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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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積み重なる音の地層 − 『十二ヶ月のフラジャイル』サウンド・パフォーマンス  Layers of Sound Strata − Live Review for Sound Performance "Fragile Twelve Months"
 駅前から続く商店街の原色の溢れ出す喧噪が通りに行き当たり、目印のコンビニを右に折れると、打って変わって暗く静かな住宅街となる。あまりの変わりように、この先に本当に店なんてあるんだろうかと、不安をおぶったまま歩き続けると、やがて左側に明かりが見えてくる。近づくと大きなガラス窓から柔らかな光が道路に溢れ出している。木のドアを開けると、もうすでにセッティングが終わっていて、小さな椅子が幾つも並べられている。開場時刻ちょうど。どうやら一番乗りのようだ。
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 特製「北の旅人」ブレンドのコーヒーをいただき、後ろの席に腰を下ろして、ゆっくりと室内を眺め回す。天井の高い空間は確かに「サイコロ」の名前通り「立方体」に近いかたちをしているかもしれない。白く塗られた壁と天井。壁に沿って設えられたチェストや木机の年期の沁み込んだ深い色合い。部屋の隅では大型の古い木製金庫が黙り込んでいる。そのせいで部屋は落ち着いた「腰壁」仕立てのように見える。吊り下がったペンダント照明が暖かな光を滲ませ、ところどころに置かれた古道具風のオブジェが、空間の陰影を濃くしている。古い木製の図面入れの上に置かれた天秤。入り口の脇のガラスケースに並べられた葉と枝ばかりの植物標本。豆本風の凝った造本の冊子を手に取ってみると、山之口獏のアルバム写真を集め、古い戸籍の写しらしきものが付されていた。まるで夢の中に出てくるような不思議な本。ふと鳴っている笛と太鼓の音に気づく。民族音楽だろうか。辺りを見回すが、どこから聞こえてくるのかわからない。津田に尋ねると、ライヴのPA用に持参した反射板スピーカーから音を出していると言う。「どこから鳴っているのかわからないでしょ」と。その通りだ。件のスピーカーはスタンド灰皿くらいの大きさの縦長の直方体で、エンクロージャーは木製。ユニットが側面ではなく上面に付いていて、その上に団扇のようなこれも木製の反射板が取り付けられている。「ラジオゾンデ」で活動している頃につくってもらったものだという。次第に人が増え、顔見知りが多いからだろうか、遠慮のない話し声が先ほどまでの落ち着いた空気を駆逐していく。それでも笛と太鼓の音はその向こうからしっかり聞こえてくる。外に出るととても静かで、近くに風呂屋の煙突が立ち、夜空に光を放っていた。
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 オートハープのボードを叩く音(私の席からは津田の手元が見えないので想像だが)が増幅され、虚ろにたちのぼる。希薄さを追う耳に、さっきまでは気がつかなかった時計が時を刻む音が大きく響いてくる。手前の素早い動きと壁に映るかげのように広がる引き伸ばされた余韻。外をオートバイが通り過ぎる。カラカラと鳴る滲みの少ない乾いた音が加わる。車が通り過ぎる音はもっと静か。つくられたループが重ねられ、そこにトンッと打つ響きや弦を引き絞る音が付け加えられる。弦の爪弾きがきらりときらめき、拡大された余韻が大きく揺らいで、響きの裳裾をひらめかせる。時折、長い間が差し挟まれ、耳は余韻の雲が次第に形を変えていくのを見守ることになる。アルペジオの繰り返しが、一音一音の隙間を保って星座を描くような訥々とした爪弾きへと移り変わり、キュルキュルという摩擦音に取って代わられる。気がつくと窓の外で熱心に覗き込んでいる人がいる。

 ふっと余韻が姿を消し、顕微鏡的に拡大されていたアタックの質感が薄まって、弦自体の振動、韓国やヴェトナムの箏に似た丸みのある太い響きが広がり、なだらかに浮き沈みする。そこにボディを叩く音が間歇的に加わる。ディレイによって保持されたそれらの響きは、やがて螺旋を巡りながら減衰し、解けて背景へと沈み、打撃音も同様に退いて、代わって弦を擦る軋みが前景に現れ、ゆるゆるとたなびき、ゆっくりと頭をもたげ、辺りを眺め回す。響きは次第に密度を高め、まるでハーディ・ガーディみたいに豊かな倍音をたちのぼらせながら、金糸銀糸をかがったぼうっと輝く光の帯となって中空を渡っていく。まばゆい光の帯は高く弧を描いたかと思うと、輝きを陰らせて長い尾をくねらせ地を這い、暗がりにうずくまって、再び身を踊らせ響きの雫をあたり一面に振り撒いて回る。あるいは谷からの気流に吹き上げられ尾根を這い登り、山頂で渦を巻く霧のうごめき。時に笙やケーンに似た圧縮された響きすら聴かれる。

 その音色の連続的な変化と音像の自在なメタモルフォーズは、私にかつてライヴで体験したフレッド・フリスのテーブル・ギターを思い出させた。クリス・カトラーとのデュオにおいて、椅子に腰掛けたフリスは膝に乗せた小さめのまな板を思わせるボディにたくさんの弦を張ったこの手造り楽器から、刷毛やらリボンやら様々な音具を駆使してハーディ・ガーディの軋みを、ディジェリドゥーのうなりを、そしてもちろん聴いたこともない音色と素早く形を変える響きの流れを紡ぎ出してみせた。
 フレットや鍵盤がなく各弦の音高が決まっていること、エフェクターではなく弦に対するアクトの違いによって音色を変化させていることなど、両者に共通する点は多い。しかし、ひとつ大きな違いがある。フリスは自らのサウンドの展開やデュオの相手であるカトラーの演奏に対しては怠りなく注意を向けているが、部屋の響きや周囲の物音は視野に入れていない。これに対し津田が注視し、皮膚と粘膜を張り詰めさせているのは、むしろこうした「アンビエンス」の手触りや匂い、温度感なのだ。空高く舞い上がって虹を描き、二、三度巡った後、彼方を目指して高速で飛翔するフリスに対し、津田は足裏の感触を確かめ、風の匂いを嗅ぎ、陽射しの傾きを肌で感じながら、一歩一歩、歩みを進めていく。すでにそこにある音の中に身を横たえ、間へと入り込み根を張り巡らせて、それらの間、隙間や亀裂から音を放つ。

 この見事な「ソロ」に至って、津田のサウンド・アプローチが変化したように感じられた。それまではディレイによって束の間保持され、巡りながら減衰し、次第におぼろになっていく音響に対し、適宜重ね描き、あるいは散らし描きすることにより、各要素の浮き沈みをコントロールするやり方を採っていたように思う。これはラップトップPCで複数のサウンド・ファイルに対しパラメータをマニピュレートすることにより、各サウンド・レイヤー間のバランスを操作するやり方に近い。しかし、「ソロ」の局面では、そうした「循環する時間」は意識されず、むしろディレイによって保持された層を次々と地層のように堆積させながら、演奏は進められていく。音の通り過ぎた時間が、眼の前で層となって降り積もっていく。
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 しばしの休憩をはさんだ第二部は、床の隙間から湧き上がってくるような虫の音から始まった。後で訊けば、『十二ヶ月のフラジャイル』に用いたフィールドレコーディング素材の未加工版なのだという。オートハープの響きの増幅された希薄な揺らぎが、虫の音の隙間から香り立ち、次第にたちのぼって視界を覆っていく。響きの尾が長く伸び、揺らぎ滲み始めると、いつの間にか虫の音は止んでいる。その時、アクシデントが起こった。30人近い聴衆が詰めかけて室温が上がったからと、休憩時間中にかけていた空調が演奏開始前に切ったはずなのに、また急に作動し始めたのだ。がさがさとした排気ノイズ(かなり大きな音)が真上から降ってくる。だが津田は少しも慌てず、タポタポと鳴るボトルの水音と軽やかに戯れ、弦のアタックの素早い動きを組織し、そこにポータブル・ラジオの局間ノイズを混信させる。音量はアクシデント発生前よりも大きくなっている。さらにラジオの音量が上がり、チューニングが操作され、局間ノイズの陰から気象情報を読み上げる声が輪郭を現し、排気ノイズと混じり合う。サーモスタットが働いたのか、すっと空調が止まると、弦の響きのミニマルな稠密さが前面に出て、ラジオはすでに消されていた。
 貝殻を摺り合わせる響きが「余白」の沈黙を際立たせ、演奏は静謐さに向かって一段一段階段を降りていく。小音量を覗き込むようにそばだてられた耳を戻ってきたラジオの潮騒が洗い、一瞬高まって、ふっと消える。ロウソクの炎を吹き消したように。

 後で話したら、津田は空調が作動したことを知らなかったようだ。「何か音がするな‥と思って、前の道路に車がエンジンをかけたまま停まっているのかなと」と語ってくれた。

hofli/津田貴司 CD『十二ヶ月のフラジャイル』発売記念サウンド・パフォーマンス
10月24日(金) 高円寺・書肆サイコロ

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  CD『十二ヶ月のフラジャイル』と告知フライヤー

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  山之口獏作品集

ライヴ会場の写真は津田貴司FBページから
山之口獏作品集の写真は書肆サイコロHP※から、
それぞれ転載させていただきました。
※http://www.frimun.info/saicoro/
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 23:08:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
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