■プロフィール

福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■リンク
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

ロル・コックスヒル追悼  Lol Coxhill RIP
 ロル・コックスヒルが2012年7月9日に亡くなったことを、Richard PinnellのブログThe Watchful Earの追悼記事で知った。1932年9月19日生まれだから79歳。謹んで冥福を祈りたい。
  


 彼のことについては、これまで何度か書いてきた。「ジャズ批評」誌のテナー・サックス特集、惜しまれつつ廃刊した「スタジオボイス」誌の1頁コラム「異端音楽人列伝」(当時、同誌の編集担当だった松山晋也氏に原稿依頼を受けて、同誌に初めて執筆した思い出の記事)、そしてアルカンジェロが国内発売したCD『コックスヒル・オン・オガン』のライナー・ノーツ。今回は追悼の意を込めて、彼について最初に書いた「ジャズ批評」誌掲載の原稿を再録しておきたい。

 その前に思い出話を少し。生前の彼には会ったこともなければ、ライヴ演奏を見たことすらないのだが、彼の演奏は好きでディスクは結構集めていた。ソプラノ・サックス奏者としてはスティーヴ・レイシー以上に好きかもしれない。
 もうだいぶ前のことになるが、とある日本のソプラノ/ソプラニーノ・サックス奏者から「レイシーの凄さ」について聞かされたことがある。彼によれば、そもそもソプラノ・サックスというのはレイシーが吹いているように飛び飛びの音程をすぱっすぱっと切れ味よく出せる楽器ではないのだとのこと。「即興がどうのという以前に、レイシーはまずそこが凄い」と言われた。確かに鉱物のかけらを思わせる硬質な輪郭をたたえたレイシーの音色に比べると、コックスヒルのサウンドは何というか口ごもるようにくちゃくちゃとしている。レイシーの描線が鋭く彫り込まれた銅版のエングレーヴィングだとすれば、コックスヒルの軌跡はドライポイントの版面をぐりぐりと引っ掻き回したように見える。あるいは筆触だけを頼りに、暗闇でペンを走らせたようなサイ・トゥオンブリのドローイングを思い浮かべてもよいかもしれない。けれど、そうした「解像度の低さ」が固有の語り口へと高められているのが、コックスヒルの味わいだと思う。古今亭志ん生の語りには「ふら」があると称されたが、そんな感じ。そこがまた禿げ頭のいなせな職人を思わせる彼の風貌ともよく似合っている(レイシーの哲学者/求道者的佇まいとの鮮やかな対比)。

 ライナーを執筆した『コックスヒル・オン・オガン』はフリー・インプロヴィゼーション系の作品なのだが、彼の音楽世界の全体(もちろん私の知る範囲においてだが)をぐるりと眺め渡した時に、そこが彼の特質が一番発揮された領域だとは必ずしも思わない。50年代の英国ジャズ草創期から、ビバップはもちろん、ラテン・ジャズ、ソウル、ファンク、ブルース等を自在に吹きまくり、クラブをはしごして仕事していた彼は、ラジオから流れるポップスや道端のパブで奏される軽音楽が本当に好きだったんだろうと思う。デヴィッド・トゥープ、スティーヴ・ベレスフォードら、はるか年下のフリー・ミュージック界の「アンファン・テリブル」たちと摩訶不思議なパーティ・バンド〈ザ・プロムネーダーズ〉を組んで、童謡からロックまでポップス・メドレーを演奏してみせた(全編、彼がリードを取って吹きっ放し)のは、決して実験や諧謔のためではなかったろう。ちなみに、なぜかこのバンドは全員が変名で参加していて、彼はロクスホーン・ロンドーと名乗っている(フランス貴族かって)。

 「飄々とした」というのは、おそらく彼の演奏/音楽性を形容するキーワードになる語だと思うのだが、ここでひとつ注意しておきたいのは、「飄々」性が本来的に有している一定の距離を置いた醒めた傍観者性のままに枯淡の境地に至ってしまうことは、彼の場合、決してなかったということである(彼の「枯れ具合」を高く評価する向きもあるだろうが)。彼の演奏/音楽性の切っ先は、いつだって音楽が熱く息づき溢れ出す核心に届いていた。
 その一例として挙げたいのは、英国キャロライン・レーベルからリリースされた彼のソロ名義の作品『ウェルフェア・ステート』である(Lol Coxhill『Welfare State』(Caroline Records C1514))。もともと「ウェルフェア・ステート」とは英国の劇団の名前で(かつて利賀演劇祭で来日したこともある)、コックスヒルがその音楽監督を務めたことから、この作品が制作された。表及び裏ジャケット、さらには付属のポスターには劇団の公演の様子をとらえたスナップショットが散りばめられており、それを見るとフェイス・ペインティングをしたブラス・バンドが街頭を練り歩き、巨大な藁人形が野外で燃やされるといった、民衆文化の基層から汲み上げた豊かな想像力をサーカス的な身体を通じて解き放つパフォーマンスが実に楽しそうだ。
 アルバムの冒頭、いかにも英国の片田舎という田園風景を背景に、コックスヒルのソプラノがまるで鼻歌のような気楽さで滑り出す。むしろクラリネットのようなオールドタイミーな温もりとふくらみのある豊かな抑揚をたたえたラインが、ふと急流に差し掛かって舌がもつれるようにサウンドが泡立ち、そこを抜けると視界がすっと晴れ渡って管のアンサンブルが姿を現す。突然、人数が増えたように感じられ、演奏が熱く息づき踊り出す。思わず「いま音楽が生まれた」と言いたくなる瞬間だ。ディキシーランド・ジャズがニューオリンズの紅灯街ではなく、英国の片田舎の田園地帯、ひなびた水車小屋のある小川のほとりに生れ落ちたという風情。ブラスの咆哮に木管の声音が、重々しい足取りに軽快なギャロップが、ぶかぶかしたチューバの低音にテニス・ボールのように弾むチェロの中低域が取って代わる。サイズこそエコノミックに縮小しながら、そこに秘められた熱さにはぴりりと胡椒が効いている。「指人形のスペクタクル」とでも言おうか。

 ついでに彼の作品からお気に入りを5枚選ぶとしよう。まずはやはり彼のソロ名義の初作『イアー・オヴ・ビホルダー』。彼のすべてがオモチャの缶詰のようにぎっしりと詰まっている。次いで先に挙げた『ウェルフェア・ステート』。ライナーを再録した『コックスヒル・オン・オガン』もインプロヴィゼーション系と敬遠されそうだが、ノン・イディオマティックな点描主義や互いの手の内の探りあいに陥ることなく吹きまくりながら、どこまでも果てしなくズレていく彼を聴くことができる。80年代後半から90年代前半を過ごした仏ナトー・レーベルからは、あえて(それなりに)有名なメロディ・フォー系ではなく『カフェ・ド・ラ・プラス』を。アコーディオンとの洒脱な辛みが楽しい。最後はモーガン・フィッシャーと組んだ『スロー・ミュージック』。コックスヒルはエコー・マシーンを用いたソロを初期から行っているのだが、ここまでアンビエントに徹したものはない(ただし主導権はフィッシャーにある)。この作品の素晴らしさはかえって現在の方がわかるのではないか。薄暗く落ち着いた涼しさと滑らかさは、上等な吉野葛を用いた和菓子のようだ。

    
    『Ear of Beholder』        『Welfare State』         『Coxill on Ogun』       『Cafe De La Place』        『Slow music』

 最後にオマケを1枚。ディヴ・ホランド(pf)、コリン・ウッド(vc)と組んだジョニー・ロンド・トリオのシングル盤。ホランドのデュオはFMPからLPリリースされているだが、ここではあのようにフリーに流れず、パブ向け軽音楽一直線。こうした音楽はホール・ワールドの同僚デヴィッド・ベッドフォード(pf)と『イアー・オヴ・ビホルダー』でも演っているし、同じくベッドフォードいっしょに、ケヴィン・エアーズのライヴ・ショー『バナナ・フォリーズ』でも披露している。いずれにしても英国下町系。


    Jonny Rond Trio



 14歳の時、パーカー、ガレスピー、サラ・ヴォーンによる「ラヴァー・マン」を聴いてジャズに目覚めたというコックスヒルは、1940年代後半から幾つものクラブ・バンドを渡り歩いてジャズ、アフロ・キューバン、ソウル、ファンク、ブルース等、様々な種類の音楽を演奏してきた。68年に「デリヴァリー」に加入。プログレ人脈カンタベリー・ツリーに関わりを持つようになる。その後、ケヴィン・エアーズのグループ「ホール・ワールド」に参加。そこでの同僚デヴィッド・ベッドフォードらの助けを借りて初ソロ作『イアー・オヴ・ビホルダー』を録音。この時点ですでに50年代から手を染めていたというソロ・インプロヴィゼーションをはじめ、環境音を背景とした野外録音、ピアノ伴奏付きの陳腐な俗謡、エコー・マシーンを用いた一人多重的演奏、自身による語り、ブラジル音楽、子どもたちの歌‥‥と、後の彼の活動の原型がすべて出揃っていることは注目に値する。彼のパブ・ミューザックと古き佳き時代のマイナー・ジャズへの偏愛は、常に彼の音楽にどこかノスタルジックでユーモラスな調子を与えているが、彼の演奏がそれゆえに追憶の中に自閉してしまうことがないのは、先に見たように彼のつくりだす音が多様な「夾雑物」に対して開かれ、「異物」によって侵されるヴァルネラブルな存在であるからだ。そこに働いているのは一種生理的な〈OFF〉感覚とでも言うべきものだ。
 微かにかすれ空間的な隙間をはらんだ牧歌的な音色〈OFF〉。その音色の佇まいそのままにゆったりと中空を旋回し続け、決して高みを目指すことなく、むしろその都度ピッチを踏み外していくようなフレージング〈OFF〉。彼の語り口は、鋭いエッジによって空間を切り開き、急速に昇り詰めるレイシー〈ON〉の対極にある。あるいはデレク・ベイリーによる「カンパニー」〈ON〉に参加し、またデヴィッド・トゥープ、スティーヴ・ベレスフォードといった過激な偶像破壊者〈ON〉と活動を共にしながら、どこか一歩外れて傍らにポツンと一人ぼっちで立っている〈OFF〉‥。こうした〈OFF〉感覚こそが、彼の活動の夢見るような多様さを支える強靭な「偏心軸」なのだ。
※「ジャズ」批評71号(1991年)から再録。


最後に画像のオマケ。
Lol Coxhill『Toverbal Sweet』
スポンサーサイト


音楽情報 | 21:46:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad