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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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文化横断的変異「民俗音楽」探求 その1 イタリア  Transcultural Mutated "Folk Music" Research Vol.1 Italy
 文化を遡り、井戸の底深く降りていくことにより、それをかたちづくり変容させ突き動かしてきた様々な力が見えてくる。国家権力による定式化の努力にもかかわらず、文化は基本的に国境で切り分けることができず、明確な境界すら持たない。人々の移動や文物の伝搬の障壁となるのは、切り立った山々や向こうの見えない大海原等の自然地理的な隔離だが、逆にこれらが交通の欲望を誘い、その経路を束ねることにより相互の異文化交流を促した側面も見逃してはならない。
 この「文化横断的変異『民俗音楽』探求」シリーズでは文化を生成する諸力の交錯に眼を凝らし、その力動による変容過程に身をさらして数多の刻印を受け取り、結果として様々な文化の横断/再構築に至ったフォーク・ミュージックの実験を採りあげる。「実験」といいながら、それらは決してラボの中だけの産物ではなく、「もしも」が許されるならば現実の歴史の中で実現していたかもしれない音世界にほかならない。蛇のように絡み合う諸力が、ある力の加速/増大によって別の均衡を着地点として見出していたとしたら。あるいは形成が進む前に運命的な一撃が加えられていたとしたら。

 それにしても、なぜ「フォーク・ミュージック」なのか。それは先に触れた変容の過程を生きながら、抽象へと飛翔/脱出してしまうのではなく、民衆生活文化の次元に留り、統治権力への抵抗や風土との格闘を決して手放そうとはしない彼/彼女らの決意を賞揚したいがためである。
 もともと今回の企画は、伊ロルケストラ・レーベルに残された驚異的な作品群をいつか採りあげたいという想いに端を発している。同じくミラノを本拠とするクランプスの左翼音楽の衣鉢を受け継ぎ、その後も他に比肩し得るものがないほど複雑に入り組んだ音楽迷宮世界を打ち立てながら、今やほとんど言及されることのない彼らの達成をぜひ紹介したいと。だが、以前に『マーキー・ムーン』9号の特集記事で知っただけで、その後のレーベル・リリースの全容など知る由もない私には、正直自信がなかった。だが、そうしたロルケストラ・レーベルの作品群をはじめ、アヴァンギャルドな、あるいはラディカルなフォーク・ミュージックの実験の数々に対し、きっぱりと高評価の論陣を張るSHE Ye,Ye Records & Books(※)の慧眼と姿勢の高潔さに触れ、大いに共感したことから改めて挑戦してみることとした。私を力づけてくれたSHE Ye,Ye Records & Booksという超強力な「同志」には感謝の言葉もない。
 というわけで第1回はイタリアからの10枚。ただし、ここで国名は便宜的な区切りに過ぎない。所謂「汎地中海音楽」の試みだけでなく、幅広く探求を進めていくことにしたい。なお、これまで随所で採りあげてきたMauro Pagani, Fablizio De Andre, NCCP等はあえて外すこととした。これらの作品が必聴であることは論を俟たない。
※http://www.sheyeye.com



Zeit / Un Giorno In Una Piazza Del Mediterraneo
Materiali Sonori MASO 009
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=59730432
 ヴァイオリン、ギター&管楽器、民族音楽系打楽器×2の4人編成で、雰囲気に流れることなく、厳しいまでに焦点を絞り込んだ硬質極まりない演奏を聴かせる。せいぜいタンブレッロのざらざらとした響きやヴァイオリンの繰り返しが中低音を支える程度の、ベース不在の腰高アンサンブルが冷ややかな緊張感をいや増し、金属質の芯を持つパーカッションの鋭い打撃に、弦と管が切れ味鮮やかなリフレインを基調にめまぐるしく高速で駆け巡る。その編隊の密集度は他に類を見ない。地中海の陽光のきらめきというよりは北アフリカやアラビア半島の陽射しの目映さとくっきりした陰影の濃さを感じさせる。時折挿入される金属鍵盤打楽器メタロフォンの夢幻的な響きが乾いた大地に揺らめく陽炎を思わせる。1979年録音。


Zeit / Il Cerchio Degli Antichi Colori
Materiali Sonori MASO 015
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=xF2qzRUTsS4
 コントラバス奏者が新加入し、少しは落ち着くかと思えば、さらに加速して縦横無尽に駆け抜ける第2作(試聴トラックをどうぞ)。曲によりゲストも参加してソロ・パートが設けられるなどアンサンブルが立体化し、迸る水銀流のように単色に絞り込まれていたサウンドにはいささか色彩感が増したが、乾燥した速度に満ちた演奏の本質は変わらない。1980年録音。中心人物Andrea TamassiaがAktualaの作品に参加していたことは前掲のSHE Ye,Ye Records & Booksの指摘で初めて知った。



Aktuala / Tappeto Volante
Bla Bla BBXL 10009
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=AUSclG6P-g8
 そう言えば確かAktualaは1枚あったような‥‥と棚を探して、NCCPの隣に埋もれていたのを掘り出したのが本作。彼らの3作目にして最終作で、果たして前述のAndrea Tamassiaの参加作品でもあった(ただし演奏者としてではなく録音エンジニアとしてだが)。基本的に熱血シンフォ好きが多数を占めるイタリアン・ロックのファンには評価の低い作品だった。けれど2作目に引き続きTrilok Gurtuがメンバーとして参加‥と書くと「おっ」と眼を輝かせる方がいるかもしれない。インドもトルコも北アフリカもアラブもごった煮でミクスチャー度の高さは前掲Zeitを遥かに上回り、その分、試行錯誤的かつエレクトロニクスの使用も見られるなど雑色的でもある。それゆえ散漫/冗長になりがちなところを実験精神の志の高さとサイケデリックな酩酊性が救っており、根底にはむしろアーシーなブルース色が感じられる。その点ではむしろ北欧の連中に近いかもしれない。1974年から76年にかけての録音。彼らの他作品についてはたとえば次を参照。
http://www.sheyeye.com/?pid=34733173


Pasquale Minieri, Giorgio Vivaldi / Carnascialia
Mirto 6323 750
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=18693395
 極小マイナー・レーベルの作品ながらMauro PaganiとDemetrio Stratosのゲスト参加でやたらと有名な作品。だが核となっているのはあくまでCanzoniere Del LazioのメンバーであるPasquale MinieriとGiorgio Vivaldiの2人であり、グループの同僚たちも全員参加している。凄まじいばかりの腕達者な面々を揃えながら、油の煮えたぎるような熱血パフォーマンスに走らず、乳白色にけぶる牧歌的な優雅さすらたたえた、引きのパースペクティヴの構築に専念しているあたりは心憎いばかりだ。民族音楽系打楽器のフレーズ/リフレインもミニマルに解体/再構築され、確かな抽象性と幾何学的均衡を獲得している。内袋にさりげなく掲載されたインドやアフガニスタン、キューバの写真はかつての音楽放浪の記録か、それともCramps以来の左翼的心性の成せる業か。1978年録音。


Canzoniere Del Lazio / Miradas
Cramps CRSLP 5351
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=18690579
 聴き手が想像力を羽ばたかせるべき余白を確保しながら冷静な均衡へと向かい、距離と抽象の力を遺憾なく発揮した前掲Carnascialiaに対して、母体グループの最終作となった本作には脳の血管があちこち切れまくるほどの突発的高揚が全編に渡り詰め込まれている。単に祝祭的と言うだけでは足りない、雑踏の喧噪と高らかなアジテーションに満ち満ちたカーニヴァル/革命的な生命讃歌。魚市場の名物オバちゃんの掛け声にも似たClara Murtasのヴォイスの喚起力が素晴らしい。一見伸びやかなアンサンブルのたゆたいにも、一瞬にして歓声と哄笑が弾ける。特に冒頭曲で息もつかせぬパーカッションの強靭な連打が煽り立てる、聴き手を踊り死にさせるような猛毒性のビートは凄まじいばかり。北園克衛が探求したプラスティック・ポエムを思わせるジャケット・デザインは、見開き内側にレイアウトされたフランツ・ファノン、パトリス・ルムンバ、ジャック・ラカン、ジャン・ポール・サルトル、ヴィルヘルム・ライヒ、ピエロ・パオロ・パゾリーニへの言及を含め、クランプス/ジャンニ・サッシの真骨頂を伝える。1977年作品。彼らの他作品についてはたとえば次を参照。
http://www.sheyeye.com/?pid=59234859
http://www.sheyeye.com/?pid=30237277


Gruppo Folk Internazionale / Il Nonno Di Jonni
L'Orchestra OLPS 55001
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=30123693
 本作は彼らの4作目にして最終作。トルコからアラビア半島中もしっかり視界に入れた地中海音楽ミクスチャーにさらに陰影濃い東欧性ふんだんに盛り込み、時代錯誤的な世紀末サロン趣味をあざといまでにまぶした上に決して3で割ろうとしない掟破りの濃密/濃厚さが、彼らの嗜好/志向を物語っている。オーボエやファゴット等を活かした入念なオーケストレーション、オペラティックな朗唱から語りに至る声の振幅、ミュゼット的なワルツ端唄の頽廃した香りを奇妙奇天烈なアンサンブル構成(ノイジーな物音、たなびく口笛、「世界に冠たるドイツ」の勇壮極まりない斉奏がやがてぐずぐずに崩壊していく‥)が引き立てる。舞台音楽的な情景喚起力の強さと場面転換の鮮やかさは他に類例を見ない。かつてAreaが掲げたThe International Pop Groupの称号と彼らのグループ名との響き合いにも注目してほしい。1979年作品。


Ensemble Havadia / Ensemble Havadia
L'Orchestra OLPS 55017
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=45542059
 前掲Gruppo Folk Internazionaleが発展的に再編され、このEnsemble Havadiaが生まれた。新たに少女のヴォイスが加わり、聖歌を思わせるコーラスが盛り込まれるなど、アッサンブラージュ性を高めながら、ヨーロッパ音楽の様々な類型が擦り切れるまで酷使される。その分、直接的な民族音楽風味はやや薄まっている。スパイスやハーブを塗りたくられた分厚い焙り肉から繊細なミルフィーユへ。だが聖なる合唱がやがて鼾に侵食され、さらにはラジオから流れるファンファーレに取って代わられ幾つもの寸劇が始まるように、すべては舞台上の書き割りに過ぎない。Jerome Savary(何と今年3月に亡くなっていました。合掌)率いるGrand Magic Circusを思わせる破壊力のあるフモールはさらに毒性を増している。1981年作品。


Daniele Sepe / Senza Filtro
Dunya 28049
試聴:http://www.cduniverse.com/search/xx/music/pid/4903545/a/senza+filtro.htm
 本作はナポリ出身の異能サックス奏者/作曲家ダニエーレ・セーペが過去の作品からのセレクションに新規録音を追加した変則的構成となっており、a sample of "de-composed " traditional music from South Italyと副題にある通り、切り貼り/重ね合わせによる解体/再構築モードが卓越している。小気味よく突っ走り切れ味鋭くステップを踏む民族音楽系のリズムを、モーダルな次元で切り結んだジャズ演奏が揺らめかせるように引き延ばしながら輪郭を崩壊させていく。一瞬で情景を喚起する効果音が鳴り響き、弦の分厚い波がこれに被さり、すべてを水没させ押し流す。ここでは冒頭に述べた諸力は、むしろ甘く切なくおぼろな記憶と個人史を巡って、映画的/精神分析的に推移する。こうした傾向/手法は翌年の『Anime Candide』でさらに過激に発展させられ、痛々しいトラウマに容赦なく踏み込み、堪え難いフラッシュバックや痙攣するような強迫反復を引き起こすものとなっている。2002年作品。


Paolo Fresu / Sonos 'E Memoria
Act 9291-2
試聴:http://www.amazon.com/Sonos-E-Memoria/dp/B0011YL90Y
 歌姫Elena Leddaのゆっくりと巡りながらたちのぼり、思い出の糸をゆっくりと記憶の繭から紡ぎだしていく声の力に導かれて、あり得ない懐かしさを秘めた記憶が次々に立ち騒ぐ。名手Mauro Palmasの爪弾くマンドーラの切ないきらめき、Daniele Sepe作品にも参加しているAntonello Salisによるアコーディオンの空間的な閃き、打ち込まれる民族音楽系打楽器の硬い倍音、サルデーニャ伝統の男性四重唱による胸を締め付ける響き、震えで視界を覆い尽くしてしまうラウダネスのダブル・リードの振動。むしろFresuのトランペットは短く切り詰めた淡い響きで、次なるスペースをアンサンブルに指し示しているように見える。1930~50年代に撮影されたサルデーニャの民衆の日常生活を収めた記録フィルムの抜粋/編集作品のためのサウンドトラック。降り注ぐ陽光に白く飛んだ屋外風景と暗くしめやかな礼拝堂の明暗の対比。きびきびと動き回り羊の毛を紡ぎオリーヴを収穫する働き者の女たちの民族衣装。鉄鉱石を掘り出し、塩田から塩を積み込み、獲れた魚を陸揚げする男たちが船に乗っていく。子どもたちは屈託なく路地で遊び、祭礼の行列を見詰める。放たれたサウンドの震えが空間に滲んでいく様は、ここで記憶の回帰/変容とひとつになっている。次でフィルムの一部を見ることができる。2001年作品。
http://www.youtube.com/watch?v=xUUCsXwCBtw


Roberto De Simone, Media Aetas / Li Turchi Viaggiano
Oriente Musik Rien CD 44
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=epiUhFnhRis
 先鋭的トラッド・グループの草分けとして、地中海音楽のサラセン的要素にも敢然とアプローチを試みたNuova Compagnia Di Canto Popolare(NCCP)を1968年に創設し、その初期活動を中心となって支えた作編曲家の近作。圧倒的な存在感を持つ骨太肉厚な声と演奏の力は、他の紹介作品を蹴散らすほどの気迫をたたえている。喉から胸、横隔膜から腹腔にのしかかる強度と響きの強靭さが分厚い金管の斉奏と拮抗し、さらに裏返らんばかりに張り上げた声に斜めに横切られ、その傍らを弦が滑り落ちていく。古楽風の対位法的構成も、緻密さよりもゴシック建築のがっしりとした石組みと遥か見上げる穹窿による重量感溢れる構築を思わせる。一種のオペラ(オペレッタ?)なのだろうが、朗々と響く声を襲い続ける前述の「拮抗」と「横断」が、舞台をプロセニアムに囲われた壇上から土埃の煙る平土間へと引き摺り下ろす。Roberto De Simoneにとっても会心作に違いあるまい。
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ディスク・レヴュー | 15:50:24 | トラックバック(0) | コメント(1)
コメント
No title
ZeitとAktualaが関連しているとはこちらを読んで初めて知りました。Zeitといえばセカンドのクレジットの最後の方にPaganiの名前も記載されていたので、シーンの一翼に連なるという意識があったのかもしれませんね。
なお、Canzoniere del Lazioは従来日本で言われていたのとは異なり、Miradasが4作目でMorra 1978が最終作(Miradas録音時の残り音源を使用)との記述がこちらのサイトにありました。
www.italianprog.com/
真偽のほどは分からないのですが、タイトルに1978と入っている謎の解決にはなるので説得力はあるような気がします。
2013-09-29 日 02:18:47 | URL | nnknsh2 [編集]
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