。
【間章「〈なしくずしの死〉への後書 ——阿部薫の死に——」 『間章クロニクル』所収】

 それでは間章における「極北」とは何か。大里俊晴は次のように書いている。

 演奏家論では、例えば、リー・スティーヴンス(ブルー・チアー)というロック・ギタリスト、サビカスというフラメンコ・ギタリスト、チャーリー・クリスチャンというジャズ・ギタリストの名が、同一平面で語られたということが大きな特徴だろう。実際、間は、その文章に「極北」「北」という語が頻出するように、どのジャンルであれ、ある極点に達したと見なした者しか取り上げようとしなかったし、その限りに置いて、ジャンルの壁は全く無化されていた。現代音楽であれ(シュトックハウゼン、クセナキス等々)、ロックであれ(シド・バレット、ジミ・ヘンドリックス等々)、ジャンルを超えた「極北の行為者」としての音楽家たちを同一平面上に語る為の基盤、それが思想論の系だったのである。
【大里俊晴「AA 未明の思想家 ———間百合の霊に捧ぐ」 『間章クロニクル』所収】

 「極北」のこうした「間章的用法」については、土取利行がより端的に述べている。

 極北の音楽家。1978年12月12日、32歳で急逝した音楽評論家、間章は、いつしかギタリスト、デレク・ベイリーをこのように形容し、デレクに代表されるフリー・インプロヴィゼーションを、来たるべき音楽として「北」に位置させるようになっていた。
【土取利行「『ディスアポイントメント・ハテルマ』の季節」 『間章クロニクル』所収】

 さらに「北」と連なる「冬」や「寒さ」の間章的あり方については、彼の初期の執筆活動であるブリジット・フォンテーヌの作品のライナーノーツに、すでに刻印されていることを示しておこう。

 そして例えば様々な形で私達は自分が感動したり、かけがえがないと思ったりしている〈音楽〉について考える季節を持つだろう。或る一つの音楽を通してそれを〈深く受け入れた〉者達が本当は何をどのように共有しているのかは今いうと、とても寒いことには違いない。【間章「ジャズと季節についてのメモ」 ブリジット・フォンテーヌ『ラジオのように』ライナーノーツ】
 ブリジットが「世界は寒い」と言った時私は彼女と出会い、彼女の悪意あるやさしさに出会った。【間章「残酷な感性」 ブリジット・フォンテーヌ『ブリジットⅢ』ライナーノーツ】
 永遠のようにやさしく一人で在り続けることに寒くふるえながら僕は亡び、終りつづけ静けさの中からなつかしさの中へ沈んでいった……。在ることは寒く、思い出すことはさらに寒く……言葉は僕の静けさの回りをゆっくりとめぐるだけで……。(中略)
 男が話しかける。雨はまだ降っていますか。ええ降っていますまだ、そして季節はいままでもそしてこれからもずっと冬ですよ。(中略)歌が聞えてくる遠く遠く……言葉たち……世界は寒い……世界は寒い……世界は……寒い、そう世界は寒く僕も寒い。(中略)
 そして僕はフォンテーヌと出会った。僕が僕の心の北へさらに北へと旅立ったのはその翌日だった。パリ−マコン−マルセイユ−サンセバスチャン−マドリッド−コルドヴァ−バルセロナ−バレンシア−グラナダ−アンダルシア−セヴイラ−マラガ−アルジェシラス−タンジール−カサブランカ−マラケシ−アルジェ−チュニス−リスボン−ナザレ……僕は移動し続けた。それは僕の北への旅だった。最後の一冊の本『精神現象学』をカサブランカで捨てる。ハシシュもマリファナもただ僕をさらに寒くさせるだけだった。
【間章「さらに冬へ旅立つ為に」 『アレスキーとブリジット・フォンテーヌ』ライナーノーツ】

