■プロフィール

福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■リンク
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

益子音紀行 その1 − 津田貴司ワークショップ『みみをすます in 益子の森』  Sound Travel Writing of Mashiko vol.1 − Takashi Tsuda Workshop "To Be All Ears in Mashiko Forest"
益子14 それではワークショップ『みみをすます』を始めます。「音を聴く」、「静けさを聴く」、「みみをすます」の三つの段階を踏んで進めていきます。この三段階は意識の状態の違いでもあります。最初は「音を聴く」です。「あれは何の音だろう」とか、「あの音とこの音の違いはなんだろう」と、注意深く意識して音を聴いていきます。「あれは○○の音です」と説明してしまうとクイズの答合せみたいになってしまうので、なるべくそうならないようにしていきたいと思います。

 津田は参加者にそう説明すると、集合場所であるフォレストイン益子から道路を挟んで向こう側にある草原へと歩き出した。草原は子どもが野球をできるぐらいに広く、三方は林に囲まれていた。津田は参加者がみな草原に入ったのを確かめて、何度か大きく手を叩いた。

 かなり響きますね。ご覧のように今は木々の葉がすっかり落ちてしまっていて、音を吸収するものがありません。葉が繁っている時と全然響きが違います。いま手を叩いた音の響きとあそこで鳴いているカラスの声の響き方も違いますね。

 彼には手を叩いた音が草原を渡っていくのが見えているようだった。私もそのようにして空間を音が渡っていくのを見たことがある。あれは大谷の地下採石場跡にJohn Butcherのソロ・ライヴを聴きにいった時だった。機材を積んできたのだろう、離れたところにある車両用出入口に1台のバンが停まっていて、スタッフがドアを閉めるのが見えた。車のところからこちらまで、途中の空気を次々に揺らめかせながら、震えが空間を伝わってくるのが見えた気がした。アルコール・ランプにかけたビーカーの中で、温められた底の部分の水が揺らめきながら上昇してくるのが見えるように。

 林の中へと向かいながら音を聴く。遠くで作業しているチェーンソー、皆の足音、足下のグレーチングの鳴り。山道を登る。足の下で枯葉がぱりぱりと砕け、かさかさと音を立て、乾いた茎がぽきぽきと折れる。場所によっては地面がぬかるんでいて、べちゃべちゃした湿気た音が加わる。車の通過音、ウィンド・ブレーカーの衣擦れ、だんだん荒くなってくる息、心臓の鼓動。登った後、少し下って足下が柔らかくぬかるんだ場所に着いた。

 ここはすり鉢状に窪んだ場所なので、こうして手を叩くとさっきとはまた違って、何かこもった感じの響きがします。下がぬかるんでいて、靴で踏むと「ぎゅっ」と水が出てきます。ここにマイクとヘッドフォンがあるので、音を拡大して聴いてみてください。

 順番を待つ間、木の幹や木製の道しるべに耳を当ててみたり、表面をこすってみたりする。びっくりするようなことは起こらない。自分の番になってヘッドフォンを両耳に当てると世界が一変するのに驚く。ざらざらとした細かい面がいっぱいある響きがうわーっと襲いかかってきて、方向感覚がなくなってしまう。自分が何を聴いているのか、どこにいるのかもよくわからなくなる。眼で見ているものと、全身を包む響き(実際には耳を覆っているだけだけど)が、全く別世界になっている。苦し紛れにマイクをいろんな方向に向けてみるが、あまり変わらない。あわててヘッドフォンを外すと、ようやく意識が身体の中に戻ってきた。眼のすぐ後ろに耳があり、同じものを感じていることがわかる。そんな当たり前のことがこんなにも愛おしく感じられるとは。

 このマイクは頑丈なだけの安物なので、カヴァーを着けていても風に吹かれてノイズを拾ってしまいます。マイクで音を拡大することによって、視覚と聴覚が切断される感じがすると思います。

 津田がマイクの指向性を尋ねられて90度くらいと答えている。そんなことなくて、何だかまわり中から音が聴こえたよね‥‥と知り合いと話す。また登り。落ちているドングリや松ぼっくりを拾って、立ち木の幹や休憩用に設置されたベンチにぶつけてみる。ぽそっと乾いた音がするだけ。鳥の声もあまり聴こえない。道路が下に見えるところに来ると、車の音が急に大きくなる。道筋が巻いて、尾根の向こう側に回り込むと、さっきまでよりも車の音の輪郭がぼやけて、自分の足音や息遣い、腹の鳴る音が浮かび上がる。地下鉄駅の構内なんかだと、眼をつぶると響きの圧迫感の違いで、右側の壁がなくなって通路が開けたな‥とかわかるのだが、ここでは上が塞がれていないせいか、そこまでははっきりわからない。山道を歩きながら眼をつぶる気にもなれないし。
益子11


