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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ディスク・レヴュー 2013年6〜10月その3  Disk Review June - October,2013 vol.3
 ディスク・レヴュー第3弾はドローン、アンビエント、フィールドレコーディング系からの7枚。生成する音風景の中で、即興的な回路を経ずして交錯/衝突する音に眼を凝らす体験。そのことがフリー・インプロヴィゼーションを演奏者の相互作用に、さらには演奏意図の産物に還元してしまわずに聴くことを可能にするだろう。



Gianluca Becuzzi, Fabio Orsi / Dust Tears And Clouds
Silentes Minimal Editions sme 1359
試聴:http://www.art-into-life.com/product/3610
 あからさまに「生」な声が否応なくエレクトロニクスに変容させられ、肉の生々しい手触りを残したまま輪郭を溶かされ、でろりと横たわる。フォーク・ミュージックの現地収集を続けたAlan Lomaxによる音源が、そのように加工されてもなお「図」としての存在感を保ち続ける一方、背景となる「地」の部分はエレクトロニクスの充満に沸き立ちながら、その繊細な細やかさにより、先の声の粗さを受け入れようとしない。そこに生じる「抗争」が次第に後者のかたちづくるサウンド・スクリーンへと前者を「着地」させていくのだが、両者は依然としてズレをはらみ、レイヤーの重なりあいを指先にまざまざと触知させ続ける。そうした軋轢に満ちた「抗争」は、ここで様々な局面に仕掛けられる。張り上げられる声とそれに合わせて搔き鳴らされるギターの間に入り込み、差し挟まれた異物となって、一体のものとして録音されたはずの両者を切り離すかと思えば、滔々たる流れとなって歌を話し声を呑み込み、たちまちのうちに水没させてしまう。そして何より恐ろしいのは、こうした蹂躙によりAlan Lomaxのとらえた生々しさが、そのロウな物質性を明らかにし、ますます輝きだしてしまうことだ。ヴァナキュラー写真をデジタルに切り刻むのにも似た暴力性が、肉の息づきを露わにする。これと同種の加工は、匿名的かつ集合的な環境音を素材にして数多のアンビエント・ミュージックで行われており、あたかも「外」へと開かれているかのような幻想を保ちつつ、耳触りのよい内部空間への引きこもりを巧妙に達成している訳だが、ここで固有の顔貌をたたえながら無名性に留まる記号化しようのない音源を対象とすることにより、そうした欺瞞を徹底的に暴いている。‥にもかかわらず、これがまた麻薬的に甘いという錯綜した逆説。
 CD2枚組のもう1枚「Please Don't Count the Clouds」はより抽象的な音響絵巻だが、先に見た「Dust Tears and Skinny Legs Poets」と同様、やはり冷徹な眼差しに貫かれている。


Scott Allison and Ben Owen / Untitled (for Agnes Martin)
Senufo Edition forty one
試聴:http://www.senufoeditions.com/wordpress/?page_id=660
   https://soundcloud.com/senufoeditions/ben-owen-scott-allison
 薄暗く茫漠たる広がり。垂れ込める鈍い重さ。時折走る亀裂。遠くに澱むざわめき。一瞬だけ眼前を過るノイズ。視界全体にヴェールを掛けたように曇らせる微細な振動。不機嫌なダイナモのうなり。何かの手違いのように急に現れる物音。カヴァーに刷られた希薄なイメージにも似て、繰り返し繰り返し耳を傾けても一向に像を結ぼうとしない音の群れ。オールオーヴァーに広がる響きのどこに焦点を当てればよいかわからぬまま耳をさまよわせ、根を詰めた聴取に疲れ果てて目蓋を押さえた時に、ふと「この響きは痛みに似ている」と気づく。後頭部にのしかかり、頭蓋を締め付け、眼の奥を責め苛む、鈍く不定形の鈍痛と一瞬側頭部を走る鋭い痛覚。触覚を含めた聴取を念頭に置きながら、音風景の視覚的な把握に知らず知らずこだわっていたことに驚く。抽象画家Agnes Martinによる淡くくすんだ色合いの帯の視覚化と見ることももちろんできようが、それよりもずっと手前、すでにして感覚に内在しているざわめきへの共感ととらえた方が、音が身に沁みるように思う。200枚限定。


Homogenized Terrestrials / The Contaminist
Intangible Cat cat 16
試聴:http://homogenizedterrestrials.bandcamp.com
 眼の前一杯にシネマ・スコピックに展開される音響の噴出は、時に深々としたドローンをたたえながらも、「アンビエント・ミュージック」とくくってしまうにはあまりにも鮮烈で映像/触覚喚起的である。随所にちりばめられるリズムは、その鋭利に彫啄された音色を含め明らかにエスニック・ミュージックからの自在な引用によっており、それらと暗がりでうごめく励磁されたうなりや金属の震え、巨大な船体の軋みやクジラの歌、あるいは聖歌の昂揚といったあからさまに「生」な響きが交錯する。たとえばAdiemusがつくりだす耳に心地よいコラージュとの差異は、コラージュのための「台紙」という安心毛布を取り払ったことや、時には耳を傷つけよう軋轢と衝突に満ちた素材の配置だけでなく、何よりも本作を貫く眼光紙背に徹する強靭な耳の眼差しに求められる。出来上がった音楽のアンサンブルではなく、フィールドレコーディングがとらえた複層的な音響組織を切り裂いていく解剖学的な視線は、Artificial Memory Trace=Slavek Kwiを思わせる。


Simon Whetham / Hydrostatic
Auf Abwegen aatp39
試聴:http://www.aufabwegen.de/label/?p=222
   http://www.art-into-life.com/product/3848
 フィールドレコーディングされた音素材のアッサンブラージュ作品を多く手がけている彼だが、これまでのどこか微温湯的な煮え切らなさを、ここではカヴァー・イメージ通りのモノクロームに暗く冷えきった押しとどめ難い欲望により、見事に吹っ切っている(見直した)。都市空間から渉猟された音素材を用いる手法自体に変わりはないが、次から次へと死体を切り開く法医学者の冷ややかに突き放したメス捌きと、そこに立ちこめる禍々しいネクロフィリックな欲望が、僅かな弛緩もなく虚空を見詰め続ける視線の強度を支えている。絶望的に深く鉛のように重たい響きは、Lethe=桑山清晴による「残響音楽」を思わせるが、ここには空間に描かれる運動の軌跡はなく、ただひたすら重たく冷たい鎖が聴き手の身体を締め上げる。


Yannick Dauby / Hares & Bells
Invisible Birds oiseaux002
試聴:http://ingentingkollektiva.bandcamp.com/album/hares-bells
 台湾の自然/都市環境をとらえたフィールドレコーディング作品で知られる彼だが、ここではゆるやかにたゆたうベルの響きに、まどろむように耳を傾けている。音は厚いガラス越しの風景のようにまぶしさやちらつきを抑え、実在感の希薄なまま、彼方でゆうらりと揺れている。木の枝に結ばれた様々な材質や形状のベル、それらが揺れる様をとらえた音のないモノクロの映像を眺めていれば、脳内にこのような響きが結び、浮かんでは消えていくかもしれない。Tomoko Sauvage『Ombrophilia』に聴かれた空間自体が互いに打ち合わされ震えているような透明性が、何とも魅力的だ。100枚限定CD−R。


笹島裕樹 / 音の欠片
無番号
試聴:https://soundcloud.com/hiroki-sasajima
※本作品に収録されている音源ではありませんが、参考に掲載しました。
 加工なしのフィールドレコーディング作品は、変形/編集の手つきやプロセスに込められた「制作意図」を飛び越えて、作者の耳の眼差しの在処をダイレクトに指し示す。ちょうど撮りっ放しのスナップ写真が、写真家の眼差しの在処を否応なく露わにしてしまうように。ここで笹島の視線は、生成する音風景のただ中に分け入り、音を腑分けすることにより自らの強度を顕在化させる代わりに、その場に音もなく佇み、存在を希薄化して、湧き立つ響きのさらに下層へと浸透していくことを目指している。だからここで音は、必要にして充分な鮮明さをたたえながら、僅かなりとも聴き手の耳を圧迫することなく、密やかに佇んでいる。音と対峙し対象化しようとするのではなく、音に包まれ身を浸すこと。それゆえここには、プールの水底に身を沈め、そこからはるか水面のきらめきを見上げるような、「隔たり」の感覚と全身を包み込む皮膚感覚が両立した不思議な静けさが横たわっている。


藤田陽介 / ヒビナリ
Otototori OTOT-0613
藤田陽介(11's Moon Organ(管鳴−くだなり−))
試聴:http://www.youtube.com/watch?v=N-e-6aykhUA
※本作品に収録されている音源ではありませんが、参考に掲載しました。
 先日レヴューしたライヴ「音ほぐし」の会場で購入。毎日街を歩き、5箇所で1分ずつ音を収録し、これに合わせた5分間の即興演奏を17時のサイレンとして街に放送する。藤田自身が「こうして集められた音がヒビナリの主役である」と語っている通り、即興演奏は徒に自らを押し出すことなく、それぞれの地点に結像している音景色を静かに醸成する。街角でスナップされた映像にその場で付された映画音楽。それは少しも説明的ではなく、それでいて走り去る車や足音、遠くで聴こえる子どもの歓声、鳥や蝉の声と眼差しを取り交わし、互いに響き合う。参考に掲げたyoutube動画に見られるように、手作りの自作オルガンは「ふいご」で管を鳴らす以外にも、Harry Bertoiaによる音響彫刻を思わせる金属棒を叩くなど、様々な演奏法を可能にしており、多彩な、それでいて慎ましい演奏を味わうことができる。
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ディスク・レヴュー | 19:29:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
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