 延々と続く地名の羅列を省略せずに書き写したのは、それが地理的な北への旅ではおよそないことを示すためである。間章にあって「北」とは磁針の示す方位や地理上の高緯度地帯を示すものではなく、「寒さ」も気温の低さや冷感を示すものではなく、「冬」もまた太陽高度の低い一時期(我が国では12月から2月か)を示すものではない。いずれも極端に観念的な範列に基づいて用いられている。
 阿部薫における冬、寒さ、北あるいは極北はこうした間章の刻印を逃れ難く帯びている。もし阿部薫を通じてそれらの語や概念について語ろうとするならば、こうした間章の「磁場」の中でゲームを始めざるを得まい。それが嫌ならば、そこから抜け出す方法を編み出さなければならないが、中谷宇吉郎の顕微鏡的な観察眼とそれがもたらす静謐な詩情だけでは難しかったと言わねばなるまい。もちろん、例えば日本の雪国の、冷たく湿った雪に閉ざされた冬の生活のどうしようもないリアリティから、間章の観念性を批判することは可能だろう。だが、これは当日も指摘したことだが、彼は新潟県新潟市に生まれ、大学入学で上京するまで、ずっと新潟で暮らしている。彼は雪国の冬のリアルを知りながら、なお、冬、寒さ、北あるいは極北をあのように語っているのだ。


2.コンラッド・エイケン/tamaruによる「冬」の相対化/対象化
 イベントの最後になって、tamaruがコンラッド・エイケンの短編小説「ひそかな雪、ひめやかな雪(Silent Snow, Secret Snow)」について語り始めた。雪の幻想に取り憑かれた繊細鋭敏にして孤独な少年の物語。甘美な幸福のうちに閉ざされていく世界。tamaruは確か、「種子が芽吹くのではなく、種子の内部へと還っていく季節」としての冬……というようなことを言っていたように記憶している。

 作品を探してテクストに当たってみた。最後の場面で雪が少年に語りかける。「横になって、さあ目をつむりたまえ——もう見えるものなどないのだから——この白い闇の中で、目の見える者などいはしまい。」……凍死による甘い眠りへの誘いとも思える雪の言葉を、突然の闖入者が遮り、彼を揺さぶり立てる。少年の口から飛び出す邪魔物を追っ払う言葉。「ママ! ママ! 向こうへ行って! ママなんか大きらいだ!」……ささやきかける声が再び近づいてくる。
 「眼をとじたまえ——とても小さい話なのだ——だんだん小さくなってゆく話なのだ——花のように外に向かって開くのではなくて、内に向かってはいりこんでゆくのだ——花が種になるのだよ——小さな冷たい種に——聞こえるかね? もっと君によりかかっていくよ——」【コンラッド・エイケン「音もなく降る雪、秘密の雪」野崎孝訳 『教えたくなる名短篇』(ちくま文庫)所収】

 寒さに閉ざされた冬の、北の、極北の潔癖さ、無菌状態のイメージは、夏や南の放つ腐敗/変容の臭いの対極にあるだろう。腐ることなく、永遠に保たれる形(氷河に埋もれたマンモスのように)。それゆえ死は永遠に通ずる。死骸が腐敗し、獣や蟲に食われ、やがて蜜となって土壌に染み込むことはない。
 私は間章的な極北志向に、人間を超えた彼方に魅せられ、憧憬し続けるアンチ・ヒューマンなウルトラ・ロマンティシズムを見ていた。それはやはり永遠不変への憧れにほかなるまい。一方、エイケンは(あるいは彼の作品を引用するtamaruは)、そうした永遠不変に強く魅せられつつも、それを氷に閉ざされた永遠の眠りを種子への退行ととらえ、無限に降り続く雪をちっぽけなスノウ・ドームに閉ざされた反復として思い浮かべさせる。これは間章の張り巡らす強力な「磁場」に対する見事な相対化/対象化であり、呪力封じではないだろうか。それは私にとって、静かな、だが驚きに満ちた、新たな視点をもたらす指摘だった。


3.即興演奏における阿部薫の「問題」 
 「新たな視点」とは何かを述べるためには、ここで私の阿部薫との出会いについて書いておかねばならない。

 私も彼の伝説に引き寄せられて、彼の音を追い求めた。もうすでに80年代になっていて、『なしくずしの死』は廃盤で入手できず、『北』と『オーヴァーハング・パーティ』を聴いた。だが、私が伝説の向こうに透かし見ていたものは、そこにはなかった。その後、『なしくずしの死』が再プレスされ、ようやく耳にすることができたが、むせかえるほど充満した濃密な死の匂いには惹かれたものの、やはり私の求めるものは、そこにはないように思われた。

