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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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兆候から確信へ-「タダマス7」レヴュー  A Sign Turns to a Conviction-Review for "TADA-MASU 7"
 10月21日(日)に綜合藝術茶房「喫茶茶会記」で開催された第7回四谷音盤茶会(「タダマス7」)についてリポートしたい。事前に選盤担当の益子博之から「ストレート・アヘッドなジャズが多くなる」旨のメッセージが発信されていたが、決してそのようなことはなく、いつも通り、いやいつも以上に益子や多田雅範が評価する演奏、いま聴きたい演奏が選ばれていたように思う。そうでありながら、そこに何らかの兆候が共通して浮かび上がってくることが、演奏者間の、そして演奏者と聴取者の不思議な同期を示しているのだ。
例によって、当日の全体の流れを追うのではなく、私が注目した演奏や発言に的を絞って論を進めることとしたい。なお、当日のプレイリストについては、※のURLを参照のこと。
※http://gekkasha.jugem.jp/?cid=43767
 また、多田雅範が自身のブログで当日の展開を振り返っているので、こちらもぜひ参照していただきたい(*)。
*http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20121022


 以前にもTzadikからの作品が採りあげられていたJeremiah Cymermanだが、多田の激賞にもかかわらず、私にはいまひとつピンと来なかった。それに比べるとこの『Purification/Dissolution』は彼のやりたいことがよくわかる。マイクロ・ファンドを活用しての自主制作ということで、様々なプロデュース上の制約が取り払われたことがプラスに作用しているのだろうか。クラリネットの郷愁を誘う牧歌的な響きは次第に輪郭をおぼろにして、たなびくエレクトロニクスの薄暮の中に溶け込みながら、微風にひらひらと舞う。付け加えられたガサガサとした物音が、クラリネットとエレクトロニクスの溶け合った平らかな静謐さを際立てる。

 『Purification/Dissolution』

 続いてかけられたEyvind Kang『Grass』も、前作の繊細さを引き継ぐ。3台の弦楽器によるトリオにおいて、弦のかすれたフラジオのユニゾンが倍音を折り重ね、弦のピチカートの起伏を受け入れる。彼は韓国系アイスランド人なのだそうだが、かすれた音色の強度とピチカートのいったん沈み込んでから立ち上がるような「たわみ」は、韓国伝統楽器ヘーグムとカヤグム(あるいはアジェン)の共演を思わせるところがある(さすがに「たわみ」の幅は随分小さいが)。一方、弦の水平な響きが倍音を澄み渡らせ、弦を叩く刻みが次第に速くなっていく場面は、むしろ雅楽を思わせる。響きの皮膚の触れ合いを通じたアンサンブルの感覚。こうした「感じ」は、Paradoxical Frog『Union』でIngrid LaubrockのサックスにTyshawn Soreyのメロディカが寄り添い、互いに響きをすり合わせながら水平にたなびく中に、Kris Davisによるピアノの内部奏法がひっかき傷をつけていく場面でもやはり感じ取れたし、Hafez Modirzadeh『Post-Chromodal Out!』におけるアルト・サックスとトランペットの「粘膜をこすり合わせるような」オーネット的並走にも聴き取ることができた。
    
      『Grass』                 『Union』         『Post-Chromodal Out!』

 対してAlexandra Grimal『Andromeda』では、冒頭、Grimalがサックスでテーマを提示していったん退場した後の、Ted Neufeld(g), Thomas Morgan(b), Tyshawn Sorey(dr)の残り三者の絡みでは、より緊密さを増したほとんどテレパシックな交感を聴くことができた。音の身体が触れ合う以前に、匂いや気配を敏感に感じ取って瞬時に反応を返し合う。それらの音は極端に切り詰められており、決して空間を充満させることがない。眼前で鋭く立ち上がり、あるいは遠くでかそけく鳴り響きながら、彼らは淡く希薄化した音の消え際をこそ触れ合わせ、重ね合わせて、透明水彩絵具が滲むように溶け合わせることを目指しているように感じられる。空間/距離を介する中で、希薄化し、ぼろぼろの穴だらけになり、沈黙のざわめきに滲み込むことでひとつになるアンサンブル。多田がTPTトリオの来日公演に聴き取ったのもこうした気配のやり取り/速度ではなかったか。そうした気配はリーダーのGrimalが戻ってくると霧散してしまうのだが。

     『Andromeda』

 最後に急逝した是安則克への追悼のため、加藤崇之/是安則克/山崎比呂志『Trio 1997』からの1曲が番外としてかけられた。ギターが幾層にも積み重なりながらきらめく彼方で、パーカッションが静かにたなびき、アルコ・ベースが力強く線を彫り刻んでいく。小口径のモニターを用いたがゆえの制作時のモニタリング・ミス(低音の肥大化)ではないかと疑念を抱かせるほどに、是安のアルコは大きく強く、深々とした響きを掘り進む。貴重な人材を失った喪失感とともに、この演奏は15年の歳月を越えて、いま、この流れの中で聴くべきものにほかならないとの確信もまた私の心中に芽生えたことを記しておこう。

     『Trio 1997』
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 10:28:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
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