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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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名古屋スキヴィアス③ - 『写真亡命論』:虹釜太郎のワンダーランドへのイントロダクションとして  Scivias in Nagoya vol.3 - “Photgraph Asylum Theory” As an Introduction to Taro Nijikama's Wonderland
 だがそれにしても『写真亡命論』とは何と魅力的な、想像力を喚起する表題であることか。それだけで様々なイメージがふくらみ、思考が走り出す。ピレネーの山道を急ぐヴァルター・ベンヤミンの黒いカバンの底には幾葉の写真が収められていたのか。彼の自死後、それらの写真はどうなったのか。国境を越え、後も振り返らずに遠く異郷へと旅立つ時、携えた写真は切り取られた一瞬の現実から、よみがえる記憶の一場面へと生まれかわり、逃れがたいトラウマは甘やかな思い出へと変容し、すりきれてセピア色に褪色してもなお(いやそれゆえにこそ)胸を焦がすノスタルジアの源泉となって、時に人の運命すら左右する。写真が暖かく安らいだ家庭のアルバムに収められている限りは起こらないことだ。ロラン・バルトは晩年の著作『明るい部屋』で、幼き日の母親の写真に「かつてあった」というかけがえのない真実を見出す。そこで彼は、かつて様々な文化/テクストを相手に鋭利なメスを振るった記号論者とは明らかに異なる姿で現れ、いまここから押し留めようもなく逃れだす時間に、あられもなく耽溺している。それはまさに年老いた「亡命者」の視点ではないか。

 虹釜は次のように語り始める。

 《フェイ・リチャーズの写真アーカイヴ》と《トニー・シュワルツのサウンド・アーカイヴ》を同時に参照することで、どんな発見があるか。
 〈移民と写真〉(スーザン・マイセラス)と〈移民と録音〉(トニー・シュワルツ)。

                          【虹釜太郎『写真亡命論』】

 これらの言葉は小野洋子のパフォーマンス・アート作品に示される簡潔なインストラクションのように響く。実際、それらは読み手への呼びかけ、更なる思考へと誘う課題の投げかけなのだ。だが、彼は自らその問いに答えようとはせず、次なる問いへと歩みを進める。

 1 偶然に遭遇する聴き方
 2 断片について触れる聴き方
 3 ある抽象的な概念をみる聴き方
 4 ただ生成と時間をそこに感じる聴き方
 5 断片的で断片化された全体性の生成を感じる聴き方
 6 搾取してきたものを聴く
 7 ある一転に音を配置してあるその全体を聴く
 8 麻痺していくのを前提とする聴き方
 9 無音を聴く
 10 沈黙に向うのだがそこで静かに抽出されるものを静かに観察する聴き方

                                    【同前】

 さらに彼は自ら案出した魅惑的な音楽/音響概念「ディストピアアンビエント」(私もたちまちのうちにそのイマジネーション豊かな可能性に深く魅了された)について語り始める。

 もういまや誰もがディストピアアンビエントを聴かない。
 (中略)それは聴けば聴くほどわかりにくく拡散していく意識化に堆積するアンダーグラウンドリスニングのひとつだ。そこには当然、人間の耳では聴けない世界の音の数々や、人間の目では見ることのできないある微細な生命の代謝の際の光や、かつて地上には存在しなかった元素の予測できない変異を、聴くことは物理的にできなくても聴こうとしてしまう無意識の聴取がある。その無意識に堆積する音をとらえなおす前に、ディストピアアンビエント のリスニングにおいてなぜは人間はいまだに消滅していないのかを考えねばならない。
 (中略)「写真という現実そのものを、私自身の思考と感情で覆う」ということとディストピアアンビエントのリスニングの関係において、一連のPhonography(フォノグラフィー)ムーヴメントの可能性と限界を再確認すること。
 (中略)我々はなぜ現在ここまでも急激にそして激しく「距離」を「横着」し「省略」しようとしているのだろうか。(中略)そして激しく「距離」を「横着」し「省略」しようとしている写真とはいままでどのようなものとしてあり、そのことの「危機」を写真家たちはどのように乗り超えてきたか。

                                    【同前】

 やがて彼は写真と録音との間に自由に線を引きながら思索を遊歩させ、その指差す先には思考のかけらが互いに互いを照らし出すアフォリズムの空間が開かれていく。特に印象深いものを幾つか引用し、それらが描き出す思考の「星座」に耳を澄ますことにしたい。

 野蛮な伐採の御柵のような森林の写真と焼け跡の音楽。一年間同じ場所を撮影し続けることと一年間同じ場所を録音し続けること。雨あがりの路上だけを撮影し続ける行為と雨あがりの音の録音から聴こえる気配。

 移民についての膨大な写真から発見することと移民についての録音群から発見できること。

 情緒不安定な自分を部屋で撮影し続けることと情緒不安定な自分を録音し続けることにおける録音のはじめと終わりの無さ。家族スナップの背後に隠された意味を探ってしまう我々の本能と家族スナップ的なサウンドスケープにあまりに無抵抗な我々。

 悲しみ、中毒、病気にフォーカスした写真の歴史と後悔音楽の歴史。パートナーがかつて生きた痕跡を撮り続けることとパートナーがかつて生きた痕跡を新たに録音するということ。

 排除・根絶・抹消をテーマにした写真研究と排除・根絶・抹消をテーマにした音楽研究。

 どんな場所にも必ず見つかる絵画的性質を長期間にわたってとらえる撮影行為とどんな場所にも必ず見つかる逸話的瞬間をみつけるためにテープレコーダーを長期間にわたって待機させること。

 写真に付随するキャプションと音楽に付随するキャプション。読むということが何かの情報を手に入れることではなく自らの精神と肉体を作り変えることそのものであることについての試行である写真とそれについての「キャプション」と読むということが自らの精神と肉体を作り変えることそのものとしてあるような語りの音楽。

 撮った写真を四角い縁にはめて展示することと作った音の再生場所をある生活空間のある場所に限定すること。

 所持品からわかる移民労働者たちのアイデンティティと記憶と録音された声からわかる移民労働者たちのアイデンティティと実情。

 行方不明者捜索委員会が虐殺された遺体を掘り起こした後の骸骨の背後にひろがる生活観の漂うカーペットの写真と骸骨の背後にひろがる”美しい”風景についての録音。

 破壊された無線設備の写真と破壊されつつある無線設備が出していたはずの音を復元する行為。

 音における「人間以外のコミュニケーション」への注目と「人間以外のコミュニケーション」に注目した写真。バイオロギング・フォトとバイオロギング・レコーディング。

 日常生活の痕跡が人間関係の本質を表すという認識のもとに撮影される写真と街頭録音のモチベーションのバリエーションをさまざまに洗い出し直すこと。
                                   
【同前】

 ひとつひとつが興味をそそり立てる書物の表題や章立てのようであり、終わることのないシンポジウムのテーマ一覧のようであり、何よりも魅惑的な問いの投げかけであり、とりわけ精神と身体の運動を触発する掛け声である。
 これらがある着想/視点の敷衍であり、種子となる思考を芽吹かせ、根を張らせ、枝葉を繁らせたものであることはわかる。だが、このように地面に降り立つことなく思考を浮遊/駆動させ続け、高度を保ちながら推移させ続けることは難しい。仮に5個、10個はできたとしても、20個ともなればそれまでの19個を何度となく読み返し、未踏の領域をあれこれ手探りして、ようやくのことで一歩が踏み出せるかどうかだろう。しかし、虹釜は何十個というアフォリズムを、読み返しが困難な携帯電話だけで書き進めているのだ。何を食べればこういうことができるようになるのか、まったく見当もつかない。

 そういえば虹釜は、以前に食に関するイヴェントも多数企画しており、現在も個人的な探求を続けている。それは薬草酒カクテルの配合(出張「薬草バーテン」として)、世界各地の日常食やソウルフードの研究、食材の掛け合わせ/食べ合わせ実験(特にカレーや丼)を超えて、料理や食材、食事環境等に関するSF/ファンタジー/妄想の執筆に及ぶ。そこで繰り広げられているのは貴族的な美味の探求などではなく、ジョン・ケージによる実験音楽の定義「結果の予知できない行為」に沿った、まさに食の実験であり、あるいはレーモン・ルーセル『ロクス・ソルス』を思わせるアルス・コンビナトリア(結合術)的な味覚の綺想にほかなるまい。

 そういえば虹釜は、SFをはじめとする幻想文学や文学的思考実験に詳しく、翻訳不可能と目されたサミュエル・R・ディレイニー『ダールグレン』の出版にいちはやく快哉を叫び、少数民族の国家的虐殺を糾弾するオラシオ・カステジャーノス・モヤ『無分別』をすぐさまブログで採りあげる。そこには文章実験、思考実験をはじめ、人間を人間たらしめている様々な暗黙の前提条件(言語、国家、文化、宗教、身体能力水準等)をたちまちのうちに無効にしてしまう事件環境や各種テクノロジーへの深い関心が共通して感じられる。

 そういえば虹釜は、医学、認知科学、生体工学、エレクトロニクス等、多様な領域にまたがる先端テクノロジーの動向について、国際シンポジウムに出かけるなど丹念なリサーチを続けており、その一端を彼のブログに掲載されるリポートで知ることができる。それは昆虫のたてる音を素材とする作曲家デヴィッド・ダンのような生体/生態アート、テクノロジー・アートへの彼の注目と相互に照らしあっているように思われる。
 だが、それにしても一体どのように歩みを進めていけば、このように相互に大きく隔たった領域を媒介することが可能なのか、そのステップの踏み方をまるで想像できない。もし水面下に隠された潜在的関係性の大陸が浮上すれば、それらはあるいは地続きなのかもしれないが。いずれにしても虹釜のリサーチ範囲の広大さ、多様さには驚くよりない。それはスタニスワフ・レムの傑作『ソラリス』に登場する、人間の理解をはるかに超えた不可解な現象の数々を、数多くの分野の専門家たちがそれぞれの視点から記述/分析し、分類/思考し続ける(そして永遠にそれを続けていくよりほかにない)「ソラリス学」の世界を思わせるところがある。

 そういえば虹釜は、人間以外の存在にとっての世界について、たびたび想像を巡らす。ネコの首にトラヴェローグ記録/送信装置を装着すれば、どのような生活世界がそこに現れるのか。ネコの五感にとらえられた世界像、ネコの交通空間・行動様式・運動感覚、ネコ集会等のネコの社会・文化活動‥。あるいは知覚、思考能力、運動能力、寿命や耐性等が大幅に増強されたネオヒューマンにとっての世界、歴史、記憶、感情等が、現在の人間といかにかけ離れたものとなりうるか。人間が今のままの姿であることを暗黙の前提(といいながら絶対不変の基準)とする思考が、いかに想像力を狭く閉じたものとするか。彼は聴くべき主体のいない世界に響く音すら視野に入れて思考を組み立てようとする。大災害により壊滅した都市に響く音。人類絶滅後に鳴り渡る音。端的に人間のいない音。あるいはソラリスの「海」にとっての音楽。

 このようにして見ていくと、「虹釜太郎」という存在を、元レコード店店長とか、自主レーベル経営者とか、あるいは映画音楽家、アンビエントDJ、音楽ゼミ講師といった「音楽」の枠組みに押し込んで理解しようということが明らかに無理なのがわかる。彼はむしろ夢想的な発明家の系譜に連なるように私には思われる。イルカのコミュニケーションを研究史アイソレーション・タンクを発案したジョン・C・リリー、フラー・ドームを考案しシナージェティクスを提唱したバックミンスター・フラー、「直流」派エジソンに対抗してテスラ・コイルを発明したニコラ・テスラのような。

 ヤニス・クセナキスによれば、応えはすでに問いの中にあらかじめ含まれている。とすれば大事なのは適切な問いを発することにほかならない。虹釜太郎は私たちの時代に生きる傑出した問いの発出者であり、不思議の国に遊ぶ類まれな預言者である。

   


虹釜太郎『写真亡命論』
コピー誌 A4×13ページ CD-R付属 頒価900円(送料込み)
問合せ先:icerice108@gmail.com メール件名「写真亡命」

服部レコンキス太+虹釜太郎『半分太 vol.1 ダイアローグ 音について』
コピー誌 3万字超 CD-R付属 頒価700円(送料込み)
問合せ先:icerice108@gmail.com
※『音について その1-語りの音楽 フィールドレコーディング-』の補足的内容
http://d.hatena.ne.jp/toxicdragon/20121228の紹介文参照

虹釜太郎ブログ「パリペキンレコーズ」:http://d.hatena.ne.jp/toxicdragon/
※他にも多くの冊子、音源、イヴェント等の案内がある。

 なお、音楽&薬草バー「スキヴィアス」ではオープニング記念として虹釜太郎をゲストに迎えたイヴェントを連続開催する。特に虹釜も参加した中原昌也の対談集『12枚のアルバム』等をサブテクストに、貴重な音の数々を彼の解説付きで聴いていく「パリペキン・サウンドラリー」は、今後も同店で隔月開催予定とのこと。彼の思考に直接振れられるだけでなく、伝説の音盤店「パリペキンレコーズ」秘蔵音源も聴くことができる絶好の機会である。お見逃しなく。詳細は以下を参照。
音楽&薬草バー「スキヴィアス」ブログ:http://otyto.hatenablog.com/


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ライヴ/イヴェント告知 | 23:54:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
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