 それでもずっと気にかけていたのは確かだろう。P.S.F Recordsから、まだ聴いたことのない1972年のライヴ演奏のプライヴェート録音が『またの日の夢物語』として1994年にリリースされると、すぐに買い求め、噴出する音響の瑞々しさに驚かされることになる。しばらくしてやはりP.S.Fからリリースされた、同じく1972年の、前掲作のほぼ3か月後のライヴ演奏を収めた『光輝く忍耐』もまた素晴らしかった。何よりも垂直に立ち上がる速度に魅せられた。ここで速度は、力みや抵抗、鈍い重さを削ぎ落とすことを通じて、音響の純粋さと同義語だった。フレーズや音列のヴァリエーションが自己を展開すべきストーリー・テリングや構造のアレンジメントは、前述の垂直な速度と音響の純粋さに蹴散らかされていた。
 その後、『なしくずしの死』を聴き返して、1972年の阿部の断片があちこちに埋もれているのに気づかされた。あの垂直の速度が一瞬噴出するが、もはやその強度に耐えきれなくなった意識/身体がすぐに態勢を崩してしまい、音響は屹立するに至らず、倒れ横たわりながら音の身体を弓なりに反らせるのが精一杯だ。この突然の噴出が、完遂することなく絡めとられ、沼地へと沈められることの反復が、演奏中に立ちこめる死の匂いを、一層濃密なものとしているのは確かだった。それは決して甘美な眠りへと引き込まれていくような安らかなものではなく、神経が火花を散らし、筋肉が激しく収縮して、痙攣を繰り返しながら、その都度、壊死していくような凄まじさをたたえていた。

 阿部薫には有名な詩(のようなもの)がある。冒頭に引いた『阿部薫 1949-1978 増補改訂版』でも、経歴の次のページに掲げられている。同書所収の長尾達夫「風のような男」によれば、1978年6月に行われる中村達也とのデュオ・コンサートに向けた打合せの際に、パンフレットに載せる文章を自分が書くと言って、手近にあった告知チラシを1枚引きちぎり、その裏面にしたためられたものである。

ぼくは誰よりも速くなりたい
寒さよりも、一人よりも、地球、アンドロメダよりも
どこにいる、どこにいる
罪は

 詩作品としての評価はさて措くとして、この文章は演奏に向かう彼自身の意識の在りようを鮮やかに示している。ここで「速さ」は、実存の虚無(寒さ)も、孤独(一人)も、重力(地球)も、果てしない遠さ(アンドロメダ)も超えるものとしてある。それは無論、運指やフレージングの速度などではなく、放たれる音と演奏する身体/意識の関係においてとらえられるべきものにほかならない。脳内に噴出するイメージが瞬時に手指へと伝達され、音となって管から迸り出る過程を、彼は常に「のろい」と感じていた。その瞬間、垂直に立ち上がり、管を極限まで鳴らし切る、しなやかに卓越した技量に至りながらもなお。思い浮かんだ瞬間にはもうすでにその音が出ているという理想状態すら、彼には満足のいくものではなかった。放たれ、出てしまった音が、演奏する意識をすら追い越し、彼方へとさらにとめどもなく加速していく時、音は、母親の手を放してしまった幼子と同じ不安に襲われ、思わず背後を振り返り、あたりをキョロキョロと見回すことになる。罪を負い、この場、この瞬間に、プロメテウスの如く固く縛り付けられた意識/身体はどこにいるのかと。

