■プロフィール

福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■リンク
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

ソウルのジョセフ・クーデルカ  Josef Koudelka in Seoul, South Korea
 12月22日から26日まで、韓国ソウルに出かけていた。妻といっしょに恒例のクリスマス詣で。今回はソウル在住の友人が実家に帰ることになって会えなかったり、頼りにしていたCDショップが閉店していたり、この時期にいつも開催されていたインディーズ・レーベル・フェアがなかったり、毎回いろいろと買い込むタイムズスクエアの新世界デパートの中にあるEマートが、なぜかクリスマス当日だけは休店だったり、段差で足をひどく挫いたりと、いつも通りではないところもあったけれど、それでも通い慣れた店はみんなやあやあと迎えてくれて、相変わらずおいしくて心和まされた。特に以前にブログでも紹介したホンデのソグムクイ(豚の塩焼き)店「豚の貯金箱」と大学路(テハンノ)の老舗珈琲店「学林(ハクリム)」は、すっかり行列のできる人気店になっていた。

 今回は友人に会えなかったので、現地に着いてから入手したコンサート情報はなかったが、無料で配布している美術展情報誌『Seoul Art Guide』で気になる展示を見つけ覗きに行ってみた。Josef Koudelka『Gypsies』展@ソウル写真美術館(※)。ジョゼフ・クーデルカ(ヨゼフ・コウデルカ)の名前はどこで見かけたのだろうか、記憶の片隅に引っかかっていた。紹介ページに掲載されていた馬の写真【写真1】にも心惹かれるものがあった。
※https://pro.magnumphotos.com/C.aspx?VP3=SearchResult&ALID=2K1HRGPO2MJU
クーデルカ1縮小
【写真1】


 広い会場ではなく、写真数はさほど多くないが、内容は充実していた。祭りの賑わい【写真2】、バンドの演奏風景【写真3】、駆け出す犬と子どもたち【写真4】等、そこにとらえられた世界には音が渦巻き、響きが沸き立っているはずなのに、とても「静か」だ。張り詰めた静謐さでも、研ぎ澄ませた静寂さでもなく、押しつけがましさのない柔らかく人肌の「寡黙さ」という印象。ざわざわとした騒がしさがそこにはない。時に被写体がブレるほど動きのある画面に、なぜ騒々しさを感じないのかと不思議に思う。
 行きつ戻りつ反芻しながら見進めるうちに、画面の落ち着いた構図感が、こちらの視線をゆったりと受け止めてくれる心地よさがじんわりと沁みてくる。決してわざとらしく並べられ、仕組まれたあざとさはない。縁で手を怪我しそうな鋭い断ち切り感もない。人物を中心にしながら、彼らを壁や奥に向かって立ち上がったグラウンドの前に置くのではなく、すっと奥まで背景が抜けていて、視線が解き放たれることがある【写真5】。それでも視線は不安なままに移ろい漂うことはない。「前景」や「中景」に対し、「後景」が強調されることはなく、世界はどこまでもひとつで、手触れるようにそこにある。真空の空間の中に事物が配置されているような空虚さもない。そこにとらえられている形象は面や辺を強調することなく、時に明暗のなだらかな起伏に輪郭を一部溶かしながらひっそりと佇んでいる。これが「静か」さを生んでいるのだろう。
 ここでキャメラの眼差しは、向こうに広がる世界に飛び込んでいって獲物を捕らえてくることはない。こちらへと射し込んでくる光を柔らかく受け止め、明暗の中から親しみ深いかたちが浮かび上がるに任せている。クーデルカはこちら側から、向こうに広がる世界に耳を澄まし傾けている。先の「静か」さは、この慎ましさのことでもあるだろう。

クーデルカ2縮小 クーデルカ3縮小
【写真2】                         【写真3】

クーデルカ4縮小 クーデルカ5縮小
【写真4】                         【写真5】


 だが、それにしても、どうやって撮ったんだろうと不思議に思う写真が幾つもある。【写真6】や【写真7】の視線の交錯はいかにして成立し得たのだろう。複数の動きが織り成す動きの一瞬をとらえたとしか見えない【写真4】の後景に、まるでテオ・アンゲロプロス『アレキサンダー大王』の中の大王の登場シーンのように、実にバランスよく配置された人影の列が写っているのはなぜなのだろう。
 声高にメッセージを掲げない「寡黙」な写真たちは、そうした魅惑的な謎をたたえることにより、私たちの視線を向こう側へと誘い寄せる。

