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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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雪が運んできた沈黙の重み − 津田貴司『にびいろ』展、stilllifeライヴ「薄氷空を映す」レヴュー  Snow Brought the Weight of Silence − Review for Takashi Tsuda Exhibition "Silent Lead Gray" and stilllife Live Performance "Thin Ice Reflect the Sky"
1.雪の降る夜
 2月14日の晩の雪は、前回とは全然違っていた。
 前回の雪はびっくりするほどさらさらしていて、降る時にもまた、自らが粒子/結晶であることを明らかにしながら、固い輪郭を守って空間を通過してきた。だから雪の降る軌跡が風にかき乱され、渦を巻くのが見えた。それは背景が見えていた‥ということでもある。降雪の軌跡は滲むことなく、その隙間から背後を見通すことができた。そこで雪はマテリアルであり、その容器である透明な空間とは別物だった。
 今回の雪はいつものような、花びらが舞い散るように揺れながら落ちてくる「ぼた雪」ではなかった。いつもなら、舞い落ちる花びらの枚数が多ければ、それだけ隠される景色も増える。風景は白い筆の跡で埋め尽くされ、暖かな明るさのうちに沈められる。今回の雪の粒は細かく‥というより見えなかった。前回のような粒子としての輪郭は消え失せ、ただ白く半透明な空間だけがあった。筆の跡は見えない。視界が濁ったように遠近が消失し、なだらかな明暗の起伏だけが残される。ぼた雪に隠された時には、見えないながらもそこにいつも通りの風景があるのがわかったのに、今回、風景はありとあらゆる輪郭とともに奪い去られる。そして音もまた。
にびいろ4 にびいろ5


2.『にびいろ』
 前回よりはるかに重たい積雪にうんざりしながら何とか雪かきを終え、予定より遅れて駅に向かうと東横線が止まっていて、迂回を余儀なくされる。会場最寄りの西荻窪の駅から、片付けられていない雪が靴を濡らす道を急ぐ。足元がびちゃびちゃと音を立てているはずなのに、あたりは不思議なくらい静まり返っている。通りから路地へと入ると、まだ溶けていない雪が、薄闇に柔らかな光を放つ代わりに音を吸い込んでいるのか、さらに不気味なほど静かになる。目的地の「ギャラリーみずのそら」は路地の奥にひっそりと佇む中庭のある家だった。
にびいろ6

 教室の半分ほどの広さの空間の右手と正面の壁に、A4版の紙が波を描くように貼り出されている。鉱質インクによる滲みは、案内状の絵柄よりもずっと小さく慎ましかった。その寡黙なささやきを聴き取ろうと近寄って眼を凝らすと、白い塗装の下から壁板の木目が浮かび上がり、いったん湿してから乾かしたことによる紙のわずかな歪みが、微妙な起伏をかたちづくっていることがわかる。その片隅に鉱質インクによる滲みが残されている。
 濾紙にインクを垂らした時に生じるような、虹状のクロマトグラフィが展開されているわけではない。あんな風に一人、二人と歩けなくなった仲間を置き去りにして、姿形が変わるほどの長旅を染料がするわけではないのだ。インクは思ったほど広がらず、不定形のスポットに留まり、余白の片隅でぽつんと孤独に立ち尽くし震えている。縁の部分のフラクタルなぎざぎざが、その先に広がる余白に向かって開かれ、鋭敏で柔らかい中身をさらしている。
 雲の形のスケッチ、あるいは発芽しようと身を屈めている胚のイメージか。見ていくとほとんど刷毛目のような薄い斑紋もあり、なかなか印象が定まらない。逆に言えば一定の形を保ちながら、輪郭を押し立ててくるイコン性が希薄ということだ。インクの染みという「出自」からして、ロールシャッハ・テストの親戚のようなものだが、インクを垂らした紙を折って開き、デカルコマニーの要領で転写することによって出来上がるシンメトリーは、それが何であるかという連想/解釈を強迫的に誘わずにはいない。津田の作品にはそうした押し付けがましい強迫性は微塵も感じられない。形は宙に浮かび、眩しい光を見詰めた後に現れる斑紋のように、目蓋の裏で揺らいでいる。
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 案内状に添えられたダイヤモンド・リング状の図柄から、私はインクの滲みがつくりだす軌跡の刻印を思い浮かべ、どこか互いに似通ったそれらのイメージが、宇佐美圭司の作品のように、空間を横切って写像を投影し合う様を勝手に想像していた。前回記した告知記事はそうした私の勝手な思い込みに基づいて綴られている。私はいま自分のいる空間の手触りをとらえられないでいた。見ると女性が一人、ベンチに腰を下ろしている。彼女はこの空間の居心地の良さを楽しんでいるように感じられた。「眼を凝らす」とか「耳をすます」というより、空間に意識を漂わせ遊ばせる‥とでも言おうか
にびいろ10

 と、どこかから水の音が聴こえてくる。おやと振り返ると鳥の声がする。展示の空間にサウンド・インスタレーションが施されていたことを今更のように思い出す。すぐには彼女のように身軽になれない気がして、とりあえず耳に飛び込んできた響きに近づいてみる。囲炉裏を模して井桁に組んだ木材の上に置かれた磨りガラスにスピーカーが装着され、水の滴る音を響かせている。中庭に面した側の壁の床面近くに開けたガラス窓に着けられたスピーカーからは鳥のさえずりが聴こえてくる。木材の上にオブジェのように置かれたコーン・スピーカーからはぶつぶつとつぶやきが流れ出し、床を這う。
 音はそれぞれ勝手に湧き出し、聴く者の耳の在処など気にすることなく溢れ出している。ギャラリーの中を歩き回り、あるいはしゃがみ込んで耳の高さを変えると、その度に耳の景色が移り変わる。
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 ギャラリーの一番奥から入口の側の壁を振り返ると、壁板の木目は見えなくなり、代わりに塗装の白いもやが浮かんで、2月14日の晩の雪のように見通し難い厚みをつくりだし、その手前に貼り出された紙片が浮遊している。あちこちに筆の跡が残されたようでもあり、黒い花びらが散っているようにも感じられる。紙片を印画紙に見立てれば、未確認飛行物体を連続してとらえた、ブレて不鮮明な記録写真が並んでいるように見えないこともなかった。
にびいろ28


 中庭側の壁の端に、津田の直筆によるメッセージが貼られているのを見つけた。


湿らせた紙に 製図用ペンを使って 微量の鉱質インクを
落とす。髪が乾いてゆくまでの間、インクは滲みながら
浸透圧の差によって 思いもつかない形状に、思いもかけない
色彩を現しながら、ひろがってゆく。

あるものは鉱石にも見え、あるものは鳥の羽や、粘菌
のコロニーや遠くもやにけぶる島影にも見える。

湿らせた紙は鼓膜である。
あるいは井戸の底の水面かもしれない。

ある湿った平面に、微細な空気の振動が伝わる。
そのふるえが減衰し収束していくまでの間、
音は滲みながら、思いもつかない響きや、思いもかけない
音色となってひろがってゆく。

遠い呼び声にも そらみみにも 聴こえる
振動の痕跡の滲みに息をのむ。

にびいろ13


 なるほどなと思う。「湿った平面」はウェットウェアというわけか。覗き込む穴の奥深くに張られた「湿った平面」という点で、確かに鼓膜と古井戸の水面は似ているかもしれない。だが、深い井戸に落とされた水滴の立てる響きは、井戸の縦穴の共鳴により変容し、固有の形を得るに至る。最近聴いたLucio Capeceの作品では、ボール紙製の筒を介して空間の響きを録音した音素材が用いられており、トンネルの中に入ったような特有の響きの向こうで、人の話し声や動き回る音がする様は、まさに長い筒を覗いているようだった。おそらくは耳の穴もそうした固有の響きを持っているだろう。とすれば、滲みは「湿った平面」に到達した瞬間から始まるのではなく、その時点より前に、音が生まれ放たれた瞬間からすでにして刻まれてしまっているのではないだろうか。

 津田が「みずのそら」につくりだした空間は、形や音が「滲み」によって原初とは異なる姿に変貌させられていくのではなく、そもそも空間への「滲み」を通して、形や音が「響き」として生まれてくることを明らかにしていたように思う。


3.薄氷空を映す
 様々な音具と敷物がセッティングされているにもかかわらず、津田も笹島も位置に着こうとしない。しばらくの間、インスタレーションの響きを改めてじっくりと聴くことができた。私が座ったのは入口とは反対側の壁に近かったから、小鳥のさえずりをゆったりと響く水滴の音が洗っていた。
 インスタレーションが切られると、空調の音と傍らに置かれた石油ストーブの燃焼音が浮かび上がり、沈黙が重くのしかかってくるのが感じられた。これまでのstilllifeのライヴでは、まだ外で虫が鳴いていた立川セプティマが一番外の音が入ってきた。床も盛大に軋んだし。四谷三丁目喫茶茶会記では、外の音は全く聴こえず、隣接するカフェ・スペースの話し声が低くくぐもって響き、聴衆が演奏者のすぐ間近まで迫るセッティングもあって、息苦しい閉塞感が漂っていた。外の音が素通しで聴こえるのではと期待した益子里山の家では、予想とは裏腹に外はとても静かだった。時折聴こえる焚き火の爆ぜる音や風にあおられた窓ガラスの鳴りは、むしろ静けさを引き立てていた。その代わり、私を含めた聴衆の、そして演奏者の耳には、昼間歩き回った里山で耳をすました音の数々が豊かに響き続けているのが感じられた。それらとの比較で言えば、「みずのそら」では昨晩から降りしきる雪の静けさが、私の耳には色濃く残っていた。

 そうした沈黙の重さは演奏する二人にものしかかっているように感じられた。二人はなかなか音具に手を着けず、こちらに背を向けた津田が、ようやくにして、おそらくは笛を取り上げて息を伝わせると、笹島が石をこすりあわせて応える。そうした微弱な交感が長く続けられた。遠くを見詰めながら、息はますます細く紡がれ、管を鳴らすことも震わせることもなく、ただただ伝い続ける。藁の束を手繰る音が間を置いて響く。床に直に腰を下ろした二人からは、中庭側の壁の床からの立ち上がり部分に設けられたガラス窓を通して、中庭に積もった雪が視界を塞ぐように見えていることだろう。
 今日はいつにも増してアクションが少なく抑えられている。頭上を飛行機が通り過ぎていくのを追いかけるように、小石が掌の中で転がされ、ガラス壜の口を叩いた音がかすかに聴こえてくる。本当にかすかに。U字型の蹄鉄を取り上げて揺らしたまま、なかなか音を出そうとしない。もう片方の手に吊り下げた金属片を打ち合わせるのではなく、そっと触れさせるだけ。木の壁と床が響きを柔らかく拡散し、また吸収する。

 沈黙の真綿のような重さを感じる一方で、常に音は鳴り続けているようにも感じられる。二人はそうした鳴り続けている音の中に身を沈めようとしているかのようだ。彼らは音を出しあぐねているように見えた(こんなことはこれまでなかった)。15名ほどの聴衆が息を詰めて見守る中、携帯電話のバイブ音が一瞬浮かび上がる。

 演奏はいったん終了し、照明は消されたまま、聴衆にホット・ワインが振る舞われる。グラスを配るスタッフの動きとワインの香りが緊張を緩ませる。その隙間に忍び込むようにいつの間にか演奏が再開され、二人は先ほどまでとは異なり、一見無造作に音を出し始める。だが音は響かず、広がらない。木の棒を束ねて揺らし、互いに打合せ、あるいは吊るされた小鐘を鳴らす。思うようにコントロールできず、結果として意図を離れた音だけが、ここに参入を許されるのだろうか。星砂を入れたガラス壜を振るがほとんど音がしない。この無音感/吸音感は閉塞感とは全く異なる性格のものだ。
 音は漂わずに、しんしんと降り積もる。

 笹島が迷った挙句、思い詰めたようにカンテレを抱え持つ。抱えたまま、なかなか音を出そうとしない。おずおずと指先が弦に触れ、微かな波が生じる。津田は水の入ったガラス壜を揺らし、こぽこぽと音を立てていて、(おそらくは誤って)壜を取り落とし、床に当たって大きな音を立てる。その背後に滑り込むように、カンテレの音が大きくなり、空気が少し動き始める。ファースト・セットでは笛しか手に取らなかった津田が、素焼きのパイプを転がし、ガラス壜を揺すり、金属音を立てる。笹島は響きを確かめるように、また手元を照らすように、カンテレを爪弾き続けている。

 「どのくらい演奏していたでしょうか。いつもは何分ぐらいと決めて演奏したり、あるいはそうでなくても、演奏を終えて『今日はこれくらい演奏したかな』と思うとだいたい当たっているのですが、今日はどのくらい時間が経ったのか、全然わかりません。演奏するよりも、聴くのに没頭してしまったというか‥‥」と、演奏を終えて、津田が話し始める。確かに今日彼らはより少なく音を放ち、より多く聴いていた。しかし、だとしたら彼らはいったい何を聴いていたのだろう。

 「『にびいろ』って冬の空の色のイメージで、今にも雪が降り出しそうな‥」と津田が展覧会の説明をしている。そう言えば告知記事を書く時に「にびいろ」の英訳に困ったっけ。「にびいろ」=「鈍色」なので直訳すると"Dull Color"だが、さすがにこれはないだろうと、重苦しく寒々としたイメージと解釈して"Silent Lead Gray"としてみた。そうか今にも雪の降り出しそうな色か。沈黙が垂れ込める中から、音がひとひら、ふたひらと舞い始め、やがて降りしきり、宙を舞い、降り積もる。鈍色の空と渾然一体となった雲の中では、そうしたことが起こっている。
 「薄氷空を映す」とは晴れ晴れとした冬の日のイメージだが、stilllifeが今回連れてきたのは、むしろ重苦しい沈黙とやがて雪へと変貌する平衡の崩れを内在させた「にびいろ」の空間ではなかったか。
にびいろ29
※写真は津田貴司、原田正夫両氏の
 Facebookページから転載しました。
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 23:04:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
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