 もちろん、こうした解釈は何か確たる根拠を持つわけではなく、所詮は恣意的なものであり、私の個人的な印象に過ぎない。しかし、1972年の阿部の演奏を聴いた後では、そのように読むことしかあり得なかった。幸運にも、あるいは偶然にも、すなわち天賦の才の成せる業であっても、あるいは天文学的な確率の偶然に恵まれた結果であるにしても(それは同じコインの裏表にほかなるまい)、あのように瞬時に管を鳴らし切る境地に達してしまったが故に、1972年の阿部は、そこにある眼に見えない壁に、どうしても乗り越えられない一線に、気づかざるを得なかった(否応無く気づかされた)のだ。
 通常の場合、即興演奏における「問題」は、新たな演奏の展開に向けて照準され、それゆえそこに至る回路として、楽器の表現領域の拡張、新たな音響の獲得が目指される。通常とは異なる楽器の部位を用いたり、様々な音具を使用したり、利用可能な音域や音色のパレットを拡張したりという特殊奏法は、「エクステンデッド・テクニック」と呼び慣わされるように楽器の能力の、表現の領土の、拡大・伸張にほかならない。とすれば、当然のことながら、「エクステンデッド・テクニックを用いれば、それが即興演奏として成立する」というのは、転倒・倒錯した問題理解に過ぎないことになる。多くの自称「即興演奏者」たちがこうした転倒・倒錯と、自堕落に戯れている。
 阿部薫はそうした児戯に耽溺する暇もなく駆け抜け、ただ一人、あまりにも真正直に前述の問題に突き当たっている。
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4.阿部薫がデリダから「受信」したもの
 なので、中上健次が次のように書き残しているのを知った時は、「やはり」と思わずにはいられなかった。

 今、手元に阿部薫が読んでいたジャック・デリダ『声と現象』という本がある。こんなところに線がひかれてある。
《ところで、われわれは一方において、イデア性をも、またあらゆる形式のもとにおける生ける現前をも最もよく維持するように思われる記号作用の活動領域 ——すなわち表現の資料—— は、声としての気息の精神性であること、また他方において、イデア性という形式における現前性の形而上学である現象学は、同時に一種の〈生の哲学〉でもあるということ、この二点をよく考えてみなければならない》
 線をひいたのは阿部薫なのか誰なのか分からない。ただ阿部薫がジャック・デリダをその当時読んでいた事は確かだ。そう考えると、かつての熱狂の夢が分析しがたい謎をまた一つ含み、私の前に立ちふさがる。
【中上健次「金属神に仕える現代のシャーマン」 『阿部薫 1949-1978 増補改訂版』所収】

 フッサール現象学の批判的精読であり、以降、脱構築のツールと鳴る様々な用語を/概念を生み出した『声と現象』は、デリダの著作の中で最初に邦訳されており、1970年に高橋允昭訳により理想社から出版されているから、阿部が手に取ることは充分可能だったろう。ここで中上は該当箇所が『声と現象』のどこに位置しているか詳らかにしていないが、確かめると同書21ページの「序言」の一部であり、例の「自分が話すのを聞く」ことを論じた第六章「沈黙を守る声」を予告する箇所である。それでは第六章の記述から該当する箇所を適宜引用してみるとしよう。

 対象のイデア性とは、対象の、非経験的意識に〈対する−存在〉であるから、それが表現される場は、その現象性が世界性という形式をもたないような場にほかならない。声とは、そのような場の名称である。声は自分自身を聞く。音声的記号(ソシュールの意味での《聴覚映像》、現象学的声)は、この記号の現前の絶対的近さにおいてこの記号を発する主観によって《聞かれ》る。主観は、自己の外を経る必要もなしに、自己の表現活動によって直接に触発される。私の言(パロール)は、私のもとを離れないように思われるがゆえに《生き生きして》いる。すなわちそれは、私の外へ、私の気息の外へ、可視的な隔りのなかへ、転落しないように思われ、私に所属することをやめず、《余計な付属物をもたないから》私の意のままになることをやめないように思われる。ともかく、このようにして声の現象が、現象学的声が与えられるのである。【同書p.143〜144】
 話し手が自分を聞くということ、話し手が諸現象の感性的形式を知覚すると同時に自分自身の表現志向を理解するということが、言(パロール)の構造そのもののうちに含まれているのである。もしもなんらかの偶発事が起こり、それがこの目的論的必然性に反するように思われるときには、その偶発事はなんらかの補欠作業によって乗り越えられるか、さもなければ言(パロール)が存在しないか、そのいずれかということになるであろう。【同書p.148】
 〈自分が話すのを聞く〉という作業は、純粋な自己−触発であるから、そのかぎりにおいて、自分自身の身体の内面的表面さえをも還元するように思われる。すなわちそれは、その現象の内部において、あの〈内面性における外面性〉を、つまりわれわれ自身の身体についてのわれわれの経験ないし心像が提示される場である、あの内面的空間を、なしですますことができそうに思われる。そういうわけで、〈自分が話すのを聞く〉というこの作業は、間隙一般の絶対的還元にほかならないような〈自己への近さ〉において、絶対的に純粋な自己−触発として体験されるのである。[中略]それというのも声は、それが純粋な自己−触発として世界のなかに生じるという、まさにそのかぎりにおいて、世界への発出にあたっていかなる障害にも出くわさないからである。【同書p.149〜150】
※上記引用において下線としたのは原文では傍点、( )としたのは原文ではルビ。