クーデルカ6縮小 クーデルカ7縮小
【写真6】                          【写真7】


 ブログを書くにあたりネットで検索すると、1968年の「プラハの春」をとらえた写真で評判を呼び、その後、写真家集団マグナムに参加したとあり、少々意外に感じた。私がマグナムに対して抱いていた「社会活動に向かう報道写真家」というイメージとは、およそ異なる作風だったので。また、テオ・アンゲロプロス『ユリシーズの瞳』のスティル撮影を担当したとあり、これは何となく合点が行った(実際には「請負仕事はしない」と固辞する彼に、「ならば撮影現場に出入りして自由に撮ってくれてよいから」とアンゲロプロスが食い下がったらしい)。
 国内でも2011年に東京都写真美術館で「プラハの春」撮影作品を中心とした展示が、また、2013~2014年には国立近代美術館で初期から現在に至るより大規模で総合的な回顧展が行われ(その時のフライヤーも今回のソウルと同じ馬の写真だった)、好評を呼んでいたこともわかった。いずれも私は見ていない。後者に関するレヴューでは、同展の1/3ほどを占めるジプシーを被写体とした作品について、次のような印象が記されていたりする。

「プラハの春」をとらえた写真に比べ、壁一枚隔てたもどかしさを感じる。「プラハの春」の写真はその一線を踏み越えて、対象に肉薄している。

それはある意味その通りだろう。そこでクーデルカは「向こうに広がる世界に飛び込んでいって獲物を捕らえて」いるように感じられる。と同時に、それが写真としての完結性を確保できるよう、撮影者としての意匠をそこに鮮やかに刻み込むことを忘れない(時にあざとく感じられるほど)。写真とは記録映像データではなく、自分は決して戦場パパラッチではないとの矜恃を示すために。と同時に、そこでは市街戦という極限状態を通じて、レンズの向こうと手前を隔てる我彼の差異は消失し、同じ「人間性」へと還元されてしまうように感じられる(もともと彼にとって同一国民だとは言え)。【写真8】【写真9】

クーデルカ8縮小 クーデルカ9縮小
【写真8】                          【写真9】

ジプシーをとらえた作品群は、その一線の手前に踏みとどまり、差異を認め、文化の固有性を尊重する「来訪者」の慎ましさをたたえている。個々の人生に輝く生の尊厳へと向けられた眼差し。それは決して差別への怒りや貧しさへの哀れみではない。私がそれをことさらに好ましく思うのは、次回『松籟夜話』の準備で、沖縄/琉球等を題材とした写真集や民族学資料を続けて見てきたせいかもしれない。

そうした中、ひとつ驚かされたのは、たまたま手元にあったLPジャケットに使われているのが、調べていて彼の写真だとわかったこと【写真10】。実はこのグループについては予備知識がなく、内容もイタリアのトラッドとしかわからなかったのだが、とある中古盤セールで見つけ、ジャケット【写真11】に魅せられて、比較的安かったものだから「ジャケ買い」したのだった。北イタリア特有の涼しい響きが残響に淡く滲み、端正な演奏に幽玄な手触りを与えている(*)。今回改めてジャケットを確認してみたのだが、やはりクーデルカの名前はクレジットされていなかった。
*http://www.sheyeye.com/?pid=106598544

クーデルカ10縮小 クーデルカ11縮小
【写真10】                               【写真11】
                                     Magam『suonando l'allegrezza』
                                   

 こうしてみると、LPジャケットというのは、つくづく不思議な「場所」だなと思う。音楽ファンはジャケットを飾る写真やイラストの作者を知らず、一方、美術愛好家たちはご贔屓の写真家や画家の作品が、マイナー音楽のLPジャケットなんて「辺境」で流通しているとは知る由もない(事件は美術館で起こっている!)。特に共にマイナーな音楽家と写真家/画家だったりすると、二つの線が交わることはほとんどないのではないか。もちろん「ジャケット・デザインや音楽ポスターの制作で有名なアーティスト」というのは、かつて存在していたわけだが。
 実はつい最近、別のところで、そうした驚きを体験したことがあった。その話はまた次回に。


スポンサーサイト


アート | 22:15:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad