■プロフィール

福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■リンク
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

文化横断的変異「民俗音楽」探求 その2 スペイン  Transcultural Mutated "Folk Music" Research Vol.2 Spain
 さてTMFMR第2回はスペイン。
 かつてのローマ帝国の栄光があるにもかかわらず、現在のイタリアの近代国家としての成立の遅さ(「リソルジメント」と呼ばれる国家統一は明治維新よりも後)はよく知られるところだし、それゆえ各地方の文化も、料理で体験できるように個性の違いを際立たせている。だが、前回イタリア音楽を紹介した際に南のナポリと北のミラノを並べることに特に違和は感じなかった。だがスペインは違う。後に首都マドリードを核として再編されるカスティーリャに対し、ガリシアやアストゥーリアはともかく、やはりカタルーニャやバスクは絶対一緒にできない気がしてしまう。これはスペイン音楽と言えばフラメンコのほかはスパニッシュ・プログレしか知らない時点でLluis Llachの作品と出会い、これを聴き進めるうちに、カタルーニャ音楽のサウンドの肌触りやカタラン語の響きが、自分が勝手に築いていた「スペイン」のイメージと大きく異なることに驚かされたせいかもしれない。
 実際、これはもう遥か昔のこととなるが、確か四谷にあったスペイン語書籍を扱う書店の前を通りかかり、どういう風の吹き回しかぶらりと立ち入って、その片隅にLluis Llachのスペイン盤LPが何枚も埋もれているのを見つけたことがあった。持っているのは仏La Chant Du Monde盤や独Plane盤ばかりだったので、これ幸いとばかりにレジに運んだのだが、そこでずっと気になっていた彼の名前の発音(おそらく彼を初めて日本に紹介したであろうLa Chant Du Monde音源の編集盤『帰らぬ兵士の夢』の解説では「ルイス・ヤッカ」としており、独Plane盤のライナーは「リュイス・リャック」としていた)について尋ねると、あろうことか「自分はスペイン人なのでカタロニア人の名前はどう読めばいいかわからない」という答が返ってきた。あれー。



Atrium Musicae / Las Cantigas de Santa Maria del Rey Alfonso X El Sabio
Hispavox ‎  HH 1
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=z-MlsUbI4gs
 スペインの「フォーク・ミュージック」を初めて意識して聴いたのは、小石川図書館で借りた「スペイン古楽集成」の第1作たる本作。それはこの後長い付き合いとなるGregorio,Eduardo,Carlos,Luis等のPaniagua兄弟との出会いでもあったし、何より古楽の豊穣極まりない音世界への扉を開けてくれた1枚となった。それまでバッハやヘンデル、ヴィヴァルディ程度しか聴いていなかった耳に、複雑な対位法的構築によらず、ゆったりとした旋律がほとんど音色の強度と抑揚だけで空間を渡っていく姿は、強烈な一撃を見舞ってくれた。「演奏会場としてのホール」といったことを超えた演奏空間と音のあり方の関係、たちのぼる豊かな倍音や長くゆっくりと尾を引く残響と演奏の関係等について考えるようになるのも、この時の一撃がその後じわじわと効いてきた結果と言えるかもしれない。間を置いて打ち鳴らされる一見単調な打楽器のリズムが、いかに音楽に脈動を吹き込み、これにより勢いを得た音楽の飛翔がいかに音空間の眺めを変容し、聴き手の身体に投げ出されるような、あるいは一気に俯瞰の視界が開けるような感覚を与えるかも、本作で初めて体験したことだった。暗闇に沈んだ極彩色の音の肌理、石畳や石壁の冷たい肌触り、鞣された皮の響きに潜む甲高い金属質の芯、眼の眩むほど高い天井まで届く分厚い空気の層、耳までの距離を渡ってくる音の歩み、遠くに聴こえる小鳥の声‥‥。本作の衝撃の余韻はフィールドレコーディングにレイヤーの集積を感じ取る耳にも響いている。1970年あるいはそれ以前の録音。


Babia / Oriente - Occidente
Guinbarda GS-11152
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=50624882
 Luis Paniaguaを中心に兄のEduardo Paniaguaや彼らの盟友たるLuis Delgado等が参加した1枚。タイトルの『東洋 - 西洋』通りに、ギターやサキソフォン、キーボードの音色がシタールやタブラ、さらには世界各地から集められた何十種類の民族楽器や古楽器と混ぜ合わされる。長兄Gregorio Paniaguaの神々しい荘厳さからほとんど冒涜的な想像力の下半身的跳躍を経てラブレー流の喧噪と哄笑に至る、どこまでも暑苦しい極端な密度と鬼面人を驚かす振幅の広さに比して、こちらはパステル画のように淡く繊細な夢想がゆらりと香り立つ。とは言えやはり血は争えず、次掲作に比べるとずいぶん「濃い」のだが。それでも民族楽器の倍音豊かな音色が開く「新たな交感の回路」を積極的に活かし、通常のジャズ/ロック・アンサンブルとは別のかたちをつくりあげようという強固な意志は、びんびんと伝わってくる。1982年作品。なお、Luis Delgado等が核となったスペインの先鋭的音楽家の一群「マドリードの彗星」については、次のSHE Ye,Ye Recordsによる解説を参照。
http://www.sheyeye.com/?pid=37281926
http://www.sheyeye.com/?pid=61314758


Luis Paniagua / De Magico Acuerdo
Nuevos Medios 13 221 L
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=36801680
   http://www.youtube.com/watch?v=PJ3fp1EXkXE
 前掲作で示された繊細な音風景はさらにゆったりと解きほぐされ、薄霞のたなびく静謐な空間の中、「西洋」と「東洋」はさらに親密に分ち難く溶け合う。だが本作が多くのエスニック・フュージョン(シタールらタブラなどアジア系民族楽器を多用したニューエイジ的エキゾティシズム)と異なるのは、後者が結局はプレーヤーシップ優先のフュージョンのフィールドに楽器の音色の置換を施しただけ(もちろんそれは自ずとフレーズやリズムの変容をもたらすことになるのだが)であるのに対し、本作は徹底して響きの次元にこだわり、重なり合い滲み合う音色の変容の過程に聴き手として耳を澄まし続ける点である。それゆえ楽曲構成はむしろクラシック(室内楽)的であり、弦アンサンブルが多用されるが、その皿に盛りつけられた各音素材の音色の精妙な配合には驚かされる。1986年作品。


Benito Lertxundi / Zuberoa - Askatasunaren Semeei
Elkar ELK 9-10
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=CzPnh5R-4E0
 マドリードを中心とするスペイン音楽が赤い平原の音楽だとすれば、バスク音楽(ここではとりあえずスペイン・バスク)は緑の陰濃い山地の音楽だ。ちょうどイングランドやアイルランド音楽に対するスコットランド音楽のように、体温が低く、さらりと血も薄く、気品高い白木の香りをたたえ、冷ややかに透き通った響きの湖。それだけではなくマドリードに集うPaniaguaたちが本来的に都市の持つ文化的交配性を言わば過剰適用して、古代ギリシャに、舞踏リズムであるタランテッラに‥とありとあらゆるところに忙しなく起源にまつわる「混血」を見出し、それを根拠に越境/侵略を繰り返して止まないのに対し、バスク音楽は山間にひっそりと身を潜め、なだらかな時間の流れとともに響きを研ぎ澄まし熟成させ澄み渡らせていく。
 それゆえ私にとってのバスク音楽とは、ケルト音楽的な「越境性」(その問題点については後に触れることになるだろう)を発揮するKepa Junkeraではなく、何よりもまずBenito Lertxundiでなければならない。しかしその音のあり方は少しも閉鎖的ではない。起源に「混血」を見出すと言うより、もともと西欧から隔絶していたバスクが、近代に侵されていく過程を冷静に見詰め受け止めること。それゆえフォーキーなギター弾き語りとハーモニカ、バスク語によるヴォーカルや語り、教会音楽的なオルガンや合唱、悲しげなハープの爪弾き、弦アンサンブルの典雅さ等、音楽は常に複数化への変容の下に置かれ、ゆるやかなオーケストレーションを施されている。1977年作品。


Oskorri / Musik Aus Dem Baskenland
FolkFreak FF404014
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=XF6jyqJH1AQ
   http://www.amazon.co.jp/Oskorri/dp/B003W7D66I
 バスクからもう1枚。独レーベルからリリースされ、オシュコリのバスク地方以外へのデビュー作となった本作は、その後、彼の地の音楽の代表として押しも押されぬ存在となった彼らの他作品には見られない独特の熱気とテンションをはらんでいる。ツアー移動用のバンが警察の検問を受け、裏面では血の滲んだ包帯や車椅子姿のメンバーがステージに登るという告発的/挑発的なジャケットの意匠と張り合うように、加速された蛇腹のリフが鋭くリズムを刻み、フルートの一吹きが鮮やかに空間を切り裂いて、悲しみをじっと絶え続けるヴァイオリンや硬質で彫りの深いヴォーカル・ハーモニーとぶつかり合う。本作の存在を知ったのはワールドミュージックを広範に探求し、トラッドやフォークについてもディープな突っ込みを見せた音楽誌『包』でだった。1984年作品。試聴トラックの一つ目は彼らの代表曲ではあるのだが、ゆったりした曲調で本作特有の緊張感は伝わりにくいことをお詫びしておく。


Olatz Zugasti / Bulun Bulunka
Elkarlanean KD-532
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=OV9yw8vbpS0
   http://www.youtube.com/watch?v=D2YHpwARn3c
 バスクからさらにもう1枚。女声のハープ弾き語り(童歌にも似た簡素なメロディとハープ弦の典雅なきらめき)に、チェロやクラリネットがしっとりと絡む、想いの深さをたたえながらも抑制の効いたアレンジメントは、蛇腹の走り回ることの多い彼の地の音楽にしてはかなり異色。こうした体温の低い「引き」のサウンドゆえに声の素肌の美しさが光り、バスク語の他の何語にも似ていない、どこか古代の呪文を思わせる不可思議な響きがすらりと立ち上がる。伏し目がちながらきっぱりと前を見詰めた声は、ゆったりと歩みを進める壊れやすく繊細なサウンドに伴われ、一段一段少しずつ踏み外しながら、水底へと降りていく。1999年作品。彼女はBenito Lertxundiの作品にも参加している。


Maria Del Mar Bonet / Saba De Terrer
Ariola 250265(9A)
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=VdoUaJkuDZ4
 今回の企画の趣旨からすれば、古来から交通の網の目たる地中海に開かれた、陽光きらめく「海の音楽」たるカタルーニャ音楽から選ぶべきは、やはりSSW然としたLluis Llachよりも、この海によりつながれる各地を経巡って止まない歌姫Maria Del Mar Bonetということになろう。トルコやマグレブといった地中海沿岸地域にとどまらず、アラン・スティーヴェルやミルトン・ナシメントといったビッグ・ネームとも共演し、トルバドールの曲を採りあげ、弦楽アンサンブルやコンテンポラリー・ダンスと共同作業を進める彼女の、本作は比較的初期の1979年作品。ゆらりと香の薫りがたちのぼるような声のくゆらし方。声を支える落ち着いた深い呼吸。北アフリカからペルシャやアラビアへと連なるさわりをはらんだ金属弦のきらめき。そしてそれを浮き立たせる深い闇。


Eliseo Parra / Viva Quien Sabe Querer
Boa 24002002
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=pXoGZ119a4w
   http://www.amazon.es/El-Reloj-De-Valdetorres/dp/B009CF7DEK
 前掲作にパーカッションとヴォイスで参加しているEliseo Parraのソロ作品。これがまた何とも形容し難い不思議な音楽となっている。少なくともカタルーニャやガリシアなど一地方の伝統音楽の枠組みに収めることは到底できまい。祝祭の開放的な高揚と宗教儀式のしめやかな瞑想的集中。カーニヴァルの到来に浮き立つ市街の喧噪と中世にタイムスリップした市場のざわめき。レコードからサンプリングされたと思しきアコースティック・ベースのリフレインと左右から響いてくる物売りの声にも似た嗄れ声の交響。縄目や線刻にも似た文様を空間に書き込んでいく各種の打楽器や笛、ギターのつぶやき。ばたばた、がたがたと破れた障子のようにはためくパーカッション。張り上げられ胸に迫りあるいはコーランの朗唱のように揺らめきながら空に吸い込まれていく声。2002年作品。


Doa / O Son Da Estrela Escura
Edigal EDL-70.005
試聴:http://videoixir.com/izle/4948856/doa-live-musica-de-galicia-festa-de-loor-hd-o-son-da-estrela-escura.html
 曙光に向けて飛翔する不思議なジャケット・イメージに彩られた彼らのサウンドは、出身地ガリシアの音楽というよりはスペイン古楽の豊かさに満ちている。と同時に電化やエレクトロニクス操作がもたらすサイケデリアにもまた。鳴り渡る打楽器、ギターやダルシマーのきらめき、響きで空間を埋め尽くすリコーダーやバグパイプ、光が立ち上るようなヴァイオリンの輝き、チェロの重厚な佇まい‥‥それぞれの音色の個性を存分に明らかにしながらくっきりと浮かび上がるサウンド絵巻は、鮮やかな場面転換をはらみ、眼にも絢なタイル絵の壁画を思わせる。中世を現代に直接接合したサウンドは、むしろロック的構築をその真髄としている。1979年録音。



Eusebio Y Pilar Mayalde / La Herencia
Saga SED-5.035
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=KGG12OHtUKw
 手持ちのスペイン産フォーク・ミュージックを聴き返す中で、その土臭さに改めて驚かされた1枚。米Nonsuchや仏Ocoraに似た現地録音の匂いがする。太鼓の皮の短い余韻、繰り返し擦られた弦の軋み、細い縦笛の祭り囃子、打ち合わされる金属の転がるような響き等に乗せて(これら伴奏はほぼ楽器ひとつにまで絞り込まれており、声と交互にしか演奏されないこともあるほど簡潔極まりないものとなっている)、歌い交わされる男声と女声が、乾ききった赤い大地とどこまでも青い空に吸い込まれていく。スペイン北部サラマンカ県の音楽とのことだが、むしろペルーあたりの風景が浮かぶ。1986年作品。なお、試聴ファイルとして掲げたのは本作収録の音源ではなく最近の演奏。


 今回はマドリード周辺からバスク、カタルーニャを経て、ガリシアやサマランカへと向かう旅となった。すでに規定の10枚に達したが、まだまだスペイン産フォーク・ミュージックの豊穣さを伝えるには少ない。次回掲載では補足編としてスペイン・ユダヤ音楽とよりポップな視点からのアプローチを採りあげたい。なお、グラナダ等を中心としたアル・アンダルース文化も実に豊かな音楽の水脈を有しているが、これはバランス上、対岸の北アフリカに含めてとらえることとしたい。
スポンサーサイト


ディスク・レヴュー | 22:54:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad