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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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『トリベル』の謎  A Riddle of "Torivel"
 オーディオが修理中でディスク・レヴューがままならないため、急遽、埋め草記事として先日の鳥取行きの話を。

 今回、鳥取を訪れてみようと思い立ったきっかけは、『トリベル』という不思議な名前の小冊子だった。「鳥取民工芸トラベルブック」と副題されており、鳥取県の作成したれっきとした観光用ガイドなのだが、単なる名所案内ではなく、「手仕事」にフォーカスした視点、その結果選ばれた題材、写真やキャプションの質の高さに惹きつけられた。たとえば鳥取民藝美術館を紹介する写真。展示された個々の事物ではなく、それらが集積された空間に眼差しを向けており、外からの光や階段による空間の交錯、家具のひっそりとした佇まい等の響き合いをしっかりととらえている。対して岩井温泉の老舗旅館は、時の止まったような古びた木造建築を、次第に明るくなっていく移行の時間の中に置いて、幻想的な魅力を引き出している。他にもフツーの観光案内には載っていない魅力的な場所が幾つも紹介されていた。次のURLでPDF版を見られるのでぜひ。
鳥取001トリベル
鳥取002トリベル

 初日は早起きして羽田に向かい、飛行機で鳥取空港へ。バスで市内に向かい、さらに別のバスに乗り換えて倉吉へ。掘り割りの水の流れに沿って並ぶ土蔵の白壁、重たさと軽みが混じり合う石州瓦の赤み、黒い焼き杉の肌は木目など見えないほど焼き込まれてケロイド状になっていた。それにしても小さく清らかな流れがあって、そこに居並ぶ家屋の前に小懸かりの橋があって‥‥という眺めはいいなあ。京都の上賀茂神社の並びみたい。あちらの方が緑が多くて涼しげではあるけど。土蔵の中は高さを活かして吹き抜けで2階にしていたりする。
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 昼食は『トリベル』に掲載されていた「コーヒーと音楽とインドカレーの店」夜長茶廊に開店を待ちわびて入る。写真はチキン・カレーとバター・チキンのセット。両者の風味の違いまで計算して丁寧につくられていて良かったですね。サイドで注文したラッサムとサモサもなかなか。コーヒーは香りはいいけど、エチオピア、マンデリンともややすっきりし過ぎの感。音楽は2枚目にかかった(LPを片面ずつプレイ)ドロシー・アシュビーが印象的でした。
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 続いては三朝(みささ)温泉へ。本日投宿する「依山楼岩崎」に荷物を置いて付近を散策。三朝川に架かる橋が美しい。中程に木の枡を並べた足湯が設けられている橋があり、足を浸す。湯口に近い枡はかなり熱い。じんじんと響く足を我慢しながら顔を上げると、眼前には山の緑が広がる。名物だと言うカジカガエルの声はもう聴こえないけれど、近くは湧き出す湯の響き、川の流れ、川を渡る風に揺すられる樹々の葉擦れ、柔らかな街の喧噪が渾然一体、心臓の鼓動と混じり合う。輪郭が溶けて柔らかくなり、外界との隔てが薄らいでいく感じ。身体に沁み込んでくる山の緑に、以前にブログでレヴューした韓国映画『母なる証明』で、母が廃品回収業者の家へと向かうシーンの、辛うじて見分けられる程度のちっぽけな母の姿と視界一杯に広がる山の緑を思い出していた。
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 ひなびた温泉街の小路へ。造り酒屋(※)に「古酒」とあるので不思議に思っていると、豊かな顎髭をたくわえた店主が説明してくれた。蒸留酒ではなく、清酒(吟醸酒)を温度管理して熟成させるのだという。2010年の世界品評会で金賞を受賞し、その後、外務省から声がかかって晩餐会で供されているという1996年に仕込んだ「白狼」を試飲させてくれる(超下戸なので遠慮したのだが、まあ小さじ1杯程度なので‥)。淡い琥珀色。フルーティさはなく、味も香りも速い。いったん通り過ぎた後でずーんと響いてくる中に木の実やスパイスの香りが聴き取れる‥‥ような気がする。日本酒とはとても思えない。ドライ・シェリーが近いだろうか。音で言うと中高域よりももっと高い帯域がどこまでも豊かに伸びている感じ。気さくで話し好きの店主によれば、白狼は三朝の古い伝説に出てくるのだという。
※http://www.fujii-sake.co.jp

