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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ディスク・レヴュー 2012年1~3月①  Disk Review Jan. - Mar. 2012 Part 1
【前口上】
 2012年第1四半期(1~3月)のディスク・レヴュー第一弾をお届けしたい。まずは、ポップス、トラッド、ジャズ等、音の実体的な手触り(その向こうには演奏者の身体の確かな輪郭がある)を感じられる領域からの7枚。第二段はより音響的なエレクトロ・アコースティックなインプロヴィゼーションやフィールドレコーディング等のアンビエントな広がり(そこでは演奏者の身体や行為を前提とすること自体が不確かとなってくる)の感じられる領域からの7枚をお届けしたい。こうしたグループ分けは多分に恣意的なものであるが、私が音楽を聴く上での実感に沿ったものであるのも確かだ(もちろん境界は曖昧に滲んでおり、そこには入り組んだボーダーランズが広がっている)。
 年度初めの時期なので、前年(2011年)制作の作品がどうしても混じってくることになるが、さらにこの領域は対象範囲が広すぎてこちらのリサーチが行き届かないこともあり、一応、「新譜ディスク・レヴュー」という一応の位置づけにもかかわらず、前年よりさらに以前の作品が「今年度になって初めて出会った作品」として含まれ得ることをお断りしておきたい。もちろん、すでに広く知られているだろう作品については、仮に採りあげるにしても別枠ということになるだろうが。



Amina Alaoui / Arco Iris
ECM ECM 2180
Amina Alaoui(vocals,daf),Saifallah Ben Abderrazak(violin),Sofiane Negra(oud),Jose Luis Monton(flamenco guitar),Eduardo Miranda(mandolin),Idriss Agnel(percussion)
試聴:http://player.ecmrecords.com/alaoui
 ECMにおけるAmina Alaouiと言えば、アル・アンダルース文化におけるヨーロッパとアラビア文化の混成をテーマとしたJon Balkeとの連名による『Siwan』(ECM2042)がすぐに思い出される。あそこでAminaはバロック・アンサンブルとの対比においてアラブ/北アフリカ的なものを代表しており、彼女自身のソロ・ライヴでの声の身体のくねらせ具合からすればずいぶん上品におとなしかったのだが、今回もやはり、モロッコ的な情熱を期待するといささかはぐらかされてしまう。ここで彼女はアル・アンダルースへのノスタルジアは自分の望むところではないとし、ファドやフラメンコを採りあげながら、イベリア半島の文化を汎地中海的な方向に押し開いている。各方面に素材だけを渉猟し、それらを自分色に染め上げてしまうのではなく、本来の声の揺らぎを抑えて張りを優先させたフラメンコのカンテや、さざなみのようなファドの哀歓に寄り添った彼女の歌唱は、まさに自分の足で半島を経巡る旅路を生きている。この果敢な挑戦を評価したい(と同時にECMならではの視点の設置の仕方、汎ヨーロッパ的な何者かに向かうそれ、を感じずにはいられない)。


Peter Szalai, Szabolecs Szoke, Evelin Toth / Rubai
Hunnia Records HRCD 901
Peter Szalai(tabla,tablatarang,chanda,marimbula,vibration,mbira,angklung,framedrum,konnakol), Szabolecs Szoke(gadulka,sarangi,sansula,basskalimba,aquaohone,angklung,oceandrum,springdrum), Evelin Toth (vocals,sansa,marimbla,vibration)
試聴:http://www.reconquista.biz/SHOP/hrcd901.html
 東欧系擦弦楽器特有のざらざらした肌理と倍音の鮮やかさを持った切れ味鋭い音色が、空間を薄く、透き通るほど薄く削いでいく。弓と弦の、響きと空間の触れ合う一点が顕微鏡的に拡大され、毛羽立った微細な起毛が薄闇に浮かぶ金糸銀糸の輝きを見せる。こうして切り傷だらけとなった空間に声の揺らめきが、タブラの張り詰めたひびきがしみこみ、暗がりに沈んで、赤い闇の重さと、寝ている犬のゆっくりと上下する腹を思わせるゆったりとした呼吸だけが残る。一音一音の彫琢の驚くばかりの精緻さ/豊かさ。たとえリズムが激しく刻まれる時であっても、ハンガリーらしい血/陰影の濃さ(私はここでやはりかつてのKolindaを思い浮かべている)はいささかも揺ぎ無い。


Mercedes Peon / Sos
fol musica 10002048
Mercedes Peon(vocals,piano,keyboard,sampler,guitar,bass,clarinete,gaita,percussion),Nacho Munos(keyboard,sampler),Fernando Abreu(clarinete),Manuel Cebrian(guitar),Manuel Alonso(electric bass),Fernando Martinez(accordion)
試聴:http://www.reconquista.biz/SHOP/10002048.html
 スペインはガリシア地方の女性トラッド・シンガーのおそらく4作目。その異形ぶりはスキン・ヘッドでパンク顔負けの絶叫を放つだけでなく、自身で伝承曲のフィールドワークを重ねながら、エレクトロニックなビートの導入を積極的に進める極端さにうかがえた。本作ではこれまで試みてきた多様なリズムのスイッチングのレヴェルをはるかに超えて、声音を切り替え(高低/硬軟/遠近/表情をはじめ各パラメータを多重人格的に操作)、テンポから密度に至るまで(ほとんどレコードをかけかえるように)サウンドを差し替えて(クラリネットの滑らかな広がりから浮かんでくる人々の話し声、あるいは赤ん坊の喃語とその頭上で回転するメリーの音)、鮮やかなミュージック・サーフィンぶりを見せる。こうした跳躍がデスクトップの編集(あるいはよくあるDJのスクラッチ)と聞こえず、これだけの強度を持ち得るのは、やはり何よりも彼女の声の鋼のような勁さとしなやかな柔軟性(変身能力?)があればこそだろう。


The Gurdjieff Folk Instruments Ensemble, Levon Eskenian / Music of Georges I. Gurdjieff
ECM ECM 2236
Levon Eskenian(director), The Gurdjieff Folk Instruments Ensemble(duduk, blul,kamancha,oud,kanon,santur,tar,dap,dhol,saz,tombak,dam duduk)
試聴:http://player.ecmrecords.com/gurdjieff
 グルジェフによる作曲作品とは基本的にトマス・ド・ハルトマンによるピアノへのトランスクリプションであり、それゆえ、通常ピアノ等の西洋楽器によって演奏されているのだが、ここではそれをグルジェフの生まれ故郷であるアルメニアの音楽伝統(とはギリシャやアラビア、クルドやコーカサス等の周辺地域/民族文化の混交にほかならない)のもとへと差し戻している。アンサンブル名通り民族楽器による今回の演奏は、しめやかなモノクロームに沈み、遠く霧に煙るようで、かつて仏Ocora盤で聴いたアルメニアのトゥルバドールの哀しみをたたえながらも喉を張った朗々たる詠唱や、ピーター・ブルックが監督した映画「注目すべき人々との出会い」(グルジェフ原作)のサウンドトラック(ハルトマン作曲のオーケストラ)の連なる山並みを見渡すような壮大さ、弾けるような舞曲調のリズムと随分異なっている。より耳を澄ますような、優美で繊細な洗練があると言うべきか。ある地域/民族のフォークロアに対象を託しながらも、そこに汎ヨーロッパ的な共通の「ルーツ」を透かし見ずにいられないECMの業の深さを感じる。


