2011-11-03 Thu
【前口上】遅ればせながら、6~9月分のディスク・レヴュー(第2部)をお届けします。10月中にアップできなくて申し訳ありません。第2部ではエレクトロ・アコースティック系の即興演奏、フィールド・レコーディングやドローン、ミュジーク・コンクレート等を取り扱っています。なお、次の2作品(共に素晴らしい!)については、別稿(10月2日 「ミッシェル・ドネダの近作群について」)でレヴューしたので、あえて外しています。それではどうぞ。
○Michel Doneda, Jonas Kocher / Action Mecanique (Flexion)
○Michel Doneda , Jonas Kocher, Christoph Schiller / /// Grape Skin (Another Timbre)
(1)〈日常〉の侵入

Anne Guthrie(frecch horn, vocal, bells, field recording)
Copy For Your Records CFYR 005
http://cfyre.co/rds/
トラフィック・ノイズの吹きさらしの中で、フレンチホルンが聴き覚えのある旋律(バッハの無伴奏チェロ組曲から)を吹きはじめる。その遍在する耳の記憶を通じて、あるいは旋律の造形性の確かさによって、演奏は情景を伴奏しているようにまず感じられる。自動車がひっきりなしに行き交う街路を静かに見渡す眼差しに、何か崇高なものをまとわせ、光景を一幅の絵のようにモノクロームに切り取る。だが、演奏の微妙なたどたどしさがそれを妨げる。不安定なピッチ、裏返りそうになる音色、息が詰まって不均衡な立ち上がり‥。ビルの屋上とか屋外での演奏をそのまま録ったものかもしれない‥‥と思いを巡らすうちに、続く2曲目では、足元で脈動する電子音や虚ろに響く鈴の音が空間のゆるやかなうねりをつくりだし、その波間に先ほどのフレンチホルンの吹奏の断片が、粉々になった夢のかけらのように時折浮かび上がる。3曲目では話し声の生々しさに、やはり素材としての野外録音かと思えば、重たい電子音が頭をもたげ、周辺の環境音(子どもの声も聞こえる)の反響具合(トンネルだろうか)やバックするトラックのアラーム音と混じりあう。
ここで空間のパースペクティヴはくっきりとした焦点を結ぶことなく、いつもぼやけ揺らぎ、熱に浮かされて見る夢にも似て、様々なかたちをしたかけらが、遠近の区別なく、ただふわふわと浮かび漂っている。「脱力なごみ系」なさりげない手触りのうちに、「コロンブスの卵」的手法により、素晴らしい毒を潜ませた逸品。

another timbre atb-08
Anett Nemeth (piano, clarinet, household objects, field recordings, domestic electronics)
http://www.anothertimbre.com/page91.html
薄闇に浸され、事物の形が次第に溶けさった輪郭の捉え難いおぼろなたゆたいの中から、そっと鍵盤を押さえられたピアノの音色が浮かび上がる。その束の間漂う残像を導きの糸として、重い水を押しながら暗がりを探るうち、ふと響きの切れ端が耳の奥に残る。はるか向こうの犬の鳴き声、風のはためき、彼方を行き過ぎる自動車の走行音‥。〈ここ〉とは何の関係も持たない、そうしたか細く「遠い響き」の手前に、それらに紗をかけるように、あるいは影を落とすように、クラリネットや電子音がいつの間にか佇んでいたことに気付かされる。薄暗がりに去来する重さを持たない音たち。時折ピアノが鳴り響き、日常はそれにとらわれることなく響きを刻んで、耳を包み込む。ピアノ以外のサウンドをケージにならってタイム・ブラケット方式で配置した表題作が、世界への手の届かなさを感じさせて素晴らしい(もう1曲はいささか「内面的」だ)。耳を澄ますだけに徹した音楽。それは廃屋に置き去られたピアノを奏でる幽霊の聴く音に似ているかもしれない。視聴用ファイルの置かれた上記URLでAnett Nemethのインタヴューを読むことができる。
(2)屹立する〈水平〉

M.Holterbach (field recording), Julia Eckhardt (viola)
The Helen Scarsdale Agency hms018
http://helenscarsdale.com/published/holterbachdoundo.htm
降り出したばかりの雨音に、あるいは立ち騒ぐ蛙の鳴き声を思わせるざわめきの中から、密教のマントラにも似た響きが次第に浮かび上がる。どこまでも水平にたなびく一本の線。微細な震えをはらみながらも、尽きることなく平らかにうねる流れ。それを軸線として、様々な響きが、物音が、息遣いが幾重に巻きつき、糸を張り、網目を敷き重ねる。その結果、それらは先の水平な広がりが分泌/放出した粘液/倍音による構築物のように見える。モスラの繭あるいはガルガンチュワの奏でる巨大なヴィエル・ア・ルーの響き。もはや〈水平〉は強靭な軸索となって崇高を帯びた〈垂直〉を支えている。陽炎のように立ち上がる光背にざわめく風景が映り込み、風が舞い、石が転び、列車が揺れながら通り過ぎる。2曲目ではぴんと張られた絹糸の上に、より希薄で微細な風景が蜃気楼のように浮かぶ。2010年の作品ながら、「ベスト30」選定時に入手が間に合わなかったのでここで改めて。

Potlatch P211
Stephane Rives (soprano sax), Seijiro Murayama (percussion)
http://www.squidco.com/miva/merchant.mv?Screen=PROD&Store_Code=S&Product_Code=14988
ノンブレスで吹奏されるソプラノ・サックスが刻一刻生成していくひたすらに水平な一本の線。前掲作でJulia Eckhardtの奏でるヴィオラが、アコースティックな毛羽立ちを通じて空間ににじみ、背景に溶け込んでいくのに対し、Stephane Rivesのソプラノはどこまでも鋭く冷ややかに自らを研ぎ澄まし、帰属すべき場所を持たない。リトル・パーカッションをかき混ぜ、あるいは金属を弓奏してむせかえるほど豊穣な倍音を解き放つ村山が、空間に浸透し染め上げていく只中を、彼のソプラノがまっすぐに射抜き、呼子のように駆け抜けていく。いつしか村山の弓奏もまた加速し、水平方向に飴のように伸びて、ソプラノと並走するに至る。その時もソプラノは融和を拒み、自らを空間から励起/屹立させ続ける。そのために確保された〈距離〉(それが小さければ小さいほど、より強度は高まる)は、そのまま空間の裂け目であり、バーネット・ニューマンが描き続けた崇高な〈ジップ〉に似ている。強力な磁石を可能な限り接近させ、張り裂けんばかりに時空を歪ませるラボ的な強度の実験。

senufo edition #twenty
Kassel Jaeger (positive organ, marxophone, tremolos, turkish crescent, nfir & synthi AKS analog)
http://soundcloud.com/senufoeditions/kassel-jaeger-algae-extract
http://www.kasseljaeger.com/projects/algae/
増殖する「瓶乾燥器」(デュシャン)。一昔前の冷蔵庫を集めたコンプレッサーのサウンド・アンサンブル。金属結晶の森。火花を散らすグラインダーと巨大旋盤のスクラッチ。ヒュー・ディヴィスや広瀬淳二の自作楽器で構成したオーケストラがうなりをあげ、ハリー・ベルトイアやバッシェ兄弟による音響彫刻群を端からなぎ倒す。ありとあらゆる材質・形状・質量の金属が、震え揺らぎ響きねじれ共鳴共振し軋みの果てに断裂する「材質試験場の物性シンフォニー」は、視界一杯に敷き詰められた機械仕掛けが分裂増殖し、こちらに向かって刀の切っ先を突き出してくるような迫力を持っている。そうしたケイオティックな構築を可能ならしめるKassel Jaegerの透徹した眼差しを評価したい。彼に関しては「2010年ベスト30」でsenufo editionからの第1作「Aerae」を採りあげているが、Mystery Sea及びUnfathomlessからの2作品もまた素晴らしい。180枚限定。
(3)〈percussiveness〉の奥義

l'Innomable 2011
performed by Nick Hennies
http://soundcloud.com/nhennies/sets/j-rg-frey-metal-stone-skin
共鳴を積み上げて、蚊柱にも似た倍音の塔を築いていくAlvin Lucier「Silver Streetcar for the Orchestration」(「Psalm」(Roeba)でNick Henniesによる素晴らしい演奏を聴くことができる)と同じく、トライアングルの規則正しい連打を用いながら、ここで彼は意図的に共鳴を積み上げず、むしろ横に崩していく。金属の振動の冷ややかさと、銀紙を噛んだ時の歯にしみるあの酸っぱい味が口の中いっぱいに広がる。以降、石で金属をこする、スネアの規則正しい連打、鉄パイプでコンクリートをこする、地響きに似た空気の揺らぎ、枯葉のかさかさとした響き等で空間を満たしながら、むしろ皮膚感覚を通じて、音を聴き手の身体に滲み込ませ、これにより響きの内部に入り込み、別の視界を開かせる。それが一挙に顕在化する34分過ぎからは特に圧巻。暗闇がひたひたと迫るように、空間の無言の圧力が次第にいや増して、底知れぬ響きの深淵が口を開き、まるで金縛りのように動けない身体に沈黙の質量がのしかかる。「沈黙が多くて音が少ないのがWandelweiserでしょ」と訳知り顔で語る奴等の後頭部を張り倒す超強力作。150枚限定。

Gravity Wave gw 005
Michael Pisaro (radio,guitar,sine tones,recording,assembly,mixing,mastering),
Greg Stuart (almglocken,bell plates,brake drums,chimes,various metal instruments/objects with contact microphones,cynbals,glockenspiel,gongs,steel drums,tam-tams,vibraphone,recording)
http://www.ftarri.com/cdshop/goods/gravitywave/gw-005.html
Michael PisaroとGreg Stuartの共同作業の連作を2枚セットで採りあげたい(やっぱりちょっと反則)。かつての「Hearing Metal 1」で聴くことのできた巨大タムタムによる分割振動と倍音のせめぎあいによる深遠な響きをよそに、ここでは、むしろその後の「July Mountain」に見られた叙情的な響きをたたえながら、豪奢な音の饗宴を繰り広げており、凹凸のある金属板をこすったと思しき音が多重録音され、幾重にも重なりあった響きが煙るように立ち込め、むくむくと倍音の入道雲が立ち上がる。圧巻の音風景ではあるが、Nick Henniesによる「Metal, Stone, Skin, Foliage, Air」と比べてしまうと、いささかスペクタクルに過ぎ、「浅薄」との印象を覚えずにはいられない。

Gravity Wave gw 006
Michael Pisaro (sine tones,mixing,mastering),
Greg Stuart (sixteen suspended cynbals,grains/surfaces,recording,mixing)
http://www.ftarri.com/cdshop/goods/gravitywave/gw-006.html
「2」と同時リリースされた「3」は、同様の音の敷き重ねによりながらも、音源の種類が絞り込まれたことにより音色のマット感が薄れ、色合いがモノクロームに整理され、音風景の解像度が上がったように感じられる。逆に言えば「2」は過剰な密度を詰め込んだ「過飽和の美学」の産物と言うこともできるだろう。こちらでは個々のサウンドがどのような化学変化を起こしながら、音響組織の構築に至っているのか、その生成のプロセスを見届けることができる。なお、今回の「2」、「3」はいずれも、彫刻家コンスタンティン・ブランクーシにちなんで‥と副題されており、「2」は「沈黙のテーブル」、「3」は「プロメテウス」が具体的な作品名として掲げられている(後掲の写真参照)。前者は表題通り静謐さに溢れた佇まいを見せており、「過飽和の美学」とは相反するように思われる。それともそうした上辺の静謐さの陰に渦巻く強度に眼を凝らした‥ということなのだろうか。
【参考】コンスタンティン・ブランクーシの彫刻作品
沈黙のテーブル La table du silence

プロメテウス 1911 Prometheus, 1911

スポンサーサイト