 さて、このように声に、自分が話すことを聞くことに、フッサール現象学の根拠というべき絶対的近接、直接的現前を見出しながら、デリダはそれを脱構築しにかかる。

 フッサールは差異を能記の外面性のうちに押しやりはしたものの、意味と現前の根源において差異が働いていることを、認めないではいられなかったわけである。声の作業としての自己−触発は、ある純粋な差異が〈自己への現前〉を分裂させに来ることを予想していたのである。このような純粋な差異のうちにこそ、空間、外面、世界、身体、等々といった、自己−触発から排除しうると考えられているすべてのものの可能性が、根を張っている。自己−触発が〈自己への現前〉の条件であることを認めるやいなや、いかなる純粋な超越論的還元も可能でなくなる。【同書p.155】

 いま引用した箇所は、有名な「差延」概念を導入する直前のくだりであり、デリダの脱構築の核心部分である。ここで議論はフッサールの議論の細部を精読することにより、彼が見出しているにもかかわらず明らかにせずに終わった事柄を、彼に代わって見出し、明らかにするものとなっている。脱構築とは決して決定不能性を導きだすためだけの作業ではない。
 いずれにしてもここで、デリダは声の、自分が話すことを聞くことの、絶対的近接、直接的現前が、空間、外面、世界、身体等々を逃れ難くはらんでしまうことを明らかにしている。声の絶対的に純粋な透明性が、自分が話すことを聞くことの逃げ道も隠れどころもない閉回路が、不純な混入物により汚染され混濁しており、閉域に穴や抜け道が生じていることを。
 阿部が1972年以降突き当たっていた、眼に見えない壁、どうしても乗り越えられない一線が、決して完璧ではなく、どこかに綻びや亀裂を持っていることを、本書を読んで彼は直感的に理解したのではないか。自らの「問題」に一筋の光明を見出したのではないか。私にはそう思えてならない。

 仮に私の推測が当たっていたとしても、阿部のデリダ解釈を「誤読」と指摘することはたやすい。デリダが論じているのは、フッサールが『論理学研究』の第一篇「表現と意味」で論じ、晩年の『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』や『幾何学の起源』に至るまで前提として保持された記号と表現と指標の問題であり、たとえ「気息」という点において通底しているといえども、「声」とアルト・サクソフォンの音を同列に扱うわけにはいかないと。
 無論、それは正しい。「デリダを読む阿部」について記した中上も、そんなつもりがあって記したのではないだろう。中上が生前の阿部と出会えなかったことを惜しむ向きもあるが、アルバート・アイラーの闘いに「破壊者」の姿しか見ず、アイラーの死後はボブ・マーリーと矢沢永吉ばっかり聴いていたという中上の耳に、1972年の阿部の音は、彼の「問題」の切実さは届かなかったに違いない。しかし、ここで私は「誤配」の結果として阿部が「受信」したものに、いやそれを通して照らし出される阿部の「問題」にあくまでも注目したい。そしてその「壁」の前にひとり立つところまで歩みを進めた阿部の輝かしき達成に。この点において、私にとって阿部薫は、ミッシェル・ドネダ(Michel Doneda)を別にすれば、依然として最も重要なサックス演奏者であり続けていることを告白しよう。ペーター・ブレッツマン(Peter Brotzmann)はもちろん、エヴァン・パーカー(Evan Parker)よりも。


5.「冬」の相対化がもたらしたこと
 1972年以降、阿部は彼の「問題」と闘い続けたが、ついにそれを解くことはできなかった。薬物やアルコール、不摂生で自堕落な生活と信奉者たちの盲目的な賞賛が、彼の意識/身体を奥深くまで蝕み、彼は次第に登り詰めた頂からずり落ちていった。それは見果てぬ「彼方」への、すなわち「超越」に向けた不可能な跳躍だったからだ……ずっと私はそう思っていた。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ描く「海辺の僧侶」の、北の海の見通せない彼方を凝視し続けるウルトラ・ロマンティックな眼差しを、間章と共有していたからだと。それゆえ重力に縛り付けられる肉体を蔑視/毀損し、精神の離脱に向け当ての無い彷徨を繰り返しては、眼の前に立ちはだかる巨大な敵に戦いを挑むドン・キホーテの如く長鎗を構えたまま、薬物やアルコール、束の間の悦楽に耽溺し、出鱈目な妄想を振り撒きながら自滅していくのだと。それが「極北」への憧れの末路である……と。

 しかし今回、tamaruがコンラッド・エイケンを参照しつつ、阿部薫に即して「冬」の相対化/対象化を行ってみせたことにより、阿部の軌跡を「極北」へとまっしぐらに向かう闇雲な疾走/跳躍としてではなく、それに惹かれつつも、その閉域に囚われてしまうことを怖れた「逃走」としてとらえる視点に気づかされた。

 ここで先に明らかにしておかねばならないが、エイケンの短篇小説「ひそかな雪、ひめやかな雪(Silent Snow, Secret Snow)」を、「種子が芽吹くのではなく、種子の内部へと還っていく季節としての冬」を中心に読み解くのは決して一般的ではない。
 先に挙げた『教えたくなる名短篇』(ちくま文庫)の巻末には、編者を務めた北村薫と宮部みゆきによる対談形式の解説が収められているのだが、そこで北村は「この甘美な世界というのは何か、文芸を愛する者の心に響きますし、[中略]芸術の世界のようなものに捕まえられてしまうというふうな」と語り、一方、宮部は「これは大好きな作品ですね。[中略]清冽な美という点で冴えてる[中略]やっぱり心が柔らかくて繊細な年頃のときに、たまさかこういう雪の声を聴いてしまうんでしょうねえ」と述べて、少年が呑み込まれていくのが絶対的な孤独であることを認めながら、その甘美さに対する文芸愛好者としての憧れを隠そうとしない。彼らの眼差しは、「毎朝配達に来る牛乳屋の音が届かないことから、積もった雪の白さを思い浮かべて少年は喜びに浸るが、窓に眼を向けると雪など降っていない、にもかかわらず、ずっと雪が降っている感じが、その後もつきまとった……」と「響きの喪失が生み出した幻想」からこの作品を語り始めたtamaruと大きく異なっている。それは文字言語という、明らかに事後に外部からインストールされた記号を用いるがゆえに、それを外部との回路として、幻想を育むため内部へと沈潜/自閉し得る文学者と、記号とはなり得ない不定形の音/響きを扱うがゆえに、「いま・ここ」に眼を見開き、自らの発した音とその周囲に広がる環境音を凝視せざるを得ない、すなわち自らを外部へと開き続けなければならない音楽演奏者の違いなのだろうか。

 ともあれ、こうした相対化の視点を導入することにより、阿部の達成を、信奉者たちが崇め奉る「極北の殉教者」像からはっきりと切り離してとらえることができる。すると、孤独/孤高とばかり見えていた阿部の営為の周囲に、次第に他のサクソフォン演奏者たちが像を結び始める。
 たとえば、現在、サクソフォンのエクステンデッド・テクニックにおいて世界最先端に位置するジョン・ブッチャー(John Butcher)が、デュオの相手の出した音ではなく、まったく偶然の階段の軋みにすら反応してしまうほど全身の聴覚センサー感度を高め、あるいは不安定なフィードバック回路を採り入れることによって、演奏する自身の意識や身体、意図による運動/操作を希薄化していくやり方。さらには、ロル・コックスヒル(Lol Coxhill)やフローロス・フローリディス(Floros Floridis)が、路上でのバスキングの自由闊達抜さすら取り込んで、トラディショナルや既成の決まり文句を自在に渡り歩きながら、その淡く夢見るようなとりとめのなさによって、移ろい続ける筆先から自己をとめどなく溶解/流出させていく仕方。

 いずれにしても、滅びを必然とし、いやむしろ自ら自滅を希求し、追い求め続けたかに見える阿部の「宿命」を、「極北」に向け方向付けられた磁場から切り離し、むしろそれとは真逆の「自閉からの逃走」ととらえ直すことにより、彼の残した音はまったく新たなパースペクティヴの下に立ち現れてくることになる。『阿部薫の冬』は、改めて阿部を聴き直さねばならない、いや、新たな耳でまた聴くことができるのだと、そこに広がる可能性に気づかせてくれる、私にとってかけがえのない一夜となった。tamaruをはじめ、主催者及び参加者各位に感謝したい。どうもありがとうございました。
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2018年9月24(月)
上池袋anoxia
anoxia lounge種を蒔くvol.7「阿部薫の冬」
ゲスト:tamaru
ナビゲーター:田口賢治
進行:加藤裕士

2018年11月7日修正
 anoxiaでのイヴェント名『阿部薫の冬』を『阿部薫と冬』と誤記していた箇所を訂正しました。
 ただし、本文はあくまで『阿部薫と冬』に関する覚書であり、論旨に変わりはないため、
 他の部分については修正しません。






ライヴ/イヴェント・レヴュー | 17:24:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
「タダマス」、ハロウィンで仮装する "TADA-MASU" will dress up for Halloween, 31st of October
 益子博之と多田雅範のナヴィゲートする同時代音楽シーンの定点観測イヴェント「タダマス」の31回目は、ハロウィンの迫る今週末の開催となる。
 「タダマス」番外編として、ele-king別冊『Mutant Jazz』に益子・多田インタヴューが掲載され、「おおっ」とのけぞっていたら、「タダマス30」の後、朝日新聞が運営する「ひとりを楽しむ」をコンセプトにしたウェブメディア『DANRO』に益子のインタヴューが掲載された。題して「『ひたすら音楽を楽しみたい』」ニューヨーク『ジャズ詣で』17年の筋金入りファン」(*1)。
 *1 https://www.danro.bar/article/11824895

 内容については、相方である多田による紹介を引用するとしよう(*2)。
*2 http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20180919

 ライブに行きまくっていた90年代、海外こそ(短期留学以外は)行ってませんが、国内にも面白い音楽はたくさんあって、メディアはアテにならんなーと思ってました。90年代はジャズが停滞していた、みたいな論調は失笑ものです。
90年代末にカナダに留学して、やはり日本でほとんど知られていない現地ミュージシャンの素晴らしいライブもたくさん見ました。メディアの責任もあるけど、そもそもメディアには限界があるという認識が必要で、情報を受け取る側のメディア・リテラシーも問われますね。
 
以下引用。
『その後、モダン・ジャズを中心に幅広く聴いていましたが、90年代に入ると、ジャズの新しい曲を聴く機会が少なくなりました。
「日本の雑誌がほとんど紹介しないので、海外の新しいミュージシャンは出てきていないのかと思っていたんです」
ところが、実際は違っていました。世界中から集まって来るミュージシャンによって、ニューヨークのジャズ・シーンは生き生きと脈打っていたのです。ただ、日本のメディアで紹介されていないだけで。』

  「入り口としての評論とか言葉は、必要だと思うんです。でも、音楽を語るのは難しい。本当は音楽について何も言いたくないんですよ。語れと言われるから語るけど……。言葉にならないものを体験しているというか、言葉にして捉えた瞬間、“それ”になっちゃう。言葉のほうが勝ってしまうから。そうじゃないものが消されてしまって、聴こえてこない。それがもったいないんです。言葉だけを信じずに、それはひとつの捉え方に過ぎないものだということがわかったうえで、聴いて楽しむことができたらいいと思っています」
 ラストに持ってきたこのフレーズ!さすがの編集者だ!