紫絃会 / 舞楽 春鶯囀一具
日本伝統文化振興財団 VZCG-761
紫絃会(鞨鼓、太鼓、鉦鼓、笙、篳篥、龍笛)
試聴:http://www.hmv.co.jp/product/detail/4932604
参考:http://search.japo-net.or.jp/item.php?id=VZCG-761
   http://d.hatena.ne.jp/japojp/20120222/1329906981
 雅楽の大曲の貴重な録音(1973年)の復刻。付属の解説によれば、本来みんな1セット揃っているはずの舞楽だが、資料の散逸や大編成ゆえの演奏の困難さもあって、このように全曲が演奏される機会は極めて稀なのだそうだ。サウンドはずばり雅楽のそれだが、前掲のThe Gurdjieff Folk Instruments Ensembleのように「民族楽器のアンサンブル」とは耳が受け取らない。むしろMichel Donedaの気息音によるインプロヴィゼーションやフィールドレコーディングがとらえる空気の揺らめきを聴く時と同じスイッチが入る感覚。【前口上】で言うところの「ボーダーランズ」の音楽となろうか。笙、篳篥、龍笛といった倍音の多い管楽器が複数で同時に奏されることにより、「墨流し」の渦(今回の聴取では、これこそが私にとってのサウンドのキー・イメージとなった)を思わせる音色の溶け広がり/滲みが生じ、それがわずかな起伏をゆっくりとたどりながらゆるやかに引き延ばされ、たゆたいの中でひとつになるかと思えば、また同時に幾つかの回転する層に分かれていく。鞨鼓の速い刻みや太鼓の深々とした一打はリズムと言うよりも、ある特徴的な音色のレイヤーと聞こえ、それが他の層と敷き重ねられ干渉しあって、別の模様をつくりだしていく。


うつくしきひかり / うつくしきひかり
compare ntes CN 0031
Risa Nakagawa(vocals,piano), MC.sirafu(steelpan)
試聴:http://www.myspace.com/utsukusikihikarii
   http://www.youtube.com/watch?v=qwPOeqmnXMk
 かじかんだ手にほっと息を吹きかけるような温かみをたたえた、ちょっととぼけたNHK「みんなのうた」的女性ヴォーカルも、控えめな環境音の導入(小公園の陽だまりや放課後のがらんとした校舎等)もいいが、それよりも何よりもピアノとスティールパンの組合せがすばらしい。ピアノの音色のくっきりとした輪郭と透明な余韻が、スティールパンのにじみやぼけを伴って曖昧なまろみのある響きと重ねあわされる時、昔の少し歪みのある厚ぼったいガラス戸を通して外を眺めたように、景色がよりくっきりと澄み渡り、世界がいきいきと息づいて、とてもいとおしく見えるように感じられる。よく出来た紙飛行機のようにすうーっと切ない軌跡を描くメロディもまた素敵だ。


Satomimagae / awa
無番号(http://satomimagae.under.jp)
Satomimagae(vocals,guitar,etc), Tomohiro Sakurai(guitar,backing vocal on 10 & 11), Yasushi Ishikawa(trumpet on14)
試聴:http://www.pastelrecords.com/SHOP/satomimagae_pl-803.html
   http://soundcloud.com/magae/
 女性SSWによる不思議な味わいの作品。荒削りでほとんど不器用ですらあるのに、それすらが新鮮な魅力となっている。基本的にはアコースティック・ギター弾き語りのフォークなのだが、効果音ともまた違った形で様々な楽器音や環境音、物音が加えられており、それが弾き語りの背景に並ぶのではなく、声とギターの間にしみこんで、すべてを薄暮のうちに渾然一体と溶かしていくように感じられる。ポータブル・カセット・テープ・レコーダーの内蔵マイクで録音した音を聴き返して、互いの話し声が周囲の物音に沈み、見分け難くひとつになってしまっているのに気付いたときのあの驚き(もちろん本作のこの手触りは録音だけによるものではない)。時に突き放したようにぶっきらぼうに放たれもする声が、そうしたサウンドに侵食されながら、強風に抗ってたどたどしくもしっかりと歩みを進めていく。70年代英国マイナー・フォークのようなマジックを感じる。

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ディスク・レヴュー | 22:10:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
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