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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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血は黒く、すぐに乾く-「ぼくのエリ 200歳の少女」
 本来なら7月に書くはずだった感想を遅ればせながら。なお、ネタバレを含んでいるので、映画未見の方はご注意ください。ただし、個人的にはネタバレしたから価値が下がるような作品ではないと思います。

 毎日新聞映画評に載った好意的レヴューに誘われて銀座テアトルへ。吸血鬼、耽美、北欧、少年と少女‥と来ては、萩尾望都ファンとしては行かないわけには(実際には妻に連れて行かれたのだけど)。さて作品の出来という点から言うと決してつまらなくはない。傑作ではないかもしれないけれど(←誉めている)。ここでは、作品自体の出来不出来よりも、観に行くきっかけとなった映画評や後からネットで読んだ感想にちょっと違和感を覚えた点について書いておきたい。

 まず、演出は決して耽美的ではない。北欧系の白い肌と街を包み込む雪景色と、赤い血を映えさせる道具立てはこれ以上ないくらいに整っているのに、白地に深紅をぶちまけるようなシーンはない。むしろあえて避けられているといっていいだろう。毎日新聞の映画評が採りあげていた、少年が少女と血の契りを交わそうと自らの指をナイフで傷つけ、傷口から床に滴り落ちる血に、少女=空腹の吸血鬼がしゃぶりつくシーンも、血の赤さが鮮やかに示されないために、決して耽美的な陶酔を引き起こすことはない。その分、何か得体の知れない禍々しい力が噴出するのを目撃してしまった感じ、「見てはいけない暗がりを覗き込んでしまった」感じは際立たされる。それが演出の狙いなのだろう。至るところで血を流しながら、その血は黒く、白地に映えることなく、すぐに乾いて醜い跡だけを残す。演出として「これだけは譲れない」というメッセージがひしひしと伝わってくるところだ。
 そうした中で、本作品中、最もショッキングに血の赤が噴出するのが、吸血場面でも、終盤の大虐殺でもなく、主人公の少年がいじめっ子に反撃して、彼の横っ面(左耳の辺り)を長い棒で一撃し赤く血に染めるシーンだということは、もっと注目されてよいだろう。この「勝利」で暴力に酔った少年が、部屋を訪ねてきた少女につれなく接し、これに反発した少女が涙の代わりに眼や耳から血液をあふれさせるシーンが、もうひとつの「血のクライマックス」であることを考え合わせれば、ここでは理不尽に人を傷つける「暴力」こそが赤い血と結びつけられているのは確かなことだ。
 鼓膜を破られたいじめっ子が不良の兄に頼んで主人公に仕返ししようとして、助けに来た少女に皆殺しにされてしまう終盤の「大虐殺」シーンについても、黒いヒューモアすら感じさせる乾いた画面は、「耽美」よりも「パンク」の美学を感じさせる(金髪だけどプヨプヨしていて決して美少年ではない主人公と、黒髪に浅黒い肌と黒い瞳をした、これまた美少女とはいえない吸血鬼の少女というセレクションがまた)。
 
 ネットで見つけた感想の中には、吸血鬼の少女が実は去勢された少年であることが画面のぼかしによって隠されてしまい、邦題もまたこれを隠蔽していることに腹を立てているものがあったが、私にはそのことが作品の本質を損なってしまうほどの傷だとは思えなかった。むしろ、「吸血鬼映画だから耽美/退廃の美学」と決めてかかって疑わない方がよっぽど‥。
 それともうひとつ。やはりネット上に書き込まれた感想で、原作「モールス」では小児性愛者として描かれている少女の「保護者」役の中年男性が、映画ではそうではない(少なくとも、そのことを明らかにするシーンはない)ことに「キレイゴト」と不満を述べているものがあった。ここも違和感を覚えたところ。「小児性愛者」という設定も確かに「パンク」的で、「なるほどね」ではあるのだが、むしろ、こう考えられないだろうか。この中年男性もかつては少年であり、少女を愛し、共に生きることを選んだ。その結果、彼だけが歳を取り、吸血鬼である少女は老いること無く、その結果、見かけ上は「少女と中年男性」のカップルになってしまった‥と。すなわち、少女の食事である血液集めに失敗して、身元をわからなくするために劇薬で顔を焼き、最後は少女に自らの血を与えて、病院の窓から身を投げるこの男の悲惨な姿は、この作品のラストで少女との逃避行に旅立つ主人公の少年の40年後の姿そのものなのだと。毎日新聞の映画評では「吸血鬼版『小さな恋のメロディ』」と表現していたが、その内実はかくもブラックなものにほかならない。

 血の甘さに酔いに来た観客を、ブラックな現実のはらむ辛辣な棘で責め苛むところが、この作品の真骨頂と言うべきだろう。そして、そのためにこそ、白地に映える血の赤の鮮やかさは、禁欲的なまでに遠ざけられなければならなかったのだと。



アメリカでのリメイクがすでに決まっているとか。
う~む。

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映画・TV | 23:02:25 | トラックバック(0) | コメント(0)
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