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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ディスク・レヴュー 2014年6月〜12月その4  Disk Review Jun. - Dec. 2014 vol.4
 2014年後期ディスク・レヴュー第4弾はポップ・ミュージックからインストゥルメンタル篇9枚。前回ご説明したように、フィールドレコーディング的な素材や手法を用いていても、ミュジック・コンクレート的な音響構成等により、ポップ・ミュージックの視点からとらえた方が、よりその魅力が輝くと思われるものは、こちらで取り扱っている。



Ireneusz Socha / Polin
Mathka MATHK06
Ireneusz Socha(sampling,sequencing,percussion), Jaroslaw Bester(bayan), Jaroslaw Lipszyc(voice)
試聴:https://mathka.bandcamp.com/album/polin
 本作を聴くや否や、その得体の知れない奥深さに魅せられた私は、思わずFacebookに「Bayan(露西亜手風琴)と女声を軸として、微かな物音に至るまで偏執狂的に配置したコンクレート的作品。古色蒼然たる煤けたセピア色の緞帳の向こうから漏れてくる幻惑的音色。耳を傾けているうちに、自分が何を聴いているのか、だんだんわからなくなってくる」との走り書きを遺した。その後、何度となく聴き返し、いささかなりとも冷静さを取り戻した耳は、本作が絶え間ない運動に突き動かされている様を看て取る。ラジオから漏れる歪んだ声に象徴されるように、ここで音は録音/再生されることを通じて、ある種の「機械性」を帯電し、それによって自在に結びつき、組み替えられていく。ヴォイスがいつの間にか反復の魔に囚われ、ピアノのリフレインと歯車を噛み合わせる。ハープのざわめきは透き通った虫の音とひとつになり、廊下を足早に行き過ぎる足音は、サンプリングしたヴォイスを薄くスライスして並べ捏造した吃音症と響き合ううちに、濁った水音やテープの早回し音、まだ新しい雪を踏みしめる足音に変貌する。「速度」や「運動」が、このように電子音楽的なマナーで受け渡されるのに対し、Bayanは時に絹糸のように細く繊細極まりない響きを張り巡らし、指先は眼にも止まらぬ速さで鍵盤状を滑走して、あちらとこちらの断片を巧みに結びつけると同時に、こうした「運動性」を目立たぬよう覆い隠す分厚く埃っぽい古色蒼然たる緞帳の役割も果たしているのだ。ポーランド文化のユダヤ性を題材にしていることは、美しいカヴァー・アートからも容易に想像されよう。そもそもは紛れもない「ゲンダイオンガク」として制作されているのだろうが、これはやはりポップ・ミュージックとして、この後にHuman Greedまで続く作品群と横並びに聴いた方が、そのかけがえのない魅力を存分に味わえると思う。2012年作品。



Arturas Bumsteinas / Different Trains
Bolt BR R005
Arturas Bumsteinas(church organ,organ,broken glass harmonica,fieldrecordings,shortwave radio,reel-to-reel tape recorder,voice,crotales,sine wave,violin,synthesizew,clapping,flute,koto,dulcimer), Krysztof Marcinjak(guitar,singing), Chordos String Quartet, Narrators
試聴:https://bumsteinas.bandcamp.com/album/different-trains
 列車の走行音とリズミックな線路の響きに交錯するヴォイスが重ねられる。チャーチ・オルガンのか細く絞り込んだ響き。すすり鳴きさざめく弦の響き。朗読の声が正面からまっすぐに送り届けられる。空間にたなびく錆び付いた金属の軋み。くぐもった金属ボウルの音色が丸く浮かび上がる。物悲しい湿度を含んで垂れ込める弦。何度となく繰り返される電気オルガンのノスタルジックな響き。小鳥の声と鳴り交わす鐘の音。ふっと浮かび上がる弦のピチカート。この「ラジオフォニック・ドラマ」は進行をナレーションに委ねながら、穏やかな、しかし静かに張り詰めた響きを緻密に織り成していく30分近くに及ぶ1曲目。チャーチ・オルガンの瞑想的な即興演奏が、子どもたちの合唱やよりしめやかな朗唱、泡立つ水音等と重ね合わされる白昼夢的な2曲目。1936年にベルリンで録音されたヘブライの祈祷からサンプリングされたハーモニウムの古色蒼然たる響きに掠れたヴァイオリンやダルシマーのきらめきを加えた3曲目。レーベルからして「現代音楽」的作品であることは明らかなのだが、情景喚起的/物語的想像力に訴える仕方は、むしろポップ・ミュージック側から見た方が輝きを増すことだろう。


Carrie Olivia Adams, Joseph Clayton Mills, Deanna Varagona / Huntress
Suppedaneum no.5
Carrie Olivia Adams(text), Joseph Clayton Mills(electronics,fieldrecordings,piano,tape loops,guitar), Deanna Varagona(piano,cello)
試聴:http://www.suppedaneum.com/huntress.htm
 封筒に入った詩編と写真や図版を収めた50ページに及ぶ縦長の冊子にCD-Rが付属する体裁。光沢のある白表紙に表題だけが刷られた外観は、やはりJoseph Clayton Millsが手がけた『The Patient』(「ディスク・レヴューその1」を参照)をただちに連想させる。晩年のカフカのテクスト(主に筆談による会話メモ)をモチーフにした即興演奏を編集した『The Patient』に対し、本作は「月」の想念を巡る詩人と音楽家のコラボレーションと位置づけられるが、Millsによる緻密な編集加工を施されている点は変わりない。むしろ違いは、本作が極めてポエティックにつくりあげられていることにある。雨が降りしきり、雷が轟く嵐の夜に突然に鳴り出すピアノ。誰もいないはずの夜更けの大広間から響いてくるチェロ。その旋律は亡霊に拠るものであることを証し立てるように古風で濃密なロマンティシズムに染め上げられている。Noe CuellarとのデュオPartialによる偏執的な物音ブリコラージュ、Steven Hess, Adam SonderbergとのトリオHapticによる極端に繊細なエレクトロ・アコースティック・インプロヴィゼーションと八面六臂の活躍のMillsだが、自身のレーベルからのリリースであるだけに、案外本質はこうした時代錯誤的な(褒めている)文学的ロマンティシズムにあるのかもしれない。


Fossil Aerosol Mining Project / 17 Years in Ektachrome
Hand-Held Recordings HHR04
試聴:http://www.fossilaerosol.com/17Years.html
   https://soundcloud.com/robert-fossilaerosol
 1980年代初めからファウンド・サウンドを用いたアッサンブラージュ的作品を手がけている匿名的集団。虫や鳥の声に彼方から響く列車の警笛が映し出す幼年時代の夏休みの音風景は、すぐにノイジーな混乱に乗っ取られ、古い映画からサンプリングされたと思しき、ドスの利いたヴォイスが響き渡る。エレクトロニックな反復も、ノスタルジックな風景の提示も、荒れたテープ・ヒスやスクラッチ・ノイズも、聴き覚えのある物音のフラッシュバックも、見通しの効かない重層的な混濁を通じて、ここではゆっくりとうねるドローンの様相を呈している。遥かな思い出をセピア色に照らし出し、愚かな悲劇を冷ややかに見詰める眼差し。そうした手触りはGod Speed You Black Emperor !の昂まりゆく弦楽やモノローグを交えたドローン部分を思わせる。その点では極めてロック・ミュージック的であり、悲哀や不安といった感情に働きかけてくる強さと、それらの感情から逃れられない不自由さを抱えている。


Human Greed / World Fair
Omnepathy OMCD05
Michael Begg, Deryk Thomas(composed,programmed,assembled), Colin Potter(treatments) , Others
試聴:https://omnempathy.bandcamp.com/album/world-fair
 「悪夢のカーニヴァル」といった形容は、これまで様々な機会に様々な対象に向けて用いられ、その度ごとに本来の価値を陳腐さへと擦り減らしてきたと思われるが、これほどまでにそれに似つかわしい音響はこの世にあるまい。甘苦く舌に残り、重苦しく胸にのしかかる重層化した響きは、パースペクティヴを混濁させたまま当てもなくさまよい、灰燼となって風に散り飛ばされる。ナレーションに導かれる場面は闇に溶け、ずぶずぶと足元のぬかるみに沈み込んでいく。Nurse with Woundならもっとあからさまにキッチュな「ビョーキ」へと、あるいはシュルレアリスティックな無意識へと、逃走の線を引くところを、彼らはあくまでもブラッドベリ的な悪夢、古風なサーカスの舞台裏、幼年時代の夢想のホルマリン漬けの並ぶ埃だらけの地下室に留まろうとする。前作『Omega:OST』(2013年)がサーカスを題材にしながら、劇団によるステージ・パフォーマンスを前提とする「サウンドトラック」であったため、ムーヴメントやスペクタクルへの配慮を必要としたのに対し、そうした映像/視覚的運動を欠いた本作は、糞尿にまみれる赤子のように、思いっきり暗い夢想と戯れている。


Arne Deforce , Mika Vainio / Hephaestus
Editions Mego Mego 187
Arne Deforce(cello) , Mika Vainio(processing,electronics)
試聴:http://editionsmego.com/release/eMEGO-187
 レーベルのパブリック・イメージもあって、ポップ・ミュージック・サイドに割り当てたが、「インプロ耳」による聴取にも充分応えるハードコア。mori-shigeファンにもぜひ聴いてもらいたい。鋭く空間を切り裂き、響きを圧縮して密度を極限まで高め、溶けた銑鉄の如く迸らせるチェロの強度溢れる演奏を、エレクトロニクスや空間/音響操作がさらに鮮やかに解き放つ。ここでのVainioによる達成は、コンセプト重視のミニマル・テクノとは縁もゆかりもない。それはむしろドロドロの溶解物から張り詰めた形状を自在に引き出すガラス職人の技に近い。重苦しい空虚に満ちた静謐さから、振動が増幅され、破片となって飛び散り、空間を揺るがす苛烈な戦闘状態まで。なるほど鍛冶屋の神「ヘファイストス」の名を冠するにふさわしい。


Steve Gunn, Mike Cooper / Cantos de Lisboa
RVNG Intl. FRKWYS11
Steve Gunn(vocals,guitar), Mike Cooper(vocals,national tri cone guitar,electronics)
試聴:https://rvng.bandcamp.com/album/frkwys-vol-11-steve-gunn-mike-cooper-cantos-de-lisboa
   http://www.meditations.jp/index.php?main_page=product_music_info&products_id=14867
 アコースティック・ギターのアルぺジオを紡ぐ指先から、ゆるやかに世界が流れ出し、みるみるうちに空が白んで、密やかに夜が明けていく。この心地よいまどろみからの目覚めの感覚だけで、もう手放しで賞賛してしまいたくなる。もちろんスライド・ギターの自在にして技巧を徒らにひけらかすことのない絶妙な配合具合や、逆回転トラックの控えめな、しかし効果的な使用、弦のノイジーな軋みやエレクトロニクスの爆発の向こう側で褪色した8mmフィルムから溢れ出る思い出等、聴き進めながら何度も大きく頷いてしまう心憎い仕上がり。カントリーやブルーグラス的な乾いた晴れやかさ(湿度の高い哀感に裏打ちされながらも)に溢れながら、カントリーやブルーグラスには収まらないし、歌は入っているが歌ものでもないし、もちろんギター・インストでもない。


Carate Urio Orchestra / Sparrow Mountain
Klein 02
Joachim Badenhorst(clarinet,bass clarinet,tenor saxophone,vocal), Eirikur Orri Olafsson(trumpet,vocal), Frantz Loriot(viola), Nico Roig(guitar,vocal), Brice Soniano(double bass,vocal), Pascal Niggenkemper(double bass), Sean Carpio(drums,guitar,vocal)
試聴:http://joachimbadenhorst.com/KLEIN.html
   https://carateurio.bandcamp.com
 音響的インプロヴィゼーションの枠でソロによる即興演奏『Forest//Mori』を採りあげたBadenhorstによる大編成バンド。あちらが「心霊写真」なら、こちらは古い絵はがきといったところか。音響的な希薄さも、控えめな点描も、思春期特有の気恥ずかしさをたたえたギター・リフも、妙に堂に入ったいささか古風なグループ・アンサンブルも、ヘタウマなヴォーカルも、夢見心地なノスタルジアも、Robert Wyattを思わせる透明な哀感に包まれたコーラスとトランペットのリリカルな響きも、柔らかな陽射しに包まれたちっぽけな日だまりの温もりの中にあるものは、すべてここにある。夢うつつの幻のように、色褪せた家族旅行の写真のように、いまとなってはもうはっきりと思い出せないトラウマのように、誰のものだかよくわからない思い出がゆるやかに巡るように。2013年作品。紙製のジャケットをさらに大判の紙で包んである。机の引き出しの奥から出てきた、渡し損ねたプレゼントのように。


Lino Carpa Vaccina / Antico Adagio
Die Schachtel DS27CD
Lino "Carpa" Vaccina(vibraphone,marimba,tablas,wooden drums,darbuka,cymbals,gong,metal sheets,bells,bass drum,tom,snare,piano,voice), Dana Matus(voice,percussions,cetre), Juri Camisasca(voice), Mario Mazza(oboe)
試聴:http://www.meditations.jp/index.php?main_page=product_music_info&products_id=16158
   https://www.youtube.com/watch?v=p1kTJCxIlgs
 アフリカのリズムに突き動かされる中近東の調べを東南アジアの音色で‥と、民族音楽の探求というより、むしろ民族楽器の音色配合の錬金術へと傾倒したイタリアの実験的ロック・グループAktualaを、第1作発表後に脱退した打楽器奏者のソロ作品(1978年)の再発。金属片のきらきらとした輝きがつくりだす軽やかな舞踏、冥府下り的な重層的ヴォイス、Alvin Curranの70年代ソロ作品を思わせる瞑想的な楽園性と、2作目以降、より土臭さを増したAktualaとは対照的な、馨しき天上の響きがここにある。なお、CD版はLP版では別盤となっているFrammenti Da Antico Adagio(inedits)を併せて収録している。本編、追加部分とも最後に収録された長めの曲での、ゆったりとしたマリンバの揺らめきとオーボエ(とヴァイオリン)が織り成す妙なる調べの素肌を伝う指先のような滑らかさが素晴らしい。

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ディスク・レヴュー | 23:36:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
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