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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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『松籟夜話』第三夜来場御礼  Thank You for Coming to Listening Event "Night Stories As Pine Tree Leaves Rustling in the Wind" the Third Night
 6月7日(日)開催の『松籟夜話』第三夜へのご来場ありがとうございました。今回はFrancisco Lopezと熱帯雨林をテーマに繰り広げた一夜。視界の利かない熱帯雨林の奥深くへずんずんと突き進む、とてつもなくハードコアにしてディープな夜となりましたが、幸いにも参加者のご好評をいただき、舞い上がっております。やってる間は不安でドキドキハラハラしてたのですが。


 ネット上に書き込まれた感想を幾つかご紹介したい。

 昨夜参加した松籟夜話はフランシス・ロペスLa Selvaを中心に熱帯雨林における聴取を手がかりに進められていったわけだが、導入部の人の気配を感じられる森の入口から熱帯雨林の奥深く、後半にはシャーマニズムやサイケデリックといったもう引き返すことのできなくなるようなドープな内容だった。(笹島裕樹)

昨夜の松籟夜話で聴いたフランシス・ロペス『La Selva』の虫や水の音がさり気なく入れ替わっていき、作品の最後がオープニングに接続し循環しているように感じる感覚は、マセダのいう時間感覚にも通じるように思う。(スキヴィアス服部)

私は音楽に暗く、何の予備知識もないまま座席についたのですが、いきなり惹き込まれました。不思議な体験でした。福島さんの解説がなかったら、密林の中で迷子になっていたかもしれません。昔読んだ小林秀雄の「考えるヒント」(の中だったと思うのですが)の「ものの名前」についての考察を思い出しました。道端で花を見つけたときに、花を名前で見てしまうと,目の前の花が見えなくなってしまう、というような・・・。とにかく自分が美しいと思っていた音楽、音の世界がなんと狭かったのか。(安藤朋子)

駆けった、聴いた、熱帯雨林の謎。


マイクの違いだけでそれは加工されているという考え方もあるな。

なぜ熱帯雨林なのか。タイコや笛、ビリンバウみたいな楽器を単体で、つまりスタジオ録音だけで把握していたのは間違いかもしれない。鳥や虫の轟音のような鳴き声の気圧を、演奏によって空間を切り裂いているのだ、立体的にミカンの袋が空間に分割されているようなイメージだが、そういう営みこそが演奏行為なのだった。(中略)「地形や大気の湿度、地表の材質の種類も、特定の空間にすむ動物と同じくらい本質的で明確な要素だ」

マイクの種類も、スピーカーの調子も、再生空間に誰が居るかも、ガラスの向こうから射す夕陽の反射具合も、思念と視線の触発もまた。(多田雅範)


 ありがとうございます。皆さんの感覚と思考が、フィールドレコーディングによる作者の意図へと還元できない計り知れない豊かさと複雑をたたえた音響に、きりきりと励起されている様子が眼に浮かぶようです。
 さて、今回は当日かけた音盤のプレイリスト(時系列に沿って)をご紹介します。なくもがなの解説を少々付け加えさせていただきました。なお、多くの作品は、ディスク・レヴュー等で本ブログでも言及していることを申し添えます。


松籟夜話3-0Voices of the Rainforest
Micky Hart Collection HRT15009
森の息遣い。人の気配。前回の『松籟夜話』第二夜では、デヴィッド・トゥープが主宰したQuartzレーベルの音盤の引き立て役を務めた本作だが、録音を担当したスティーヴン・フェルドによる民族誌『鳥になった少年』が、今回の企画の導き手の一つとなるという不思議な巡り合わせ。津田貴司がこのCDの音を背景に、真木悠介『気流の鳴る音』の冒頭部分を朗読するという幕開け。


松籟夜話3-1密林のポリフォニー tr.3 9:38
ビクター
「森の民」ピグミーの人々の肩越しに熱帯雨林を覗き込んでみよう。山城詳二こと大橋力による録音は、ステージ上の演奏者たちのように彼らの「演奏」をとらえているが(マイクロフォンは「深い森の前」に立つ彼らの姿を映し出す)、そこに通う森の息吹がしっかりと感じられる。


松籟夜話3-2Heart of the Forest tr.1 1:23 tr.8 4:29
Hannibal HNCD1378
「ピグミーもの」では名盤として知られる作品。森の入り口で、繁る木の枝越しに彼らの姿をとらえるような視角。彼らの放つ音は森の中を通り、幹に反射し葉々を震わせてマイクロフォンのところまでやってくる。ひるがえる声は明らかに「コブシを回す」生理的快楽よりも、周囲の環境との交感に棹さしている。


松籟夜話3-3Song from the Forest tr.1 4:30 tr.2 4:55
Gruenrekoder Gruen150
フィールドレコーディング専門のこのレーベルには珍しく、映画のサウンドトラック。ピグミー音楽の録音に人生を捧げたLouis Sarnoの伝記映画。サウンドトラックも彼の録音により構成されている。張り上げられた声に虫や蛙が応え、ふと声が途絶えると、周囲には音の壁がそそり立っている心細さ。2曲目は霧のかかったような深いエコーが、森の呼び声のように聞こえる。


松籟夜話3-4Rudolphe Alexis / Sempervirent
Gruenrekorder Gruen111
冷ややかな湿り気を帯びて透き通った奥行きの中に、識別可能な2種類の声が交感する。NHKテレビ『自然のアルバム』のように、望遠レンズでとらえた森の動物たちの姿が浮かぶ音。申し訳ないが、ここではFrancisco Lopez『La Selva』の圧倒的なオールオーヴァネスの引き立て役を務めてもらった。


松籟夜話3-5Francisco Lopez / La Selva
V2_Archief V228
最初の6分でまるで違う。過剰さ、連続性、流動、変容、濃密、明滅、充満、過飽和、盲目、オールオーヴァネス。本作に付されているLopez自身によるライナーを金子智太郎の訳で拾い読みしながら、飛ばし飛ばしいろいろな場面を聴いていく。1時間以上に及ぶ1トラックを続けて聴いている時は、むしろドローンのような変わらなさ、永遠性を強く感じずにはいられないのに、飛ばして聴くと景色が一変していることに驚かされる。流れの水音なのか、雨の音なのか、樹々の揺らぐ音なのか……。最初は発音体を探し求めていた耳が(それは聴覚の本性にほかならない)、やがて疲れ果て、ただただ音響になぶられるままになり、響きの淵に水没する。


松籟夜話3-6Sacred Flute Music from New Guinea vol.1
Quartz 001
休憩時間には、第二夜においでいただけなかった方のために、前回好評だったこの作品をかけた。熱帯雨林の息吹と息を通わせ合い、森のざわめきと通底する魔法の笛。彼は森に熱い息を吹き込み、森に冷ややかな風を吹き込まれる。


松籟夜話3-7Francisco Lopez / Obatala - Ibofanga
No Label
同じ熱帯雨林のフィールドレコーディング作品ながら、『La Selva』と異なり穏やかに呼吸する本作をBGMに、小説や紀行文から熱帯雨林の描写を抜粋編集した『熱帯雨林文集』について触れ、次いでプロジェクタで壁面に画像を投影し、アンリ・ルソーの熱帯幻想の不可思議さ、とりわけ見通しの効かない平面性/正面性について、バリ絵画を参照しつつ考えてみた。さらにロザリンド・クラウスの写真=インデックス論からシュルレアリスム写真に刻印された「現実を横切る眼に見えない力」の痕跡をたどる。原田正夫の写真をその延長上で、スティーヴン・ショアやウォーカー・エヴァンスを参照しつつ、多数の異なるパースペクティヴのコラージュとしてとらえる。現実の眺めを切り取るフレーミングの力。そこでカギとなる「正面性」は出発点だったルソーへとつながる。


松籟夜話3-8Frederic Nogray / Merua
Unfathomless U23
頻繁に侵入する機械音。ますます闇の濃さを増す森の響き。赤黒く焼けだれたサイケデリア。闇の奥深く潜む何者かの気配。作動する物語的想像力。裏ジャケットにはNogray自身が次のように記している。「この夢のようなコンポジションはメルーア(ホンジュラスのカリブ海北岸)と数年前にペルー・アマゾンの熱帯雨林で遭遇したシャーマニスティックな経験、その両者が遺した印象を書き換えたものである。」


松籟夜話3-9David Velez, Simon Whetham / Yoi
Unfathomless U17
David Velezのとらえる熱帯雨林の「昼間の顔」の鮮やかさに対し、Simon Whethamが弄ぶ夜の姿は、事物の輪郭が溶け、希薄に漂い、おぼろに霞みながら、不吉さを濃密に発散し、幻聴をばらまいて、否応なく不安を煽り立てる。裏ジャケットにはヴェルナー・ヘルツォーク『フィッツカラルド』から次の一節が引かれている。「ジャングルはお前に様々なトリックを仕掛ける。それは嘘と悪魔と幻覚に満ちている。」


松籟夜話3-10David Michael, Slavek Kwi / Mmabolela Disk1 tr.1 12:45
Gruenrekoder Gruen144
この盤をいろいろなところで聴くたびに感じた、虫や鳥の声の耳を傷つけるような鋭い発振、ぎらぎらしたサイケデリックな色彩の明滅は、この日聴かれなかった。歸山幸輔設計のスピーカーは、まるで箱眼鏡が海面のきらめきを静め、ひっそりと透明な海中の光景を間近に届けてくれるように、騒がしいまぶしさを削ぎ落とし、響きの動きの間の呼応/連関をくっきりと浮かび上がらせた。「これはコラージュによるコンポジションではないのか」という多田雅範の指摘になるほどと思う。

松籟夜話3-11藤枝守, 銅金裕司 / Ecological Plantron
K-Planning KPCD-01
響きにそばだてられて開き切った耳を閉じ、昂った神経を鎮め、ここに集い共に耳を傾けた方々を無事に家路に着かせるためのチル・アウトの儀式。植物の生体電流をピックアップして純正律を奏でさせた結果は、笙に似た雅楽的響きのたゆたい。ピアノ弦の共鳴や枯葉のざわつきが心地よい「汚れ」をもたらす。



 末尾ながら、今回も相方を務めてくれた津田貴司(準備期間中の彼とのメールのやりとりで、企画内容やテーマを巡る思索は当初の何倍も深まった)と、貴重な場として「ギャラリー白線」を提供し、心づくしの珈琲をふるまってくれた歸山幸輔に感謝したい。いつもどうもありがとうございます。
 今回も歸山幸輔設計の反射板スピーカーの潜在力というか、器の大きさに驚かされた。ナロー・レンジで解像力も決して優れていないように思われるのに、超高域まで伸びていないとうまく再生できないはずの虫の声をごく自然に鳴らし分け、『Mmabolela』に至っては、他のどのスピーカーとも違った見事な対応を聴かせた。だいたいモノラル接続なのに、響きが豊かに空間に広がってるし……。これからのプログラムにおいて、ますますその不思議な力を発揮してくれることと思う。
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 23:39:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
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