■プロフィール

福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■リンク
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

ライヴ・レヴュー「四重奏、三重奏」@喫茶茶会記(2012年3月6日)  Live Review for “Quartet, Trio” at Kissa Sakaiki on 6th Mar. 2012
【御礼】
 おかげさまで、前回、前々回のブログで告知のお手伝いをさせていただいた喫茶茶会記における「四重奏 、三重奏」は、店主自らおっしゃるところの「集客における負の魔力」にもかかわらず(笑)、参加ミュージシャンを除いてなお30人超という大入り満員となりました。即興演奏系のライヴで、告知も充分とは言えず、演奏者の滞在も短期でライヴ数も少なく(ということは評判が伝わりにくい)、しかもメンバーはすべて初来日で「追っかけ」するような固定ファンもいないという、これでもかと重なり合う難条件をクリアしての30人超えは、「偉業」というか「奇跡」に属するのではないでしょうか。場所柄か女性のお客様も結構いらしたし。皆さんどーやって「行こう」って決めたのでしょーか。不思議な「同期」というのもあるもんだ‥と(笑)。これがシンクロニシティってヤツでしょーか(爆)。
 後でレヴューするように演奏もなかなかよかったし。企画を持ち込まれた松本充明さんと前半で演奏されたミュージシャンたち、企画を快諾された店主福地さん、そしてもちろんスイスの文化基金の支援を獲得し、はるばる海を渡り来日して、優れた演奏をしてくれた4人のメンバーたちに、さらに来場された皆様にも感謝したいと思います。どうもありがとうございました。



1.場の空気

 今回の会場はL Roomと呼ばれるバー・スペースとは仕切られた部屋で、このブログでも何回かレポートしている「タダマス」の2人による「四谷音盤茶会」等と同じスペース。全体としては小学校の教室の幅を少し狭くしたくらいだろうか。ただし、一方の長辺を巨大なスピーカーが占領しているので、実際に使える面積はさらに少ない。今回はアップライト・ピアノも演奏に用いるため、ふだんと異なり壁から少し離しているので、演奏スペースはさらに少し削られている。
 内装がライヴハウスによくある「コンクリート打ち放し、天井の配管・配線剥き出し」ではなく、きちんと養生され、家具調のテーブルや椅子が配置されているため、いつもは「広めのリヴィングでのホーム・コンサート」の印象で、ミュージシャンたちが「来てくれる」感じが特徴のスペースなのだが、この日は大量の椅子と人が入ったために、ちょっと印象が変わることとなった。天井はさして高くないから、聴衆のせいで響きはだいぶデッドになっただろうし、もともと段差がなく、照明も落とさない、つまりは線引きのない「ステージ」と客席はいつもよりさらに近く、ミュージシャンは圧迫感すら感じたのではないだろうか。ここには珍しく開演前に大声で話していた客がいたのも、ライヴハウス風の雑然とした空気をもたらしていた。ただし、おそらくは様々なルートでライヴ情報を聞き及び、様々な期待を抱えて、吹き寄せられるように集まっただろう聴衆たちは、そこをある種のコンサートで見られるような「社交場」(「いやいや」、「これはこれは」とお辞儀と名刺交換が繰り返されるような)とすることはなかった。


2.四重奏

 前半の三重奏(後述)終了後、演奏スペースの配置を転換しての後半。向かって左手壁際に長テーブルにラップトップPCとエレクトロニス、各種音具を並べたD'Inciseが内側を向き、その隣、中央奥左にアコーディオン(右鍵盤/左ボタン)を抱えたJonas Kocher(綴りからすれば独語系の名前だが、仏語圏で生活していて、発音もヨナス・コッヘルではなく、仏語読みでジョナス・コッシュとなるそうだ。お詫びして訂正いたします)、中央奥右にシンバルとフロアタム、音具類を並べたCyril Bondiが並んで正面を向き、向かって右手前には鍵盤から上の部分のはめ板を外して、弦やハンマーを剥き出しにしたアップライト・ピアノに向かうJacques Demierreという∩の字型の配置。

始まって一瞬の沈黙。少ししてピアノの弦を鳴らさずに鍵盤をカタカタ震わせる音が浮かび上がる。だが、もしかするとエレクトロニクスのピチピチコツコツいう音が先だったかもしれない。ドラムが打面をこすられうっすらとした振動をたちのぼらせ、そこにアコーディオンがやはりリードを鳴らさない「気息音」をふーっと吹き込む。その一瞬に場がぐらりと傾き、響きが動いて、景色がひとつに溶け合う。
 Demierreが弦を鳴らさずに鍵盤をこすったかと思うと、ピアノの筐体を手で叩き、弦を直接指で弾いて、ハンマーを指先で押さえる動きに典型的に見られるように、彼らはスペースの大きさとメンバーの人数を考慮して、楽器を鳴らさない「静かな」、そして比較的間合いを取った「濃密でない」演奏を目指していた。ただし、先に挙げた各種の「特殊奏法」自体は、個別に見ればもはや単なる「クリシェ」のひとつに過ぎない。今更ピアノを斧で叩き割ろうが、ガソリンをかけて燃やそうが、いったい誰が驚くと言うのか(店主は青ざめるだろうが)。それが彼らの特徴でも、また目指すところでも決してない。
 注目すべきはそうした断片がどのようなタイミングでどのように組み合わされるか、そのグループ・コントロール、リアルタイムの編集にある。この日の彼らの演奏では、先ほどの「気息音」による息継ぎの一瞬をはじめ、聴き手の身体の重心が揺らぐように、ふっと世界が傾き、色が変わる瞬間が幾度もあった。その時にはある〈運動〉がグループを貫き、メンバー全員を、いや聴衆を含めて、その〈場〉全体を突き動かしていた(それは皆が同時に同じ動きをするというような意味ではもちろんない)。それがあればこそ、Demierreが鍵盤を両手で引っ掻くような「瞬間クラスター」の乱打を見せ、それにタムの連打とエレクトロニクスのうなりとアコーディオンのクラスターの高揚が応じたラウドな場面が、わざとらしい盛り上がり、「浮いた」パフォーマンスに感じられないのだ。
 グループの演奏に息を吹き込んで活きづかせ、あるいは場を傾けて方向や温度、色合いを変える役割は、やはりKocherが務めることが多かった。演奏メンバーのひとりとして音を出すだけでなく、メンバー全員が乗っている演奏の〈場〉に、(紙の力士を乗せた紙相撲の土俵をトントンと叩くように)息を直接吹き込み活きづかせる者。アニマトゥール(animateur ここでは原義通り「息=生命を吹き込む者」)。以前にMichel Donedaの演奏をそう賞賛したことがあるが、彼の現在最良の共同作業者である彼もまた、その資質を見事に有していた。
 Kocherはフレーズを弾かない。持続する、あるいはクレッシェンド/デクレッシェンドする気息音のほかは、引き延ばされた高音の持続音や低音のクラスターによるドローン、そしてアコーディオンの蛇腹部分をこすったり、羽ばたくように激しく金具部分を打ち合わせて立てる摩擦音・打撃音がほぼすべてである(この日は見られなかったが、前回のブログに掲載した写真に見られるように、アコーディオン自体を弓弾きすることもあるようだ)。持続音やドローンはそれ自体が、摩擦音や打撃音は点描的な繰り返しにより、一定の層/レイヤーを構成/形成する。このレイヤーを切り替え/差し替えていくことが、そのままここでの彼の即興演奏の核となっていたが、こうした姿勢は他の3名の演奏者にもほぼ共通していた。4人の中でアクション志向が最も強く、「(反応する)身体の運動が楽器の表面に衝突して音が出る」式のところがないでもない(そのことが彼の演奏を他の3人より一世代古いものに感じさせる場面があった)Demierreにしても、やはりレイヤーへの意識はしっかりと持っているように見受けられた。
 総体としては、アクションの応酬が時折姿を現す以外は、概ねレイヤーの構成/編集を軸に演奏が進められ、それをさらにKocherがコンダクトする展開だったと言ってよいだろう。Diatribesとしてデュオを組んでいるBondiとD'Inciseは、主にカサカサ、コトコトといったマイクロ・サウンドの探求/交感に深まりを見せ、顕微鏡的な音響世界を開いていた。その次元で他の2人を含めエレクトロニクスとアコースティックな楽器音や物音が混じり合い、あるいは倍音やドローンに浮き沈みして万華鏡のように輝く時が、最も彼ららしい繊細さの際立つ美しい局面だったように思う。だがそれも、決してありがちな箱庭/盆栽的なものにとどまるわけではなく、また単にひねもすのたりのたりした「春の海」状態で放置されるわけでもなかった。気息音により賦活され魅力を増す細部の輝き、あるいは転換を促されて瞬時に、また鮮やかに更新される局面、さらには鍵盤を引っ叩き、タムを乱打し、エレクトロニクスが暴走し、アコーディオンの金具をぶつけ合わせる暴力的な局面に至る「流動のダイナミズム」、リアルタイムの編集をやり遂げる固い決意が、そこに共有されていたことを忘れてはいけない。

Jonas Kocher - accordion
Jaques Demierre - piano
Cyril Bondi - percussions
D'Incise - electronics objects


