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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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時間の純度、テンションの密度 ライブラリ@喫茶茶会記  Purity of Time, Density of Tension Live Review for Library@Kissa Sakaiki 20151019
 月曜の晩のライブラリのライヴから丸3日以上が経過したにもかかわらず、この文章を書いているいま、この瞬間も、私は依然として深い衝撃と当惑の只中にいて、混乱と眩暈の甘美さを幾度となく反芻している。久しぶりに聴いた彼らの演奏は、まったくこちらの想定外のものだった。

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 上の2枚の写真(いずれも井谷亨志の撮影による)を見比べていただきたい。1枚目が前回、3月6日の喫茶茶会記ライヴ時のセッティングで、2枚目が今回のライヴ時のセッティングである。まず、中央のウッド・ベースがエレクトリック・ベースに代わっていることに気づく。今回のライヴの少し前、Facebook上で「エレクトリック・ベーストが弾きたい気分」と蛯子がつぶやくのを眼にしてはいたが、てっきりジャム・セッションの話だとばかり思っていた。これまで2回体験した彼らのライヴは、いずれもフル・アコースティックだったからか、ライブラリにエレクトリック・ベースが持ち込まれるとは、全く思ってもみなかった。改めて彼らの第2作『ライト』を聴き返してみれば、例えば「モノフォーカス」でエレクトリック・ベースが奏でられているのに。
 もうひとつには、サックスが置かれている場所が異なる。前回は右手側の最も手前に三角のヴォーカルが位置し、そこから左側に橋爪のサックスが開き、フロントラインを形成していた。今回は右手前に橋爪がワントップで位置し、三角は一番奥へと引っ込む形となった(下を参照)。

  前回の配置        今回の配置
    蛯子         蛯子 三角
  井谷  飯尾     井谷     飯尾
橋爪      三角            橋爪

 終演後に蛯子に確認したところでは、これもエレクトリック・ベースを採用した帰結であると言う。サックスとピアノがより緊密に連携し合う必要が生じ、アイ・コンタクトしやすいよう近接して配置した結果、ヴォーカルがあの位置になったと。このことがグループのサウンドに与えた大きな変化については、後ほど見て行くこととしよう。


 エレクトリック・ベースの太くソリッドな芯が、真正面に立ち上がる。カホンの隙間を帯びた、たどたどしいビート。その上をかさかさと滑っていく声が不安定さをいや増す。ピアノとテナー・サックスが入って厚みが増すと不安感は薄らぐが、前に出たテナーはフレーズを奏でず単音を手繰るように引き伸ばし、そこに不安な闇と胸にのしかかる重苦しさが再び宿ることになる。最後、エフェクトによりドローン化されたベースのざわめきが、そうした闇と響き合い、全体を覆い尽くし、最後、足下のスイッチでブチッと切られる。【滑車】
 カホンのつくりだす行進のリズム。ささやきの静けさと冷ややかさをたたえた語りが、その向こうから聞こえてくる。ペース・ラインはパンキッシュな単純さを隠そうとしない。建築構造模型のようにシンプル化されたスカスカなリズム・セクションに対し、カーヴド・ソプラノの、空間を飛び石伝いにたどる飛躍の多いフレーズと、点描的なピアノが、互いの隙間に入り込み、ほぞを組んだようにかっちりと噛み合って、別の景色を描き上げる。ベースが(おそらくはディレイの使用により)断片を反復させ、その上に重ね描きする。【Star Eyes】
 ベースのねじれたフレーズがくっきりと浮かび上がり、ピアノの上昇フレーズと絡み合う。その向こうにヴォーカル。手前でやはりフレーズを吹かないテナーがゆるやかに音をくねらせる。たっぷりと墨を含んだ、ゆったりとした筆の運び。ベース音をディレイで反復させた上で、ベースの速い刻みと細く奇妙なうなり声を上げる発信器(井谷の「演奏」による)の一見アブストラクトな、その実、とても直接的な交感。【Monofocus】
 ベースとピアノが大縄を回すようにゆるゆると揺らぎ巡り、その只中であえぐか細い声がやがて乾いた語りへと変わる。アンサンブルの中で奥まった位置にあるだけでなく、眼の前で繰り広げられる音楽/演奏に対しても感じられる声の距離感。画面に対してオフの位置から語られるナレーションのような、あるいは遠く電波に乗って聞こえてくるアナウンスのような冷ややかさ。ラジオ・ヴォイスの語りが手前で鳴り出したテナーにマスクされ、背後へと少し遠ざかる。【Spherical (2008年作曲 の2015新アレンジ)】
 ベース・リフとカホンがつくりだす反復ビートの、あえて選び取られた単調さ、チープさが80年代初頭のNWのモノクロームな暗さを思わせる。建築中の建物のように剥き出しの構造。曲づくりのアイデアがひりひりと透けて見える。吹きさらしに独り立ち尽くす声とユニゾンし、裏打ちしていたピアノが、やがてきらびやかに高まり、華やかにはじけてソロを演じるのに対し、ベース・リフがぶっきらぼうな剛直さで肩に重くのしかかる。【Vitriol】


