■プロフィール

福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■リンク
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

声の肉の重さ ― NHK『SONGSスペシャル』 井上陽水×玉置浩二 レヴュー    The Flesh of Voice ― Review for NHK "SONGS Special" Yosui Inoue & Koji Tamaki
 いろいろとレヴューしなくてはいけないことがたまっているのだけど、昨日(2017年11月10日)のNHK『SONGSスペシャル』について、少し書き留めておくことにしたい。

縮小陽水玉置1


 この日は井上陽水と玉置浩二/安全地帯の特集。二人が共作した「夏の終わりのハーモニー」を31年ぶりにデュエットするのが目玉だった。
 フィナーレを飾った二人の共演では、やはり井上陽水の声のしなやかな強靭さに打たれた。玉置の声がハスキーなエッジをたたえながらも、平面的に広がってしまうのに対し、陽水の声は筆先の自在な動きとして、薄墨の一様な広がりの上に墨跡くっきりと浮かび上がり、鮮やかに弧を描き、なだらかにはらい、くっと跳ねる。後半、玉置が声を絞り、面を線に、言わばトランポリンをスラックラインに替えることで、二人の声を絡ませていたが、確かにこれでは、誰も陽水とデュエットなどしたがらないだろうと思わせた。

 無論、玉置は決して下手な歌い手などではない。魔法学院の校長みたいな白髪には驚いたが、声は力強く張りがあり、音程も正確で、息を長く保つことができる。日本のポップ・ミュージックの歌手としては最上級の部類だろう。だが、それでも陽水は別格だと感じずにはいられなかった。この日の放送では、本来、玉置浩二/安全地帯の持ち歌である「ワインレッドの心」を、作詞を担当した陽水に玉置が三度もダメ出しして書き直させた‥‥というエピソードが紹介された後、陽水が歌ってみせた。
 彼の声は、軟体動物のようにぬめぬめと這い回り、後ずさって、定型ビートの格子の隙間からだらりと垂れ落ちそうになる。拍に合わせて膝を叩いていると、後ろにもたれかかり、のしかかってくる声のだらんと弛緩した死体のような重さに、思わず指先の動きが止まってしまう。かつて高橋悠治のピアノやコンピュータの音の運びに似た感覚を覚え、まるで駅で見かけた彼の歩く姿のようだ‥‥と感じたことをふと思い出す。すっすっと等速で歩む身体各部のしかるべき推移から、一瞬ごとに踏み外し、滑り落ちる動き。しかしそこには、こうして拍を刻む指先にのしかかる肉の重さはなかった。
 と言って、決してブラック・ミュージック風のシンコペーションではない。声の発せられる立ち上がりの瞬間が遅延されているのではなく、すでにある声の重心が後ろにずらされているのだ。これはむしろアジア的な歌唱なのではないかと思う。たとえば、李香蘭(山口淑子)による「蘇州夜曲」の歌唱(*1)を参照していただきたい。よく彼女と並び称される渡辺はま子による歌唱(*2)をはじめ、多くの有名歌手が同曲をカヴァーしているが(*3)、少なくともこの声の運びについては、とても比べ物にならない。そうした中ではアン・サリーによる歌唱(*64が、その抑揚の精妙さで群を抜いているが、やはりシンコペーション的な遅延がベースになっており、声の重心のずらし、体幹の後ずさりが主ではない。
*1 https://www.youtube.com/watch?v=w0ht7Wkkc3s
*2 https://www.youtube.com/watch?v=x5KVEP_bFDo
*3 https://www.youtube.com/watch?v=Cyk6-fdtZ9c
   https://www.youtube.com/watch?v=bjhitYa0EEY
   https://www.youtube.com/watch?v=2omcKliTja4
   https://www.youtube.com/watch?v=j7hlz42HOXI
   https://www.youtube.com/watch?v=zi7Ixt4_7D0
   https://www.youtube.com/watch?v=auR5WhLe9w0
   https://www.youtube.com/watch?v=aStz4abVMUQ
*4 https://www.youtube.com/watch?v=b5nv_RdyR_Q

 こうした遅れ/後ずさりの感覚は、声を口腔内に滞留させ、口元を離れる瞬間を限りなく引き延ばし、その間も微細な加工を施し続ける発声の仕方と不可分のものである。
 以前にこのブログでベケット『しあわせな日々』のARICAによる公演をレヴューした際(*5)に、「声持ちのよさ」という視点を導入した。その部分を以下に引用する。

 何より前作「ネエアンタ」では役柄上、あまり聴くことのできなかった安藤朋子の声をずっと聴き続けることができたのが、私にとって大きな喜びだった。深い喫水を保って重い水をゆっくりと押していく息の安定した土台(これは優れた歌い手/声の使い手の必須条件にほかならない)に基づいて、しなやかに伸びやかに遊ぶ声。弾むようなしっとりとした甘さを常にたたえながら、声は喉から流れ出るだけでなく、舌先や唇で放たれる最後の一瞬までこねられ、編まれ、操られる。優れた投手の条件として「球持ちがよい」こと、すなわちボールをできるだけ長く持っていられること、能う限り打者の近くで放すことがよく挙げられる。その点、彼女は実に「声持ちのよい」投手と言わねばならない。
*5 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-280.html

 実はここで安藤朋子に適用している「声持ちのよい」声の使い手には「原型」がある。それこそが井上陽水にほかならない。以前にこのブログで、陽水の声についてレヴューした箇所(*6)を以下に引用しよう。

 何より井上陽水自身がそうした言葉の極めて優れた遣い手/実践者にほかならない。彼が当代随一の歌い手であるのは、決して美声の持ち主であるからだけではない。
 冒頭に述べたように、彼はサウンド/演奏により曲を歌い変えていく。それは単にテンポやキーを変更したり、シンコペーションを効かせたりするといったレヴェルではない。彼はサウンド/演奏の起伏や肌理を触知し、自在に言葉のタイミングを操る。それも語よりもさらにミクロな単位で。それが先ほど「魔法」として描写した仕方である。エヴァン・パーカーが循環呼吸とマルチフォニックスを操るのと同様に、陽水も口腔の筋肉や粘膜を総動員して(彼ほど忙しく頬を膨らませたりひしゃげさせたり、あるいは長過ぎる舌を掻き回す歌い手はいない)、声を砕き、息を切り分けて細分化し、母音の変容を、子音の立ち上がりを、音素と強弱の配分をコントロールする。その場で即興的に。
(中略)
 むしろ声の楽器的な用法と言うべき(無論それだけにとどまるものではないことは強調しておかなければならないが)ヴォイス・インプロヴィゼーションを別にすれば、即興的な歌い手としてすぐに浮かぶのは、先頃死去したLou Reedだろうか。「この男には、歌詞を何も用意せずにステージに上るや、その場で歌詞を作りながら、幾らでも歌ってみせるという、天性のソングライターとでも言うべき才能が備わっていたのだ」(大里俊晴)。だが陽水の行っていることは、サウンドの斜面を声により自在に滑走することではない。彼は歌うたびに、曲を詩を改めて書き直しているのだ。先に見たような量子化されたミクロな領域で。それにより光の射し込む隙間の位置や幅が変わり、入射角が異なって、反射や拡散が違うものとなり、全く別の世界が立ち現れる。だからこそコメントの対象となるべきテクストは先に確定している必要がある。コメントを書き入れるべき余白を空け、文脈の紐帯を緩め、語の意味合いを多義的に散種させて。その時、彼の作品世界は、姿の見えないリンゴ売りとテレビが放射するあり得ない色彩、断頭台の隣で催される「指切り」の儀式と身動きできず舞台でもがくコメディアンが、触覚だけでなく、視覚/聴覚/味覚/嗅覚/体性感覚、いや思考や想起や妄想等、様々な質の「寒さ」の中ですれ違うカーニヴァル/メニッペア的な多次元空間となる。これを批評と言わずして何と言おう。
*6 http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-268.html

 一見ソフト&マイルドでふわふわとした歌唱に、恐ろしいまでの衝撃と破壊力を秘めたこの一曲だけで、もう充分なくらいだが、陽水はさらにパンキッシュな「Just Fit」と感慨深い「最後のニュース」を聴かせてくれた。
後者では、もともと歌詞の優れた報道写真のような鋭い現実の切り取り方が印象的だが、言葉の字余り的な長さを勢いで押し流さず、かと言って持て余すことなく声にして、繰り返されるフレーズの枠組みに収めていく歌唱は、そこに織り込まれた様々な視点‥‥逆説をもてあそぶ皮肉屋だったり、天真爛漫な無垢が残酷を招いたり、破滅の兆候を鋭敏に感知する預言者だったり、ナイフのように鋭く人を傷つける告発だったり、相手に気づかれることなく遠くからその姿を写しとる望遠レンズだったり‥‥を、スライド・ショーのように入れ代わり立ち代わり浮かび上がらせていく。
 アナグラムにも似た言葉の組み換えが、「意味」に揺さぶりをかけることにより、状況喚起力を強める「最後のニュース」に対し、「Just Fit」の意味を徹底的にすり減らし、ペラペラの記号と化していく陳腐極まりないフレーズの集合は、口中から勢いよく射出され、次々に着弾し、破裂する声にとってのカタパルトでしかないのだろう。この日はいつものロック・バンド編成による演奏ではなく、あえてアコースティック・ギター3本(陽水自身を含む)のバッキングが選ばれていた。これにより、ベースとドラムのビートの肥大した音圧に押し立てられるように見える声が、実はビートの網目を自在にくぐり抜ける速度を有していることが明らかにされた。叩きつけるような明瞭さを持ちながら、字幕なしには理解不能なほどひしゃげた発音は、獲物を見つけ翼をたたんで急降下する鷹の軌跡を思わせた。鋭くリズムを刻みながら、ふと乱れもつれていくギターのアンサンブルも、また見事だった。

縮小陽水玉置2

2017年11月10日(金) 22:00~
NHK『SONGSスペシャル』 井上陽水×玉置浩二
https://www.dailymotion.com/video/x68spu1
https://www.youtube.com/watch?v=eWW5-eoRZag

スポンサーサイト
映画・TV | 23:44:25 | トラックバック(0) | コメント(0)

FC2Ad