 次は「静けさを聴く」ことをしてみます。「何かの音」が聴こえたら、その背景を聴いてみてください。「図」に対する「地」の部分というか。遠くの音。漂ってくる音。何だかわからないけど何か鳴っている‥というような全体の響きを聴いてみてください。

 カラスの声がすでに鳴っている音に染みのように広がる。足下の地面が乾いてきて、枯葉の立てる響きの細かい角が立ってくる。尾根を越えてきた車の音がじわーっと滲みながら頭の上を通り過ぎていく。山道が階段状になっている箇所の少し手前から、安全確保のためか枯葉が掃除されていて、靴底が地面に直接当たる音が低くこもって響く。階段を昇り始めると、土留めの木材に当たる皆の靴底がリズムを刻み始める。その向こうにうわーっとした向こう側の見通せないドローンがたゆたっている。

 もうすぐ山頂です。山頂には木造の高い展望台が立っていて、まわり中を見渡すことができます。これぞ「展望台」という感じです。そこで最後の段階「みみをすます」を行います。「静けさを聴く」では「図」に対する「地」の部分を聴いていただきましたが、今度は図と地をいっしょにテクスチャーとして聴くというか、ヒエラルキーなしに、名前を付けないで聴いてみてください。今日は晴れていますから音の見晴らしというか、「聴き晴らし」がすごくよいのではないかと思います。展望台の一番上まで階段を昇る途中でも、どんどん音の眺めが変わっていくと思います。


益子12 展望台は思ったよりずっと高かった。火の見櫓とかよりもっと高い。階段を昇るにつれ、聴こえてくるチェーンソーの音と車の音が、次第に輪郭を滲ませ曖昧に溶け合っていく。心臓の鼓動も高まるが、これは高所恐怖症のせい。役所のお知らせアナウンスの最初の「ピンポンパン」だけが、風に乗って運ばれてくる。音が集まってくるのか、鳥の声が多くなる。てっぺんに着くと風が冷たく耳元で鳴っている。その風切り音越しに眺める響きの景色はどこかぼうっとして、どろりとした一様な空間のなかに起伏や密度の勾配があるように感じられた。足元同様、響きが風で揺れて、方向や距離が不明確になりパースペクティヴを結ばない。ふと後ろから音が聴こえてくるように感じられる。鉄道の線路の音や、もう巣に帰るのかカラスの群れの鳴き声が聴こえた気がしたが、はっきりとせず自信がない。すべてが茫漠としている。見渡せる景色と聴こえてくる響きは、ヘッドフォンを着けた時とはまた別の仕方でずれている。「切断」というより、「混信」とか「誤配」のイメージ。階段を降りて下にたどり着くと、今まで感じていたのが「圧力」みたいなものだったことに気づく。下は風も吹いていない。本当に上は風が吹いていたのか。風の音と聴こえたのは何だったのか。

 「音を聴く」、「静けさを聴く」、「みみをすます」の三つの段階と最初にご説明しましたが、本当はもう一段階あります。それが「もどる」です。いま耳は音を選り分けないで聴く、ぼーっとした状態になっています。先ほどの三段階を踏んで耳のストレッチをしてきたわけです。でもふだん私たちは音を選り分けて、区別するために音を聴いています。今のままだと話しかけられても気づかないとか、車が近づいてきてもわからないということになってしまうので危険です。ぜひ帰り道は他の人とお話ししたりしながら、意識的に「もどす」ということをしてください。

 確かに「音を聴く」、「静けさを聴く」までは集中して耳をそばだて、聴こえてくる音を絶え間なくスキャンし、瞬間的にピックアップ/クローズアップするということを高速で繰り返していた気がする。展望台の上ではもう、そういう風には聴いていなかった。あそこで何を聴いていたのだろうと不思議に思う。帰り道で津田がひょろりと高い松の木のてっぺんを指差し、松葉は細くて硬い独特の形をしているので、風で揺れる葉擦れの音にも特徴がある。その響きを「松籟」というと説明してくれた。私には松葉が鳴っている音がどれなのかわからなかったけれど。
益子13
掲載の各写真はワークショップに参加した
益子博之、多田雅範、笹島裕樹各氏の
撮影によるものです。
FBから転載しました。
スポンサーサイト


ライヴ/イヴェント・レヴュー | 17:53:56 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad