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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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マティエールの感染-「マックス・エルンスト展」レヴュー-  Infection of Matiere-Review for "Exhibition of Max Ernst"-
 横浜美術館で開催されている(6月24日まで)「マックス・エルンスト-フィギア×スケープ 時代を超える像景」を観てきた。今回はそのことについて書いてみたい。
 なお、今回の作品展示はコラージュ、フロッタージュ、挿絵原画、油彩等、多岐にわたるものであったが、そうした幅広さすらもエルンストの広大な作品世界の一端を明かすに過ぎず、かえって彼の多彩さ/多才さを印象づけるものとなった。それゆえ本稿では「エルンスト論」的な構えは採りようもなく、ただ気づいた点、印象に残った点等を幾つか記すにとどめたいと思う。
  
マックス・エルンスト展ちらし


1.精密さへの志向

 今回の展示でまず驚かされたのは、エルンストの精密さへの揺ぎない志向である。挿絵原画は思った以上に小さく(印刷の原寸大?)、ほとんどミニアチュールと言ってよいほどで、(部分によっては)実に細密に描き込まれている。また、コラージュ作品では、各断片を貼り合わせた跡がまったくと言ってよいほど見られない。紙の地の色そのものが違うので、「この部分が貼り付けられた断片である」ことはわかるのだが、その断片の切り抜かれた輪郭を看て取ることはできない。上から貼り重ねられた厚みも感じられない。そこから浮かび上がってくるのは、コラージュによってもたらされるシュルレアリスティックな画面の「あり得なさ」を、魔法のように浮かび上がらせたいという欲望もさることながら、むしろ精密に貼り合わせること自体に対するフェティッシュな志向のように思われる。

 さらに『マクシミリア(Maximilia)』への一連の挿画においては、滑らかなドローイングによるフィギアから〈絵文字〉、象形文字を経て、ばらばらに振り撒かれたアルファベットに至る段階的な形態変化の相の中で、端正に並べられた〈絵文字〉が平面構成の主役となっている。それぞれの〈絵文字〉は、隣接性の原理を絶妙なバランス感覚で適用され、見事に凹凸を組み合わせており、一様な密度のブロックを形成している。それによって現れる空白部分の配置の完璧さは、空間恐怖に突き動かされた「詰め込み」の息苦しさを一切感じさせることがない。エルンストにおいて、細密さは正確無比な精密さを経て、広々とした余白/空間の開放へと結びついているのだ。

 このことは今回展示された最初期の作品から、彼の印刷された文字や図版への嗜好とというかたちですでに現れている。また、彼のコラージュ作品に素材として、雑誌から採られた銅版によるモノクロの挿絵(特に科学実験の場面が多い)が多く用いられているのも、濃淡の度合いをつくりだすために刻まれた線の細密さ/精密さと、印刷されることによって得られる「揺ぎなさ」の感覚ゆえではないだろうか。
    
  「白鳥はとてもおだやか…」       「鏡の中の天使」
わずか8.3cm×12cmという細密さ  同様に12.3cm×11.5cm

        
  『マクシミリア』挿画から  ドローイング集「Fiat Modes」表紙
  絵文字による平面構成  印刷された図版と文字の揺るぎなさ


2.マティエールの感染

 エルンストの作品を画集等で見る時には、「コラージュ・ロマン」のような作品系列が存在することもあって、コラージュはコラージュ、フロッタージュはフロッタージュ、デカルコマニーは‥‥と技法によって作品を分類してしまいやすいように思う。少なくとも私はそうだった。今回の展示を観て改めて気づかされたのは、そうした各手法による効果が、個別の作品やシリーズの枠組み(前述の「コラージュ・ロマン」や一連の挿画等)を超えて、互いに流れ込みあっている点である。

 たとえば油彩作品の一部にもやもやとしたデカルコマニーのマティエールが現れ、それが背景に仕込まれた、パレットナイフによるキュビスム的な切子面と対比されつつ、さらに様々なフィギアがコラージュ的に配される。ドローイングはコラージュ素材の銅版画による線を模し、別の油彩はグラッタージュ(絵具を掻き取る技法)のタイル面にも似た滑らかで硬質な輝きをたたえている。また、ドローイングや油彩の別を問わず、至るところに全体構図とは異なる「別の遠近法的空間」(時にそれは極端に簡略化され、単なる矩形と斜線の組み合わせに至っているのだが)がコラージュ的に仕込まれる。

 こうした効果の「流入」(「導入」と言うほど意図的ではなく、むしろ「なってしまった」感が強い)は、前述のように作品の枠組みを超えて飛び火しており、事後的な「感染」の印象すら与える。すでに描きあげた作品が、後から病に冒されて、そのマティエールをそのように変質させてしまったとでも言うように。
    
       「風景」              「つかの間の静寂」          「三本の糸杉」
 デカルコマニーのもやもやとした肌理やグラッタージュの光沢   周縁部に仕込まれた別の空間


3.ドイツ・ロマン主義の流れ

 エルンストのコラージュは、必ずシンボリックな物語を連れてくる。これは「コラージュ・ロマン」の作品群に限ったことではない。そこに現れるフィギアは記号的な装飾や類似した部分の拡大/縮小された投影を通じて、夢に似た換喩的な範列をかたちづくり、時に有名な「ロプロプ」のような「キャラクター」すら生み出すに至る。彼(=ロプロプ)もまた作品の枠組みを超えて神出鬼没な活躍を繰り広げるだろう。

 そうしたシンボリックな物語への志向は、彼をドイツ・ロマン派的なものへと結びつける。また、彼が繰り返し描いた奥深い森は、シュヴァルツヴァルト(黒森)のひんやりと湿った空気を連れてくる。そこに途方に暮れたように佇むフィギアとともに。そうした作品を見ると、やはり彼をドイツ・ロマン派、とりわけカスパー・ダーフィト・フリードリヒ以来の流れに位置づけたくなる。
 今回の展示の中で、フリードリヒの代表作のひとつである『海辺の僧侶(修道士)』が巻き起こした騒動(「何て空虚で非人間的な絵だ!」等の轟々たる非難が巻き起こった)を題材とした(非難を揶揄した‥ということはフリードリヒを擁護した)著作に、エルンストが提供した挿画を見ることができた。やはり‥と、そこに通ずる血脈の濃さを思わずにはいられない。
    
      「石化した森」          「少女が見た湖の夢」        「自由の称賛」
    奥深くしめやかな森に潜む神秘的ロマンティシズム     そこに淋しげに佇むフィギア


【追記】

 特別展示であるマックス・エルンスト展を観た後、そのまま同じフロアで横浜美術館の収蔵品による展示を観て回ることができた。現代美術の有名作家の作品(ブランクーシ「空間の鳥」をはじめ立体作品も多い)が幾つも並んでいたが、特に印象に残ったのは写真のゼラチン・シルバー・プリントの展示だった。
 ひとつは「シュルレアリスムと写真」と題された展示であり、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ジャック=アンドレ・ボワファール、ブラッサイ、果てはハンス・ベルメール等による、それこそ教科書で見るような作品が並んでおり、改めてその静謐な喚起力を味わうことができた。特に惹かれたのは、初めて観るインドリッヒ・シュティルスキー(Jindrich Styrsky)の『この頃の針の先で(From On the Needle of These Days)』と題されたシリーズからの作品で、9.4cm×9.0cmという本当に小さな区画の中に、古い家の階段の踊り場に置き忘れられたような記憶が詰まっている。ジョセフ・コーネルの〈箱〉にも似た感慨を覚えた。

 もうひとつもやはり写真なのだが、中平卓馬の作品が彼の第一写真集『来たるべき言葉のために』の頃の作品から、倒れた後、活動再開後の『原点回帰-横浜』所収の作品まで、やはり大判のゼラチン・シルバー・プリント等で並べられていた。
 たとえば1971年にパリで行われた第7回青年ビエンナーレ展に、その場で撮影した写真(新聞の紙面やTV画面の映像等を含む)を即刻展示することで応じた『サーキュレーション-日付・場所・イベント』からの抜粋は、ゴダール『気狂いピエロ』を思わせるポップな速度と切断の美学(性急な切断が更なる加速を招き寄せ、破滅的な加速がさらに痙攣するような切断を呼び込む)が踊っている(今年4月に作品集として出版されていたことを後から知った)。
 『プロヴォーク』時代の「アレ・ブレ・ボケ」によっていまだに森山大道と並べて語られることの多い中平だが、彼が焼き付ける、こちらに向けて問答無用に立ち上がってくる危機的な光景は、森山が都市の片隅に見出す点景とは、ずいぶん距離感やこちらに切迫してくるモーメントが異なっているように思う。
 中平の写真を読み解くカギは、初期のモノクロームに荒々しく切り取られた光景であっても、活動再開後のカラーによる一見凡庸に何かをそのまま「写した」写真であっても(今回の展示にはおなじみの猫やベンチで寝ているオヤジの姿はなかったのだが)、背景や地面がこちらに垂直にせり上がってくるように撮られ、視線が画面上を揺らぎさまよわざるを得ない〈オールオーヴァネス〉にあるように思う。
 画面に写り込んでいるのが猫や寝ているオヤジの姿であるがゆえに、私たちはそれをよく見知ったものとして、ろくすっぽ見もしないでざっと画面をスキャンし、簡単に輪郭をトレースして図像を浮かび上がらせ、被写体として特定し、何か「写真を見た」気になってしまう。だが、彼の写真の特質は、そうした被写体特定のプロセスが発動してしまう手前にとどまることによって明らかになるだろう(図像/フォルムを浮かび上がらせにくくするものとしての色相、写真集見開きページのレイアウトにおける濃淡や形象のシンメトリカルな配置等)。
 視覚や風景について思考を進めていく上で、彼は非常に重要な(そして稀有な)作家ではないかと見当をつけているのだが、まだ、充分に考えることができないでいる。今後の宿題としたい。
  
 インドリッヒ・シュティルスキー『この頃の針の先で』より

    
  中平卓馬『サーキュレーション-日付・場所・イベント』より    『来たるべき言葉たちのために』より


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アート | 21:53:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
「現在進行形のジャズ」を巡って  Around "The Shapeof Jazz Now Coming"
 【前口上】
 音楽批評サイト「com-post」に先日掲載されたばかりのクロス・レヴューで、益子博之が「現在進行形のジャズ」という語を用いている(*)。私はジャズについてはおよそ語る資格がないが、自分の好んで聴いている音楽を、やはりどこかで「現在進行形」とみなしているところがあり、そうした自分の姿勢や考えを整理するためにも、この機会に「現在進行形」について考えてみるのも悪くない。というわけで、今回は「現在進行形」を巡って書いてみたい。
 *http://com-post.jp/index.php?itemid=630


1.「現在進行形」の魅惑

 「現在進行形」とは確かに魅惑的な語だ。そこには産み落とされたばかりのみずみずしさがあり、と同時にそれを見出す者の眼差しの強さを感じさせる。先ほど述べたように、私も自分が好んで聴いている音を、ある種の「現在進行形」ととらえているように思う。いま思わず「ある種の」と書いたが、それだけ「現在進行形」という語が指し示してしまう範囲が広いということだ。それゆえ混乱を避けるために、まずは「現在進行形」の諸相(と私が考えるもの)を概観しておこう。


2.「現在進行形」とは(1) 現況/現状としての「現在進行形」

 まずは「現在進行形」の語が「現況」とか「現状」という意味合いで、現在のあるシーンの全体的な布置を指し示すために用いられる場合がある。この種の「現在進行形」を語ることは、どうしても状況論になりやすく、大雑把な「標語づくり」に陥ってしまいがちであることを注意しておく必要があるだろう。「いま〇〇の時代って言われてるじゃない。で、オレが思うにはだね‥」と始まる話は、たいていこの陥穽にはまっている。音楽であるならば、作品や演奏の具体的な細部に触れることなしに、批評たり得ることは難しい。そして個別具体的な細部から状況までの距離の何て遠いことか。もちろん、細部から積み上げて状況を語るのではなく、その細部を有する作品や演奏を、時代状況を突き抜ける特権的なものとして語るという論法はあるのだが、それはそれで典型的な物語にはまりやすい。革新者/革命者の系譜としての音楽史。たとえばロックの「歴史」は、いったいどれだけ多くの革命の象徴を抱えているのだろう。


3.「現在進行形」とは(2) 最新モードとしての「現在進行形」

 続いて、今までのモードを書き換える最新モードを「現在進行形」と称する場合がある。ジャーナリズムが用いる「現在進行形」はたいていこれだ。この場合、「今までのモードとは何か」、「最新モードの〈新しさ〉とは何か」を論者が規定するところに、一種のトリックが生じ得る。「今までのモード」とは「これまでの流行」であったり、「業界標準」であったり、「とりあえず聞きなれた『いつものやつ』」だったり、何でもござれだ。同時に〈新しさ〉の定義も千差万別、多種多様、自由自在。すると当然のことながらある種の逆転が生じて、売り手側が勝手につけた「キャッチ・コピー」が〈新しさ〉を保証し、当の対象を「現在進行形」に祭り上げるということが起きる。「〈新しさ〉の捏造」とでも言うべきか。
 そもそもモードの移り変わりの中で評価されるのは、過去と地続きの延長線上に現れる「わかりやすい未来」でしかない。瞳を、耳を不意討ちするような存在は、そもそもモードたり得ない。印象派、ダダイズム、未来派、キュビスム、シュルレアリスム、構造主義等、かつてのようにわかりやすい宣言や党派が運動を主導する「イズムの時代」はもうとうに終わってしまった(それはアルフレッド・バーが作成した有名なフロー図として歴史化されている)。いまやモードはもっと消費中心の並列的な(横一線にずらりと並べられて、どれでもよりどりみどりの)何かだ。だが、たとえそうだとしても、では最新流行の、いま一番売れているものが「現在進行形」なのだろうか。「そうだ」と言うなら話は早い。ならばAKB48が「現在進行形」なのだ。彼女たちがジャズ・ナンバーを採りあげたなら(決してあり得ない話ではあるまい)、それが「ジャズの現在進行形」ということになる。だが、そんなにもわかりやすい話で果たしていいのだろうか。


4.「現在進行形」とは(3) 〈不意討ち〉するものとしての「現在進行形」

 そして三番目に、前二者と比べて、いかにも不安定な「現在進行形」がある。ふらふらとさまよいでて、あてもなくただよい、いまのところ位置づけも帰属先もよくわからない音の群れ。それが〈新しさ〉なのかどうかも未だ明らかではないが、それが聴き手の耳を不意討ちし、途方に暮れさせ、いまのはいったい何だったのか‥‥と、それについてまた聴きたい、語りたいという欲望を強く惹き起こす限りにおいて、それを「現在進行形」と呼んでしまおうというわけだ。それは潮流のぶつかりあいがたまたまつくりだした砂洲のようなもので、しばらくしたらかげもかたちも消え失せてしまうような、束の間の儚いものかもしれない。歴史の流れに痕跡すら残さないかもしれない。たとえそうであっても一向に構うまいというのが、ここで「現在進行形」の語に込められた潔さと解すべきだろう。
 先ほど「イズムの時代」の話をしたが、「前衛の時代」ももう過ぎ去って久しい(両者はほとんど同じものだった)。先の「現在進行形」が前衛として時代を革新し、やがて光栄舞台がこれに追いついて、前衛は古典となり、歴史化されるという物語はもう成立しようがない。「今日のチャーリー・パーカーは、昨日のパーカーとはまったく違う姿でこの地上のどこかで演奏しているだろう」(高橋悠治)。だが誰もそれに気づかない。逆に言えば、将来古典となる可能性が「現在進行形」を支えているわけではない(同様に「将来の値上がり可能性」もまた。音楽は株券ではない)。
 と言って、それはもちろん単なる「マイ・ブーム」とは異なる。それは「語りたい欲望」が紡ぎ出した思考をたどれば明らかになるだろう。耳を不意討ちしたのがいったい何物であるのか。思考はこれまでの体験や知見を懸命にスキャンしながら、この未曾有の事態をとらえ名指すべき言葉を探し求める闘いを展開する。それが思わず惹き込まれるように魅惑的なものであるならば、それは彼/彼女が見出したかけがえのない「現在進行形」なのだ。そしてその「現在進行形」の闘いに参加するならば、それはあなたにとっての「現在進行形」ともなり得るだろう。


5.「現在進行形のジャズ」

 益子博之の言う「現在進行形」を、私はこの最後の定義において受け止めている(今回のディスク・レヴューの「余白」に書き留められた言葉は、具体的な細部の描写分析に欠け、そのぶん状況論やモード論に傾いているが、それはしょうがない)。彼は、多田雅範とともに主催するイヴェント「四谷音盤茶会」で、彼の耳がとらえた「現在進行形のジャズ」を提示し続けている。そのセレクションを「偏りがある」と非難することは簡単だ。だが、シーンの方向性や将来像が共有され、誰の眼から見てもそれに合致する作品があるとしたら、先ほどの定義からすればそれは「現在進行形」ではあり得ない。
 それゆえ「現在進行形のジャズ」はジャズの将来をまったく保証しない。それは後になって、ジャズとは似ても似つかぬ異なる名前で呼ばれるかもしれない音楽である(もちろん後になって、「これこそがジャズだ」と言われる可能性だってある。それは否定しない)。フリー・ジャズが登場した頃には、単に「ニュー・シング」と呼ばれていたことを思い出そう(現在の「フリー・ジャズ」は古色蒼然たる伝統芸能としてのジャンルか、あるいは依然として歴史化されることのない「よくわからないもの」をとりあえず放り込んでおく「隔離室」の名称みたいになっているが)。
「現在進行形」として指差されているものが、ひとまとまりのまま推移して、後に名称が与えられる可能性は決して高くはない。それは空を流れる雲のようにすぐに形を変えてしまうし、だいたいが夜空に輝く星座みたいに、たまたま〈いま/ここ〉から見ているからあのようなかたちをしているだけかもしれないのだ。


6.「現在進行形」と批評的瞬間

 私が自分の好んで聴く音をとらえる場合の「現在進行形」の感覚も同様である。それは何よりも素早く変化/推移している。植物の根の先端の最も細胞分裂が盛んな「成長点」。それゆえ輪郭を明確にとらえ難いにもかかわらず、そこには共通の匂いや手触りがあって、ひとまとまりに論じたい欲望を掻き立てられる。いや、むしろひとまとまりにとらえることによって、かろうじて目鼻がついてくるような気がする‥‥と言った方が正確かもしれない。魅惑的な相貌をたたえた細部が、様々な予兆や暗号めいた符合、思わせぶりに交し合う目配せを通じて、探索を思考を誘っているように感じられる。それは端的に「魅力的な謎」と言ってもいいかもしれない。
 「そこに何かある」というのは、研ぎ澄まされた直感の帰結であるとともに、批評の到達点にして新たな始まりでもある。その点で批評とは「賭けること」にほかならない。

 耳を不意討ちされて立ちすくみ、思わず音のした方を見据える。眼が暗闇に慣れてくるにつれ、何か景色のようなものが浮かんでくる(これは言葉の世界でも同じだ。意識が深みへと降り立ち、視界が澄んでくるにつれ、新たな言葉のつながりが見えてくるようになる)。景色が明らかになるに従い、そこから逆に照らし出されるように、見詰めている私自身の身体が浮かび上がる。それとともに同じ方を見詰めている人影が他にもあるのに気づく。「ここには何かある」との確信をいよいよ深める瞬間がそこにある。


      
    私の耳のとらえた「現在進行形」の音盤からの5枚

批評/レヴューについて | 23:23:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
同じ景色を見詰めること-菊地雅章トリオ『サンライズ』ディスク・レヴュー- Looking at the Same Scapes-Disk Review for Masabumi Kikuchi Trio "Sunrise"-
1. 黙って行き違う音たち
 スラーで結ばれた下降する音階のように、演奏が進むにつれ、冒頭2曲の凍りつくような特異性は次第に緩み、まるで雪解け水がほとばしるようにピアノとドラムの音数が増し、フレーズが紡がれていく。それでもベースだけは、禁欲的なまでに音数を限り、寡黙さを貫き続ける。いやこれは誤解を招く言い方だ。Thomas Morganは自らフレーズを紡ぐことを禁じてなどいない。彼は然るべき地点で、然るべき音を放っているに過ぎない。それを禁欲性とか寡黙さと取り違えてはなるまい。それではこの悠然としたトリオ・インプロヴィゼーションにおいて、然るべき地点、然るべき音とは、どのようにもたらされているのだろうか。

 しんと張り詰めた闇から、その闇をいささかも揺らすことなく、月光に照らし出された冷ややかな打鍵がふと浮かび上がり(吐息が白く映るように)、響きが尾を引いて、束の間、闇の底を白く照らし出す。重ねられた音は「和音」と呼ぶべき磐石さを持たず、宙に浮かび、そのまま着地することなく消えていく。それとすれ違いにブラシの一打が姿を現す。音は互いに触れ合うことなく、一瞥すら交わさずに、黙ったまま行き違う。
 ピアノ自体も同様に、次に現れた打鍵は先に放たれた打鍵と音もなくすれ違う。両者の間を線で結ぶことはできない。間を置いて打ち鳴らされる音はフレーズを編み上げない。そこに受け渡されるものはなく、ただ、余韻だけを残して現れては消えていく音。その只中に突き立てられたベースの一撃が、それらがやがて星座を描くかもしれないとの直感を呼び覚ます。

 ジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』冒頭のタイトル・クレジットは、クレジットの各単語がそれを構成するアルファベットの単位に分解され、A・B・C‥‥と順に映し出されていく。だが、そうした「コロンブスの卵」的な単純な仕掛けに気づいたのは、始まってしばらくしてからで、最初のうちはそれがクレジットであることにすら気がつかず、モールス信号を思わせる離散的な配置で、赤い布石や青の石組みが、間を置いてすっと画面に現れていくのを、はらはらしながら、ただ黙って見詰めていることしかできなかった。原色によるフォントのオフビートな明滅に、観ている自分が次第に照らし出されていく感覚がそこにはあった。『Sunrise』冒頭曲の始まりの部分は、その時の張り詰めた気分を思い出させる。


