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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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分厚い窓ガラスの向こうで音も無く凍りついた世界 − NHK−BS「井上陽水ドキュメント『氷の世界40年』」を見て  He Saw the Frozen World in the other side of Thick Window Glass without Sounds − "Document of Yousui Inoue / 40 Years from ‘Icy World’" Broadcasted by NHK-BS
 多田雅範に教えられて、NHK−BS「井上陽水ドキュメント『氷の世界40年』」を見た。NHK−BSではスタジオ・ライヴを含んだ井上陽水の番組をよく制作・放映していて、結構見ている。CDは買ってないので。あーバンドに今堀恒雄が入ってるとか、西田佐知子「コーヒー・ルンバ」をカヴァーしてるとか、みんな一連の番組で知った。Youtubeで公開されている音源を追うと、繰り返し歌われる代表曲が、バンドの編成やアレンジメントの変更により、次々と新しい扉を開いていることにぞくぞくする。再演というよりはセルフ・カヴァー。だから先の一連の番組で陽水の曲をカヴァーさせられる歌い手たちは、みな醜態を晒すことを余儀なくされる。それにしても町田康はひどかったな。もっとも、そのことは歌っている町田自身が一番鋭く感じていたに違いなく、「早く終わりにしてくれ」というぼやきオーラを画面いっぱいに放って、消え入りそうにしていたっけ。

 レコード会社の倉庫で見つかった16chマスター・テープの聴取や当時のスタッフへの聞き取り等を通じて初のミリオン・アルバムとなった井上陽水『氷の世界』を、40年後の現時点において検証するとの企画は、幾つもの興味深い発見をもたらしてくれた。
 「心もよう」と「帰れない二人」を巡るプロデューサー多賀英典と、より若い団塊世代(後で調べると5歳違いだが、この5年の差は大きい)の陽水はじめミュージシャン、スタッフの価値観/判断の対立。マルチトラック・テープが明らかにする様々なサウンド上の仕掛けや影響関係(特にエレキ・チェンバロやコーラスのファンキーな使用やメロトロンの導入)。「心もよう」の歌詞が曲題を含め何度も書き直され、原型を留めていないこと。冒頭の「開かずの踏切」が陽水の作詞作曲作品に対する編曲者星勝による再作曲であること。ウェスト・コーストとファンキーとプログレと歌謡曲の不思議な相互作用。
 65歳を迎えた陽水の歌声には初めて逃れることのできない「老い」を感じることになったが、それでも『氷の世界』でギターを担当した西田裕美の少しも弾まない(弾ませる気など微塵もない)カッティングに対し、口元で、あるいは舌先で声を一瞬弄び押しとどめ、あるいはすっと背中を押してフライングさせて、歌を息づかせる彼独特の「魔法」は健在。

 インタヴュー音源のみの登場となったプロデューサー多賀英典の発言の「パンク」な芯の強さはとても印象的だった。彼がいなかったら『氷の世界』は無かったし、あのような怪物的なアルバムにはなっていなかっただろう。アーティストたち(谷村新司やなかにし礼、小室等、みうらじゅん、リリー・フランキー等)の指摘がそれぞれ限られた視角に立ちながらもそれなりに納得できる者だったのに対し、言わば「評論家」役の伊集院静と中沢新一は無惨だった。伊集院は最初からどうしようもないにしても(そもそも彼になんて頼むのが悪い)、中沢のオイルショックと3.11を区切りとした歴史論も、結局、歌詞を解釈して、アルバムが売れたという社会的動向と結びつけているだけに過ぎない。彼らの言葉は『氷の世界』に詰め込まれた音に擦り傷ひとつ付けることができない。ましてや切り裂くことも突き刺すことも。埃まみれの付箋紙に書き込まれた言葉は、指差す先に貼付けられてもそこに留まることができず、すぐに剥がれ落ちて床の上のゴミとなる。
 そう言えば「音楽評論家」はひとりも出演していなかったな。伊集院や中沢がその代わりであり、彼らより説得的に「社会現象としての『氷の世界』」を語り得る者はいないというのがきっと番組制作者のメッセージなのだろう。「作家」や「学者」に比べ、社会的地位においても知名度においても劣ると言われればそれまでだけど。おそらくは番組制作者も「音に突き刺さる言葉」のイメージなんて持ち得ていないのだろう。彼らにとって言葉はあくまでレコードの解説のように音に「添えられる」ものでしかない。邦楽国内盤にライナーが付いていないのは、音は音盤に入っていて「聴けばわかる」と考えられているからだ。TVでも音は流すので「聴いてもらえばわかる」と。音楽雑誌は音が出ないから、わざわざ音を言葉で説明しているのだと。

 竹田賢一は『地表に蠢く音楽ども』(月曜社)所収の「Hearing Force of Records' Universe」で、ディスク・レヴューとは音楽産業による一面的な聴き方の押し付けに対抗する別の聴き方の提案であり、読者との相互批判的共同作業に向けて開かれていくべきものであると述べている。まったくその通りだ。音に向けて放たれる言葉は、その音の事前の不充分な予告/解説であるにとどまらない。それは音を聴くことに影響し、それを触発するだけでなく、聴いた音の「咀嚼」や「消化」にも影響し、そこに変容を及ぼす。それゆえに「聴き方」の提案なのであり、音を聴くことによって代償され尽くしてしまうものではない。ディスク・レヴューが「お買い物ガイド」としてしか書かれず、また読まれていない現状にもかかわらず。

 何より井上陽水自身がそうした言葉の極めて優れた遣い手/実践者にほかならない。彼が当代随一の歌い手であるのは、決して美声の持ち主であるからだけではない。
 冒頭に述べたように、彼はサウンド/演奏により曲を歌い変えていく。それは単にテンポやキーを変更したり、シンコペーションを効かせたりするといったレヴェルではない。彼はサウンド/演奏の起伏や肌理を触知し、自在に言葉のタイミングを操る。それも語よりもさらにミクロな単位で。それが先ほど「魔法」として描写した仕方である。エヴァン・パーカーが循環呼吸とマルチフォニックスを操るのと同様に、陽水も口腔の筋肉や粘膜を総動員して(彼ほど忙しく頬を膨らませたりひしゃげさせたり、あるいは長過ぎる舌を掻き回す歌い手はいない)、声を砕き、息を切り分けて細分化し、母音の変容を、子音の立ち上がりを、音素と強弱の配分をコントロールする。その場で即興的に。
 むしろ声の楽器的な用法と言うべき(無論それだけにとどまるものではないことは強調しておかなければならないが)ヴォイス・インプロヴィゼーションを別にすれば、即興的な歌い手としてすぐに浮かぶのは、先頃死去したLou Reedだろうか。「この男には、歌詞を何も用意せずにステージに上るや、その場で歌詞を作りながら、幾らでも歌ってみせるという、天性のソングライターとでも言うべき才能が備わっていたのだ」(大里俊晴)。だが陽水の行っていることは、サウンドの斜面を声により自在に滑走することではない。彼は歌うたびに、曲を詩を改めて書き直しているのだ。先に見たような量子化されたミクロな領域で。それにより光の射し込む隙間の位置や幅が変わり、入射角が異なって、反射や拡散が違うものとなり、全く別の世界が立ち現れる。だからこそコメントの対象となるべきテクストは先に確定している必要がある。コメントを書き入れるべき余白を空け、文脈の紐帯を緩め、語の意味合いを多義的に散種させて。その時、彼の作品世界は、姿の見えないリンゴ売りとテレビが放射するあり得ない色彩、断頭台の隣で催される「指切り」の儀式と身動きできず舞台でもがくコメディアンが、触覚だけでなく、視覚/聴覚/味覚/嗅覚/体性感覚、いや思考や想起や妄想等、様々な質の「寒さ」の中ですれ違うカーニヴァル/メニッペア的な多次元空間となる。これを批評と言わずして何と言おう。

 井上陽水の批評感覚の根底には、どうしようもない「距離」が横たわっているように感じられる。もちろんあらゆる批評的営為は対象化のための距離を必要とするが、そうした「切り離し」よりも、むしろ「切り離され」といった受苦的な感覚がそこにはあるように思われる。それを「疎外」と言ってしまってはあまりに喪失的色合いが強くなってしまう。むしろ解離的とか、離人症的なものと言えばいいだろうか。いま自分がいるはずの場所から自分が切り離され、隔離されている感覚。端的に言えばそれは音の無い世界だ。世界に充満するざわめきを切除することで世界は透明さを増し、くっきりと輪郭を際立たせながら、しかし手を触れ得ない彼方へと遠ざかる。自分が世界に包まれ浸され、その場所に埋め込まれている感じが一挙に奪い去られる。分厚い窓ガラスの向こうに広がる静謐に凍りついた世界。そこにある動きはどんなにスプラスティックに騒々しくても、無声映画のように冷ややかに乾き切っている。
 以前の番組で、確か陽水が中学生時代に書いた歌詞に曲が付けられた作品が紹介され、その世界があまりにもその後の彼の作品世界とまっすぐつながっていることに「陽水は子ども時代からすでにして彼自身だったのか」と驚かされた覚えがある。そこでは分厚いガラス窓で廊下と仕切られた教室の中の世界が「水族館のよう」と表されていた。

 いま手元にないので正確な引用ができないのだが、武満徹は確か最初の著作『音、沈黙と測りあえるほどに』に収録された文章で、訪れた炭坑労働者住宅の廃墟を描写しながら、音楽家が戦うべき敵として「死の沈黙」を名指していた。強い風に壁が揺すられ、ぱだんぱだんと扉が開閉する音を聴きながら、彼はそこに人間の生活する音が無いことを深く悲しみ、怒りをたぎらせていた。「沈黙」に耳を傾け、身体を深々と浸し、肌で慈しむ「美しい日本の作曲家」のイメージが強かっただけに、その激しい怒りを意外に感じたことを覚えている。同じ本の中で武満は、瀧口修三たちが集う画廊の地下フロアに立ちこめる濃密にして優雅な「沈黙」についても(当然のことながら肯定的に)書いていた。前者の怒りを若さゆえの教条主義的な社会正義志向と切り捨てることはできない。死の直前に記した『サイレント・ガーデン − 滞院報告・キャロティンの祭典 − 』で彼は、「病室には生活音が無い。例えばペットの鳴き声、水道の皿を洗う音、遠くの子供の声 etc.」とぽつりとつぶやき、『沈黙の庭』Silent Gardenに向けた構想ノートに「真昼の庭は沈黙している。世界を拒むように」と書き付けている。知らぬうちに間近まで迫っていた死が影響しているかもしれないにせよ、彼はざわめきのない死の沈黙への怖れを、終世手放さなかった。

 井上陽水が炭鉱の街である福岡県田川で育ったことはよく知られている。彼の原風景には音が決定的に欠けていたのではないだろうか。番組の中で同郷(といっても北九州市のようだが)のリリー・フランキーが「何にも無いところだ。風景は一色だし、音楽なんて何も無い。だから音楽は(井上陽水)の血の中にあったのだろう」と語る。いや、彼はむしろ音の欠如に誰よりも鋭く気づいていた。身を切られ苛まれるほどに。だからこそ音を生み出さずにはいられなかったのだろう。世界との紐帯を手に入れ、世界を取り戻すために。
 やはり番組の中で、ラジオのディスク・ジョッキーとして陽水を世に広く紹介した森本レオが、陽水の中にある闇を垣間見たとして、仲間で家に集まり酒を飲んでいた時のエピソードを話していた。彼によれば、せっかく本人がいるのだから陽水を聴こうじゃないかということになり、LP『断絶』をかけた。歌いだしの瞬間に、そこにいる陽水がゴクリとつばを飲む音が聞こえるほど緊張していることに気づき、思わず茶化した。すると陽水は突然怒りだし、「こちらは命がけなんだ」と大声で怒鳴った‥‥と。
 ステージに上がり、あるいはスタジオでマイクロフォンに向かう時、客席のざわめきも、バンドの音も、自らが搔き鳴らすギターの音すら分厚い窓ガラスの向こうへと遠ざかり、世界から切り離されて深く冷たい死の竪坑を落ちていく。どこまでもどこまでも。悪夢から目覚めようと声を張り上げる。声さえ絞り出せれば身体を暖かくざわめきで包んでくれる世界が戻ってくる。唇の端から流れ出た声は、だが自分の頭の中で鳴っているだけかもしれず、眼に映る世界は変わらず音を欠き色を失って、まるで影絵のようにゆっくりと動いている。懸命に息を吐き尽くし、空っぽになった頭であたりを眺め回すと、いつの間にか世界はそこにあり、色があり、匂いがあって、手を伸ばせば触れることができる。いま僕は音と共に世界の中心にいる。


陽水1 陽水2
井上陽水『氷の世界』 
1973年12月1日発売


陽水3
2013年12月28日(土) 21:00〜22:15 NHK−BSプレミアム
井上陽水ドキュメント「氷の世界40年」

今からちょうど40年前、日本で初めて売り上げ100万枚を達成した伝説のアルバムが発表された。当時25歳だった井上陽水の『氷の世界』だ。この傑作はどのように生まれたのか、長年行方が分からなかったマルチテープを発掘し、制作に加わったミュージシャンやスタッフの証言を交えて描き出す。そして井上陽水本人が40年前の自分と向き合い、収録曲を演奏する。果たして65歳の陽水はどんな「氷の世界」を描くのか?
【NHK ONLINE 番組表より】
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映画・TV | 14:18:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
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