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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ディスク・レヴュー 2014年7〜12月 ポップ・ミュージック篇その1  Disk Review for Pop Music Jul.-Dec. 2014 vol.1
 前回のディスク・レヴュー掲載から随分と間が空いてしまった。2014年後期分のディスク・レヴューをお届けする。第1弾はポップ・ミュージックのフィールドから、エスニックな匂いがする作品群を集めたものとなった。実は本レヴューは「ポップ・ミュージック篇前期分その2」として、今回掲載の冒頭の1作品と最後2作品の合計3作品分を書いたところで中断していたもの。今回、その後に聴いた諸作品からの選定分を加えて規定枚数に達した次第。
 この間の中断については、『松籟夜話』の準備やら、『文藝別冊 ドアーズ』原稿の調査・執筆やらと他の作業にかまけていたせいなのだが、共に資料を調べつつ、数多の音盤を聴き漁って考えることの繰り返しで、その間、ライヴ・レヴューは書けても、類似の作業であるディスク・レヴュー執筆は叶わなかった。きっと頭の中の使用部位が異なるのだろう。

 先に「中断後に書き継いだ‥」としたが、その中断前の時点で次のような前口上を書き留めているのだが、果たしてどのような経緯があってこのようなことを言い立てたのか、全く思い出せない。SP音源の豊かさに打ち震えた感動のあまりに書き綴ったのだろうか。とはいえ、論旨自体は全くその通りなので、折角だから削除せず掲げておくとしたい。

 テクノロジーの発達だけに寄り添ったポップ・ミュージック進化史観の傲慢さは今更指摘するまでもないが、一見、それと対照的な「アーティスト創造性」論は、アーティストの意識の中で出来上がっていたものに満足な形を与えるためには、すなわち作品を創造性に対して透明化するためにはテクノロジーの発達が必要だったとする点で、これと共犯関係にある。むしろ初期テクノロジーの不自由さが創造性に飛躍をもたらし、テクノロジーの誤用が作品の具現化に新たな次元を開くのだ。



Nawa / Ancient Sufi Invocations and Forgotten Songs from Aleppo
Lost Origin Sound Series LOSS-11505
Electric Cowbell Records ECR-711
試聴:https://soundcloud.com/lostorigins/nawa
 「シリアの聖なる声」と題されたシリーズの初作。4曲目以降で聴かれる撥弦楽器と打楽器のアンサンブルを従えた詠唱の、内にとてつもない重さと強度を秘めた声のなだらかな起伏も、もちろん実に気品高く滋味に溢れ素晴らしいのだが、冒頭に収められた声だけによる演奏、とりわけ第1曲に完膚なきまでに打ちのめされる。声は虚空に震え揺らぎながら立ち現れる。だが、その「揺れ」は自らのリピドーの放出のままに軽やかに宙を舞う「コブシ」のそれではない。声の技巧の限りを奉じて、瞬間瞬間を微分し尽くし、不連続であるものを含めありとあらゆる曲線や折れ線の数学的パターンを描き出してやまないインド古典声楽とも異なる。声の使い手に内在する原理の具現化であるこれらのヴォーカリゼーションに対し、シリアの古都アレッポ(いま大変なことになっている)から届けられた声は、大地から立ち上る気の起伏、その微細な凹凸を舐め進むことにより、その這い回る軌跡が美しいヴィブラートを描くに過ぎない。あるいは盲いて行く手を阻む壁を撫で探る指先の動き。手元にあった『アレッポの朗唱者』(Ocora)と題されたCDに収められた声は、行く手を見通し、しかるべき空間を確保して、思い通りに声をくゆらせており、似ても似つかない。かつて降神の儀式を吹き浄めるシャマン金石出(キム・ソクチュル)のホジョクのうねりに、そうした軌跡を認めたことがあった。だが沸騰し泡立つホジョクの叫びに比して、彼らの声は石造りのモスクの床の冷ややかな堅牢さを保ちながら、暗がりに溶けていく。斉唱もまた、ぞっとするほどに深い底の知れない奥行きをたたえる。2本の川の色の異なる水が溶け合うように、組成の異なる揺らぎが不整合なまま混じり合う様に陶然としてしまう。次第に斉唱が隊列を律し、独唱との区分を画定するようになると、そうしたあり得ない不思議さは霧散してしまうのだが、それであってもやはり冒頭に述べたように素晴らしい。


Keyvan Chemirani / Avaz
Innacor Records INNA11417
Annie Ebrel(vocal),Maryam Chemirani(vocal),Hamid Khabbazi(tar),Sylvain Barou(flutes traversieres en bois,bansuri,balaban),Keyvan Chemirani(zarb,daf,udu,santoor,percussions),Jacky Molard(viola,contrabass)
試聴:http://www.amazon.com/Avaz-Keyvan-Chemirani/dp/B00O46YOVM
   http://www.theatre-cornouaille.fr/index.php?option=com_content&view=article&id=986&Itemid=59
 ペルシャ音楽と仏ブルターニュ地方のトラッドの融合の試み。いや「融合」なんて生易しいものじゃないな。畳み掛け駆け巡る打楽器に煽られて、急加速/急減速を繰り返しながら自らを切り刻み、細分化/結晶化を来していく吹奏と打弦。その目映いばかりの速度の果てに、木の回りを巡る虎がバターと化すように、異なる組成の一体化が現出する。例えばヴォーカルに、Malicorneの演唱を思わせるいかにもブリトン風なきっぱりとしたメロディやいささか鼻にかかった声音が現れたりするのだが、それを取り巻くサウンドのあまりの稠密さに、全く別の景色が浮かんでしまう。しかしそれにしても、これだけの圧倒的演奏にもかかわらず、空間はしんと冷ややかに静まり返ってしめやかさを失わず、響きもまた硬質な輪郭を僅かばかりも揺るがすことがないのは、果たしてどうしたことか。二人の女声の平らかに摺り足で歩む強度もまた素晴らしい。「あまりにも見事過ぎる」と思わず愚痴りたくなる。2013年作品。


Su Wai / Gita Pon Yeik
Little Axe Records LA-011
Su Wai(vocal, saung gauk, si-wa), Rick Heizman(recording, the kyee-si,bells on B-1)
試聴: http://littleaxerecords.bandcamp.com/album/gita-pon-yeik
 たおやかに浮遊する声の舞。弾かれるそばから綻び、はらはらと散り紛う弦の音色。11本から16本の細い絹糸を張るというミャンマーの伝統楽器、船の形をしたハープ「サウン・ガウ」の、多弦ゆえの共振と干渉のせいか、そこにはコラにも似た甲高く打ち震えるような煌めきがある。ゆるやかに解けながら調べの行く末を明らかにしていく声は、ことさらに小節を回さず、あるいはコケティッシュに声を裏返らせ艶やかに裳裾を翻すことをしない。ミャンマーの伝統音楽の演奏でありながら、SP盤時代の録音を封じ込めた『Longing for the Past』の、口を開けた途端に匂い立つくらくらするほどに馨しいエキゾティシズムはここにはない。それゆえ聴き手の連想はあり得ないノスタルジアを巡ることなく、先にコラの音色との類似を指摘したように、高地の澄んだ大気に響くスコティッシュ・ハープや、フォーキーにまどろむ子守唄を思い浮かべることになる。LP盤のみのリリース。


Smyrna / Tha Tragoudiso Agalina
Final Touch
Kali Kampouri(kanun,vocals),Eleftheria Kourlia(guitar,vocals),Peny Papakonstantinou(Constantinople lute,percussion,vocals),Eirini Syskaki(violin,vocals),Hara Tsalpara(accordion,vocals)
試聴:http://elsurrecords.com/2014/09/15/smyrna-tha-tragoudiso-agalina/
 トルコはアナトリア地方の港町イズミールのギリシャ名「スミルナ」を冠する女性ばかり5人のメンバーによる、トルコ、バルカン、ギリシャ音楽の溶け合う華々しき饗宴。「グループ結成後この4年間に渡り、アナトリア、カッパドキア、トラキア、マケドニア、アルバニア、イオニア海、エーゲ海の島々、そしてスミルナのフォークロアを学び、その音楽性を吸収して来たそうですから、ある意味、各地のトラッドをミクスチュアーした “ネオ・トラディショナル”音楽を実践しているわけです。その意味でも、こんなギリシャ音楽聞いたことない!というのは当然かと…。」(El Sur Recordsコメントより)というわけで一筋縄では行かない。打楽器の拍動に伴われた厳かな合唱で幕を開け、中盤は民謡調に傾き、一気呵成にまくしたて駆け抜ける。叩かれた弦がきらびやかに輝きつつ咲きこぼれ、あるいは擦られて切なげにすすり泣き、爪弾かれてそぞろ歩きながら、手風琴の織り成すめくるめくアラベスクと自在にユニゾンを組織する。目映いばかりの濃密さと馨しいばかりの肉の「震え」がここにある。再び終盤8曲目で張り上げられる声が、互いに口腔の襞を摺り合わせ、艶かしく振動する様に耳を凝らしてみること。


