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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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韓国珈琲事情  My Coffee Story in Seoul,Korea
 月光茶房店主の原田正夫さんが、ご自身のブログで韓国からの来店者について書いている(※)。冬のソウルに毎年通うようになって20年近く。その間に彼の地のコーヒー事情もかなり変化した。今回はそのことについて書いてみたい。しばらくヘヴィーなテーマが続いたし、まあ息抜きということで。
 ※http://timbre-and-tache.blogspot.jp/#!/2012/04/blog-post_26.html


1.韓国珈琲事情の激変

 かつて韓国を訪れた人は誰もが経験したことだろうが、20年近く前にはソウルでもリアル・コーヒーはほとんど飲めなかった(数少ない「飲めた場所」については後述)。あるのは色も味もとても薄い代用コーヒー的なもので、ヘーゼルナッツ・オイルの香りが付いている(コーヒー自体の香りもかなり薄い)。タバン(茶房)と呼ばれる喫茶店でコーヒーを注文して出てくるのは、ほぼ間違いなくこれだった。

 まのとのま「無敵のソウル」(初版1998年 スパイク)というマンガによる旅行案内本でも「コーヒーがまずい!!」、さらに「ソウルNo.1コーヒーは自動販売機。うすくない。コーヒーの味がする」と書かれている。自動販売機のコーヒーはインスタントだからか確かに味が違ったのを覚えている(普通のインスタント・コーヒーの味)。ちょっと面白いのは、2002年にアスペクトから出た「無敵のソウル」改訂版ではこのページが差し替えになっていて、何と「ありがとうカフェ・チェーン店」として、Starbucks, Segafredo等が紹介され、「最近のソウルでは普通のコーヒーが普通に飲めるようになった」と書いてのだ。なんという様変わり。しかしこれは本当のことで、ソウルコーヒー事情のあまりの激変ぶりに内容を書き換えざるを得なかったのだろう。

 もともとソウルはあっという間に店が入れ替わり、1年でニョキニョキと新しいビルが建ってしまうのだが、この頃のソウルの街へのカフェ・チェーン店はじめコーヒー・ショップの進出ぶりは凄まじかった。メイン・ストリートの鐘路(チョンノ)のあたりなど、かつてあったちょっといかがわしげなゲーム・センターがみんなつぶれて、片っ端からエスプレッソ・マシーンを入れたコーヒー・ショップになり、さらにテイク・アウト専門のコーヒー・スタンドも山のようにできた。比率的には今の東京のケータイ・ショップよりもずっと多いくらい。また次の年には、これが軒並み閉店して別の店になっていたりするのが、ソウルのスゴイところなのだが、しかし、この機会にStarbucksやAngels in us Coffee等のマシーン・コーヒーは確実に韓国に定着した。2007年に放映されて評判を呼んだTVドラマ「コーヒー・プリンス1号店」の下地は、この時につくられたと言っていいだろう。

 ただし、韓国の人たちがリアル・コーヒーをどこまで好きになったかは保留しておきたい。と言うのは、ソウルがカフェ・チェーン店だらけになっている頃、ソウルで現地の友人たちと食事し、その後、お茶を飲みに行ったら、それまではいつもタバンか伝統茶院(柚子茶とか生姜茶等を出すところ)だったのにStarbucksに案内され、びっくりしていたら「日本人はスターバックスのコーヒーが好きなんだろ」と言われたことがあるから。当時、彼らは私たち日本からの客人を慮って、自分たちはあまり好きではない出来立てのカフェ・チェーン店にわざわざ案内してくれたのだった。もっとも、その後、カフェ・ラテやマキアートみたいな飲み方は定着したみたいだけど。

 
まのとのま「無敵のソウル」(改訂版)

インサドン(仁寺洞)のスターバックス。
歴史的街並み保存のための規制で、
ハングル表記のみの看板になっている。
英語のロゴを掲げていない店舗は
世界でここだけという話(ホント?)。





2.「ハクリム(学林)」という居場

 ソウルでマシーン・コーヒー以外のコーヒー(たとえばハンド・ドリップ)が飲めるところはまだ多くないだろう。以前からずっと通っている老舗を紹介しておきたい。確かこの店を見つけたのは3回目のソウル行きぐらいだから、通い始めて15年くらいになるのだろうか。テハンノ(大学路)をぶらついていて、妻が「リアル・コーヒーを愛する人たちに‥」という貼り紙に気づいたのが、この店「ハクリム(学林=Hakrim)」との出会いだった。

 ここは何と1956年からやっている。もともとテハンノは、「大学路」の名の通り国立ソウル大学(東京大学に当たる)があったところ。ハクリムはソウル大学の番外教室と呼ばれるほど、学生や教授たちから愛されたようだ。その後、ソウル大学は大学病院等、一部施設だけを残し、郊外に移転してしまうが、今でも時々、ソウル大学の同窓生の集まりなんだろうなと思われる年配の一団が、奥のグループ席を占領していることがある(店主のおじさんもいっしょにかしこまって、元教授だったろうおじいさんの話を聞いていたりするのがオカシイ)。これは私の想像だが、リアル・コーヒーを飲む習慣を持ち込み、育てたのは、欧米に留学した教授たちなのではないだろうか。一杯のコーヒーが思考と対話を促し、成熟した文化を育む。

 店内の様子は写真をご覧いただくのがいいだろう。ソウルにファッショナブルなカフェは多いが、ここはあくまで伝統のオールド・スタイル。質素にしてシックな内装の「名曲喫茶」になっている。かけられるのはクラシックだけ。音量はBGMとしては大きめだが、別にかつての日本のジャズ喫茶のように「会話厳禁」ということはない。みんなたいてい3~4人で来て会話を楽しんでいる。オーディオも何回か入れ替わって、現在のスピーカーはクラシック・ファン永遠の憧れだった英国タンノイの同軸2ウェイ。アナログ・プレーヤーはずっとLINNのLP12。会計カウンターの後ろにLPコレクションが見えるが、今はCDがかかっていることが多いようだ。カラヤン、ショルティ、ジュリーニ、ポリーニ、アルゲリッチ等、店内に貼られたドイツ・グラモフォンのアーティストたちのポスターも、オールド・ファンには懐かしいだろう。

 店主のおじさんとはもうすっかり顔なじみになって、たまにサービスでコーヒーのおかわりを注いでくれたりする(アルバイトに任せて店にいない時もあるのが残念)。自家焙煎のブレンドの味も何回か変わったが、今はやや深めのローストで落ち着いているようだ。マシーンも入れてカフェ・ラテ等のエスブレッソ系メニューにも対応するようになったし、セラーを設置してワインも出すようになった。でも、やっぱり客の注文が多いのはハンド・ドリップで淹れたリアル・コーヒー。落ち着いた味わいのブレンドを飲みながら、クリスマスに向け電飾を施された街路樹を2階から眺め下ろしていると、ああ冬のソウルにまた来たんだなとしみじみ思う。キムジャン(キムチを漬け込む時期)とクリスマス準備で慌しい冬のソウルで、そこだけはゆったりとした時間の流れる、私にとってかけがえのない居場所のひとつである。


看板もオールド・スタイル。


中2階席への階段やポスターが見える


中央の照明の向こうにタンノイの姿が‥。


使い込まれたリンのアナログ・プレーヤー。


LPコレクションの下にアンプ類がある。
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韓国 | 14:36:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
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