2.寸分違わぬ同じ「景色」

 出来上がりの絵柄に向けて(彼らは寸分違わず同じ「景色」を見ている)、各演奏者が一筆ずつ、セザンヌにも似た矩形の筆触を並べていく。その順序は決してものの輪郭に沿っているわけではなく、連ねられて線を描くわけでもなく、まさにゴダール『気狂いピエロ』冒頭の、あの明滅の感覚で筆は置かれていく。もちろん音は虚空に吸い込まれ、スクリーンに映し出されるフォントのように積み重なることがない。しかし、それでも消えていく余韻を追い、それとすれ違いに現れる次の音の響きを心にとどめることを繰り返せば(通常これはゆったりと引き伸ばされた旋律を追う時のやり方だが)、ピアノの打鍵、ドラムの一打、ベースの一撃が互いに離散的な網の目をかたちづくりながら、それをレイヤーとして重ね合わせている様が見えてくる。
 「網の目」と言い、「レイヤー」と言い、いかにも緊密な組織がそこにあるように感じられてしまうとしたら、それは違う。繰り替えすが、音はフレーズを紡ぐことがない。別の言い方をすれば、閉じたブロックを形成しない。ピアノの、ドラムの、ベースの、それぞれ先に放たれた音とこれから放たれる音の間は、常に外に向けて風通しよく開かれていて、幾らでも他の音が入り込めるし、実際入り込んでくる。しかし、そこでは線が交錯することはない。もともと彼らは線など描かないからだ。

 最初に記したように、3曲目、4曲目と演奏が進むにつれ、次第に彼らは線を描き、フレーズを紡ぐごとに近づき始める。いや、それはそう意図してのことではないだろう(そこには冒頭2曲のきっぱりとした香りが依然として漂っている)。閉じたブロックを形成しない「開かれた強度」が弱まるにつれ、演奏は自らを宙吊りすることに耐えられなくなり、ついには足が地に触れてしまう、その結果、そうした地点に「着地」してしまうとでも言ったらよいだろうか。急速調の演奏だから、隙間が詰まり線がつながってしまうと言うわけではない。ゆったりとしたバラードであっても、フレーズを排する抽象的な強度は、演奏が進むにつれ、確実に弱まっていく。フレーズを紡ぎ出すことにより線を描き、指先を伸ばして、他の演奏者の線と交わる気配を触覚的に手探りしようとしている。そこには、ここぞという目にぴしりと石を打ち、正確無比にツボに鍼を置き、迷うことなく中心を射抜く冴えはない。

 だが、それは演奏の水準が高くないことを示すものではない。むしろ冒頭の2曲が「異常」なのだ。そこには空が白むまでまんじりともしないような、冴え冴えとした覚醒感がみなぎっている。かつてレヴューしたFarmers By Nature『Out of This World's Distortions』(*1)のやはり冒頭曲、録音の直前に逝った盟友に捧げた名演「For Fred Anderson」にも匹敵する強度がそこにはある。Gerald Creaver, William Parker, Craig Tabornの3人は息も凍るほどしんと張り詰めた空間の中、肌が触れ合う至近距離で交錯しながら(ここで彼らは決して音域で棲み分けることをしない)、「同じ時間を呼吸しない」ことを、唯一のルールとして共有している。彼らが「同期しないこと」の強度を極めていたとすれば、ここで菊地たちは先に述べたように寸分違わぬ同じ「景色」を眺めながら、「同期すること」の強度を究めようとしていると言えるだろう。
*1 http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-entry-119.html


3.「短詩型文学」との印象

 当初録音された演奏から2曲を除き、改めて配列し直したというPaul Motianが意図したのは、音楽批評サイト「com-post」のクロス・レヴューで益子博之が指摘していた通り(*2)、最初と中間と最後にバラードを配した「バラード中心の構成」と言うことで間違いないだろう。しかし、最初に述べたように冒頭2曲の特異性は次第に薄まっていくのだから、本作の魅力は10曲全体の配分(それはそれでもちろん見事なものなのだが)よりも、冒頭の2曲に集約されていると言ってよいのではなかろうか(いやいっそ「尽きている」と言うべきか)。益子も実はそのことに気付いていただろう。だからこそ4月22日の「第5回四谷音盤茶会」では、この2曲をかけたのに違いない。私が本作を初めて聴いたのがその時だった。
 そこでの鮮烈な印象はブログに記した通り(*3)だが、本作を手に入れて、自宅で全編通して聴いた印象はかなり違ったものとなった。いささか当惑して繰り返し聴くうちに、違和感はさらに明白なものとなっていった。ある意味、出会いの「原点」に立ち返って、冒頭の2曲を他と切り離し、むしろ残りの部分と対比させ、それらによって冒頭の2曲を逆照射するような聴き方に至るまで、ずいぶん時間がかかってしまったことを白状しておこう。
*2 http://com-post.jp/index.php?itemid=581&catid=5
*3 http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-entry-163.html

 「第5回四谷音盤茶会」での本作との出会いの際、そこで触れ得たのは益子の選んだ冒頭の2曲だけだったから、それだけ音はピンポイントに像を結び、鮮烈な印象を刻んだ。私はその一瞬に垣間見えたように思えた光景を、「短詩型文学」といういささか風変わりな謎めいた形容を用いてレヴューに書き留めた。そのことについて補足しておきたい。

 「これは、菊地が次々に詠みあげていく和歌の連なりなのだろう。例の菊地のうめき声は『〇〇にて詠める』という題辞にも似たものであり、そこで示された視点から一瞬垣間見えた景色の閃きに向けて、ピアノが鋭く切り込み、語/音を積み上げ、響き/イメージを掘り進み、ドラムが呼吸を伸縮させ、ゆるやかな弧を連ねて、ベースが点景を指し示し、句読点を打つ。決して弾きすぎることのない菊地のピアノは淀むこと/立ち止まることを知らず、するすると流麗に流れ続けるが、実は至るところで切断され、先端/断面を宙に泳がせている。和歌を綴る筆の軌跡、墨の跡が、そこかしこで余白に遊ぶように。そこに浮かぶ情景もまた。」

 「短詩型文学」という語で私がイメージしていたのは、(自由律を含む)俳句や短歌、特に俳句である。そこでは何よりも世界の切り取り方が重要視される。そして、そうしたきっぱりと切り取られた世界こそ、菊地たちが共に見詰めていた「寸分違わぬ景色」にほかならない。そうした景色に対し、「短詩型文学」は散文や長詩と異なり、語が連なって線を描きながら、ものの輪郭を写していくということがない。また、外から他が入り込めないような閉じた叙述のブロックをかたちづくることがない。
 「短詩型文学」は、きっぱりと切り取られた世界を、これ以上ない正確さで指し示しながら、それ自体を構成する各語や音の響きは、それぞれ別のところからやってくる。はるか遠い別々のところから吹き寄せられて、たまたまここで束の間〈星座〉を形成し、また別のところへと散り散りになっていく。語と語の間を波が通い、音の隙間を風が吹きぬける。切れ字や体言止めが、それに続く空白に余韻を響かせ、あるかたちを鮮明に浮かび上がらせる。あるいは連歌のプロセスを思い浮かべてもいいかもしれない。新たに付け加えられた語/句は、視点/文脈を切り替え、先行する語/句の意味合いをあっさりと塗り替えていく。

 もうひとつ念頭にあったのは、和歌に顕著な「詞書(ことばがき)」の働きだ。和歌本体の傍らに置かれる「〇〇にて詠める」等の規定は、各語が共通に眼差すべき空間をあらかじめ指し示す。それは先に述べた「寸分違わぬ景色」そのものではない。あくまでそれを暗示し、導き、浮かびあがせるだけだ。それゆえ「詞書」は決してかっちりと堅固な枠組みではない。むしろ、そこから遠ざかるためにだけ出発点に置かれる道標のようなものだ。私はこのトリオにおける菊地雅章作曲のテーマを、(もしそれがあるとして)そのようなものとしてとらえている。彼方を指差し、そこに向けて(自分を含め)メンバーを鼓舞しながら、あっさりと始まりに置き去られる何物か。一瞬の目配せ。

 よく非難の対象となる菊地の奇妙な「うなり声」もまた、私には「詞書」的な性格を持つものに思える。それは移ろう指先に先行するように見えて、実はそれを牽引していない。稲妻のように閃いたメロディのイメージが口の端からこぼれ落ち、演奏する身体が闇雲にそれ(脳内イメージ)を追いかける‥‥といった事態が起こっているわけでは決してない(そうした性急さはそこには感じられない)。もしそうだとしたら、あの「うなり声」は不鮮明な歪んだ像かもしれないが、それでも彼の演奏のインスピレーションを指先が実現するピアノ演奏以上に、より直接的に反映したものということになってしまう。そんなことはない。あくまでそれは演奏の傍らに置かれるものであり、そこから遠ざかるためにだけ始まりに置き去られる何物かなのだ。


   
  Masabumi Kikuchi Trio       Farmers By Nature
      『Sunrise』        『Out of This World's Distortions』



                           ジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』

ディスク・レヴュー | 19:13:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
批評のチカラ-多田雅範の耳の旅路がとらえた風景2-
 前回アップした「勢いあまって踏み外す-多田雅範の耳の旅路がとらえた風景-」に対し、多田自身が早速「Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review」でレスポンスをくれた(*)。
*http://www.enpitu.ne.jp/usr/7590/diary.html

 彼は「パリ・ダカール・ラリー」のくだりを大層気に入ってくれたようだが(笑)、それはさておき、批評において飛躍や逸脱(たとえそれが束の間の誤りだとしても)、問題を外部へと開くことの重要性を、彼ならではの仕方で改めてとらえ、再度見詰め直している。

 今回の彼のレスポンスをぜひご一読いただきたい理由はそれだけではなく、私がごく簡略化して紹介した「石造りの地下のスタジオ」や「ノルウェー大使館のビヨルンスタ」のエピソードが原テクストへのリンクにより、多田によるオリジナルな語り口で読めることだ。いわば非常にコンパクトに圧縮された「多田雅範選集」とも言うべきこれらのテクストを、ぜひお読みいただきたい。

 そうすれば「批評のチカラ」がわかるだろう。批評とは決して作品の背景情報や出来の良し悪しだけを取り扱うものではなく、作品や演奏、さらには他の様々な出来事との不可避の出会いを通じて、生きることの喜びや悲しみの奥深くにまで、その眼差しを届かせることができる。それはひとりの人間の人生の狭く限定された範囲を軽々と越えて、共感や驚き、感動の波紋をどこまでも広げていく力を持っている。そのことが晦渋さとはまったく無縁な、とてもしなやかなわかりやすさで示されているのが、これらの文章で読める通り、多田の真骨頂にほかならない。


  
多田の耳はあきれ果てた長距離を走破する。悪路なぞものともせずに(笑)。

批評/レヴューについて | 13:28:25 | トラックバック(0) | コメント(0)
勢いあまって踏み外す-多田雅範の耳の旅路がとらえた風景-  Stepping Out by TOO Much Full Force-Soundscapes from Masanori TADA's Listening Travelogue-
 音楽批評サイト『Jazz Tokyo』連載の多田雅範(=Niseko-Rossy Pi-Pkoe)によるコラム「タガララジオ」が更新された。今回の「タガララジオ27」(*1)はKing Creosote&John Hopkins『Diamond Mine』のディスク・レヴューから始まる。
*1 http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-27.html

 「場所はきっとイギリスのどこか。ゆったりとした賛美歌の下降を漂わす木製ピアノの響き、食器が用意される音や若い労働者の話す声、給仕のおばさんの話し声、そして、郊外の空気の響き、空き缶に水が落ちる小さな音‥‥」

 一見、楽器編成やオーケストレーションの推移をなぞるようでいて、実は空気感やそこにたちこめる匂いや湿度を通じて、細やかに響きの佇まいを伝える。こうして音の鳴っている空間に身を置くようにして、一挙に全貌を把握する幻視力が彼の武器のひとつだ。何て言ったって、かつて耳にした音源にピンと閃いて「地下にある石造りのスタジオ」とつぶやき、メールを交わした当のミュージシャンに驚かれたというエピソードの持ち主なのだから。

 だが、そのような透徹した耳のあり方は、彼にとってスタート・ラインに過ぎない。「タガララジオ」の本領はもっと別のところにある。ECMから東大寺お水取りまで、NYダウンタウンの先鋭的なジャズから児童合唱団まで、エレクトロ・アコースティックなインプロヴィゼーションや凍てついたサウンドスケープからコンビニで流れるJ-POPまでという、圧倒的な(あきれ果てた?)耳の踏破距離がそれだ。こんなパリ・ダカール・ラリーみたいに長距離を(しかも「悪路」はかり)走り通す音楽コラムなんて見たことがない。
 今回もフォーキーなヴォーカルに添えられたアンビエント彫琢の繊細さから、プリペアドされたサクソフォン等によるフィードバックまで駆使したハードな音響インプロヴィゼーションを経て、NYジャズやJ-POP、英国フォークへと多田の耳は足を伸ばしていく。一篇のコラムの範囲内でこうした長距離の探索を可能としているのが、彼の語りのうちに開ける〈飛躍〉の素晴らしさである。群がるDFを一瞬で置き去りにするステップの切れの良さは、ジャッキー・チェン『酔拳』の足さばきを思わせもするが、単に躓いてよろけているだけかもしれず(笑)、簡単に先読みを許さない。

 いま思わず「(笑)」と書いたけれど、視点を変えれば、凡人がただなんとなく通り過ぎてしまうところに躓いて何物かを見出さずにはおかないことこそが、まさに才能なのだ。しかも普通の才人が躓いたら立ち止まって考え込むだけなのに対し、彼は思いっきり蹴躓いて、その勢いのまま立ち止まることなく一歩も二歩も大股に踏み出し、「予定のコース」を踏み外して彼方へとそれていく。「糸の切れた小惑星の軌跡」(多田雅範)。その自由奔放、変幻自在、向こう見ずな思い切りの良さに、何度眼を見張らされたことだろう。
 つい先日もLucio Capece『zero plus zero』(Potlatch)を耳にして、ここには何かあると思いながらもとらえあぐねていたところを、彼の高らかな関心表明(それはもはや「宣言」と言ってよいきっぱりとした確信に満ちていた)に触発され、何とか思考を先に進めることができた。この顛末は今回の「タガララジオ27」で一部触れられている。

 ある程度長い批評文(別に批評には限らないが)を書いたことのある方はご存知だろうが、批評は方程式を解いたり、幾何学の証明を書き下ろすのとは異なり、飛躍無しには論理を組み立てることができない(もし必要十分条件を満たしながら論を進めているとしたら、それは単にトートロジーに過ぎない)。言葉へと移行する段階で当然飛躍/不連続が入り込むことが誰にも明らかな音楽批評や美術批評はもとより、最初から言葉で書かれている作品を対象とする文芸批評であっても、このことは基本的に変わりがない。作品からある部分を引用するとして、その引用の際に、たとえ一字一句そのまま書き写したとしても、そこに飛躍が入り込む。なぜなら引用の際には作品全体の読みを踏まえてしかるべき箇所が切り出されるのであって、引用された箇所の〈読み〉は、引用されていない残りの膨大な部分に対する〈読み〉によって裏打ちされているのだから。それを事細かに文章で述べることは到底できるはずもない。
 このようにして、言葉は、文章は、至るところに口を開けたクレパスを飛び越えていかざるを得ない。そもそも思考が地続きの大地だけを安全に進めると思ったら大きな間違いだ。そのような本質的な不連続/飛躍を単線的にしか読みようのない(断章形式やアフォリズムは決して万全の解決策足りえない)文章のうちでどう展開していくかが問われているのだ。
 そうした時に連続性/一貫性に重心を置いた文章よりも、速度と飛躍に賭けた語りの方が魅力的に映るのは当然のことかもしれない。だが、ここで勘違いしてはいけないのは、単に情報量の圧縮(一例として固有名詞の羅列)や切断の強調(一例として先に挙げた断章形式)で技術的に解決できるほど、批評ってものは甘くないってことだ。

 以前に多田が紹介していた次のようなエピソード、ECMで活躍する作曲家/ピアノ奏者ケティル・ビヨルンスタがムンク研究者として来日し講演するのを知った彼は、すぐさまノルウェー大使館に電話してコンサートの開催を訴え、ついに実現された大使館でのミニ・ライヴをノルウェー大使とソファに並んで座って聴き、あまつさえ寄贈されたビヨルンスタの著書の貸し出しを大使に直訴して、居並ぶ大使館職員たちを青ざめさせる‥に明らかなように。多田の思考/語りの速度とは、ドミノ倒しのようにバタバタと連鎖して起こる出来事の速度にほかならない。それは彼のバスター・キートンばりの疾走によってもたらされる。笑いすら追いつかないほどの傑出した速度は、その代わりにどこかから悲しみを連れて来てしまう(キートンの無表情がかもしだす悲哀)。多田の語りもまた、読み手をそうした遠い悲しみの中へと連れていく。記述を幾度となく死の影が過ぎり、失われた時間が思い出の中で硬く凍りつく。

 だがそれにしても、「タガララジオ」にしろ、音楽批評サイトmusicircus掲載のブログ「Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review」(*2)にしろ、なんて多くの喪失の経験に満ち満ちているのだろう(村上春樹の初期作品のように)。聴くこととは指の間からこぼれていく音の手触りを感じ取ることだとでも言わんばかりに。それはたぶん多田が類稀なる「記憶の人」であり(彼と話していると、20年前に聴いた曲名が昨日のことのように出てくるのに驚かされる)、同時に「忘却の人」(すでに経験したはずの事態と何度でも新しく出会ってしまう才能)だからなのだろう。彼の文章を読む者は、いつどこともしれない風景の数限りない(しかも鮮明な)フラッシュバックに打ちのめされ、思わず涙ぐむことになる。
 切れ切れの風景のフラッシュバックがなぜそのような強い感情喚起力を持つのか、私にはよくわからない。youtubeに山崎まさよし「One More Time, One More Chance」MVの『秒速5センチメートル』版というのがアップされていて(*3)、同題のアニメーション作品からの抜粋編集画面が流れるのだが、いかにもアニメ調な登場人物に対し、背景は実に丁寧に愛情を込めて細部までリアルに描かれ、誰もいないがらんとした教室にカーテンが舞う様や、やはり人影のない長距離列車の車内に吹き込んだ雪や、アパートの集合郵便受けの下にたまったチラシの山がカメラ・アイの動きとともにとらえられ、次々にフラッシュバックされる。画面中に人物がいないだけでなく、登場人物の視線からとらえられたのでもないだろうそれらの視覚(小津安二郎の「枕ショット」を思わせる)の連鎖は、作品で物語として描かれているらしい幼馴染の別離とはまったく違ったところから悲しみを連れてくる。そうした距離を置いた視線の冷ややかに乾いた悲しみ(それはある種の「残酷さ」を静謐に見詰める眼差しと言ってもいいのかもしれない)は、多田の文章に通ずるところがあるように思う。
*2 http://www.enpitu.ne.jp/usr/7590/
*3 http://www.youtube.com/watch?v=aAUi1NuOnJ0

 「タガララジオ」の連載ではトリミングされてわかりにくくなってしまっているが、ブログ「Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review」では、彼の撮影による写真も楽しむことができる(下にほんの一部を抜粋してみた)。最近、スマートフォン付属のカメラによる風景撮影に目覚めたらしく、独特のけぶるような曖昧な広がりを観ることができる。景色は輪郭を溶かしながら空間に響きを広げ、いつまでも消えずに茫洋と漂いながら、夢見るような不安を呼び覚ます。
 これらの写真はレンズの性能や限られた画素数の割には明るく鮮明な画像を撮ることを目指した、「画像エンジンがレンズを従えている」(原田正夫)スマートフォン付属カメラの機能/目的を裏返しているような印象がある。本来なら画面中央に主たる被写体が位置し、それを中心に画像を構成するようプログラムされた画像エンジンは、中央が抜けて、対象が画面の縁へと退いた視覚に、思いっきり空振りさせられているのではないか。言わばここに示されているのは、そうした〈構築〉が崩壊した果ての廃墟としての〈風景〉になのだ。夢の甘い苦さが口中に広がると同時に、見たことのない懐かしさが湧き上がってくるのは、たぶんそのせいに違いあるまい。


        
「Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review」から 撮影:多田雅範

批評/レヴューについて | 22:13:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
唐楽の平坦さと高麗楽の起伏-伶楽舎雅楽コンサート・レヴュー- Flatness of Togaku And Undulations of Komagaku-Review for Reigakusha Gagaku Concert-
 伶楽舎による雅楽コンサートに行ってみた(5月31日(木) 四谷区民ホール)。きっかけとなったのは、日本伝統文化振興財団のホームページ『じゃぽ音っと』(*1)掲載のスタッフ・ブログ「じゃぽ音っとブログ」に書かれていた紹介記事(*2)である。
 雅楽の演奏団体である伶楽舎について知ったのは、同財団がCDにより復刻再発した紫絃会演奏による『舞楽 春鶯囀一具』を聴いたことによる。この雅楽大曲の魅力については本ブログでも以前にディスク・レヴューで採りあげた(*3)。そもそもこのCDの存在自体を知ったのが、前述の「じゃぽ音っとブログ」の紹介記事(*4)で、この中で芝祐靖率いる伶楽舎が紹介されていたのだった。私はその記事を頼りに、伶楽舎演奏による武満徹『秋庭歌一具』のCDを入手し、手持ちの東京楽所演奏による同曲のLPと聴き比べたりした。

 コンサートのちらし
*1 http://www.japo-net.or.jp/
*2 http://d.hatena.ne.jp/japojp/20120524/1337828927
*3 http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-entry-159.html
*4 http://d.hatena.ne.jp/japojp/20120222








 そのようにして伶楽舎の演奏と出会った私は、予約2,500円という料金の安さ(超良心的!)にも後押しされて、コンサート会場である四谷区民ホールへと向かった。名称からの勝手な想像(会議室兼用の多目的ホール)とはまるで異なり、会場は音楽専用の素晴らしいホールだった(もちろんここで「音楽」とは主として西洋音楽、それも所謂「クラシック」ということになろうが)。幸い、舞台中央にセッティングされた太鼓の真正面(高さにおいても)の席に着くことができた。前後・左右とも中央となろうか。

 最初に説明があり、本日は「番舞(つがいまい)」と呼ばれるペアとなる2曲の舞楽「散手」と「貴徳」の上演を後半として、前半にその2曲を管絃により演奏するプログラムであることが告げられる。舞楽は管楽器と打楽器のみで演奏されるのが一般的であり、絃楽器(琵琶と箏)は通常用いられないとのことであった。しかし、「貴徳」については絃楽器の楽譜が残っていることからこれを用い、さらに「散手」については、他の曲の楽譜を参考に絃楽器部分の学を新たに作成したとのこと。演奏のみならず、廃絶曲の復曲、原譜からの訳譜、復元楽器による合奏、新作雅楽の作曲等を幅広く手がける芝祐靖が率いる伶楽舎ならではの意欲的な趣向と言うべきものだ。

 管絃による「散手」の演奏が始まると、笙と篳篥のアンサンブルに描き込まれる琵琶と箏のゆっくりとした刻みに耳が惹きつけられる。それをあえて「違和感」と言ってみてもいいかもしれない。龍笛を加え、厚みを増しながらたなびいていく管、タンタンタンタンタンタン‥‥と次第に速くなっていく打刻により、むしろ平らかで等速な定常状態をつくりだしていく打楽器に対し、ゆるやかに絃が弾かれ、また、主奏者に少し遅れて助奏者が奏でる音色は、地に溶け込むことも、図として浮かび上がることもなく、一幅の音景色のうちに置きどころなく漂う趣があった。ここで主奏者に遅れて助奏者が追いかけるように奏でる演奏法(「退吹(おめりぶき)」と言うとのこと)は管にも適用されていたのだが、それが厚みやたゆたいに直結する管に対し、絃の場合は不安定なもつれやほころびの感覚が増すように思われた。

 唐楽の「散手」に対し高麗楽(こまがく)である「貴徳」では笙が用いられないため、笙奏者が退席してから演奏が始められる。韓国巫楽ほどに強烈ではないけれど、空間をたわめ、時間を引き絞るようにして打ち込まれる打楽器の一打に、半島に脈々と流れる熱い血筋を思わずにはいられない。どこまでも平らかな唐楽の呼吸の推移に対し、高麗楽は息を詰め、鋭く吐く、切り立った起伏を宿しているように感じられた。持続を司る笙がいないこともあって、管もまたうねりを増しながら、一息ごと吹ききるように演奏は進められる。そうした粗密の明らかな、濃度の勾配のある空間/時間に対し、絃もまた先ほどよりは落ち着いた居場所を見出していたように思う。

 休憩をはさんだ後半は2曲の舞楽としての再演。舞台上は中央を舞のために四角く空けて、管と打楽器が両側に居並ぶ(左手に笙と篳篥、右手に龍笛と打楽器)。やがて左手の壁が開いて、面や竜甲(たつかぶと)、装束を着けた舞人が登場する。面の赤、装束の赤と朱、鉾の金色と赤系統のいでたち。
 演奏は前半よりもまとまりよく、さらに平坦に聴こえる(前半に驚かされた龍笛の響きの強さ-ほとんど耳元で鳴っているような-もない。これは舞台上の配置の違いによるのだろうか)。絃がないからか。あるいは視覚をとらえる舞があるからか。
 舞は様式化された所作を連ねていくもの。能のように動かないわけではなく、次々に動作を連ねていくが、その動きは演奏同様、等速性に深く浸されており、平坦で起伏や呼吸を持たない。タンタンタンタンタンタン‥‥と次第に速くなっていく打刻が繰り返され、さらに平坦さに磨きをかけていく(次第に速くなる打刻の加速は、演奏や舞の運びにではなく、舞台の手前から奥へと向かう聴衆の視線の動きに投影されるように思われる)。平らかな響きを背景としたゆるやかな身体の動きは、たとえ撥音/促音的な動作(床を爪先で蹴って、そのまま足を伸ばし踵から下ろす)を含む時でも、その等速の流れをかき乱すことがない。面と装束で全身を隙なく覆っていることもあって、身体(性)が露出/露呈する瞬間はここにはない。原稿用紙の桝目を埋めるように、動作言語が連ねられていく。

 対して続く「貴徳」では、笙奏者が退席した後、右手の壁が開いて舞人が登場する。こちらは対照的な緑系のいでたち(鉾は銀色)。演奏の起伏/呼吸に応じて、舞も弾んでいく。たとえば肩の高さに両腕を左右に上げて止め、掌をくるりと返す瞬間をはじめ、随所に撥音/促音的な(より音楽的に「付点音符的な」と言うべきか)身体の運動が現れる。全体としてはゆるやかで様式化された所作も、「散手」の等速性と比べると、緩急や加減速、いきいきとした身体の運動が際立つ(それは舞人の巧拙の問題ではないように思う)。息を詰め、あるいは鋭く吐く演奏の呼吸と、面に隠されて直接には窺えない舞人の息遣いのしなやかな連動。唐楽が構築的とすれば、こちらはさしずめ生物(メタボリズム)的か。私はそこにふと身体の〈素顔〉を見た気がした。舞が視覚的な焦点として現れることにより、演奏も空間/時間をたわめ、引き絞り、解き放って、さらにリズミックになったように感じられた。

 プログラムが意図した管絃と舞楽の響きの違い以上に、雅楽における唐楽と高麗楽の本質的な差異を教えられたコンサートだった。


【参考文献】
□「散手と貴徳 ~管絃で聴く、番舞を観る~」
 当日、会場で配布されたプログラム・リーフレット。



  
       「散手」              「貴徳」
いずれも天理大学雅楽部公演より(撮影:gagakubiz様)
http://gagakubiz.dreamlog.jp/より許可をいただいて転載しました。


   
   『舞楽 春鶯囀一具』   伶楽舎演奏による武満徹『秋庭歌一具』



ライヴ/イヴェント・レヴュー | 22:06:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
どこまでも伸びる線と閉じていく世界-ジャクソン・ポロックとオーネット・コールマン- (承前)  Lines Extend Far Away without Limits But the World Becomes Closed -Jackson Pollock And Ornette Coleman- (continued)
 前回に引き続き、レヴューの後半をお届けする。



6.他者の不在と閉じていく世界(1)

 オーネット・コールマンのソロ・インプロヴィゼーションは、「詞」である短いフレーズに「辞」と言うべきリックス(間投詞的な短い装飾楽句)を付け加えることにより、どこまでもうねうねとひたすらに伸びていき、『チャパカ組曲』ではLP2枚4面に渡り、歩みを停めることなく吹き続けられる。フレーズの器楽的な変奏やコード・チェンジ、モードの設定等に基づくことなく、また、他の演奏者とのインタープレイにすら拠らず、他の何物でもあり得ない自らの固有の〈声〉だけを頼りに徘徊を続け、他人の土地へと越境し、続けざまに横断する。

 フレッド・フリスは『アクロス・ザ・ボーダー』でタイトル通りに各地を経巡ってみせるが、そこで彼はフィールドレコーディングした「現地の音」(パチパチと爆ぜる焚き火や綿飴を作る機械のガタゴトした作動音等)を流用し、それとスタジオで「共演」してみせる。彼はどこにでもいる。だからここにはいない。彼が膝の上に寝かせたギターと慎ましい音具から、まるで奇術師のようにありとあらゆる音色/響きを引き出し、楽器の境界(=ボーダー)を抹消してみせたのは、言わば当然の成り行きだった。

 コールマンはもっと不器用に身体/声と共に旅をする。ここにいて、他のところにはいない。それはとても孤独な旅路だ。『チャパカ組曲』においては、時折、蜃気楼のようにおぼろな弦楽合奏が現れて演奏にヴェールをかける。これをくぐり抜けることにより、〈ユニゾン〉感覚の活性化を通じてコールマンのソロは更新され、また、新たな歩みを始める。この弦楽合奏があの「ハーモニック・ユニゾン」の名残であることに改めて注意しよう。そこにはコールマンと向かい合うエリック・ドルフィーの姿はなく、他の演奏者たちもいない。ただ絃の匿名的な響きが横たわるばかりだ。タイマー仕掛けで自動再生されるテープだけを相手に演奏しているようにすら見える。
 テーマを冒頭に置き去りにしたまま、LP2枚4面に渡りほとんどソロでうねうねと吹き続ける彼の、誰にも真似の出来ない達成は、同時に彼の音世界が閉じていく始まりでもあったのではないか。ドン・チェリー、エリック・ドルフィーといった彼に見合う他者の存在を欠いて(『チャパカ組曲』に演奏者としてクレジットされているファラオ・サンダースは本当に僅かしか吹いていない)。

 『チャパカ組曲』の後、幾つかの編成を経て、後のプライム・タイムの原型と言うべき『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』のアンサンブルで、彼の音楽は『チャパカ組曲』とはまた別の頂点へと上り詰める。力の限り垂直にジャンプし続ける荒々しいリズムの炸裂に対し、彼のアルトがテーマとヴァリエーションを狂騒的に奏でる。あるいはジャジューカ・ミュージックの甲高いうなりと吹き荒れる倍音が空間に充満し、モロッコ山岳地帯の砂煙で赤茶色にけぶる天蓋に、やはり彼のアルトが気ままなドローイングを施していく(その様は今回のポロック展に出品された大作「インディアン・レッドの地の壁画」(1950年)を思わせなくもない)。
 だが、ここでもコールマンの鮮やかな達成は、彼の〈声〉だけを拠り所にした孤独なものとなっている。アンサンブルの他のメンバーたちが互いに互いを切り刻みあい、ポリリズミックに痙攣する相対化の現場に、彼自身は居合わせない。彼は常にアンサンブル平面の上空を、それを俯瞰的に見下ろしながら飛行する(ジャジューカ・ミュージックの場合もまた)。
 この相対化は、後のプライム・タイムにおいて、コールマン以外の奏者がすべて二重化(1楽器につき2名ずつ)されることにより、さらに徹底される。相対化の現場からの彼の排除についてもまた(『フリー・ジャズ』のダブル・クワルテット編成では、彼自身、エリック・ドルフィーとペアを組むことで二重化されていたことを思い出そう)。

 相対化の現場からの排除というかたちで現れているこの「孤独化」は、コールマンが他者としてのドン・チェリーを失ったことの帰結としてとらえられる。プライム・タイムに彼に見合うだけの他者はいない。アンサンブルは自由自在にポリリズミックなテクスチュアを生み出すが、その平面にコールマンが降り立つことは決してなく、下克上も起こらない。
〈ユニゾン〉という闘争/響存において他者と肌を触れあわせること、傷つきやすい皮膚を外部にさらすこと。それをしなくなった時から世界は閉じ始める。それでもコールマンの野生の強度と比類なき集中は、どこまでも伸びていく線を独力で支え続け、しばらくは閉塞感など微塵も感じさせることはなかった。しかし、たとえば後の『トーン・ダイアリング』における音世界の衰弱は、彼のアルトに施されたサウンド加工(金属的な輪郭を強調して音色を一色に塗りつぶし、よりメタリックでマッチョなものとしている)に端的に看取することができる。〈声〉の鋭敏な皮膚はもはや決して外部にさらされることはない。

メロディの喜悦的な調子やプリミティヴな躍動感溢れるリズムにもかかわらず、彼の〈声〉にはいつも悲しさが詰まっていた。その姿にハッピーさが感じられたこともなかった。ジャクソン・ポロックの場合と同様に。それは孤独な苦闘/苦悩ゆえだろうか。それとも他者/外部を喪失して閉じていく世界は、やがて衰弱していくしかないことを悟っていたからだろうか。

    
   オーネット・コールマン         フレッド・フリス         オーネット・コールマン
     『チャパカ組曲』    『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』    『トーン・ダイアリング』

    
          ジャジューカ・ミュージック                  ジャクソン・ポロック
                                        『インディアン・レッドの地の壁画』


7.他者の不在と閉じていく世界(2)

 ジャクソン・ポロックの世界の閉じ方については、「2.線の交錯/衝突としてのポロック」で、オールオーヴァー絵画において、線が作品の縁を横切っていないことから、線は外へ出て行かないし、外から入り込んでも来ないことを示した。そして、それが初期作品「西へ」における、凸面鏡に映したような視界の湾曲と通底しているのではないかとも。さらに「3.〈図像〉との闘い」で、オールオーヴァー絵画における〈図像〉の解体/抹消のされ方について述べた。ここではポロックによる〈図像〉の取り扱いについて、改めて初期作品からたどることにより、オールオーヴァー絵画における〈図像〉の解体/抹消が〈他者〉の不在ととらえられることを見ていこうと思う。

 初期の代表作である「誕生」(1941年頃)では、後にポーリングの線が描いてしまう木の葉形とよく似たかたちがトーテム的な図像として処理され、これにより図像はカメオ様に平面へとはめ込まれ、その過程で完結した円形に近づいている。ポロックによる抽象的形態の配置と連結については、師であるトマス・ハート・ベントンの図式「『絵画における形態の組織化のメカニクス』説明のためのダイアグラム」に、やはり多くを負っているように見える。ポロック「成熟期」の見るからにオールオーヴァーな作品も、ある意味、ベントンの図式に基づいて構成したレイヤーの重ね合わせであり、逆に「誕生」においてすでにベントンの図式による配置に当てはまらない部分、たとえば全体(特に図像の余白部分)がトランプのカードを思わせる点対称を基本として配置されていることに、彼の〈オールオーヴァー〉感覚の萌芽が息づいているように思われる(今回のポロック展で「誕生」の前後に並べられた同時期の作品「コンポジション」、唯一のモザイク「無題」等も点対称を思わせる配置によっている)。
 この「誕生」には、後のオールオーヴァー絵画の閉じた完結性はない。図像は荒々しいエナジーを同心円状に放出し、鋭く断ち切られた作品の縁を越えて、外部へと広がり出て、作品全体がぐわんぐわんと大音響を発しながら唸り震えているようだ。

 ここで今回展示された作品ではないが、続いてグッゲンハイム邸のために描かれたポロックの自信作「壁画」(1943~44年頃)を見てみよう。やはり後のポーリングの木の葉形に通じる線の軌跡が、トーテム的な図像を生み出し、それがベントンの図式に従って連結されている。しかし、木の葉形どうしが重なりあって生み出した細長い鶴の首のような形象に黄や緑の鮮やかな色彩が挿されることにより、リズミックな繰り返しの印象が強まっている。ポロック作品について「『壁紙』というのは聞き飽きた」とはクレメント・グリーンバーグの言だが、文様的と言うより、やはり〈オールオーヴァー〉感覚が看て取れる。その一方で、やはり作品世界は完結しておらず、画面の縁を越えてミニマル・ミュージックに似た繰り返しが延々と続くように感じられる。

 こうした線の交錯によりかたちづくられた〈区画〉(それは細長い形態だったりダイヤ模様だったりする)への塗りつぶし(あるいは彩色)の配置は、画面に繰り返しのリズムをもたらし、オールオーヴァー性を高めている。今回の展示作品では銅版画「P.16」(1944~45年頃)等が典型だろう(展示作品以外なら「サマータイム・ナンバー9A,1948」等)。それは初期の具象作品「綿を摘む人たち」(1935年頃)の白く塗られた部分のリズミックな転写から、ずっと鳴り響いているもののように思われる。
しかし、この一連の銅版画作品では、その技法の性格上、線が卓越することとなるのだが、あくまで習作との位置づけであるためか、その様態がパウル・クレー的であったり、ジョアン・ミロ的であったり、あるいはヴォルスやアンドレ・マッソン的であったりと、実に様々であるのが興味深い。

 こうして見てくると、「成熟期」のオールオーヴァー絵画の線だけを拠り所とした閉じた作品世界のあり方が、〈図像〉という〈他者〉を排除したところに成り立っていることがわかる。逆に言えば、「成熟期」のオールオーヴァー絵画はそれだけ張り詰めた強度をたたえている。マーク・ロスコやモーリス・ルイスたちによるカラー・フィールド・ペインティングが、そのアンビエントな希薄さによって、画面の縁を越えて空間に響きを広げていくのに対し、ポロックの大作(今回であればやはり「インディアン・レッドの地の壁画」だろうか)は、むしろ見る者にまっすぐ向かってくる濃密さに満ちている。画面上に視線の滞留点を持たないにもかかわらず、画面自体がひとつの巨大な焦点となって、世界を映し出しているとでも言うように。それは言わば沈黙=ざわめきの次元を持たない。そうした見通しの効かないドローンではなく、眼に見える線の集積(レイヤーの視覚的な重ね合わせ)だけがそこにある。

 ポロック後期の一連の「ブラック・ポーリング」は、それまでのオールオーヴァー絵画において、各レイヤーの色彩を違えることにより、それだけ〈図像〉の発生可能性を回避し、その結果、不可避的にごく浅いながらも奥行き(各レイヤーの順序構造)を持ってしまっていたことを、一種の「ごまかし」として一挙に解消しようとした試みととらえることができるように思う。当然の帰結として、そこには逃れ難く図像的なものが回帰してきている。それは通常、抽象的な力の衰弱ととらえられてしまうわけだが、先に「成熟期」の作品において他者の不在に閉じていく世界が、極端な(自己破壊的な?)集中による比類なき抽象的な強度に危うく支えられていたことを考えれば、彼の「線による線だけの世界」にとって本質的に〈他者〉である〈図像〉を改めて迎え入れ、それと受容/共存することにより新たな可能性を探る試みともとらえられるのではないだろうか。オールオーヴァーな画面から人型を切り抜いた「カット・アウト」(1948~58年)は、そうした試みの一環であり、ほんの端緒に過ぎないだろう。

          
ジャクソン・ポロック       トマス・ハート・ベントン     ジャクソン・ポロック『無題』
    『誕生』            によるダイアグラム      ポロック唯一のモザイク作品

     
 ジャクソン・ポロック『壁画』         同『P.16』
グッゲンハイム邸のために制作       銅版画作品


            ジャクソン・ポロック『サマータイム・ナンバー9A,1948』


  
ジャクソン・ポロック『綿を摘む人たち』

      
            マーク・ロスコの作品                      モーリス・ルイスの作品

  
  ジャクソン・ポロックの      ジャクソン・ポロック
  ブラック・ポーリング作品       『カットアウト』


8.断ち切られた生、置き去られた可能性

 自動車事故により唐突に断ち切られたポロックの生(アルコール耽溺を含め、そこに「緩慢に引き延ばされた自殺」の帰結を見ることもできるかもしれないが)について想いを巡らす時、私には、よく引き合いに出されるジェームズ・ディーンよりも、身元不明の死体としてハドソン川に浮かぶこととなったアルバート・アイラーのことが思い出される。
 彼の場合も『スピリチュアル・ユニティ』の壮絶に切り刻まれたフリー・ジャズ(金属的な咆哮に満ち満ちた、むしろ単色的なこの作品を「オールオーヴァネス」を手がかりに読み解くことも、あるいは可能かもしれない)を早過ぎた頂点とみなす者たちからは、続く『ベルズ』や『スピリッツ・リジョイス』はともかくとしても、晩年の電気楽器やヴォイス、ヴァイオリン、ハープシコードの導入等は、創造力の衰弱/枯渇による試行錯誤と一方的に評価されている。しかし、その後のアルフレート・ハルトとハイナー・ゲッべルスのデュオによる鮮やかな達成が、ある意味、アイラーの晩年の試みを引き継いだところに成り立っていることを思えば、そこにまた新たな可能性を読み解く、異なった評価が可能なのではないか。

 ジャクソン・ポロックの晩年の苦闘にも、そうした置き去られた可能性が潜んでいるように思えてならない。

    
   アルバート・アイラー           同『ベルズ』        同『スピリッツ・リジョイス』
 『スピリチュアル・ユニティ』

    
   アルバート・アイラー         ヴァイオリンを加えた       ゲッベルス&ハルト
    『ニューグラス』           アイラーのグループ       『ゲッベルス・ハート』
  電化楽器を大胆に導入                         デュオの歩みを網羅したベスト盤



【補遺】

 今回のレヴューは予定を超えて長くなってしまったため、2回に分けての掲載とさせていただいた。読みにくくなったことをお詫びしたい。

 ポロック展については、珍しく事前に課題を設定して見に行ったこともあり、レヴューの執筆を当初から予定していたのだが、実際に書き始めるまでに長い時間が掛かってしまった。その要因としては、ポロックのオールオーヴァー絵画に関する考察が、自分にとってどういう意味合いを持っているのか、いまひとつはっきりさせられなかったことが大きい。

 そんな時、参考文献にも挙げている『Art Trace Press』第1号を入手し、そこに掲載されていた林道郎氏による「ポロックの余白に(1)-コールマン、エヴァンス、ラファロ」を読んだことが、執筆へと動き出す大きなきっかけとなった。まず林もまたポロックの作品とオーネット・コールマン『フリー・ジャズ』のジャケットで初めて出会った思い出から書き起こしていて「そういう人って実は意外にたくさんいるんだろうな」と自分が相対化された気がした。

 それともうひとつ、このエッセーの中で林氏がフリー・ジャズを特権化しているように感じられる点が気になった。そこではフリー・ジャズが演奏者同士のインタープレイだけによって生み出される「最果ての音楽」、未だ歴史に属することのない行為としてイメージされているように思う。そして『フリー・ジャズ』から夭逝したベース奏者スコット・ラファロを経由して、ビル・エヴァンズ・トリオの演奏が言及される。それもまたインタープレイだけによって生み出される音楽として。
 ジャズが即興性を生命線とする音楽であることは事実として(‥と言いながら、そうは思わない人がたくさんいることも知っている)、インタープレイをそこまで特権化してしまうことはできないだろう。それにインタープレイ中心であることを理由に『フリー・ジャズ』とビル・エヴァンズ・トリオを同列に扱うのも難しい。
 さらに言えば、1960年代に隆盛を誇った「フリー・ジャズ」とみなされる音楽のうちで、作曲を重視し、非マッチョな響きを特質とするコールマンの音楽はむしろ少数派に属する。そして集団即興演奏による『フリー・ジャズ』が実はコンポジションであることは、今回のレヴューでも論じた通りである。

 「オーネット・コールマンが創始したフリー・ジャズ」という入口の向こうに、地図のない原野が荒涼と広がっているわけでは決してない。レヴューの最後で触れたアルバート・アイラーをはじめ、コールマンの下を離れてからのドン・チェリーの軌跡、セシル・テイラーの寡黙な求道、さらにESPレーベルに集ったとても一言では括れない異端者たちの不定形のうごめきがあり、また、ポスト・フリーの探求として、アート・アンサンブル・オヴ・シカゴ等のAACM、BAG勢力、あるいはその後のロフト・ジャズ・ムーヴメントに加わった者たちがいて、そのうえヨーロッパに眼を転じれば、フリーの純化から引き続くスティーヴ・レイシーの道程や、デレク・ベイリー、エヴァン・パーカー、AMM等によるフリー・インプロヴィゼーションの追求、ECMレーベル初期作品におけるより空間的な探査等が視野に入ってくるだろう(これは70年代までの、それも極々かいつまんだ要約に過ぎない。落とした名前は幾らでもある)。十把一絡げに「フリー・ミュージック」とラベリングされてしまいがちな、これらの音楽/演奏の複数性に眼を凝らす必要がある。

 だが、いずれにしても林氏の文章が今回のレヴュー執筆への踏ん切りをつけてくれたことは事実である。末尾ながら感謝したい。

 主要参考文献のリストを次に掲げておく。なお、本レヴュー中のオーネット・コールマンに関する論述は、リストにも掲げた『ユリイカ』掲載のオーネット・コールマン論「オーネット・ノート」執筆時の思考に多くを負っていることを付け加えておきたい。



【主要参考文献リスト】
□『ジャクソン・ポロック展 2011-2012』図録 読売新聞社
□藤枝晃雄『ジャクソン・ポロック』 スカイドア
□『岩波アート・ライブラリー ジャクソン・ポロックとリー・クラズナー』 岩波書店
□『Art Trace Press』第1号 「特集 ジャクソン・ポロック」 ART TRACE
□クレメント・グリーンバーグ『グリーンバーグ批評選集』 勁草書房
□イヴァンカ・ストイアノーヴァ「反復の音楽」 『エピステーメー』1978年11月号 「特集 音の生理」 朝日出版社
□福島恵一「オーネット・ノート」 『ユリイカ』1998年11月号 「特集 オーネット・コールマン」 青土社
□福島恵一「ジョン・ゾーン 作品マップ+ガイド」 『ユリイカ』1997年1月号 「特集 ジョン・ゾーン」 青土社
□福島恵一「プログレ再検証の補助線としての”アメリカーナ”」 松山晋也監修『プログレのパースペクティヴ』 ミュージック・マガジン

アート | 14:20:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
どこまでも伸びる線と閉じていく世界-ジャクソン・ポロックとオーネット・コールマン-  Lines Extend Far Away without Limits But the World Becomes Closed -Jackson Pollock And Ornette Coleman-
 国立近代西洋美術館で開催された(2012年2月10日~5月6日)ジャクソン・ポロック展を見て考えたことについて書いてみたい。それにはまず、私のポロックへの関心のありかを説明する必要があるだろう。それは言うならば「音楽的」な関心にほかならず、音について思考する際のメタファーとしての〈線〉と深く関わっている。ここで〈線〉とは力線であり、力の軌跡、いや力動そのものと言ってよい。それゆえ、本稿はいわゆる展覧会評にはなり得ないことを最初にお断りしておく。
 その一方で、本展が非常に充実した展覧会であったことは、最初に述べておかねばなるまい。実際に観る前は『秋のリズム』や『ラヴェンダー・ミスト』をはじめ、代表作たる傑作が揃っていないことに不満を感じていたのだが(初期や晩年はいいから、成熟期の作品をもっと‥)、結果としては、そうして初期の作品から晩年の作品までをたどることにより、「繰り返すということをしない作家」(と言ってしまうのは、やはりフロンティア開拓者としてのアメリカン・ヒーローのイメージ投影があまりに強すぎるのではないか)ポロックが、随所でリズミックな、そしてほとんど宿命的な反復をしていることを観ることができ、とても興味深く感じた。


ジャクソン・ポロック展ポスター



1.白い光

 私がポロックの作品(複製)を初めて見たのがいつなのか、記憶が定かではない。だが、ポロックの作品を単に現代美術の(著名な)一作品としてではなく、何か自分に関わりのあるものとして意識した瞬間ははっきりと覚えている。それはオーネット・コールマン『フリー・ジャズ』のジャケットに、ポロックの作品「ホワイト・ライト」が用いられていることを知った時だった。多方向からの力線/力動の交錯/衝突を視覚化した象徴的なイメージとして、それは私の記憶に深く刻まれることとなった。
 その後、同じくオーネット・コールマン『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』や彼が率いたプライム・タイムの諸作品における、サウンドが互いに互いを切り刻みあい、沸き立つ鍋の中で削り節が踊るような演奏に耳を傾ける時、私の頭の中にはポロック「ホワイト・ライト」のおぼろげなイメージがいつも浮かんでいた。それだけではない。デレク・ベイリーのギターによる、まるでウィルソン泡箱がとらえた電子崩壊の軌跡のような、やはり切れ切れのフリー・インプロヴィゼーションに耳をさらす時も、水面下で多方向から交錯しあう不可視の力動が、その衝突の瞬間に、ぶつかりあう力の差異を一瞬水面に閃かせるイメージを、私はほとんどオートマティックにいつも思い浮かべていた。それは言わばポロック「ホワイト・ライト」の切片のようなものだった。
 こうしたことからわかるように、ずっと以前から私は(ソロにせよ、グループによるものにせよ)インプロヴィゼーションを、主体的な行為の結果というより、何者かに突き動かされて位置を、速度を、かたちを変えていく過程ととらえていた。なぜそのように感じるのかは自分でもよくわからない。音盤レクチャー「耳の枠はずし」で、先ほど触れた原子崩壊の軌跡の画像を掲げたり、宮川淳「アンフォルメル以降」を引用したりしながら、デレク・ベイリーのフリー・インプロヴィゼーションの方法論を説明したことがあるが、ここで白状しておけば、論理的な手順を踏んで最終的にそうした理屈やイメージに到達したわけではまったくなく、むしろ最初から「インプロヴィゼーションとは多方向からの力動の交錯/衝突にほかならない(他のものではあり得ない)」という闇雲な直感が動かし難く存在したのだった。そうした「確信」の根底には、ポロック「ホワイト・ライト」の衝撃が、いつも鳴り響いていたように思う。

  
   オーネット・コールマン     ジャクソン・ポロック
     『フリー・ジャズ』        『ホワイト・ライト』

   
     デレク・ベイリー          原子崩壊の軌跡


2.線の交錯/衝突としてのポロック

 「出発すること、脱出すること、それは線を描くことである」(ジル・ドゥルーズ)。線の交錯/衝突。幾つにも分岐し、絡まりあいながら繁茂する線。ビリヤードの図解のように弾け、あるいはスピンして不可思議な渦や曲線を描く原子崩壊の軌跡。互いに切り刻みあい断片化した、まるで傷跡のような線のかけら。アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』で故郷の小川の流れに揺らぐ水草のように、もつれては解け、多数多様なリズムで揺らめく線の束。黒くきっぱりとした線が銀色に輝く円弧と交錯/衝突し、鮮やかに赤い軌跡とオレンジ色の飛沫を飛び散らせる。
 そうした自由に息づく線の生態、開放された速度のユートピアを、私はポロックに対し勝手に思い描いていた。幻想のポロック。だが本当のところどうなのだろう。今回、実際に作品を生で観るにあたり、私は次のA・Bの2点を確認することを自らの課題とした。

A 描かれた線は作品の縁を横切っているか。彼はポーリングによるオールオーヴァーな絵画を、キャンヴァスを床に置いて描いた後にトリミングしたのだから、どこまでも伸びていく「解き放たれた線」は、外部に向け縁を横切っているに違いない。
B 描かれた線同士はどのように交わっているか。交錯/衝突は描かれる際にどのように感じ取られ、また、どのような痕跡を残しているか。これは線や交点がメディウムの物質性をどのようにたたえており、それによりどのようなマティエールを形成しているかということでもある。
 
 果たして結果はどうだっただろうか。
 まずAから言えば、線はほとんど縁を横切っていない。線は外へとまっすぐ出て行かないし、外から直線的に入り込んでくるわけでもない。そこにはポロックのごく初期の作品「西へ」(1934~35年頃)に描かれているような、世界の不思議な湾曲があるように感じられる。ポロックが最初に絵画を習った画家トマス・ハート・ベントンの強い影響下に描かれたこの作品では、まるで凸面鏡に映したように世界が湾曲し、百八十度の視界がキャンヴァスの中に畳み込まれているように感じられる。

 ポーリングによって描かれたオールオーヴァーな作品の個々の線の軌跡を追い、あるいはハンス・ネイムスによって撮影されたフィルム(展覧会会場で上映されていた)によって、ポロックが実際に描いている様子を観察すると、線は直線的に走っているのではなく、むしろ手元から「行って還ってくる」木の葉の形(あるいは紡錘形や涙の形)の軌跡を描く。そうした曲線がそれ自体としては完全に閉じていない曖昧な領域をかたちづくりながら、隣接性を原理として並べられていく。

 ここで隣接性とは、手の動きの連続性が視覚によって断ち切られるところに現れる。ポーリングを用いることにより、描くことは支持体であるキャンヴァスと直接の接触を持たず、それゆえポロックの線は、サイ・トゥオンブリ的な紙の面とペン先との直接の接触/抵抗に支えられた触覚的な連続性を持たず、あくまで〈視覚〉的にコントロールされ、ハブとなる集中する核(放射の中心)を持たないよう、離散的に並べられていく。オールオーヴァネスを確保しているのは、そうした配置にほかならない。もしパリの街路構成のようにハブとなる集中点を持っていたならば、画面へ向かう視線はただちにそれを発見し、そこにひとまず滞留して、そこからまた別の集中点へと視線を巡らせていくだろう。だが、ポロックの作品はそうした集中点を持たず、視線の滞留を許さない。

 一方、Bに関しては、ポロックの線は塗料の盛り上がりや筆触といったメディウムの物質性をほとんど感じさせない。それゆえ、線の交点は、色の重なりによりどちらの線が「上」か(後から描かれたか)こそ明白なものの、マテリアルな〈もの〉同士がぶつかり合う交錯/衝突の手触りはほとんど意識されない。先に走る塗料の線がかたちづくる山脈(盛り上がり)に、後から描かれた線が突っ込んでいく‥‥といった手応えはそこにはない。異なる色による線は至るところで交わっているが、そこでは基本的に混色は起こっていない。物理的な力動においても、化学的な変化においても、線と線の交点はいささかも特権的な場所ではない。それは各色により描かれた線が構成するレイヤー(同じ色が重ね描きされることにより、ひとつの色が複数のレイヤーを有している場合もある)が敷き重ねられた際に、たまたま重なって見える点に過ぎない。それは星座にも似て、後から視覚によって見出されるものであり、また視覚に対してしか現れないものなのだ。

 ここにオールオーヴァネスの不思議さがある。通常、絵画がそれを見る者に対し視覚的に現れてくる時、一望性の下に全体の(遠近法的な)構図や簡明な幾何学的構造がとらえられ、さらにその細部が注視により充填されていくか、あるいは継起性の下、ある一部に眼が止まり、そこから物語の空間が開かれていくように(たとえば描かれている人物の視線や指し示しに導かれて)、順次各部分が立ち現れてくるかのいずれかだろう。だが、オールオーヴァー絵画においては全体的な構図/構造は与えられず、また、視線の滞留点も得ることはできない。絵画へと向けられた視線は、仕方なく画面上をさまようことになるが、本来ならそうした移ろいを支えてくれるはずの物質的な触覚性の次元も、また手に入れることはできない。多方向から交錯し、衝突しあっているかのように思えた線は、実は互いに幽霊であるかのように素通りしあい、視覚の中で重なることはあっても、実際にぶつかりあってはいない。隣接性によって配置された線の構成する各レイヤーが幾重にも重ねられることにより、稠密な「輻輳する隣接性」へと至っているにもかかわらず。


アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』から
画面奥で水に浸る草の揺らめきに注目

  
 ジャクソン・ポロック『西へ』  トマス・ハート・ベントンの作品     凸面鏡に映る世界

  
        ジャクソン・ポロックによるポーリング           サイ・トゥオンブリの作品


3.〈図像〉との闘い

 〈図像〉についてはどうだろうか。一般に〈図像〉こそは、ポロックにおいて成熟期のオールオーヴァー絵画とその前後を分かつものと考えられている。あるいは「図像にヴェールをかける」という作画法が、ポロック自身の発言として伝えられてもいる。
 結論から言えば、図像的かそうでないか、同様に具象的か非具象的か、というのは、ポロックの場合、分水嶺とならないのではないかと考える。先に見た木の葉形(あるいは紡錘形/涙形)の線によって描いていく以上、そうした曲線がそれ自体としては完全に閉じていない曖昧な領域をかたちづくることとなり、言わば放っておけば〈図像〉的なものが否応なく浮かび上がってしまうからである。これは「絵描き唄」を思い浮かべてもらえば明らかだろう。あるいは至るところに〈顔〉を見出してしまう心霊写真のメカニズムを。閉じた曲線が何らかの〈かたち〉をもたらし、ひとつひとつは取るに足らないそれらの〈かたち〉が寄り集まって、結果としてある〈図像〉を避け難く描き出してしまう。それを避けるためには、〈図像〉が出現していないか注意深く観察し、もしその気配が感じられたならば、ただちにそれを解体/抹消し続けなければならない。

 出来上がった図像にヴェールをかけるのではなく、出来かけた〈図像〉を線の海に溺れさせ、解体/抹消する。もし、そこに深さ/奥行きがもたらされてしまうならば、手前でさえぎるものとの対比を通じて、かえって解体/抹消すべき〈図像〉をかたちとして浮かび上がらせてしまうことになる。よって、すべては奥行きのない浅さの中で行われなければならない。
 線がどんなに逃走を企てようと、不可避的に集積/繁茂してしまうもつれの中から、投影を通じて、やはり逃れ難く〈図像〉が浮かび上がらざるを得ないことを、ポロックは精神分析のための一連のドローイング(1939~40年)で嫌と言うほど思い知ったのではないか(今回の展示では「無題 習作シート」(1939~42年頃)や「無題 失われたスケッチブックのページ」(同)等がこれに当たるだろう)。そこにはオートマティスム(自動筆記)が本来宿しているはずの喜びや楽しさがまったく見当たらない。この「ハッピーでない」感じは彼の最初期の「無題 自画像」(1930~33年頃)や母親を描いたと思しき「女」(同)等からずっと、ほとんど生涯を通じて彼の作品に付きまとい続けているように思う。それは彼の生来の本質/宿命であるばかりでなく、後で見るように、描くことに対する彼の本当に孤独な苦闘/苦悩の反映ではないだろうか。

 筆触やメディウムの抵抗を活用することなく、マティエールの物質的な力を頼ることもなく、触覚を排除して視覚だけを研ぎ澄ます。けれどその頼みの視覚は、進行中の作品の全貌をとらえることができない。ポーリングによる線はあまりに細く繊細で局所的であり、対して作品の全体は巨大にしてオールオーヴァーなものとなっているのだから。抽象的な形象や幾何学的形態を含む何らかの〈図像〉を用いるならば、シンボリズムの活用をはじめ、また別の活路が開けたことだろう。しかし、ポロックはそうした選択を潔しとしなかった。彼は自ら描く線以外の拠り所をことごとく排除してしまった。反対に線に関する限り、速度やリズム、運動や進展/屈曲、不連続に至るまで、ありとあらゆる要素と可能性がそこから引き出された。ただひとつ「もののかたち」を描くことを除いて。

      
     えかきうた(笑)         ジャクソン・ポロック     ジャクソン・ポロック
                  精神分析のためのドローイング 失われたスケッチブックのページ
  
 ジャクソン・ポロック    ジャクソン・ポロック
    『自画像』            『女』


4.輻輳した隣接性

 一連の身体の運動が、その軌跡を交錯する線の集積として残す。逆に言えば、描かれた線はアーティストの身体の動作の痕跡として価値付けられる。ジョルジュ・マチューのような生粋のアクション・ペインターなら信奉していたであろうこうした美学を、ポロックは決して信じることがなかった。その一瞬には限られた視野しか持たない身体の運動の軌跡は、すぐさまねめつけるような厳しい視線の走査にさらされ、また新たに線が重ねられ、時に作業は長期間中断し、その間何度となく視線の試練をくぐり抜けた後、また作業が再開される。それゆえ完成した作品に彼の動作の痕跡をただちに認めることはできない。彼の身体の動きはいわば多重露出的にキャンヴァスに投影され、最終的にそこに現れる(看取することのできる)動きは、実際に絵筆を振るう彼の身振りとは似ても似つかない、寸断された痙攣的な、あるいは蠕動的なものとなってしまっている。

 彼自身の発言により「ギヴ・アンド・テイク」として知られているこうしたプロセスの中で、いったい何が彼に線を描くこと、線を配置することを可能にしていたのだろうか。「ジャクソン・ポロック-隣接性の原理」(『Art Trace Press』第1号掲載)で沢山遼は、ポロックがドローイングに見られる隣接性に基づいて描いていた可能性を指摘している。先に見たように、自らの線以外に拠り所を持たずに描いていく以上、彼が視覚的な隣接性(サイ・トゥオンブリのような触覚的な連続性の次元を持たない)に基づいて描いていたのは間違いないと私も思う。しかし、余白へと伸びていく線本来の性質だけで、結果としてのオールオーヴァネスを説明するのは無理があるだろう。彼の「成熟期」の作品に見られるように、そこには異なる色彩によるレイヤーの重ね合わせが含まれているからだ。そうした重ね合わせにより、ここで隣接性は言わば「輻輳した隣接性」(とは語義矛盾を含む概念だが)へと変容している。そこでは先に挙げたポロックの引き出した様々な線の特性/特質が等しく取り扱われる。あたかもオーネット・コールマンが彼の提唱するハーモロディック理論について「メロディ、リズム、ハーモニーは等価の関係にある」と語ったように。

  
 ジョルジュ・マチューの作品 マチューのアクション・ペインティング

  
   ジャクソン・ポロック         ジャクソン・ポロック
  『ラヴェンダー・ミスト』          『秋のリズム』


5.ユニゾン/オールオーヴァー

 「ロンリー・ウーマン」におけるオーネット・コールマンとドン・チェリーのテーマ・ユニゾンには、傷つきやすい粘膜を互いにすりつけあうような痛々しい生々しさが脈打っている。ここで演奏は決してあらかじめ書かれたテーマ・メロディをなぞるだけではない。両者の声のミクロなせめぎあいの中から、束の間生じた危うい均衡(勢力分布の境界線)が、たまたまテーマ・メロディのかたちをしているとでも言った方がよいだろう。フロントの二管が音域を分け合う安定したテナー+トランペットではなく、同じ音域でぶつかりあい、領土を奪いあうアルト+トランペットなのは、そうした闘争を準備する仕掛けでもある(ジョン・ゾーンはコールマン曲集『スパイvsスパイ』で、これを彼とティム・バーンの2アルトに移項し、高速のブロウイングをまるでローラー・ゲームの肉弾戦のようにぶつけあっている)。
 一方、冒頭に掲げた『フリー・ジャズ』では、テーマを設定しない集団即興演奏が次の3つのルールにより構造化されている。

①ダブル・クワルテット編成により、すべての演奏者を対称性(同種楽器2名ずつの対面構造)のうちに置く空間的コンポジション。
②各演奏者のソロの順序と時間をあらかじめ定めておくことにり、時間を分割する時間的コンポジション。
③冒頭及びソロの変わり目に「ハーモニック・ユニゾン」と呼ばれる短いセクションを設けること。これは各楽器が一定の音域を保って水平に積み重なる部分と、これに続くあるいは先立つソロの演奏者以外の全員による集団即興演奏で構成される。

 ここでもまた〈ユニゾン〉が特異な現れ方をしていることに注意しよう。かつてコールマンのマネージャーを務めたジョン・スナイダーは次のように語っている。

 「彼はよくユニゾンについて話す。それはふたりのミュージシャンがひとつの音を同時に演奏するということじゃない。彼の言うユニゾンは、どんな音のグループでも、それが突然ひとつになってサウンドの純粋さを持つことなんだ。透明な音、ほとんどベルの響きのようなね。」

 「ロンリー・ウーマン」において、先立つ二人の〈ユニゾン〉から癒着した組織を引き剥がすような痛々しさとともにテーマ・メロディが現れたように、『フリー・ジャズ』でもまた、各演奏者のソロに先行する闘争/響存状態として〈ユニゾン〉は設定されている。それは〈いま・ここ〉で演奏の基盤をなすべき状態であり、各演奏者のソロとはその中からこそ立ち現れてくるものにほかならない。

 コールマンのハーモロディクスを、こうした彼独特の〈ユニゾン〉感覚を全面展開することにより、それだけで音楽を生成させる方法ととらえることができるのではないだろうか。ここで〈ユニゾン〉感覚とは、言わば拡張されたアンサンブル感覚にほかならない。合奏で「合って」いるとは単に音符が縦に並んでいること(音程とタイミングの正確さ)ばかりではない。木村敏(精神医学)はアンサンブルを成立させているのは、まさに人と人との〈あいだ〉の働きであると指摘している。ハーモロディクスはこうした〈あいだ〉をさらに励起/活性化させることにより、そこにメロディの断片を放り込めば、各演奏者がそれ触発されてすぐさま多種多様なグルーヴをつくりだし、跳ね回るようにポリリズミックなテクスチュアをたちどころにグループとして織り成すことのできる状態をつくりだす。ここで重要なのは、各演奏者が音の衝突/交錯を、その場で身体同士がぶつかりあい、触れあい、さらには近づき遠ざかることを繰り返すような体感レヴェルでとらえることだ。マヤ・デレンが『聖なる騎士(Divine Horsemen)』で撮影したヴードゥー教の集団トランス・ダンスのように、互いが互いを突き動かす場の沸騰として。

 ハーモロディクスのコールマン自身による実践である『ダンシング・インユア・ヘッド』において、『フリー・ジャズ』以降ずっと潜在的なままにとどまってきた不断に生成される〈ユニゾン〉は、間断なく織り成されるポリリズムの、まさにポロック的な交錯と散乱という眼に見える運動/層として実現されている。ここでは演奏の総体がすべて〈ユニゾン〉の自己更新として進められる。イヴァンカ・ストイアノーヴァ「反復の音楽」による次の指摘は、初期のミニマル・ミュージックだけでなく、オーネット・コールマンのプライム・タイムによる実践にもよく当てはまる。

 「アメリカの反復音楽は、結局、その内的な恒常性にもかかわらず、非定常的なものである。つまりそれは、反復的なテクスチュアとしてはそれ自身に同一なものにとどまっているひとつの共時的な状態を、更新しようとするものなのである。」

 先に述べたポロックによる「輻輳した隣接性」を、こうしたハーモロディクスの相同物としてとらえられないだろうか。彼の言うところの「ギヴ・アンド・テイク」の後半、描かれた線の集積を視線が走査し、皮膚全体で線の交響を感じ取る時、彼は単に線の軌跡を距離を置いて眺めているのではなく、画面の中に入り込み、まさに一本一歩の線となって交錯/衝突を生きているのではないか。物質的な衝突の痕跡は画面にほとんど残されてはいないが。いやむしろ痕跡が残されてはいないがゆえに、そこでぶつかりあい、触れあい、掠めあう身体をありありと感じているのではないか。なぜなら、それは決して痕跡を通じて描いている時の動きや身体感覚を想起/再現することではなく、重ねあわされた各レイヤーを一挙に刺し貫く集合的な体感なのだから。「多数多様なポロック」の〈いま・ここ〉でのひしめきあい。〈ユニゾン〉感覚の相同物としての〈オールオーヴァー〉感覚。 【次回に続く】

  
  オーネット・コールマン          ジョン・ゾーン
  『ジャズ 来るべきもの』        『スパイ vs スパイ』

    
   オーネット・コールマン         同『ボディ・メタ』     同『オヴ・ヒューマン・フィーリングス』
『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』         この頃のジャケットはみんな現代美術感覚

  
  マヤ・デレン『聖なる騎士』から ハイチのヴードゥー・ダンス

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