3.三重奏

 順序としては先立って行われた前半の演奏のレヴューを後に記すのは、その方が、そこにある問題が見えやすくなると考えたためである。ここで指摘する問題は、おそらく日本の即興演奏シーン(だけではないだろうが)全体に広く通底しており、彼らの演奏で垣間見えたのは、その微小な断面でしかないだろう。つまり、彼らの演奏が良くなかったというわけではない。「彼らに問題がある」というより、「私たちが問題を抱えている」のだ。

 向かって左手前に位置取った松本が簡単に挨拶して、前半の三重奏が始まる。真ん中奥にエレクトリック・ギターを抱えた原田、右手前にはアコースティック・ギターの秋山が彼だけ内側を向いて腰掛けている。
 演奏が始まってすぐに音が出ず、まず沈黙が広がるのは最近の流儀だろうか。しばらくして松本がプリペアド・シタール(自作楽器だと言う)のネックを指で探り、ガタゴトと音を立てる。原田が丸みを帯びた単音を疎らに発し、秋山もさほど鋭さのない単音(ガラスの破片のように鋭利な音色こそが彼の持ち味だろう)を幾つか発する。松本が左手のタッピングから弓弾きに転じると、原田が音の透明感を増し、秋山の音色にも鋭さが加わって、時に金属質の「さわり」が付け加えられる。プリペアド・シタールはプリペアドによって特徴的な共鳴弦の鳴りが抑えられるためか、まったくシタールらしい響きがせず、むしろチェロとより小型のヴィオラ・ダ・ガンバの中間のような音がする。それが弓弾きから円みのあるピチカートに転じ、原田がディレイによる光背を希薄にたなびかせ、秋山が手元で立てるノイズを幾つか試してみる。続いてシタールのフレット上のパタパタした軽い打音とエレクトリック・ギターによる最高音の点描が束の間相互に浸透し、その上にアコースティック・ギターが引き絞られた弦による研ぎ澄まされた音色を書き込むと、演奏はそのまま一種の硬直状態に陥った。
 3人が束の間ではあるにせよ、時間空間を鮮やかに共有した体験を畏れるためか、それともそれを再現しようとしてしまうためか、3人は見えない壁で遮られているが如く、その外へ出ることができない。彼らはそれぞれに残りの手持ちカードを次々切っていくことになる。松本は弓弾きの音色を限りなく細め、さらにネック部分に弓を向かわせ、また低弦のピチカートを歪ませてみせる。原田はむしろ接触不良的なノイズを長い間を置いて短く放ち、ディレイをかけたアルペジオを際立たせる。秋山は筒状の音具によるボトルネック奏法や滑走音を、別の音具による切り詰めた音色と対比させる。それぞれの演奏の出来が必ずしも悪いわけではない。しかし、それが他の2人に伝播していかない。それゆえ全体を貫く流れが生み出されない。むしろ、そうすることを避けているように見える。具体的な音で示すのではなく、雰囲気で感じ取れと。わざわざ口で言うのは下品(あるいは失礼)だと。だが、それは言わば「空気を読みすぎた」演奏なのではないか。
 子どもたちはそれぞれ別々に積み木のお城をつくる。つくってはこわし、少し積み上げては、またすぐ別の形を試してみる。ある〈かたち〉をつくりあげてしまうことを恐れているかのように。そうしたらもう遊びが終わりになってしまうかのように。横で遊んでいる他の子どもの手元は見ようとしない。いっしょに遊ぼうともしない。しかし、使う積み木の色や形、大きさは不思議なくらい似通っている。誰かがあらかじめ厳しいルールを定めたかのように。それはあまりに「too much Japanese」な光景ではないだろうか。「ベタとネタを自在に使い分ける高文脈依存文化」としてオタク的日本文化を手放しで賞賛する向きがあるが(この日演奏した彼らがそうだというわけではない)、本当にそれは喜ぶべきことなのか。
 即興演奏の現場に放り込まれた演奏者は孤独である。演奏に向かう彼/彼女を救ってくれるものは何もない。自ら声を上げ、手を伸ばすしか方法はないのだ。ずっと周囲を迂回していたプリペアド・シタールが、ふと音色に鋭い切れ込みを見せると、エレクトリック・ギターの散布していたノイズがこれにすっと絡みつく。他人の土地へ横断するところにこそ対話は生まれよう。
 あるいは禅寺の石庭のように枯れ切ったサウンドの点描配置で良いのだ、それをこそ目指しているのだと言うのだろうか。だが、それではあまりに禁欲的に過ぎるし、第一それならそれで別の探求の仕方があるはずだ。箱庭/盆栽的であることが洗練の極ではないだろう。

秋山徹次 - guitar
原田光平 - electronics, guitar
松本充明 - prepared sitar

2012年3月6日(火) 20:00~ 綜合藝術茶房 喫茶茶会記




喫茶茶会記 バー・カウンターからの眺め
撮影:原田正夫
スポンサーサイト


ライヴ/イヴェント・レヴュー | 00:16:03 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad