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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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文化横断的変異「民俗音楽」探求 その3 北アフリカ(補足)  Transcultural Mutated "Folk Music" Research Vol.3 Northern Africa(Supplement)
 前回紹介した「マグレブ」とはアラビア語で「日の沈むところ」を原義とし、「西方」を指す。その基準点になっているのがエジプトにほかならない。というわけで今回は北アフリカ補足編としてエジプトとシリアを採りあげたい。
 こうした位置づけはたぶんあまり一般的ではない。ヨーロピアン・トラッドの一環として環地中海世界を採りあげるとすれば、アル・アンダルース音楽はスペインに含めてしまい、北アフリカは遠く対岸のスペインあるいはイタリアから望めばよいだろう。反対に北アフリカをアラブ世界(トルコやペルシャを含む)の中に位置づけるのであれば、むしろエジプトが中心となり、マグレブは辺境へと押しやられる。特に地域研究やカルチュラル・スタディーズでは、歴史的正統性と現時点における社会性(つまりは広く受け入れられている、売れているということだが)の二つの軸を基準にとらえるので、膨大な作品数のアラブ映画を制作し、国民的歌手ウム・クルスームを擁するエジプトが最も重要で、次いでライの流行を生み出したアルジェリアに注目することになるだろう。
 だが、この連載ではあえてそうした姿勢を採らない。それがどのような視点に基づくかについては、いずれ「幕間」としてまとめて書いてみたい。3回の執筆で自分なりに思うところがはっきりしてきたので。



Abed Azrie / Le Chant Nouveau Des Poetes Arabes
Le Chant Du Monde LDX 74452
試聴:http://www.amazon.co.jp/légende-loiseau-feat-Youval-Micenmacher/dp/B006T8F6BK
 『アラブの新しい詩人たちの歌』との表題通り、A面では「パレスチナでの抵抗の詩」が、そしてB面では「アラブの新しい詩」がシリア出身のシンガーAbed Azrieの作編曲により歌われる。哀しみをたたえた声のしめやかな深さは、おどけた曲調では複数の役柄を声音を使い分けて演じる柔軟さを見せる。2本のアコースティック・ギターの余白を活かした絡みを基調に、深く打ち込まれるコントラバスときらめきを闇に沈めたクラヴサンが劇的な高揚をもたらすアレンジメントも見事だ。クラヴサンの響きは、時にA-Musikで竹田賢一の奏でる大正琴を思わせる。憑かれたような語りによる終曲では、コントラバスの弓弾きが不気味にうねり、ピアノの破片が振り撒かれる緊張感溢れる現代音楽的な音使いも聴かれる。19721年制作の第1作。なお、彼は現在も活動を続けており、これは大里俊晴『マイナー音楽のために』の指摘で気づかされたのだが、Tony Coe『Les Voix D'Itxassou』(Nato)に本作の冒頭曲が、やはりAbed Azrieのヴォーカルで、Youval Micenmancherのパーカッションをフィーチャーし、カーヌーンやネイを加えたより鮮やかな速度をたたえたアレンジメントで収録されている。ちなみに試聴トラックとして掲げているのは、こちらのヴァージョンである(本作からのトラックは見つからなかった)。大里は同書の中で北アフリカ音楽についても多くの興味深い指摘を残しているのだが、これについては稿を改めて採りあげることとしたい。


Francois Rabbath / Les Uns Par Les Autres
Moshe Naim MN-12002 or 12005
試聴:http://www.sheyeye.com/?pid=17766247
 前掲のAbed Azrie同様、最近になってDisk Unionで入手したのだが、この盤のことを知ったのは例によってSHE Ye,Ye Records & Booksのおかげ。そちらでは『Multi-Basse』との作品名で紹介されているが、私の入手したのは国内盤の見本盤(ちなみにジャケットは見開きではない)なので詳しいことはわからない。このシリア第2の都市である古都アレッポ出身のベースの哲人について詳しいことは前述のSHE Ye,Yeのページをたどってもらうとして、ここでは本作に限定して述べるとしたい。Jean-Pierre Drouet,Bernard Lubat,Michel Delaporteらそうそうたる面子の打楽器奏者陣を迎えた、Rabbath自身の多重録音によるベース・アンサンブルというのが本作の基本構造なのだが、アルコの可能性を存分に引き出したくっきりと彫りの深い、底知れぬ奥深さをたたえた響きがまず素晴らしい(ピチカートの使用の方がむしろ限定的である)。ゆるやかなアルコが重ね合わされて深々としたドローンをかたちづくり、あるいは切迫した繰り返しの上で伸びやかなソロを展開し、弓を震わせてネイにも似た甲高い音色を奏でたかと思えば、弦を焼き切り自らを切り刻むような激しさへと至る。そこには遊牧民的ないきいきとしたリズムとどこまでも伸びていく線の勢いがある。北アフリカの民族楽器を思わせる打楽器の硬く張り詰め乾ききった音色が、ベースの流動性を際立たせ加速する。


Soliman Gamil / Ankh
Touch TO:14
試聴:http://www.youtube.com/playlist?list=PLKtI6DyKnYmMjuizuh8prkWCvYvDQZq9w
 もともとはアラブ音楽を専門とする音楽学者にしてカーヌーン奏者であった彼は、映画や演劇の音楽を担当する中で自身の作風を変貌させていく。前作『The Egyptian Music』(1987年)がオーケストラを導入しながら、民族音楽から採集した素材を端正な古典的手つきで取り扱っており、そこにたちのぼるエキゾティシズムが節度あるいささか古風なものにとどまっている(その点で戦前から1950年代くらいまでの日本映画の音楽を思わせるところがある)のに対し、続く本作では民族音楽色をさらに高めながら、サウンドが濃密さを増すあまり伝統の枠組みを明らかに逸脱し、地球上のどこにもあり得ないようなユートピックな音楽に成り果てている。オーケストラは輪郭を溶解させ音色の斑紋と化し、サウンドはエキゾティックを超越して極端にアナクロニスティックなのものへと変貌させられる。前作がTouchのリリースにおいてStrafe Fur RebellionやThe Hafler Trioと並んでいることを思えば、レーベルはこうした音響工作者としての彼の力量を最初から見抜いていたのだろう(ちなみに本作はZ'evとEtant Donnesの間)。瞑想的あるいは神秘主義的というより、まさに霊的な1枚。所謂エジプト十字架をモチーフとしたジャケットのデザインも素晴らしい。


Gilles Aubry & Stephane Montavon / Les Ecoutis Le Caire
Gruenrekorder Gruen 061
試聴:http://www.gruenrekorder.de/?page_id=2301
 「ぴーっ」、「ごおーっ」という渦巻く持続音の混沌の中から、揺らめくように自動車のクラクションが姿を現し、朗誦されるアラビア語の歌謡や人の話し声、街路の雑踏が天井まで満ちていく。手触れるほど、いや物音が肌を打ちこちらに襲いかかってくるほどリアルな空間がそこにありながら、少しも音像を結ばない。それは壁を隔てた室内で録音された素材の構築による「間接的聴取」の賜物と思っていたが、多田雅範に夜更けのビルの非常階段に煙草を吸いに出て、戯れに耳を覆ってから手を離すと、恐ろしいほどの音の波に全身を揺さぶられた、あれはまさにGilles Aubryの音のようだったと聞かされて、はっと虚を突かれる。カエルの眼は動くものしかとらえない。人間の視覚においても不変項は次第に知覚されなくなって認知からこぼれ落ちていく(だからこそ眼球を小刻みに震わせて、懸命に再スキャンしているわけだが)。そのようにして我々は世界の生々しい流動を去勢し、背景と対象、構造と運動へと図式化してとらえている。というより、そのように「弱毒化」しなければ、我々は世界の貫く力の流動を視覚としてとらえることができない。だがそうした「惰性」はしばらく耳を塞ぐだけで崩壊する(もちろん束の間ではあるが)。そのような崩壊がもたらす亀裂を凝視し続けたのが本作にほかならない。混沌による玩弄に疲れ果てた耳は聞き慣れた車のクラクションに救いの光明を見出すが、それもすぐに別のぐらぐらした何物かへと変貌を遂げていく。フォーク・ミュージックを聴くとは、まさにこうした「異境/異郷」に耳をさらすことにより、類似性ではなく差異を、連続性ではなく切断を、いや持続や同一性を揺さぶる「亀裂」を見出す体験ではないのか。
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ディスク・レヴュー | 00:35:44 | トラックバック(0) | コメント(0)
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