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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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タダマス、レイ・チャールズと「3/4拍子」を歌う  "TADA-MASU" Sings "Three-Four Time" with Ray Charles
 益子博之と多田雅範がナヴィゲートするNYダウンタウン・シーンを中心とした同時代音楽の定点観測「四谷音盤茶会(通称:タダマス)」が34回目を迎える。

益子博之×多田雅範=四谷音盤茶会 vol. 34
2019年7月27日(土) open 18:30/start 19:00/end 22:00(予定)

ホスト:益子博之・多田雅範
ゲスト:北田 学(クラリネット奏者・作曲家・即興演奏家)
今回は、2019年第2 四半期(4~6月)に入手したニューヨーク ダウンタウン~ブルックリンのジャズを中心とした新譜アルバムをご紹介します。
ゲストには、クラリネット奏者・作曲家・即興演奏家の北田 学さんをお迎えすることになりました。北米やヨーロッパを旅しながら多彩な音楽家たちと共演を重ねてきた北田さんは、現在のニューヨークを中心としたシーンの動向をどのように聴くのでしょう。お楽しみに。(益子博之)
タダマス34フライヤ縮小


 「タダマス」は年4回、1・4・7・10月の定期開催で、7月の回には、その直前の6月に毎年益子が定点観測に出かけるNYの、見てきたばかりの新鮮な現地ネタが話題となる。

 相方の多田が自身のブログで書いている。

四谷音盤茶会、タダマスのリーダー、益子博之がいまニューヨーク定点観測に行っている、歯ぎしりするようなミュージシャンとの交流画像を送ってきているが、わたしだって蓮見令麻やポールモチアンと時空をこえた交流をしてるんだ、ゆうべだってジョーマネリのダーベンザップルを聴いたぜ、
ニューヨーク定点観測の成果は、7月のタダマス34で聞くことができるだろう、いつも言うことだが益子博之のすごいところは1000人を超えるミュージシャンとのつながりと、その音楽の評価はリンクしていない、という真っ当な、批評家として当然といえば当然なのだろう、アンテナの信頼度だ、

 その多田が前回「タダマス33」を終えてすぐ、次のように振り返っている。

9. RJ Miller Trio (Apohadion Records)
track 1: Side One (RJ Miller) 19:51
Dave Noyes - trombone, bells, keyboards, synthesizer; Pat Corrigan - timpani, vibraphone, amplified birdcage, toys, junk; RJ Miller - drums, samples, keyboards, bells.
recorded by Caleb Mulkerin at The Apohadion Theater, Portland. ©2018
ミラーの前作は理解するのに時間がかかったことを告白しよう、
菊地雅章からのスタジオメールにはタイションとミラーの名が早くからあって、わたしはタイションもミラーも知らなかった、タイションはCDが出ていたので聴いてみたが当時はよくわからなかった、
それからだいたい15年が過ぎたのだ、その間に菊地雅章はいなくなり、タイションとミラーの才能の大きさにおののきはじめているのだ、

 私にとって「タダマス34」のハイライトは、この『RJ Miller Trio』だった。LPジャケットや封入されたシートに用いられた岡田敏宏の写真もまた強烈だった。以下に拙レヴューから引用する。
タダマス33-4再縮小 タダマス33-5再縮小

 『RJ Miller Trio』もまた濃密な音群を操作する。電子音による黒く厚い雲のたなびき、その只中から浮かんでは消える細部の不安定な移ろい、シーケンサーのベース・リズム、呼吸音のコラージュ、パチパチと爆ぜる針音、ドラム・ストローク、ディレイを深くかけられたエレクトリック・ピアノの強迫的自己反復‥‥。音群の多様な移り変わりにもかかわらず、全体を覆う黒々とした濃度/密度は切断を許さない。すべての作業はそこから逃れることのできない強力な重力圏の下で行われ、外へと放出される音響はすべて深い淵から届けられる呻き声のようだ。
 『RJ Miller Trio』とRafiq Bhatia『Breaking English』の大きな違いは、確定した最適解あるいは一般解を差し出す後者に対し、前者はどこまでも手探りで揺らぎブレ続けることにある。どちらがより深く掘り進んでいるかと言えば前者だろう。にもかかわらず、後者と異なり、前者は一向に底にたどり着く気配を見せない。暗闇の中、盲いて掘り進む前方におぼろげに光景が浮かび、視界が開けたかと懸命に掘り進むと、いつの間にか景色は消え失せ、また別のところにふと浮かび上がり、そこに向けて必死で掘り進むと‥‥以下繰り返し。そう、ここで「景色」の在りようは「地」となる音響平面へのスーパーインポーズではなく、厚い雲の切れ目から、束の間、下界の様子が垣間見える‥‥といった感覚である。覆いが取られ、幕がめくられて、中身が明らかとなる。
 「タダマス33」当日のやりとりの中で、ホストの多田から突然コメントを求められた際に「都市のフィールドレコーディングみたいに聴こえる」と思わず答えたのは、こうした異なる細部が、望遠鏡を向けたように次々と切り取られて浮かんでくるにもかかわらず、全体像が一向に明らかにならない事態をとらえてのことだった。当日は説明が足りず、伝わらなかったかもしれないので、ここでは補足しておきたい。暗い混沌の中から闇が晴れ情景が浮かび上がる様はGilles Aubryによるカイロの市街のフィールドレコーディングを、異なる断片が次々に浮かぶ構成は同様にChristina Kubischによるカメルーンのサウンド・スナップショットを、耳の視界すべてが切り替わるのではなく、その一部が望遠鏡の視界で切り取られたように推移し、焦点が合わされた箇所の物音が拡大されて現れる様は、Lucio Capeceがボール紙製のチューブとマイクロフォンを気球に仕掛けたフィールドレコーディングを、それぞれ連想させたのだった。
「災厄の街、不穏な眼差し 「タダマス33」レヴュー」より抜粋
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-464.html
タダマス33-6縮小


 前々回の「タダマス33」は1月に開催され、恒例の前年のベスト10が披露された。そこでダントツの1位として称揚されたのがTyshawn Soreyの大作『Pillars』だった。

 多田はこの作品について、次のように書いている。

1. Tyshawn Sorey
Pillars (Firehouse 12 Records FH12-01-02-028)
タダマスで年間ベストを発表するのは8回目、タイションが1位、4位、そして今年また1位、、
タイションが突出した1位で、群を抜いていた、あとは順不同でもいいくらい、
3CD+2LPをほぼフルスペックという時間が先立ってある、全体像といったものはない、
そこは、聴取が記憶として構造化されることを拒絶する「純粋経験」と言えるかもしれない、
スルドイ論点ですね、そういえば月光茶房の原田さんが、あれはすごいんだけど、あとから思い返しても憶えられない演奏、とか言ってた、
なんであんなユルんだ現代音楽みたいな作品を1位に挙げるんだと批判されて、現代音楽に似てるのあるの?と問うと、ジョン・ケージの龍安寺かなと言われて、聴くも全然OSが異なる演奏で、海外のレビューでも現代音楽作曲家の名前を並べて賞賛するものもあったけれど、言うことに事欠いての印象だった、
昨年末から、底が抜けた感覚というか、しばらくジャズ聴けなくなってしまった、ゴルフ場の駐車場でボーっとしてても『ピラーズ』の中に居るような、あれは演奏のやり取りではなくて、磁場なんじゃないか、東スポじゃないが、菊地雅章は生きている!と言いたい衝動に駆られる、
菊地雅章のスタジオにモーガンやニューフェルドやタイションやRJミラーなんかが来ていて、タイションは演奏にインできなくて叩けなくてショックで何日か顔を出せなくなっていたというエピソード、ニューヨークのスタジオからメールをもらった当時のオレはタイションもミラーもまったく気にしてないリスナーだったから(ミラーは名前すら知らなかった)、まあそういう若手はいるだろうなあという印象しかもっていなかったけれど、その後にどんどん判明してゆくのだ、菊地雅章に触れた、菊地雅章の地平を知ってしまったミュージシャンたちというのは、モーガンやニューフェルドやタイションばかりではく、ミラーも、ハスミレマもそうだ、キタミアキコもそうだ、なんか、アートの次元でどこか枠が外れているんだと、思う、
それはきっと東京ブルーノートで菊地雅章TPTトリオを体験して、身体が冷たくなって動けなくなってから、ずっとそうだった、

 先に『RJ Miller Trio』に関して掲げたのと全く同じ、今は亡き菊地雅章を巡るエピソードだが、「これまでタダマスで何度も話したけど」と多田自身語る通り、繰り返し繰り返し披露されている。ということは、つまり、多田が菊地本人から聞いた「予言」が、その後、一歩また一歩と着実に実現していることを、「タダマス」が繰り返し繰り返し目撃しているからにほかならない。そのような場は、この国には「タダマス」の外にはどこにもない。


 多田は自身のブログの別の回で、私の「タダマス」評を引いて、「福島恵一さんのレビューにちゃんと応じられないままでいる、」と述べている。

ジャズが果敢に自らを更新することにより生き延び、「ジャズとは似ても似つかない新たな『ジャズ』」へと変貌を遂げていくとしたら、そこで途切れなく持続している「ジャズなるもの」、あるいは「ジャズの創造性」とは、ジャズ固有のフレージングやスタイルでも、サクソフォンのヴォイスでも、ブラックネスでもなく、こうしたリアルタイムの飛行感覚ではないか‥‥、私はそう考えている(だから「ジャズの新たな章」とは、いつまでたっても自己を更新できない旧来のジャズの、延命のためにだらだらと書き継がれ続ける「続編」でしかないとも)。
想定外の事態 ― 「タダマス30」レヴュー
http://miminowakuhazushi.blog.fc2.com/blog-entry-454.html

 しかし、そう言いながら彼は独り語りを始め、さらに深く潜っていく。

菊地雅章に接触したミュージシャンたち、というくくりを意識してはいないわけだが、今年に入って自分の中で突出している新譜はRJミラーとハスミレマだけだったりすると、なんだよおまえかよ、というみたい浮上してくる、というか、さ、
メルドーやエスペランサ、マークジュリアナの新譜を聴いたが、ザミュージックになっているんだな、楽器奏者が描くワンワールドというやつ、それもうポップス、で、元をたどればパットメセニーやフリゼールがそういう歩みの先鞭をつけてたんだわ、演りたいことを実現しているんだから許してきたんだが、で、奏者としてジャズやれよな、メセニー~ジムホール交感即興では爺さんの圧勝だったしさ、
タダマス現代ジャズを特徴付けるレイヤー構造の流動体について、浮遊感とも、飛行感覚とも、で、わたしたちリスナーはプレイヤーであることでも聴取していて、瞬間瞬間の立ち振る舞いや意図や逃げや耳の目配せなんか、手を取るようにわかってしまうわけだ、もうジジイだからさ、
ジジイでも、時にゾゾケが立つわけよ、瞬間的な理解が宙吊りになるって言うの?、定型・定型ズラシと進む将棋の駒の定石の安堵感をすり抜けるように「なにそれ!」「いま、何言った?もういっぺん言ってみろ!」と、霊が見えて後頭部の髪がうにゃにゃとあれは本当に髪の毛が逆立つ現象なのだが、
と、書きかけてみても自己への問いにはなっていない、

 繰り返し巡る思い出話は、個々の作品に対する記憶/評価へと移行し、さらにそれをとらえる自己の感覚/認識へと向かい、自問自答繰り返しながら先へ先へと歩みを進めるが、しかし、それは思いがけず中途で「書きかけてみても自己への問いにはなっていない、」と残酷なまでに無造作に断ち切られる。改行により読みやすくされてはいるが、読点のみで区切られ、句点なしにどこまでも連ねられた各節は、地に足を着けることなく、「リアルタイムの飛行感覚」にすべてを委ねながら、不安定/不確定な浮遊状態を保ち続ける。

 高強度の音空間に触発され、尖った耳の視線が交錯する中から、このような言葉が連ねられ、思考が紡がれる場も、やはりこの国には「タダマス」の外、どこにもあるまい。


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ライヴ/イヴェント告知 | 23:17:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
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