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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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歌女再臨 ―― 20170226歌女@大崎l-eライヴ・レヴュー  KAJO's Second Coming ―― Live Review for KAJO @ Osaki l-e
 中央にティンパニ、その周囲を取り囲むようにスネアやシンバル、ハイハット、ティンバレス等がぐるりと配置され、打面に小シンバルが置かれ、小鐘が吊り下げられ、コーヒーテーブルには、タンバリンや様々な音具が並べられている。ハンガー掛けのような何に使うのかわからないフレームまで。中央に固められた楽器群から殺風景な白い壁まではだいぶ空間があり、以前に「歌女」を聴いた早稲田茶箱や池袋バレルハウスとは随分と雰囲気が異なる。低い天井から蛍光灯の冷たい光が煌々と降り注ぎ、コンクリートのたたきに反射する様は、倉庫から運び出された楽器群が、舞台の袖に運ばれるまでの間、しばらく置き去られているような寂寥感がある。

 しばらくして現れた高岡が、黒いケースからびっくりするほど小ぶりのチューバを取り出し、管の巻きがキツイのでサイズは小さいが、音域の最も低いB♭分の管長がある、19世紀末の楽器の復刻版で、リュックサックを意味するトーニスターと名付けられている‥‥と話し始める。「旅するチューバ」はなるほど彼にふさわしかろう。吹き口とベルの高さがほぼ同じで、チューバの出音を初めて自分の耳で直接聴くことができたとも。

 チューバの息音から演奏が始まる。呼吸に合わせ寄せては返す響き。以前の楽器での息音が「管を鳴らさない」モノクロームな冷ややかさを放っていたのに対し、うっすらと色づきが感じられる。他の二人がぱらぱらと音の破片を振り撒き、ティンパニのスキンを震わせて鳴らす。熱い息を吹き込まれたチューバが、急にほら貝のうなりを上げる。サイズには似つかわしくない低音。リズム隊が勢いづき、チューバもニューオリンズ調のブロウへと向かう。高岡の右足が慌ただしく踏み込まれ、演奏を煽り立てる。
 藤巻と石原が互いに競うように連続的なパッセージを叩き出すが、打点を精密にコントロールし、音を鳴らしっ放しにしない。これにより音は粒子化し、音の粒と粒の間に隙間が生まれ、どれほど音の密度が高まっても、響きは空間を埋め尽くさない。
 高岡はノンブレスのロングトーンでブランジャーの開閉による音色変化を試した後、一気に高速フレーズを連ねて空間を吹き破りにかかり、他の二人とラテンぽいノリで絡み合う。たとえフレーズがゆったりとしたものへと移り変わっても、息を張ったテンションの高さが感じられるのは、おそらく新しい楽器の特性(鳴りにくさ?)なのだろう。楽器を傾けてベルがこちらに向いても、以前のような鼓膜を締め上げるような風圧感はない。
 だが、それにしても藤巻・石原の「進化」ぶりに驚かされる。各種打楽器の刻みから音具のあしらいまで、音を細分化し粒立たせる演奏の方向性は変わらないが、温度/速度感の変化にしろ、緩急/強弱のうねりにしろ、ひとつひとつの振る舞いが存在感を高め、本当に色濃く、香り高くなった。小シンバルをスネアやティンパニの打面に重ねるような特殊奏法による音色変化も、「サンプリング」の挿入ではなく、一連の動作の中で滑らかに行われるようになった。それは音具の工夫にも表れていて、冒頭に触れた謎のフレームは、上部にヴァイオリンの弓を固定し、弓を小シンバルや金属片で擦ることにより、弓弾き音を簡単に得られるようにするものだった。
 うなり声による楽器音の二重化をこすり系倍音の折り重ねが迎え撃ち、校舎の屋上での吹奏楽部の練習風景を思わせる遠い響きに、空気をはらんだ細かい叩きが重ねられる。動と静の切り替えに瞬時に即応するアンサンブル(あまりに同時化し過ぎると言いたいくらいに)。以前の「歌女」では、チューバが息音やロングトーン、倍音奏法等を駆使し、色合いを薄めるようにして、打楽器の海の中に身を沈めていく場面が見られたが、今回は新楽器の音色特性の変化と打楽器隊の色彩感の充実が相俟って、チューバの響きはすぐさま打楽器に追いつかれ、前景/後景として分離し得ず、たちどころに侵食されてしまう。右足の踏み込みでギアを切り替えるだけでは足りず、空蹴りをしたり、椅子から立ち上がり、また腰を下ろしたかと思うと、前面へと歩み出て、跪き、深くお辞儀するように何度も上体を傾け、あるいは天を仰ぐといった姿勢の変化(それは楽器と身体のポジションの切り替えであると同時に、空間に対する関係性のヴァリエーションでもある)を頻繁に繰り返したのは、ある定常/膠着状態からの身のもぎ離し方の試行ではなかったか。
 チューバの音がふと止んで、しかし、他の二人は静へと向かわず、互いに響きを積み上げる高さを競い合う。高岡が位置を変え、他の二人もぐるっと回転して立ち位置が動き、手元の楽器が入れ替わる。いったんリセットしたところから、再び足場が組み上がり、吹き破るようなチューバのアタックにそそり立つスネアの弾幕が応え、さらに多層に折り重ねられたマーチング・ドラムの波状攻撃へと移り変わる。あえて響きを解き放ち、空間に充満させた音が、ふっと掻き消えると、細いロングトーンだけが残され、やがて滲むように消え失せる。前半の終了。
歌女l-e1縮小
撮影:益子博之


