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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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Hideki Umezawa - 「Studying of Sonic」のもたらした素晴らしき出会い2  Hideki Umezawa - "Studying of Sonic" Brought Me Wonderful Encounters Volume 2
 「Studying of Sonic」当日、聴衆のひとりから1枚の写真の貼付けられた横長の紙製パッケージを手渡された。見ればWinds Measureからリリースされたばかりの『v-p v-f is v-n 203』である。すぐに立ち去ろうとする贈り主に名前を尋ねると、mOARからのフィールドレコーディング作品『Suido-Kan』等で知られるHideki Umezawaであった。こうしてアーティストと直接交流できるのも、イヴェント参加の醍醐味のひとつである。今回は彼の作品も収録された、注目すべきこのコンピレーションについて書いてみたい。


 『v-p v-f is v-n 203』はサウンド・アーティストBen Owenの運営するWinds Measure Recordingsからリリースされている、事後に加工を施さないフィールドレコーディングのコンピレーション・シリーズ『v-p v-f is v-n』の第3作目となる。前2作がそれぞれ7インチ盤、カセット・テープで、いずれも1分前後のトラックを収録したものであるのに対し、今回はCD-R2枚組の体裁で、収録時間も長いものは10分以上に及ぶ。

 とりあえず冒頭のDaniel Blinkhorn"Coral-Cnidaria"を聴いてみよう。14分30秒のこの作品では、手前にざらざらとしたミクロな破裂音が持続し、その奥に柔らかな丸みを帯びた水音が響き、時折奥からくぐもった声がする。呼吸音と思われる中低域の摩擦音が聞こえることとタイトルから、スキン・ダイヴィングによる水中録音であることが予想される。水音のゆるゆるとかき混ぜるようなとろんとした粘りもそのせいかもしれない。しかし、手前にあって微細な刺を持つ破裂音の輪郭の硬さの印象が強く、サウンドスケープの全体が見通しのある視覚イメージへと像を結ぶことはない。音風景として立ち上がってこないのだ。
 こうした視覚的イメージの獲得不可能性は、実はこのコンピレーション全体に共通した性格である。続くMartin Clarke「Gate」ではマイクロフォンの「吹かれ」を伴う風の音が示され、さらにそこに幾つかの特定の音程(音量と倍音が不規則に変化する)のパンパイプのような鳴りが加わる。何か管状のものが風に吹かれて共鳴していることが推定されるが、やはりパースペクティヴは浮かばない。またRenato Rinaldi「Aqve」ではやや距離を置いて泡立つ水音(流れ落ちる流水のたてる響きだろうか)が生々しく立ち現れ、それをリズミックかつハーモニックな響きの広がりが包み込む。トンネル状の水路の空間に水音が反響しているのかとも思うが、やはり視覚イメージが結ぶことはない。

 私たちはオーケストラやジャズ・コンボの演奏を通常は風景として聴かない。それは「風景」よりもはるかに強い結びつきが、空間に放たれる響きやあるいは音の発生源の間に感じ取れるからにほかならない。そうした発生的な統一性
ないしは意図的な統御が感じられず、それでも空間内に分離を認識できる複数のレイヤーが重なり合っている時、私たちはそこに相貌的なものを認め得るならば、風景としてとらえることができる。それゆえ演奏も風景と感じられる、いや風景としてしかとらえられないことがある。ここで風景とは、単一の起源へと送り返すことのできない眺めと言えるだろうか。

 そうした「認識装置としての風景」を裏切るようなものとして、ここでのサウンドスケープはある。ここでポイントとなるのは、これらの音が共通して事後の加工を施されていないという点だ。アーティストたちは選び取った何かにマイクロフォンを向け、録音された音源から一定の持続を切り取る。ということはそこには何らかの眺め、サウンドに正確に対応する視覚イメージがあったはずだが、それは各部分から推測し、積み上げることはできても、ひとまとまりの像として浮かぶことはない。
 もし作品化のための事後的な加工による再構築がなされていれば、逆にそのことを手がかりとして、起源を、あるいは目指すべき作品像をとらえることができるだろう。だがここにそのような道筋は与えられていない。

 視覚イメージが与えられないのは、録音/再生プロセスが不完全だからだと主張する者もいるかもしれない。たとえば録音者がセットしたマイクロフォン越しに対象にカメラを向けたならば、サウンドスケープに正確に対応した眺めをとらえることができたはずだ。写真のような明確な輪郭を持った像をとらえられないのは、録音/再生プロセスの不完全さのせいなのだ‥と。だが、そうした考え方は、写真が私たちの見る世界を正確にとらえるものとの盲信の上に成り立っている。実際にはそうではない。私たちの視覚と異なり、中枢神経系を持たない機械であるカメラは、レンズがとらえた瞬間の光をそのまま画像(データ)として定着させてしまう。その結果、時として何が映っているのか定かではない写真が出来上がる。
 パッケージに貼付けられた1枚の写真を見てみよう。それは映っている各点景から、工事中の港湾エリアとたちどころにとらえることができる。だが、一見何の変哲もない写真に見えて、巧妙にホリゾントを覆い隠され、中景を欠いた風景は奥行きが不分明で、三次元的なパークペスティヴの構築を簡単に許さない。映っている各事物の実際の大きさを推し量り、見かけの大きさから距離を割り当てる以外に遠近を判断する術はない。かくして風景は手前のフェンスの向こう側に、一枚のボードに描かれた背景を設置したように見えてしまう。
 こうした危うさを視覚は無意識に排除する。それは必要なものしか見ようとしない。それは聴覚も同じことだ。それを不完全と呼ぶのが正しくないことは明らかだろう。写真は視覚と、録音は聴覚と、決定的に異なる世界を提示するというだけのことだ。

 このコンピレーションの収録作品において、そうした判別し難さはもっぱら近接性(断片の切り取り)や発音体(音の点景)の錯綜によってもたらされる。「夜行列車」と題されたEric La Casaの作品では、どのようにして走行音をとらえているのだろうか、航空機の飛行音に似た持続に繊細な虫の音がかぶさり、また同様に列車を題材としたAlan Courtisの作品では多様な周波数成分を含む線路の鳴り(それゆえフィルターで少し絞ったホワイト・ノイズのように聴こえる)とおぼしき音が視界の多くを占めることにより、共に薄膜を張り巡らせたような判別し難い音の層の重なりが現れる。Simon Whetnam「エストニアの湿地帯」では多くの獣や鳥の鳴き声やその動きがたてる水音、さらには虫の羽音の交錯が、Patrick Farmer「Coed-Y-Dinas」では海鳥の鳴き声の高密度な集合的充満がやはり見通し難い錯綜/混濁を提示する。

 このコンピレーション中で最も端的にパースペティヴを展開しているのが、周囲の風景を次々に口述していくJason Kahnの語りである(ちなみに語りの背景音からは何も読み取れない)というのは、手の込んだジョークというより、「テクノ画像はその外の世界ではなく、テクストを指し示す」というヴィレム・フルッサー「写真の哲学のために」のテーゼの正しさ(いまやキットラーやボルツの前に時代遅れと言われているようだが)を示すものではないだろうか。

 最後にHideki Umezawaの作品を見てみよう。冒頭の海鳥の鳴き声の交錯にも似た一瞬の不定形な錯綜は、すぐに明確な輪郭を備え、甲高い金属質の打撃音が次第に速度を上げながら打ち鳴らされる様とこれと並走する微細な唸りや軋みをかたちづくる。それらが瞬間の機械音に切断された後、再び、先の金属質の打撃音が幾分トーンを変え、不明瞭な低域の揺らめきを伴って舞い戻る。2分強の短いトラック。「Oil Stove」とのタイトルが指し示すように、彼によればこれは古い石油ストーブの音であるという。だとすれば先ほどの打撃音は熱により次第に膨張していく金属部分の鳴りであり、これに共振/共鳴する各部の鳴りが付帯し、さらにストーブの操作により炎の揺らめき(燃焼音)が後から付け加わったということなのだろう。そういえばこうしたカンカンとした響きは、旧式のストーブに共通する響きとして懐かしく耳に残っている。だがやはりこの生々しいサウンドの現前を、そうした記憶や産出原理の理解に解消することはできない。またすべきでもない。



Fieldrecording Compilation『v-p v-f is v-n 203』
Winds Measure Recordings wm30
Daniel Blinkhorn, Martin Clarke, Hideki Umezawa, Renato Rinaldi, Ben Owen, Jason Kahn, Jez Riley French, Eric La Casa, Sally Ann Mcintyre, Simon Whetham, Patrick Famer, Michael J. Schumacher, Alan Courtis, Lasse-Marc Riek
230枚限定
試聴:http://windsmeasurerecordings.net/catalog/wm30/index.html
   http://www.art-into-life.com/product/2866


Hideki Umezawa『Suido-Kan』
試聴:http://www.and-oar.org/moar_catalog_moar4.html
   https://soundcloud.com/experimedia/hideki-umezawa-suido-kan-album

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ディスク・レヴュー | 19:24:04 | トラックバック(0) | コメント(0)
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