 小路をさらに進むとかつての共同浴場の後が足湯になっている。足を浸してみるとこちらはぬるくて柔らかい。さらに先に「株湯」という元湯があるというので行ってみる。そこは飲泉できるようになっているのだが、大きなポリタンクに湯を汲みに遠くから車で来る人もいるという。旅館に戻って湯に入るととろりとしていて、肌が滑らかになる感じ。源泉が底から湧出していて、時折、ぽこりと気泡が昇ってくる。ここでも飲泉ができるので飲んでみると塩味が比較的強く、金気と石膏ぽさが少し。匂いはなく、刺激は少ない。

 翌日は鳥取市に戻り鳥取砂丘へ。まあ砂丘は以前に一度行ったことがあるのでよいとして、妻が行きたいという「鳥取砂丘 砂の美術館」へ。「札幌雪まつりが砂になったようなもんでしょ」といささか馬鹿にしていたのだが、実際に見てみるとなかなか圧倒的。招聘アーティストたちによる競作で、与えられたテーマに沿ったコンポジションをレリーフにまとめている。雪まつりが実在の建物等の単に三次元の写しであるのに対し、構成が入る分、こちらには物語とパースペクティヴがあり、各要素の配置がもたらす調和と緊張がある。今回のテーマはロシアということで、まあ、おなじみのテーマが並んではいるのだが、ロシア民話、建国神話、宗教的エピソード、ロシアン・アヴァンギャルド、旧ソ連による宇宙開発が一同に展示される企画展なんて、たぶん世界のどこにもないのでは。ましてやウクライナ情勢に関心が集まる微妙な時期にあって。このあっけらかんさは買い。それとなぜか大阪スナック系母娘のガラガラ声二人組が多い。砂丘とヤンキーの親和性? 謎‥‥。
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http://www.sand-museum.jp

 早めに投宿する岩井温泉「岩井屋」へ。バスを降りてまず町並みの美しさにびっくり。暗くなってしまう前に周囲を探索する。古い家屋の木の使い方が繊細で美しい。昔作られたガラス独特の歪んだ透明さもまた魅力的。たまたま見つけた廃校になった小学校は、明治時代の木造建築だという。ここもそばを川が通り、掘り割りに水が流れる。掘り割りが先でぐっと弧を描いて、曲がった水面が見える景色って、どうしてこうも魅力的なのだろう。それにしても静かで音がほとんどしない。ただしんしんと暗くなっていく。
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 温泉の湯はさらりとしていて、三朝の複雑さはない。やはり飲泉できるので飲んでみると三朝より塩味がうすい代わりに不思議な旨味がある。二つに分けて構成された12箇所の湯が楽しめた依山楼岩崎の凝った趣向よりも、湯船の底から静かに湯が湧き出したちのぼる静謐さがありがたい。じっくりと堪能。

 翌日、最終日は浦富海岸で遊覧船に乗り(小型船なので島の岩肌に触れられそうなほど近づける)、またまた鳥取市へ。まずは冒頭で触れた鳥取民藝美術館へ。焼き物系はやはり益子で活動した濱田庄司の流れを感じないわけにはいかない。素朴な色合いや柄に対するモダニスティックな抽象化の作用。だが、ここが面白いのは、そうした「作用」を焼き物だけでなく、家具や布製品、和紙をはじめ生活用品全般に押し広げていることであり、さらにそれらが「過去の記録」として保存陳列されているだけでなく、隣接する「鳥取たくみ工芸店」で販売されていることだ。民衆生活の再発見に基づいた、モダン・デザインによる生活改善運動としての姿がよくわかる。それが「伝統」を貧血化するような純粋化の運動でないことも注目しておきたい。美術館のこじんまりとした入口のすぐ脇にある地蔵堂は八角形の天井にステンドグラスというよりは、ル・コルビュジエによるロンシャン教会を連想させるような色ガラスによる光の導入が施されていた。
 昼食はこれまた隣接する「たくみ割烹店」で。牛味噌煮込みカレーとハヤシライス。脂が強くなく、まったりとしていて、よく考えられ練られた味。食後のコーヒー(ブラジル系のまったり風味)とねっとりと粘度の高いヨーグルトもおいしい。
 その後、市内を散策。『トリベル』に掲載されていた昭和28年築のレトロビルに行ってみる。いかにもな石造りの階段を上がると、何とレコード屋があるではないの。どーしてこう磁石に引き付けられるように出会ってしまうのだろうか。あきれる妻をよそに、ちょっとだけ品揃えを確認。そう広くはない店内にCDとアナログ。西森千明『かけがえのない』が平置きされている。滋味豊かなアコースティック系の作品チョイスは「奈良pastel records」から店主寺田による音楽サイト「公園喫茶」の流れを思わせた。後で調べると、このborzoi record(※)は知る人ぞ知る、鳥取に「ボルゾイ・レコードあり」というような有名なお店のようですね。
※http://borzoigaki.exblog.jp

 最近は来日ミュージシャンのライヴでも、東京・大阪で複数回というよりは、地方都市の、しかもライヴハウスではなく、ギャラリーやカフェ、レコード店やあるいはお寺等を巡っていくツアーが多いように思う。シャッター商店街をはじめ、地方にお金が流れないことがたびたび指摘されるが、そうした「消費」とは別の形で、地方の「活性化」は進んできているように感じている。むしろ文化的なネットワークの構築を通じて。ここ鳥取でも、そうした流れは確実に起こってきているようだ。むしろ20年前に訪れた時の方が、もっと活気がなく疲弊していたように思う。これは後から調べてわかったのだが、『トリベル』主導で意欲的なショップを結んだイヴェントも仕掛けられているようだ(※)。
※http://trivel.jimdo.com

 その一例として、歩き疲れて入った喫茶店のレヴェルの高さを挙げたい。交差点に位置するビルの2階にある「1er(プルミエ)」を、あらかじめ知っていたわけではなかった。入り口に掲げられたメニューがなかなか魅力的だったので、そこにしたというだけである。明るい色の木の階段を昇ると、先客が二組いた。下段の皿にお好みのケーキ2種とフルーツ。中段にはスコーン2種とクリームとジャム。上段には何種類ものクッキー等の焼き菓子が盛りつけられたセットとコーヒーを注文する。見ると壁に店主が訪れた時に持ち帰ったものだろうか、ラ・トゥール・ダルジャンやポール・ボキューズ等、フランスの有名レストランのメニューが飾ってある。しばらくして供された菓子はどれも素晴らしく、量もたっぷりで(写真参照)、これはお得(結局、焼き菓子はプチ・クロワッサンだけ食べて、後は袋をもらって持ち帰ることに)。これでドリンク付きで1500円ですよ。おい、マ○アージュフ○ール、威張ってねーで少しは見習えよ‥と。いちじくのタルトは香りをはじめ風味のまとまりがよく、タルト・タタンは、そもそも出している店自体珍しいが、こちらは固めで苦みより酸味を活かすタイプ。コーヒーもグアテマラをベースにしたブレンドだろうか、「たくみ割烹店」のようなまったり系ではなく、すっきりとした酸味があって、しかもちゃんとボディの輪郭がはっきりしている。おいしい。まだ若い店主は、フランスに渡り、パティスリーやブーランジェリー(両者の区別は曖昧と話していた)で修行したという。旅の最後を偶然見つけた素敵な店で締めくくれるなんて、何と幸せなことだろう。
鳥取17_convert_20140925200404https://www.facebook.com/1er.tottori
http://blog.zige.jp/c-est-la-vie/kiji/688068.html
http://blog.zige.jp/c-est-la-vie/kiji/695672.html
http://blog.zige.jp/c-est-la-vie/kiji/696552.html




 けれど不思議なことがひとつある。『トリベル』がなぜ私の手元にあったのか、よくわからないのだ。鳥取市内の観光案内所にも置いてなかったし(『トリベル』はありますかと訊くと、『トリヴェラー』という地図が出てきた)。記憶では立川セプティマに置いてあったのをもらってきたような気がするのだが、はっきりしない。仮にそうだとしても、なんでそんなところにあったんだろう。マイナー県を旅せよという、神の思し召しだったのだろうか。あるいは『トリベル』の表紙を飾る不思議な道祖神(?)のお導きなのだろうか。
トリベル表紙
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