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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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練馬石神井音紀行 − 津田貴司ワークショップ「みみをすます」 in 石神井  Sound Travel Writing of Syakujii, Nerima − Takashi Tsuda Workshop "To Be All Ears in Syakujii"
 午前7時に神社の境内に集合し、あたりの音や気配に耳をすましながら、朝の林を探索する —− そんな魅力的なプログラムに誘われて、津田貴司によるワークショップ「みみをすます」に参加した。以前にレヴューした益子に続き、2回目の参加となる。前回は里山だったが、今回は練馬区石神井公園。広いといっても街中である。どのような音景色が待ち受けているだろうか。
 なお、ワークショップ「みみをすます」の趣旨や、基本的な構成である3つのステップ、「音を聴く」、「静けさを聴く」、「みみをすます」については、益子ワークショップのレヴュー(※)を参照していただきたい。
※http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-276.html


 気合いを入れて午前5時に起きたはいいが、行きの副都心線でうとうとと寝入ってしまい、西武線に乗り換えるべき小竹向原を通り過ぎてしまう。慌てて戻り、最寄りの石神井公園駅からはタクシーで向かったがちょっと遅刻。皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした。

 ワークショップの趣旨を津田が説明する。その間にも周囲の音が響いてきて、津田の話にも映り込む。神社の境内を掃き清める竹ぼうきのしゃっしゃっと鳴る清冽な音について。あるいは腰にラジオをぶら下げて聴きながら散歩するおばさん。姿が見えなくなっても音でどこにいるかわかる。

 様々な種類の鳥の声が少し遠く混じり合って響く。先ほどまではもっとカラスがうるさかったとのこと。それでもすぐ近くを低く飛んでいくカラスがいて、羽音が朝の空気をいささか暴力的に切り裂いていく。柏手。鈴。足音。話し声。参道の向こうから聞こえてくる車の音。上空を通り過ぎる姿の見えない飛行機。

 神社に参拝してから、林の中に歩みを進める。木立といっても樹々の間は空いていて明るい。響きにも閉塞感はない。隙間のある風通しの良い音響。足音に枯葉と砂利の音がブレンドされる。鳥の声が近くなり、方向が明確になって、明らかに上から降ってくる。音源も分離して、鳥に詳しければどれが何の鳴き声と識別できるだろう。シジュウカラが鳴いていますねと津田。あちらからはヤマバトの何とものんびりした声が。反対に参道から遠ざかったからか、車の音は遠のいて輪郭を失いどろんとした暗騒音へと姿を変える。上空にまた飛行機。先ほどまでとは響きのパースペクティヴが明らかに変わっていて、ある広がりに包まれている感じがする。柏手や鈴の音もまだ聴こえる。

 さらに歩みを進めると、ぼんやりとした暗騒音は完全に方角を失い、足元から満ちてくるような、四方八方の樹々の隙間から流れ込んでくるような印象を与える。何かわからない金属質の軋みが鳴り響く。

 木立の切れ目から池の水面が視界に入ってくると、音の見晴らし=聴き晴らしがふと開ける。木漏れ陽が風に揺らぎ、池のまわりをジョギングする人たちの足音が、それぞれに規則正しいリズムを刻む。「水の存在を感じる」という人がいるが。まだよくわからない。津田が「水の音はなかなか遠くまで聴こえないんです」とコメントしている。だが、いったん耳についてしまうと、いつまでも耳を離れない。大型犬の荒い吐息がすぐそばを通り過ぎる。

 少し下って水面の近くまで降りていく。梢から垂れ下がった花房に蜂が集まって来ていて、手を伸ばしてもとても届かぬほど距離があるのに、もつれるような羽音が聴こえる。珍しい物を聴いた。集合的な響きなので、眼に映る数匹以外に、上の方にもっと群れているのかもしれない。15秒ほど、耳を指で塞いで聴覚をリセットし、ぱっと開くと、音のパースペクティヴがさっきまでとずいぶん変わっている。池の端まで降りてくることにより、まわりを囲まれるかたちになったからだろう。音の聴き晴らしが悪くなって、すてにある響きの層に埋め込まれた感じがする。枝を渡る小鳥の姿。遠くの犬の吠え声。空き缶を片付けているようなガラガラした響きが頭上を通り過ぎ、地元参加者が「そういえば今日は回収日だな」とぼそりと漏らす。

 池の見晴らしがよい地点へと回り込むと、カモの鳴き声や羽根で水を跳ね散らかす音がよく聴こえる。水面のあぶくはコイだろうか。黒い魚影が動いている。時折、水が跳ねる音がするのもそうかもしれない。そうした場面自体は目撃できなかったが。もっと細かく鋭い、ぴちぴちと水が跳ねる音がする方に視線を向けると、枝先が水面に触れ、風で揺らいでいた。トンボが視界の隅を横切り、長い水草が音もなく風にそよぐ。どこからかまた蜂の羽音が鈍く響く。水面のきらめきが反射して木立に映えている。犬を連れたおじさんのうなる歌。おじさんは池端で耳をすます集団を不思議に思ったのだろう。しばし立ち止まり、連れられた犬は休憩ならエサがもらえるはずだと、居住まいを正す。ようやくおじさんがそれに気づいてポケットからエサを出す。それを犬が噛み砕く音。舌の鳴る音。「カワセミの鳴き声が聞こえますね」と津田。おじさんが「カワセミなら見かけたことはあるけど、鳴き声なんて聴いたことがない」とつぶやく。

 もう少し歩くと水の湧き出し口があった。そばによると急にせせらぎが聴こえ始める。「水音はマスキングされやすいんですよ。ちょっと離れるとすぐ聴こえなくなってしまうし、間に障害物が入ってもとたんに聴こえなくなりますね」と津田。確かに樹の幹の陰に回り込むと、くっきりと幹の輪郭が浮かぶように聴こえなくなる。高音域の倍音成分が多いからかなとも思うが、少し離れて水音が生々しさを失う時に欠け落ちているのは、むしろ中域の躍動感である。耳をそばだてると、ポコポコと木片を叩いたような音が混じっている。ラジオの音がゆっくりと遠ざかっていく。湧き出し口の周囲を巡り、方向で音色や輪郭、粒立ちが変わるのを確かめる。

 湧き出し口から少し離れ、音がほとんど聴こえなくなるのを確かめてから、その場にしゃがみこみ、また耳を塞いでリセットしてみる。耳を開くと、水面のどよめきの低い響きがあたりを浸しているのがわかる。周囲より低い窪地のようなところにいて、そこに澱んだ響きと湿気に埋もれている感じ。蜂よりも耳障りな蠅の羽音。

 少し上って、ベンチもある開けたところに出る。傍らの小道を時折自転車が通り、話し声が軽やかに行き過ぎる。津田から「耳をすます」の説明。全体の音が描き出す模様をぼうっと見る。それではベンチもあるので10分間ぐらいここで過ごしましょう。
 ラジオ、虫の羽音、カラスの鳴き声、車の音、自転車、水鳥‥‥。誰か練習しているのだろうか、ピアニカのか細い音色が風に運ばれてくる。全体としては開けていて透過性の高い感じ。益子で最後に上った展望台のように周囲からわーっと音が集まって来て、ねっとりとした厚みのある混成体をかたちづくっているというようなことはない。それでも車の音は結構遠くから、幾層も重なり合って届くせいか、輪郭を失って溶け合い混じり合って流動性の高い変形を来しながら、首筋に注がれてくる。反対に正面側には、これまで歩いてきた林が広がり、スクリーン状に様々な響きが明滅している。希薄な平面。頭上で急に小鳥の声が鋭く炸裂する。
 時間が過ぎて、津田が飛んでいるヒヨドリが虫を食べようとして空振りし、嘴が空を掴む音が聴こえたと話す。

 スタート地点へと戻る途中で、虫の音がスクリーンを張っていた。これまでにも鳴いていただろうか。記憶にない。きめが粗く昔の電子音みたい。集合的な重ね合わせた感じがしない‥‥と思っていたら、ぱっと音が止んだ。いっせいに鳴き止むということはないから、もとから一匹だったのでしょうと津田が話す。集合的な重ね合わせ感がなかったのはそのせいか。広がりがあったのは、場のアコースティックによるのだろう。少し風が出て来て、さやさやと葉擦れが聴こえる。木道のすぐ脇に小さな水門があって、水が流れ出している。泡立ちのないとろりとした響き。「さっきよりこの方が清流っぽく聴こえるかもしれない」と誰か。「水音は本当に難しいですね。ものすごくきれいな清流を録音しても、家に帰って聴くとトイレの水音にしか聴こえなかったりとか、あるいはドブ川みたいなところの方がきれいな音が録れたりとか」と津田が答えている。

 「サウンドスケープを提唱したマリー・シェーファーは、自然の音と人工の音を分けたがる傾向がある。でもこうやって注意深く聴いていくと、むしろ、そんな風には分けられないことがわかる。いま聴こえているセスナ飛行機の音も、あーっ入っちゃった‥‥って嫌う人がいるけど、僕はいいと思う。ただ戦争体験があるお年寄りは嫌いますね。うちのおばあちゃんなんかも『グラマンが来たーっ』て言う」と津田。どんっどんっと太い太鼓の音。「ああ9時になったのか」と誰か。スタート地点の境内はもうすぐそこだ。

 境内に戻ると、話し声、竹ぼうきの音、話し声、足音、柏手、鈴など先ほどまでの音に、活動している街のざわめきが加わっているのかわかる。何か作業している音、機械の作動音。車の音もより厚く角ばっている。街が目覚めた。きっと平日なら、目覚めはもっと早いのだろう。
石神井1 石神井2

ポスト井のいちイベント
津田貴司ワークショップ「みみをすます」in石神井

◎新緑の季節、石神井界隈を歩きながらみみをすませてみませんか?
◎簡単なガイダンスの後、石神井公園付近を歩きながら「音を聴く」「静けさを聴く」「みみをすます」という3つの意識状態をガイドする予定です。
◎いつもの散歩道も、注意してみみをすますと、驚くほど豊かな音の風景が広がります。
◎野外でのワークショップですので、各自で水筒や雨具、防寒具等のご用意をお願いいたします。

日時:5月24日午前7時集合9時ごろ解散
集合場所:石神井氷川神社境内集合
定員:20名
会費:1000円
主催:井のいち実行委員会

津田貴司(サウンドアーティスト)
'90年代後半より、ソロ名義「hofli」としてフィールドレコーディングに基づいた音楽活動を展開。津田貴司として、サウンド・インスタレーションやワークショップ「みみをすます」シリーズを継続している。主なアルバムに『水の記憶』『雑木林と流星群』『湿度計』など。http://hoflisound.exblog.jp/

石神井3
写真はすべて津田貴司Facebook ページから転載しました。
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 14:58:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
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