 ここまで、前回まで見られた曲題のアナウンスもまったくなく(表記している曲題は、後から蛯子に確認したものである)、蛯子は押し黙ったまま、ともかく脇目も振らず先を急ぐように、前の曲が終わると、すぐに次の曲のカウントを始める(これまでのライヴで見られた、あの曲想の中にずぶずぶと沈んでいくような、無言での身体の甘美な揺れは、今回は見られない)。モノクロームな不機嫌。ここにもパンクの残響が聞こえる。DIY的な簡素で剥き出しな曲の構造/アイデア。単調なラインをぐいぐいと彫り刻むソリッドで硬質なベース。音の要素をいつもより絞り込み、リズムもシンプルにして音の隙間を空け、チープにやせ細った骨組みだけを提示するパーカッション。
 ことさらにパンクなリズム・セクションに対し、メロディは夢幻的に入り組んでいて、決して単純とは言えない。蛯子による配置の狙い通り、サックスとピアノのコンビネーションはいつも以上に緊密で、互いの音の隙間を緊密に入り組ませて、一心同体、サウンドのクロスワード・パズル状態をつくりだしていく。いつもなら、両翼に離れた橋爪と飯尾の間に張り巡らされる幾つもの連携の線は、「ライブラリ」のアンサンブルを貫き、全体へと滲み、沁み込んでいくのだが、今回はあえてリズム・セクションのブロックから切り離され、いつもなら井谷と飯尾の間で瞬時に取り交わされるリズムの呼応も、むしろ切断され遠ざけられている。
 「あちら」と「こちら」を切り離すことにより、曲自体の複合的性格、モザイク性を改めて明らかにした演奏は、色彩感をモノクロームに絞り込み、さらに陰影を深め、エッジを鋭く研ぎ澄ます。そのプリミティヴな原初衝動とアートな「トンガリ具合」の結びつきに、UT, Y Pants, Theoretical Girls等、NYノー・ウェイヴに花開いたガールズ・アート・パンク(?)の一群のことを、私は思い出していた。かつて初期のSonic Youthもそこにいた。彼らは他のグループに比べ、飛び抜けてロマンティックで内省的/文学的だったけれど。
 そして三角のヴォイスはフロントに出ることなく、他の二つのブロックからも切り離された別の場所に、ひとり立ち尽くす。奥まった場所から、いや「遠さ」のさらに向こう側から聞こえるラジオ・ヴォイスは、いきいきとした生々しさを欠いて、代わりにかさかさと乾いた距離のエロティシズムを冷ややかにたたえている。語の間をゆるやかに切り離した「分かち書きの語り」は、それぞれの語自体を曖昧に宙に吊り、氷漬けにしていく。まるでラジオから聞こえてくるように、眼の前でライヴに展開される演奏と切り離された別の場所から響いてくる声は、むしろいつも以上に強力に「詩の力」を解き放っているように思われた。やはりノー・ウェイヴ・シーンの中で活動したDNAのArto Lindsayが、カットアップやコンクリート・ポエムの手法を用いたり、Fernando Pesoaを引用したりして「詩の力」を強めつつ、サウンドの熱狂から切り離していたことを思い出す。


 ふとした間に客席から拍手が起こり、蛯子はそれを聞いてはっと我に返ったように礼を述べると共に、次に演奏する曲名を告げる。これ以降は、すべて曲が終われば拍手が起こり、蛯子が次の曲名をアナウンスして演奏を始めるという、いつものリズムが戻って来た。それでは前半の「無言進行」は何だったのだろうか。終演後に蛯子に確かめると、彼は「実は根がパンクというか、パンク好きなんですよ」と言いながら、今日の感じだと、いちいち曲題をアナウンスして‥‥って言うのはちょっと違う気がして、もう一気に演奏したと説明してくれた。テンションの密度と言うか、時間の純度と言うか、そうしたものを鈍らせたくないがために、一気呵成に演奏を続けたというのはわかる気がする。実際に感じ取られた演奏やサウンドの肌触りも、そうした取り扱いがふさわしいものだった。