 「今決めましたが、後半はフォーメーションを変えて、それぞれの楽器単体の音に焦点を合わせて演奏します」との突然の高岡の宣言に合わせて、藤巻と石原が各楽器の配置を分散型に変更する。
 高岡はマウスピースを外したチューバに息を吹き込み、息音からむしろ木管楽器を思わせるくぐもった音色でミニマルなフレーズを奏でる。藤巻は小シンバルを指先で叩き、石原はスネアの打面に押し付けたスティックを擦る。
 動と静、希薄/点在と充満を往還した前半に対し、後半は車窓の眺めが次々に移り変わるように、音色/楽器を切り替えながら進められた。リズミックな盛り上がりがブレークした後、金属棒を叩いていた石原が、チューバのベルにタンバリンを押し付けて震わせる高岡に押し出され、床の中央部にあったマンホールの蓋を叩き始め、重い蓋をこじ開け、浮かせて、響きを変化させる。おそらくマンホールの内部にはビル全体の汚水槽につながる空間が広がっているのだろう。僅かなマンホールの隙間は、異世界への扉を開き、音響空間の在り様を一変させた。目聡く気づいた高岡がビリビリと空間を震わせ、藤巻はスネアを床置きして共鳴させる。ドラム・ロールを基調とした前半とは異なる肌触りの充満が、この日のフィナーレを飾った。
歌女l-e2縮小
撮影:益子博之


 高岡大祐がFacebookのコメントで、次のように書き込んでいるのに眼を惹かれた。

なんか歌女ってAEOCっぽいんだよなあ、ってだいぶ前から思ってた。儀式性はない(と思うんだけど)し、打楽器二人はそんな意識もないだろうし、僕もない。音も形態も違う。そうやろうとしたわけでもないけど、やってる最中、よく思う。どちらかというと、AEOCなき後の、ロスコーミッチェルのやっていたことの方面だろうか。サルディーニャ島でみたロスコーのトリオは、もはやジャズでもなんでもなくて、違う、何か素晴らしい音楽だった。

 と言うのも、以前のブログ記事「音との自由な交感が連れてくるプレ・モダンな風景 歌女@バレルハウス20150815ライヴ・レヴュー」※で、「歌女」の演奏の持つ強い情感喚起力をAE(O)Cをはじめとする一群のフリー・ジャズと関連付け、「プレ・モダンな風景を連れてくる」と評しているからだ。
※http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-369.html
 2月26日の「歌女」の演奏は、この時とは大きく異なっていた。それはもちろんいろいろな要因によるものにほかならないが、「即興演奏には初めて用いた」というトーニスター・チューバがもたらした変化は大きいと考えられる。それについて高岡はFacebookにこう書いている。

巻けば巻くほど息の抵抗感は増すので、ちょっとやそっと吹いたくらいでは音がまともに出ない。
おりゃあああああ、と吹いてやっと芯のある音が出る。
しんどい。
音程は相変わらずまだフラフラ。
でもなんか、この楽器から体にフィードバックされる音の印象で、気持ちよく歌える。
ベルが耳の下にあって、生まれて初めてじかに聞く自分の音に感動。
多分これでアイデアが生まれるのだと思う。
今まではある意味盲滅法吹いていたようだ。
自分の音がモニターできる感覚自体が新鮮。

 以前の「歌女」の演奏では「チューバを楽器として鳴らし過ぎない」という自己抑制が感じられた。むしろ「うねうねと巻かれた剥き出しの金属の管」として取り扱い、それと息や身体の内外に広がる空間をどう触れ合わせ、響きに折り合いを着けるかということに感覚の焦点が当てられていたように思う。今回はその頸木が束の間外され、ラテン・ミュージック調の急速フレーズが迸り、キューバやトリニダード・トバゴ、ブラジル等を思わせる中南米の熱気が気持ちよく吹き抜けた。その点では、同じAE(O)C系でも、『Great Pretender』等のレスター・ボウイによる試みに通じるところがあったように思う。


2017年2月26日(日)
大崎l-e
歌女:高岡大祐(tuba)、石原雄治(percussion)、藤巻鉄郎(percussion)


歌女l-e3縮小 歌女l-e4縮小
撮影:吉良憲一


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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 19:11:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
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