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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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「耳の枠はずし」第4回「複数のことば① 清水俊彦を聴く」予告
「耳の枠はずし」第4回 複数のことば① 清水俊彦を聴く

福島恵一音盤レクチャー in Sound Cafe dzumi「耳の枠はずし」第4回 「複数のことば① 清水俊彦を聴く」は5月9日(日)15::00~18:00に開催します。

今回のレクチャーの前半3回は「フリー・ミュージックのハードコア」と題してお送りしましたが、これは昨年11月にズミで開催されたシンポジウムに参加した際に、報告内容として考えたものが元になっています。だいぶいろいろ枝葉を出しましたが。
そのシンポジウムで話題になったのが、トラッドとか音楽を聴く場の問題で、私のとらえ方としては、おなじ場にいあわせて、時間/空間を共有することによる「体験の共同性」を巡る議論だったかと思います。その時に違和感を覚えたのが、「そんなに簡単に共同性へ行ってしまっていいのか」ということです。もちろんライヴな場の効果/効用ということについては、まったく否定するつもりはありません。けれど、それが切り離された個別の聴取の対立項として位置づけられ、本来的/根源的な聴取ということになってしまうと、どうなのかなと思わずにはいられません。
祭儀等で用いられる、いわば「大文字の音楽」には、ある種の共感作用/統合作用があるのは事実です。というか、そのために音楽を用いていると言っていいでしょう。けれど、そうした聴取はその後、個別化/内面化されていくことになります。コンサートという制度は、みんなが同じ時間/空間を占め、同じ体験をしていることを前提としているようでありながら、それぞれが別のことをしている/聴いていることが入り込んでいます。
オペラハウスなど、文字通り社交場だったわけで、横の壁部分にしつらえられたバルコニー席では、飲み食いはもちろん、権謀術策やあるいは性戯が繰り広げられていました。それを廃止して、観客/聴衆全員に前を向かせ、舞台に正対させ、オーケストラを隠し、舞台と瞳や耳の間には空間しかないようにしたのが、ワーグナーのつくりあげたバイロイトだった。
今度はこちらの方向で「体験の共同性」が確立されるかといえば、それは「作者の意図の完璧な理解」へと反転して、むしろ演奏者の介在など不必要で、楽譜を読み、脳内に音楽を鳴らせばよいというところまで行ってしまう。究極の個別化/内面化ですね。
映画というのは、やはり全員が同じ方向を見て、同じものを見るという制度ですが、そこに見ていることが文化的枠組みや個人の記憶/体験によって異なるのは、前回、小林秀雄を引いてお話した通りです。
「だからこそ、本当の『体験の共同性』を‥」というのはわかるのですが、むしろ、今はケータイやオンライン・ゲームによる結びつけをはじめ、ひとが共同性へと強力に引き込まれている時のような気がします。テレプレゼンスによる共同性みたいな。i-pod等による持ち運びできる聴取空間も、ウォークマンの時以上に、みんなが同じものを聴いている「共同性」の側に引き寄せられている気がします。特にJ-POPの歌詞に対する反応なんか見てるとね。「お前ら、そんなに説教されたいのか」とか思うもの。

‥ということで、いきなり無媒介に「体験の共同性」に行くのではなく、間にことばを介した「聴くことの公共性」を提唱したいと考えています。そこでは必ずしも同一性に向かう必要はなく、統合不可能な差異が確認されても、全然構わない。むしろそうしたことばのやりとりの場が確保されていれば、それでいいというものです。‥で「複数のことば」や都市空間の中のゆるい結びつきである「カフェの空間」へと話はつながっていきます。
「複数のことば」第1回に清水俊彦さんを選んだのは、自分が音を聴いて、ことばを頭の中に沸き立たせたり、あるいは紙の上に紡いでいく時に、そのことばを響きあわせた回数や密度が一番高かったのは、僕の場合、やはり清水さんではないかと考えた次第です。その点で、清水さんが書かれた文章を通じて、彼が聴いた音源へさかのぼると同時に、彼が書いた言葉がどこから来たのか、どこから生み出されたのかも見つめてみたいと思います。ご期待ください。


北園克衛が設立した前衛詩人協会による年刊誌「鋭角・黒・ボタン」
清水俊彦は評論、詩、写真作品を掲載するほか、編集委員も務めていた。
写真は1958年のものの表紙(多摩川美術大学図書館北園克衛文庫所蔵)。


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レクチャー内容 | 11:21:36 | トラックバック(0) | コメント(0)
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