 曲題のアナウンスに導かれて始まった「4:00 P.M.@Victor's」は、初めて聴く不思議な曲(後で蛯子に訊くと2009年作曲の古い曲だとのこと)。ほとんど変拍子に聞こえるような、ぎくしゃくと不均衡な三拍子(たぶん)に乗せて、ソロの断片が貼り合わされ、縦横に張り巡らされる。そしてソロのフレーズ自体もガーシュイン「ラプソディ・イン・ブルー」のメロディを早回ししたような奇妙なもの。これまでもよく知った曲がまったく新しい側面、見知らぬ「他人の顔」を見せていたが、そこでも顕著だったコンポジションのモザイク性を突き詰めた作品と言えるだろう。
 続く「悪事と12人の死人」も初めて聴く曲(2011年作曲とのこと)。単調な繰り返しがノイジーに高まり、蛯子はキンカン(あの虫刺されとかのかゆみ止め薬)の壜でベース弦を掻きむしる。その一方でカーヴド・ソプラノとピアノは入り組んだクロスワード・パズルを組み立て、ラジオ・ヴォイスの語りが彼方から響くといった、この日の鍵となる要素を網羅した集大成的な趣きの作曲/演奏。
 これに対し、ライヴの定番曲「Trains」では、冒頭、ベースのたゆたいがディレイによりサンプル&ホールドされ、その上で各種サウンドが配合されていくのだが、細かく叩き分けられるライド・シンバルのノリの良さに運ばれて、この日、最も各演奏者のプレイヤーシップが発揮された演奏となった。温度感が低く透明度の高い硬質なECM的空間の中で、ピアノが透き通った叙情をふんだんに香らせれば、テナーもまためくるめくフレーズを次々に編み上げていく。この部分はむしろ橋爪亮督グループが降りてきた感があった。以降、演奏はパッチワークの組合せを切り替えながら進められたが、特にベースの持続音への傾倒はぞっとするほど深い淵を覗き込んでおり、同じECMでもSolstice的なデモンをたたえていた。
 新曲だという「237」は、この日のために作曲されたのかもしれない。ヘヴィなベース・リフにたどたどしいカホンのビートがパンク風味を前面に押し立て、か細い声がたどる、どこか牧歌的なメロディを、「パンク唱歌」の如く響かせる。橋爪はテナーのリードを鳴らさずに、息だけをスプレーするというエフェクト的な演奏をしていた。
 最後の2曲、「音がこぼれる草の話」と「Angel」もこれまでのライヴの定番曲だが、やはりこの日の流儀で、パンキッシュに生体解剖を施される。前者ではパンク的なサウンドのベース・リフが前景化し、これと対抗するようにテナーとピアノはますます見事に精密な音楽機械を組み立て作動させる。井谷がトライアングルのシンコペーションで珍しくピアノのリフと直接に絡んでみせる。テナーはここでもフレーズを吹かず、音程の微妙な上下だけで演奏するなど、構成のモザイク性をいよいよ明らかにすると共に、サウンドの要素を限定してソリッドな密度/集中度を高めるという、この日のポリシーを如実に反映したプレイ。後者でも、冒頭、ベースの揺らぎがサンプル&ホールドされ、その上で各演奏者の間歇的なリフが配合されるなどモザイク性が前面に出ており、そうした中でカーヴド・ソプラノがやはりフレーズを奏でず、引き伸ばされた単音で演奏を展開していた。


 今回のライヴに駆けつけた多田が、この日のライブラリの演奏について、自身のブログに次のように記しているのを見つけた。

 五者五様の孤島が反射しあう海域のような、聴く像を一瞬見えたり見えなくなったりさせるライブラリの、何処かに参照点を持つようではない音楽。



 井谷のタイコと橋爪のサックスが先導する、どこか橋爪亮督グループの疾走感浮遊感を思わせる展開、最初の数曲はコンポジションがよく見える構成感で、あれれ、ライブラリってこういうサウンドだったっけ、と、不思議に思っていたが、何かちょっと予測(聴くこちらの)とのズレというか、コンポジションでは狙えない快楽をこちらが把握できたと拍手して、リーダーが曲名を紹介しはじめたところからグイグイと高みに入ってくる。

 眼前で繰り広げられる想定外の謎に向けて、異なる視点から注がれた眼差しは、それでもよく似た光景を見出していたのだなと思う。誤解の内容に付言すれば、「コンポジションがよく見える構成感」とは、私が「建築構造模型」とか、「曲づくりのアイデアがひりひりと透けて見える」とか、「モザイク性」といった言葉遣いで説明しようとした事態と響き合っている。けれど、そのように一見「種明かし」をしながら、それがより深い謎と魅力を生み出していることは、レヴューに述べている通りだ。アレンジメントやアンサンブルにかけられた魔法が解けることにより、蛯子の音楽が有している「プレイヤーシップでもミュージシャンシップでもない何か」が、より奥深くしめやかな輝きを放っていたように思う。今回もまた「物語」は自身にふさわしい「スビード」を見出していた。


 最後に蛯子に確認したセット・リストを改めて掲げておこう。
1 滑車
2 Star Eyes
3 Monofocus
4 Spherical (2008年作曲 の2015新アレンジ)
5 Vitriol
6 4:00 P.M.@Victor's (2009年作曲)
7 悪事と12人の死人 (2011年作曲)
8 Trains
9 237 (新曲)
10 音がこぼれる草の話
11 Angel

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2015年10月19日(月)  綜合藝術茶房喫茶茶会記
ライブラリ:蛯子健太郎(electric bass)、橋爪亮督(tenor saxophone,curved soprano saxophone)、井谷享志(percussion)、飯尾登志(piano)、三角みづ紀(poetry)

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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 22:41:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
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