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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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いつもとは違う場所で − ライブラリ@横浜First  In a Different Place Than Usual − Live Review for Library@Yokohama First 20161001
 2枚のCDを何度となく聴き返し、幾度もライヴに出かけ、そのたびにレヴューを書いているというのに、蛯子健太郎率いる図書館系ジャズ・ユニット「ライブラリ」の魅力とは何か、未だにはっきりと名指せないでいる。
 今回は昨年10月の喫茶茶会記前回ライヴに引き続き、エレクトリック・ベースによる演奏で、蛯子自身が「何だか全部オルタナ・パンクみたい」と照れながら語るように、頁を繰る手ももどかしく一気に読み進めるように、曲名の紹介どころか、時にはベースの持続音を響かせたまま曲間の区切りすら欠いて、冒頭から7曲が続けて奏された。その一方で、各曲を始める前の蛯子の「カウント儀式」は健在で、眼を瞑り、おそらくは脳内で全編を高速スキャンしているのだろうか、初めて見たら首を傾げるほど時間をかけて、これしかない最適のテンポを指し示す。だから演奏は一気呵成に急坂を転がり落ちるかに見えて、そうした闇雲に先を急ぐ性急さとは一切無縁だ。然るべき速度が、然るべき地点で、然るべきタイミングで出会い、あるいはすれ違う。合流地点や時刻が先に決められているのではなく、然るべき速度こそが然るべき出会いをもたらす。蛯子の言う「物語のスピードで」とはそうしたことだろう。
 張り詰めた氷が緩みせせらぎが聞こえだす季節、種子が芽吹きゆるゆると茎葉を伸ばす速度、回転するルーレットに投げ込まれた球の軌跡、倒れていくドミノの連鎖、転がる毛糸玉がするすると解け、自らの軌跡を跡付けながら、核心を露わにしていく過程。
 それは微妙で危ういバランスの上に成り立っている。前回の彼らのライヴの記録動画を見て、そのことを痛いほど気づかされた。あれほど魅了されたアンサンブルがすっかり抜け殻となっている。もちろん夢を見ていたわけではない。おそらくはヴィデオの設置位置の制約もあって、録音がエレクトリック・ベースのソリッドで芯のある低音をとらえきれていないのだ。たったそれだけのことで、彼らの「物語」は崩れさってしまう。だが、手指の間からさらさらと虚しくこぼれ落ちる砂粒の感触から、すなわち彼らの魅力の不在の手応えから、その在処を感じ取ることもできる。
ライブラリ横浜1縮小
撮影:益子博之


 恒例の喫茶茶会記でのライヴに先立ち、いつも蛯子がジャム・セッションの受け皿を務めている(つまりはライブラリの物語を繰り広げてはいない)横浜ファーストでのライヴを聴いてみたいと思ったのは、場所が変われば(初めて訪れる店だ)、視点も移り変わって、彼らのまた違った側面を垣間見られるのではないかとの期待からだった。
 京浜急行日の出町駅から川を渡って右側にある店のドアを開けると、いきなりセミグランド・ピアノのボディが通せんぼをしている。天井があまり高くなく、奥へと細長く延びる穴蔵的空間。ピアノの脇をすり抜けて進み振り返ると、ドアとは反対側の角にドラム・セットが押し込まれている(演奏開始に当たり、井谷はドラム缶風呂に入るみたいにスネアを一跨ぎして、辛うじて隅に残された三角形の隙間に身体を滑り込ませていた)。ピアノの曲線に寄り添うように橋爪、中央に蛯子が立ち、手前のテーブルに横向きに三角が座る。

 この日、エレクトリック・ベースの演奏は、ディレイを効かした滲んだ響きのたゆたいと明確なリフにきっぱりと二極分化し、こうして方向性が絞り込まれることにより、アンサンブル全体に渡ってストレートな直接性が増し、飾り気のない音色が楽曲/演奏の基礎や骨組みを剥き出しにしていくように思われた。
 たとえばアップライトでないせいもあるのだろうが、飯尾のバッキングはいつもより明確に粒だって、曖昧な連なりではなく、個々の点の集積として聴こえた。これによりアンサンブルはいつもより透明度を高め、奥行きをさらに深めて、各演奏者の紡ぐ「物語」の行き交う様を、聴き手がさらに細やかに見通せるようになった。
 井谷の演奏もドラム・セットながら、いつものカホン中心の簡素なセット同様、いやそれ以上に余韻を切り詰め/引き延ばし(細やかに叩き分けられるシンバル)、音色のスペクトルを拡散しながら(スネアをスティックだけでなく、指先で、ブラシで、音具で叩きこする)、音を泳がせ、間を息づかせて、緩急を鋭敏かつ自在に操作していた。
 前回同様、ピアノに寄り添うように位置取った橋爪は、ライブラリ以外での演奏(橋爪亮督グループ等)を私が聴いたことのある唯一のメンバーなのだが、それらとライブラリでのプレイの違いにいつも驚かされる。ライブラリでの彼の演奏は、誤解を恐れずに言えば、彼の演奏能力の全スペクトルのうちのごく一部だけにフォーカスして、そこだけをあり得ないほど深く深く掘り下げる。例えて言うならば、サッカー選手の身体能力に注目して極端に難しい綱渡りに挑戦させるようなものだ。卓越したサックス・プレイヤーであるとともに優れたコンポーザーでもある橋爪は、創造性溢れる豊かなフレージングを鋭く自在に乗りこなすことができるが、ライブラリではそうした方向性は封印し、ロング・トーンの僅かな抑揚や点描的な音色の散らし描き、あるいはカタコトと階段を踏み外していくようなトイ・ミュージック的音響遊戯に没頭している。
 そして詩人である三角は、様々な方向から折り重なってくる音の層に対し、通常のヴォーカリストのようにメロディをなぞりながら響きを溶け合わせる代わりに、むしろ一つひとつの語やイメージを際立たせる。例えば冒頭に披露された「悪事と12人の死人」で、ゆったりとたゆたうエレクトリック・ベースの広がりに、細やかな文様を象眼していくソプラノ・サックス、ピアノ、ドラムスに対し、彼女はすっくと言葉を立ち上げる。「洗濯機がかんかんと回って 眠っている人はまだ眠っていて」……。かんかんと響き渡る声は、さらに三角の手によってサンプリングされ、薄くかげのように敷き重ねられて、幻惑的なズレ/交錯をもたらしつつ、その厚みから指先を傷つけそうな言葉の破片が、鋭く斜めに突き出している。

 演奏された全曲を1曲ずつレヴューした前回ライヴと異なり、今回は楽曲の性格よりも、ライブラリというアンサンブルというか、演奏者間の関係の特異性が前景化したように感じられた。それは前回、ライブラリ楽曲のエレクトリック・ベース版演奏に初めて接したからということもあるが、むしろ今回、通常は「普通のジャズ」が流れているであろう空間に(そしていつもは蛯子がジャム・セッションの場を包容力豊かに支えている場所に)、それとは明らかに異質なライブラリの音が放たれたということが大きいように思う。私はライブラリの演奏に初めて接する「場付き」の聴衆のとまどいを肌で感じ、困惑の匂いを嗅いだように思った(もちろんそれは私の勝手な印象に過ぎないが)。
 だが私はそうしたとまどいや困惑が、やがて魅惑的な「謎」へと変容していくに違いないことを知っている。タネも仕掛けもないはずなのに、どうしてこんな結果が生じるのか、通常のプレイヤーシップやミュージシャンシップの範疇では解き得ない不思議さに、魅了されずにはいられないことを。なぜなら私自身がそうだったから。
 秘密はやはり蛯子が呪文のように繰り返す「物語のスピードで」にあるのだろう。「ジャズ」が暗黙の指標としてきたトップ・アスリートの競い合いのような速さでも、年輪を感じさせるじっくりと味わい深い遅さでもなく、きびきびとした快活さでも、紫煙をゆったりとくゆらすリラクゼーションでもなく。「音がこぼれる草の話」で次第に遅くなり沼に沈んでいくようなテナーのソロも、「237」でファンキーに盛り上がりそうな曲想にもかかわらず一向に熱くならないアンサンブルも、「仲間割れの歌」でのドラムの伸縮自在に揺れまくる刻みも、「滑車」のアンサンブルが解けて荷崩れを起こしそうなゆっくりしたテンポも、「4:00 P.M.@Victor's」の暮れなずむ停滞感も、「Trains」の曲題通り列車走行音の心地よい繰り返しも、すべてはそこに内包された物語が自らを開陳するにふさわしい速度なのだ。
 そして聴けば聴くほど謎はますます深まり、その魅力を増していく。

 次回は11月30日、喫茶茶会記でのライヴだ。

ライブラリ横浜2縮小
撮影:益子博之


2016年10月1日(土)
横浜First
ライブラリ:蛯子健太郎(electric bass)、橋爪亮督(tenor saxophone,curved soprano saxophone)、井谷享志(drums)、飯尾登志(piano)、三角みづ紀(poetry)

今回のセット・リストは次の通り。
1 悪事と12人の死人
2 Angel
3 音がこぼれる草の話
4 あ、いま、めまい
5 237
6 仲間割れの歌
7 Monofocus
8 滑車
9 4:00 P.M.@Victor's
10 ひこうき【新曲】
11 Vitriol
12 Spherical
13 Trains
14 空がゆがむ時【新曲】

ライブラリの喫茶茶会記での前回ライヴ(2015年10月19日)については、次のレヴューをご覧いただきたい。
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-377.html
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 23:32:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
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