http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20180919

 その後、益子は何と、「この連載で最初の海外『スーパーファン』」として、定評ある音楽情報サイトとして、1995年以来活動を続けるAll About Jazzにも登場することとなる(*3)。
 *3 https://www.allaboutjazz.com/meet-hiroyuki-masuko-by-tessa-souter-and-andrea-wolper.php?pg=1

 最近は「NYダウンタウン・シーンの定点観測」とはもう呼べないほど、NY以外、あるいは米国以外のシーンも採りあげている「タダマス」だが、今回はこうした流れを受けてか、NY在住の挾間美帆がゲストとして登場する。

 ゲストには、NY在住の挾間美帆さんをお迎えすることになりました。作曲家・編曲家、そして指揮者として、多彩な分野で世界を舞台に活躍する挾間さんは、「即興的瞬間」をどのように捉えているのでしょうか。お楽しみに。(益子博之)

 この「いつも通り」のあっさりした紹介を、多田が次のようにブログで補足している(*4)。
 *4 http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20181022

 わお!ゲストはNY在住の、マンハッタン音楽院大学院(ジャズ作曲専攻)を経て世界デビューを果たし、2016年には米ダウンビート誌の「未来を担う25人のジャズアーティスト」に選出された、あの挾間美帆ではないか!、『ジャズの100枚。』挾間美帆 - 私が影響を受けたジャズの1枚(*5)。

 *5 https://www.youtube.com/watch?v=e4pToKTEfBE
 かわいい、かわいすぎる、
 アメリカと日本のメディアに取り上げられて有名人となったマーケティングコンサルティングが本業の益子博之と、


貧困層の非正規雇用の、これはジャズじゃねえ!ジャズミュージシャンはジャズを演れ!、とディスクユニオンの試聴機に向かって怒鳴り、買取価格に文句をつけ、新譜コーナーでスマホで写メだけして帰ってくる、タワレコ寄ってイントシ2冊持ってきたくせに光ヶ丘に着いたらケッとゴミ箱に挿入する、Jazz Tokyoからキースの新譜を郵送してもらっても悪態をついたタガララジオ53だけ入稿し、キースの新譜は iTunes からも速攻でゴミ箱に挿入する、せっかく雇ってくれた社長さんにそれはクズでしょとため口をきき雇い止めにされ、くだらねぇ世の中だ、くだらねぇオレタチ、エレファントカシマシを口ずさみ、そんな、運転手と喫煙にしか能がないような、浦安鉄筋家族の大鉄のような、ただただニコチン臭いだけのジジイ、である、おれ、と、
 世界のジャズファンの属性をこの三人ですべてカバーできるという、史上初の文化人類学的ジャズ聴取の試み、

 私としては、前述のele-king別冊『Mutant Jazz』に執筆したアンソニー・ブラクストンに関する拙論でも用いた「即興的瞬間」が、ここで引かれているのが大層気になるところだ。当日、これを巡ってのやりとりが交わされるのだろうか。

 あれれ、こないだ益子さんちのスピーカーで選曲を予習してきたはずなんだが、またすっかり思い出せないでいる、ええいままよ、今を生きるのだ、今生きてればなんとかなる、何を書いているのか、(多田によるブログ*4の続き)

 相変わらず展開に予断を許さない「タダマス」。これは何を措いても、とりあえず現場に駆けつけ、時代の目撃者となるよりほかはない。

益子博之×多田雅範=四谷音盤茶会 vol. 31
2018年10月28日(日) open 18:30/start 19:00/end 22:00(予定)
ホスト:益子博之・多田雅範
ゲスト:挾間美帆(作曲家/編曲家)
参加費:¥1,500 (1ドリンク付き)

タダマス31ちらし縮小
タダマスハロウィン160



ライヴ/イヴェント・レヴュー | 23:23:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
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