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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ディスク・レヴュー 2012年7月~9月②  Disk Review Jul. to Sep. 2012 vol.2
 2012年第3四半期ディク・レヴューの第2回は、前回と同じく即興演奏の分野から作品を採りあげる。両者の違いは、前回の作品群が各演奏者の放つ音響の混成体がひとつの場/広がりをつくりだし、これが変容されていくプロセスを主とした「音場型」であるのに対し、今回の作品群ではより個々の演奏者に焦点が当たり、開かれた空間の中に音像が点在し、それらの絡み合いとして演奏をとらえ得る「音像型」であることに求められよう。前者を「音響派」以降のニュー・スタイル、後者をそれ以前のオールド・スタイルととらえる向きもあるが(後者を「ポスト・ウェーベルン的」とひとくくりに批判するRadu Malfattiはそのひとりである)、それは随分と乱暴な「世代論」と言うべきだろう。フリー・インプロヴィゼーションの黎明期から、Derek Bailey, Hugh Davies, AMM, Gruppo di Improvvisatione uova Consonanza等、前者の方向性で探求を進めていた演奏者たちがおり(フリー・ミュージックは最初から音響を取り扱っていた)、また、今回の選出作品でも、Another TimbreやCreative Sources等、基本的に前者の方向性を示すレーベルから、前者の世代の演奏者たちによる、後者の枠組みでとらえるべき作品(特に『Nie』や『Outwash』)がリリースされているからである。
 さて、それでは個々の作品を具体的に見ていくとしよう。


Great Waitress / Lucid
Splitrec 22
Magda Mayas(piano), Monika Brooks(accordion), Laura Altman(clarinet)
試聴:http://soundcloud.com/magdamayas/great-waitress-grain
 凍りついたように引き締まった輪郭を有するピアノの打弦。クラリネットがもたらす息の流れ、かすれ、よどみ、軋み。そのさらに底流で揺らめき、超低域を吹き抜け、ふと浮かび上がるアコーディオンに込められたふいごの吐息の奔流。この演奏は、三人の演奏者が、各々明確なヴォイスと鮮明な音像を確立するところから始まっている。それゆえかこの演奏は、空間を共有し、音色を溶け合わせるアンサンブルよりも、各々がスクリーンに異なる形象を映し出す影絵の世界を思わせる(投射される音響の一断面)。ロウソクの炎の揺らぎとともに、かたちも伸び縮みし息づいて、音の輪郭をおぼろに、あるいはくっきりと跡づける。音は加速度的に細密さを増しながら、弦の鈍いきらめきとリードの微細な震えと蛇腹による唇の端からこぼれ落ちるかすかな吐息は、見分け難くひとつになろうとする。そこにはほとんどエレクトロニックな音像と音色の変化があるが、それでもなお、絡まり、もつれ、敷き重ねられた音色の向こうには、依然として別の景色を透かし見ることができる。演奏が進むにつれ、巻紙を解くように次第に音色の全容を明らかにしていく演奏の推移には、不思議と二人が向かい合う対面の構図を見ることができない。


Ernesto Rodorigues, Christine Abdelnour, Axel Dorner / Nie
Creative Sources CS203CD
Ernesto Rodorigues(viola), Christine Abdelnour(alto saxophone), Axel Dorner(trumpet)
試聴:http://www.ftarri.com/cdshop/goods/creativesources/cs-203.html
 希薄な音色の軽やかな重ね合わせの中から、〈言語〉的なものが再びつくりだされようとしている。2本の管の息音のコントロールには、音同士の触覚にのみ特化した盲いたあり方だけではなく、コール&レスポンス的な明滅を通じて、〈言語〉的なものをやりとりする過程を感じ取ることができる。ここで息音(げんにる無声音を含む)は、各楽器の音色が分化してくる以前の原初的な基底と位置づけられているのではないか。個々人の表現を超えた無名性や世界の生成してくるざわめきに身を沈めていくのではなく、かつてフリー・インプロヴィゼーションがイディオム化され得ない要素として、音になりきらぬ断片や楽器音の周縁領域、さらには弾き間違え等の「失敗した発声・発音」に着目/注目したように。その結果、彼らは1周巡って『Company 1』の瑞々しい自由闊達さに再びたどり着いているように見える。彼らはもはやリダクショニズムにより音を削り痩せ細らせたり、希薄な響きのかげに身を潜めることに執着しようとはしない。彼らは演奏の場に(不用意に)身をさらしながら、同時に同じ空間に入れられた複数の身体間の強迫的反応(アクションのとめどもない反射/連鎖)を離れ、エレクトロ・アコースティックな入り組んだ精妙さやフィールドレコーディングの尽きることのない多様性の方に歩みを進めていく。


Frantz Loriot, Hughues Vincent / Bobun "Suite pour machines a meche"
Creative Sources CS215CD
Frantz Loriot(viola,objects), Hughues Vincent(cello,objects)
試聴:http://soundcloud.com/bobun-1
 中空で溶け合っていた弦の響きは、やがてより一層張り詰めて天高く昇り詰めていく高弦と暗闇にとぐろを巻き深い呼吸を繰り返す低弦のうなりへとはっきりと分裂していく。二極分解していた音は、しばらくしてチェロがフラジオに転じ、自らを細かく刻んでいくにつれ、再び見分け難くひとつに混じり合い、かさかさとした乾いた震えの集積に至る。
 ここで二人の踊り手は、様々な音具を用いて、弦からありとあらゆる音色の可能性を引き出そうとする。したたかに打ちのめされ歪んだ悲鳴をあげ、あるいは限界まで引き絞られ声にならない呻きを漏らす。サキソフォンの息音、バス・ドラムの深々とした鳴り、膨らませたヴィニール風船をこするギュッギュッという摩擦音、トランペットのざらざらとかすれた吐息、ハーモニカの人懐っこい温もり、古びた織機の動作音‥‥。あるいは考えられる限りの運動と体勢を。急に走り出し、つんのめるように立ち止まり、爪先で伸び上がり、床に伏して、転げまわり、激しく首を手足を痙攣させ、全身を硬直させ、倒れ込み、何事もなかったように歩き出す‥‥。そのようにして連続的にメタモルフォーゼを引き起こしながら、二人は決して〈弦楽器奏者であること〉をやめようとしない。あるいは〈二人〉であることも。


Angharad Davies, Tisha Mukarji, Dimitra Lazaridou-Chatzigoga / Outwash
Another Timbre at51
Angharad Davies(violin), Tisha Mukarji(piano), Dimitra Lazaridou-Chatzigoga(zither)
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=S6m618N7Mzc
   http://www.ftarri.com/cdshop/goods/anothertimbre/at-51.html
 空間に離れ離れに点在する三つの発音体の明滅。寒々とかすれたヴァイオリンのひと弓も、ピアノの冷ややかに重くくぐもった打鍵も、チターの一瞬のきらめきも蜘蛛の糸を思わせる細く銀色の振動も、すぐに暗闇に吸い込まれてしまう。重なり合うことのない、行き交いすれ違うだけのアンサンブルは、徹底した三者の間の切断/孤立を前提としている。充満や混交状態とは無縁な、あらかじめ分離されたものの間の交通。はるばると距離を渡っていく音の歩みが、互いを隔てる空気の層の厚みを明らかにする。苔むす庭に設えられた鹿おどしの点景。自らの上に折り重なり、高さを増して、ゆらゆらと揺れる響きの塔。離れて呼び交わす音は、眼を細め、耳を凝らし、音の軌跡の残像を浮かび上がらせることなくしては、テクスチャーを織り成すに至らない。演奏が進むにつれ、各演奏者の放つ音はますます研ぎ澄まされ、輪郭を鋭く鮮明にしながら、ちっぽけな明かりで広大な空間をうっすらと照らし出し、細心の注意を払ってあえかな手触りとともに浮かび上がらせる。それこそが演奏の核心であるというように。


Culture of Un / Moonish
Bocian Records bc12
Chris Abrahams(piano), David Brown(prepared acoustic guitar, prepared semi-acoustic guitar)
試聴:http://www.bocianrecords.com/releases.html
 楽器に対するプリペアド操作は、通常、音具の挿入により新たな音色を付加することを目指すが、ここではむしろギターを裸に剥いていく趣がある。たわみ、弾き絞られ、激しく微細な弦の震えが生々しく螺旋状にねじれながら空間に解き放たれる。これは内部奏法を駆使したピアノについても同様である。優美な曲線を備えた筐体を打ち壊され、剥き出しにされた厳つい鋼線や恐竜の骨格のような金属フレーム。蓋をはぎ取られ、風雨にさらされて骨のように白くなった鍵盤。もはや廃墟と化した打弦やペダリングの機構。かくも剥き出しであるがゆえに、音はより冷ややかに即物的強度を増して、眼前でビリビリと震え、空間を深く掘り刻む。
 ここで繰り広げられている二人の交感は、まさにこの音を剥き出しにし、空間を深く掘り刻む身振りの共通性を基盤としている。それゆえ音は自ら散乱し、ワシリー・カンディンスキーを思わせる抽象的/幾何学的/重工業的な軌跡を描きながら、きっぱりとした明暗の対比をかたちづくる。


Henry Threadgill Zooid / Tomorrow Sunny/The Revelry.Spp
Pi Recordings PI43
Henry Threadgill(flute.bass flute,alto saxophone),Liberty Ellman(guitar),Jose Davila(trombone,tuba),Christopher Hoffman(cello),Stomu Takeishi(bass guitar),Elliot Humberto Kavee(drums)
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=NgGj-UcCBns
 Henry Threadgillの弛むことのない探求にも、ようやく完成が近づいているのではないかと思わせる傑作。遊園地のメリー・ゴーラウンドのように異なる速度で巡り続ける幾重にも重ねられた円環を思わせる演奏は、色鮮やかな組紐細工が、回転しながら新たな編み目を次々に露にしていくような印象を与える。マルチ・リードをフロントとして、最後尾をドラムスが押したて、中盤でギター、チェロ、ベース・ギター、チューバが対称形に絡む陣形は、より完成度を高めてひとつとなり、ヨハン・クライフ流のトータル・フットボールを達成している。ここで目指されているのは「中心なき流動」であり、各楽器は常に運動/移動し続けながら、オーヴァーラップにより配置を交換し、軌跡を推移させ、次々とスペースを生み出しながら、それを有効に活用していく。要素の入れ替わりが構造の組み換えを促す動的平衡。グループに参加している武石務が「禁則がいっぱいある」と語っていたと益子博之が以前紹介していたが、おそらくそれらの「禁則」がローカルな視界に基づいて演奏する個々の演奏者を全体として統御し、野放図な散乱や団子状の停滞、密集による自閉等を遠ざけ、あたかも全員が俯瞰的な「鳥の眼」を持っているかのように滑らかに変遷することを可能にしているのだろう。


Jean Dubuffet / Experiences Musicales de Jean Dubuffet (Ⅱ)
Rumpsti Pumsti(Musik) Edition Nummer 13
試聴:http://www.meditations.jp/index.php?main_page=product_music_info&products_id=9374
 ジャン・デュビュッフェが音楽演奏の録音を試みた期間は1960年から61年、1972年から74年と非常に短く、前者の記録として6枚の10インチ盤が残されている。すでにその中から9曲分の音源がCD化されていたが、今回、残りの音源11曲分が2枚組CDとして復刻された。もともと私は彼の演奏と『Musique Brut』なるタイム・レーベルからのリリースを模した海賊盤LPで出会い、そのあまりにも無垢な残酷さの強度に魅せられていた。今回の盤に収められた演奏を聴いても、その印象は変わらない。ピアノの鍵盤や民族楽器の上を、疲れを知らず騒々しく走り回る身体は、幼児が熱中する、ものに触れ、叩き、ついにはそれを破壊してしまう〈遊戯〉そのものである。さらにここにはテープによるひとり多重録音が施されているのだが、そこには触覚的なものの噴出だけではなく、同時に驚きに満ちた聴覚的な発見がある。発する音から耳をそむけ、加速するアクションの連鎖に埋没してしまうことなく、そこにアンチ・オイディプス的な去勢されない野生の音を見出し、さらに増殖させる強靭な耳が。アール・ブリュットから連想されるような空間恐怖による充満はなく、音はあくまで無垢に、そして残酷に重ね描きされ、乾いた風が吹き抜けるように、熱量だけを残して走り去っていく。



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ディスク・レヴュー | 20:59:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
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