Brenna MacCrimmon / Kulak Misafiri
Kalan Muzik CD 477
Brenna MacCrimmon(vocals,tambura),Ryan Francesconi(Bulgarian tambura),Dan Cantrell(accordion),Tobias Robertson(darbuka),Paul Brown(bass),Lise Liepman(santouri),Sandy Hollister(bendir),Polly Tapia Ferber(bendir,bells),Char Rothschild(banjo,dobro),Robby Rothschild(percussion,cajon),Matt Moran(tupan,vibes),Greg Squared(alto sax),Reuben Radding(bass),Rima Fand (violin),Haig Manoukian(oud),Jodi Hewat(vocals),Beth Bahia Cohen(violin,bendir),Lefteris Bournias(clarinet),Nicole LeCorgne(percussion,bendir,tiqq),Souren Baronian(soprano sax),Phaedon Sinis(tarbu),Adam Good(oud,tambur),Umut Yasmut(kanun),Ben Grossman(vielle a roue),Rick Hyslop(violin),Bret Higgins(bass)
試聴:http://elsurrecords.com/2014/09/01/brenna-mac-crimmon-kulak-misafiri-events-small-chembers/
 2009年の作品だが長期に渡り入手困難だったようなので、この際に。東欧/バルカンから幅広く渉猟したトルコ伝統音楽を、カナダはトロント出身の女性歌手が歌い、米国で録音されている。Brenna MacCrimmonは「ターキッシュ・ジプシー・クラリネット奏者、セリム・セスレルの音楽的パートナーにして、トルコのアシッド&フォークロア・ユニット?=ババズーラの紅一点、そしてまた、バルカン&ギリシャ/オスマン起源トラッド音楽ユニット=アイデモリの女性歌手でもある」(El Sur Recordsコメントより)そうで、歌い回しも堂に入ったものだが、前掲のSmyrnaの息苦しいほどの濃密さに対し、驚くばかりにさらりと風通しが良い。声と各楽器が響きを香らせる空間が適切に与えられているのだ。‥と言うと、Ryan Francesconiの参加もあって無味無臭・無国籍(カリフォルニア風味?)な味わいを連想させてしまうかもしれないが、決してそんなことはない。薄味ながら素材の持ち味を繊細に引き出していると言えるだろう。ゆったりと歩む声の足取りの精密な正確さが、伴奏楽器による緻密な象眼細工を可能とし、細密であるがゆえに余白を多く残し、さらりとした平坦さ、幾何学的な抽象性の美を失わない。それゆえ、北アフリカやユダヤの文化が色濃く刻印されるスペイン古楽を奏するL'Ham de Focをはじめ、混淆文化を探求するグループに共通する怜悧な端正さをたたえているのだ。


Various Artists / Seven Skeletons Found in the Yard Trinidad Calypsos 1928-1947
Mississippi Records MRP-080
Lord Executor,The Lion,Lionel Berasco's Orchestra,Atilla The Hun,Codallo's Top Hatters Orchestra,Luis Daniel Quintana,Cyril Monrose String Orchestra,The Growler,Lord Invader, Lionel Berasco
試聴:http://www.reconquista.biz/SHOP/MRP080LP.html
   http://www.meditations.jp/index.php?main_page=product_music_info&products_id=14936
 トリニダードのカリプソ音源のSP盤からの発掘編集盤。なにしろカリプソのことなど何も知らないので、ここに収められた演奏者たちの位置づけも評価も全然わからないのだが、もしこれが「カリプソとしてはたいしたことない」のだとしたら、きっとカリプソはこの地球上で最も優美な音楽なのだろう。ロル・コックスヒルが写した元ネタはこの辺かな‥‥というような田園的優雅さをたたえたストリングスやヒューモアいっぱいのソプラノ・ソロが耳に飛び込んできて、英国ポップ・ミュージックにおけるカリブ海文化の豊かな影響が、ディス・ヒートが登場するはるか以前から始まっていたことに一瞬思いを馳せるが、すぐにまた別の優美さに心を奪われてしまう。こうした「カワイイ」感覚の比類ない横溢の一方で、舌足らずで寸詰まりなクレオール的英語によるヴォーカルのラップ的なリズムの弾み方や、バックのブラス・サウンドの、サンプリングしてディレイをかけてずらしながら積層化したとしか思えない、ぶっ飛んだアレンジメントの「進み具合」にまた驚かされる。同様の趣向による『My Intention Is War Trinidad Calypsos 1928-1947』(Mississippi Records MRP-079)もまた素晴らしい。



Washington Phillips / What Are They Doing in Heaven Today ?
Mississippi Records MR-006
Washington Phillips(voice,dolceola)
試聴:http://littleaxerecords.bandcamp.com/album/washington-phillips-what-are-they-doing-in-heaven-today
 ワシントン・フィリップスは伝道師でゴスペルの録音を残している。彼は伴奏にトイ・ピアノのような外見をした楽器ドルセオーラを用いた。20世紀初頭のごく短い期間だけ制作された、このむしろチターに近いとも言われる楽器のオルゴールに似た天使的音色が、彼の演奏に不思議な彩りを与えているのは確かだ。録音状態とも相俟って、声も音も放たれるそばから空気に溶けてしまい、熱も重さもない目映い光の微粒子と化して改めて遍く降り注ぐような「恩寵」的感触がある。遠い記憶の中から響いてくるというか、ずっと以前、まだ言語的記憶が備わっていない頃に聴き親しんだ響きがフラッシュバックして、様々な感情とともに一気に込み上げてくるというか。そういえばドルセオーラの音はベビー・ベッドの上に吊るす、古くさいセルロイド製のメリーの音を思わせるところがある。もともとのリリースは2006年だが、長く品切れ状態が続き、今年になって再発されたことから採りあげた次第。
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ディスク・レヴュー | 19:22:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
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