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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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ラテン・アメリカからの熱風が吹き荒れるヴァルプルギスの夜 ―― 歌女+オータコージ@なってるハウス ライヴ・レヴュー  Fiery Wind from Latin America Hard Blowing Walpurgisnacht ―― Live Review of Kajo + Koji Ohta@Nutteru House
 店に入ると、いきなり景色が違う。一段上がったステージ上にも椅子が用意され、左右の壁際、奥のカウンター前と、ぐるり360°まわりから取り囲むように客席が配置されていた。中央には歌女のトレードマークである解体されたドラム・セット。もともと石原と藤巻が移動しながら叩けるよう、中央にバスドラを横置きにし(これがティンパニに替わる時もあった)、その周囲にスネア二個と各種タム、複数のシンバル、ハイハット、タンバリン、カウベル、ゴング、ウィンドチャイム、様々な音具等を並べていたのだが、この日は打楽器奏者が三人ということで、バスドラが二個に、スネアが三個にそれぞれ増強され、シンバルの数も増えている。その一方で、かつて石原・藤巻は大工が工具を入れる携帯用の袋に各種スティックを入れて腰からぶら下げていたのだが、今回はそれはなく、スティック類は音具とともに小テーブルやスネアの打面の上など、あちこちに分散して置いてあった。おそらくはゲストとして初参加のオータに配慮し、イーヴンな環境を準備したのだろう。
220614歌女セッティング1縮小

 チューバがちょっと音を出してピストンの具合を確認し、打楽器奏者たちが手近のものに触れているうちに、何となく無造作に演奏が始まってしまう。

 「これはいくらなんでも、あまりに無造作に過ぎるのではないか」と迂闊にもその時思ってしまった。というのも、ところ狭しと並べられたドラム類を手当り次第に叩いているようでいて、石原・藤巻が打撃の瞬間にスティックの先端で打面をミュートし、一音一音をくっきりと粒立たせているのを、これまで何度となく体験してきたからである。それでこそ音数が増えても響きの空間が確保され、音響が団子とならずに交錯/透過して、様々な起伏を織り成すことができる。また、ミュートせずにフリーに打面を振動させた時の、打音が幾つも重なり合って溶解した分厚い密度、雷鳴や瀑布の如き轟きとも鋭い対比をかたちづくることができた。さらに互いに耳をそばだて敏感に反応するので、演奏は山の天候のように瞬時に移り変わることができた。
 しかし、最初眼の前で繰り広げられたのはあまりにも無造作な叩き合いであり、三人だからそれなりに広がりはあるが、まとまりはない。各音の関係がどうしても効果音的なものにとどまってしまう。銀色の腹を一斉にきらめかせ、一瞬で鮮やかに向きを変えるイワシの群れの鋭敏さは感じられなかった。
220614歌女セッティング2縮小
 店内奥からステージ側を見込む。ステージ上にも椅子が設置されているのがわかる。
 ちなみにステージ上の椅子でエラソーに腕組みしているのはプロデュサーとかではありません。
 念のため。

 しかし、そうした不満はすぐにひっくり返される。
 前述したように、歌女では石原・藤巻の二人が移動しながら演奏する。位置が変われば眼の前の楽器も替わり、互いの、さらにはチューバとの位置関係も変化する。これまでのライヴでは、あるシークェンスでひとしきり演奏してから阿吽の呼吸でおもむろに位置を変える‥‥という風だった。しかし、今回は違う。椅子取りゲームのようにぐるぐる回る。オータが移動を加速させているのだ。あれもこれもと手を伸ばす欲張りでせっかちなビュッフェ客みたいに、少し叩いてはカレンダーをめくるように次に移るオータに押され、他の二人も回転速度を速めないわけにはいかない。いつの間にか打音もミュートを効かせた、細かい刻みへと変化している。響きが粒立ちつつ重層化してサウンドの色合いを編み上げ、チューバがその上を滑走していく。
 打音が打面の擦りの集積へと移り変わると、チューバが循環呼吸によるドローンで応える。石原がベルで細かいリズムを叩いたのを合図に他の二人が一斉になだれ込む。いよいよ「化学反応」が起き始めた。チューバはドローンの音圧を極限まで上げて、何とか決壊せぬよう持ちこたえる。オータが大太鼓用のフェルトヘッドのスティックでバスドラから単一ビートを叩き出し、他の二人がビートの近傍でそれぞれに異なるリズム・パターンを綾なして絡み合う。オータは足を止め、一心不乱に振りかぶってバスドラを殴り続け、他の二人はペースを落とさず、ぐるぐると回り続ける。高岡もまた回転の輪に入ったり出たりを繰り返し、ビートがこらえ切れずにどんどん速くなって音量も高まり、その頂点で弾けてジャラジャラとスピリチュアル・ジャズ風にのたくると、高岡もその中に参加している。一方、オータはいち早く身を翻してスネアを素手で叩き始める。アフロ・ブラジルから吹き抜ける一陣の風。
220614歌女スネア素手叩き縮小

 「三人いれば社会」とよく言われるが、チューバ+打楽器×2のふだんの「歌女」の編成では、打楽器同士の交通がすべて「チューバを見据えて」に行われていたのに対し、打楽器×3になると「チューバはさて措いて」交通が始まってしまう。それだけチューバの位置取りが難しく、また、打楽器は打楽器で回転が止まり、眼の前の楽器が決まるとリズム・パターンが固定してしまうという「ルーレット」的な面が見えてきた。どうなるかと思っていると、位置が固定されても打楽器同士のコンビネーションの中で自主的にリズムを切り替える「機能」が自動生成してくる。様々なリズムが交錯してカリブ海風のサウンド・イメージを醸し出す。「未知との遭遇」の交信フレーズを連想させる一節がチューバに現れ、ドラムが一斉にロールを始める。打面全開放のナイアガラ瀑布。ひとしきりずぶ濡れになってからチューバがコンダクトして減速すると、ゆっくりとしたビートの中から朝鮮打楽器ケンガリのリズムが様々に浮かび上がる。それを軸に色とりどりのビートがずらしながら重ねられ、海岸の砂山のように形態を崩しさっていく。

 しばしのインターミッション。開口一番「楽しい。楽し過ぎる」とオータ。「いや、オータさんは絶対歌女に合うって思ったんだよ」と高岡は満面の笑み。だから先入観なく新鮮に演奏できるようにリハーサルはほとんどせず、ほぼぶっつけ本番で演奏に臨んだのだと言う。
 もうそろそろ後半を始めるかという頃になって、石原がふと気づいて「スタンドにシンバルが一枚もない」と指差す。外して叩いたり、それでドラムの打面を擦ったり、身体がぶつかった弾みに外れて落ちたりして、シンバルが一枚もスタンドに残っていないのだ。ただ、剥き出しの細い金属の柱があちこちに虚しく立っているだけ。廃墟感満杯。「何だこいつらドラマーのくせに、シンバル・スタンドの使い方まったくわかってねーぞ‥‥って言われるよ」とオータ(爆)。

 「それでは歌女のいつものお決まりで、ゲストのソロから始めようと思います」という高岡の大嘘MC(笑)で、後半はオータのソロから始まる。彼は意を決したように、首からマリンバ(バラフォン?)を吊り下げて前へ歩み出て(その姿は文化大革命で自己批判させられる罪人を思わせる)、両手に持ったフェルトヘッドのマレットで叩きまくる。自らを
叩きまくる身体の動きによりマリンバの盤面が撓み波打つので、自ずとマレットの軸の部分も当たってしまい、柔らかく太い音と固く細い音が入り混じる。減速と加速を何度も繰り返した後、炊飯器の内釜(それにしても何でこんなものがあるのか)にチェーンを入れて振り始め、次いでスネアを素手で叩き始める。ラテンのボンゴ・スタイル。上半身が大きく反り返り、下半身は楽器にこすりつけるように突き出され左右にうねる。さらにリンボーダンサーみたいに膝が床に着きそうなほど大きく曲がり、叩き続けながら楽器に身を預けるようにして、下半身が感極まったようにうねりまくる。人類がこんな動きをするのを今までみたことがない。壁際にいたたまらず藤巻が飛び出して、オータが首から下げたマリンバを叩き出す。高岡がこそこそと耳打ちし、カウンターの中でスタッフとして従事していたやはり打楽器奏者の笠谷航平(高岡のFacebook情報で後から知ったのだが、彼はこの少し前に同じ「なってるハウス」で「即興演奏デビュー」を果たしたのだという)がやおら加勢して、打楽器奏者が四人に増える。

 演奏は何度も頂点に登り詰めながら、シジフォスよろしくそこから一瞬で滑り落ち、また尽きることなく高揚していく。オータがスネアの打面をガムテープでミュートし、何を思ったか、そのままテープを延長して、傍らのシンバル・スタンドやタムはおろか、演奏している石原や藤巻にまでテープを巻き付けていく。高岡もテープ貼りに加わり、何重にもぐるぐる巻きにされながら豪放にして繊細な演奏は続き(ダダ的なパフォーマンス性だけでなく、テープによるミュートで余韻が切り詰められ、サウンドの充満が晴れ渡って、実際に細部が聴き取りやすくなった)、最後、シンバルやスネアのスタンドをなぎ倒しながらオータがバスドラにダイヴして楽器が倒れ崩れて〈幕〉。喧噪に満ちたヴァルプルギスの夜に終わりを告げた。「圧巻!」の一言。
220614歌女ラスト2縮小
写真はすべて高岡大祐Facebookより転載させていただきました。

2022年6月13日(月)
入谷なってるハウス
歌女:石原雄治(perc)、藤巻鉄郎(perc)、高岡大祐(tuba) +オータコージ(perc)

 オータと高岡はこのライヴの直後、6月後半から関西ツアーに出かけたが、今度は二人に「赤い日ル女」(ヴォイス)を加えたトリオで、8月19日(本日!)から、やはり関西ツアーを行う。現在、発表されている日程は以下の通り(詳しくは下記URLを参照)。ぜひご覧ください。
https://note.com/blowbass/n/nb8cca8a8e5ae?fbclid=IwAR0JSwL0b4QBGoZj7le6AZV_qFjagryduX8sMrlgiz6vbPbSSBhormAjNeY

8/19(金) open 19:00 / start 19:30
神戸元町 space eauuu
赤い日ル女×高岡大祐×オータコージ
ゲスト:山本信記 tp,synth

【外の人 vol.6】 ※野外即興イベント
8/20(土) 南海・堺筋線 天下茶屋駅改札口15時集合
赤い日ル女×高岡大祐×江崎將史×オータコージ
at 大阪市西成区某所

8/21(日) open 18:30 / start 19:00
西明石はりまのまど
赤い日ル女 高岡大祐 デュオ
赤い日ル女vo,etc 高岡大祐tuba

8/22(月)open 18:30 / start 19:00
京都エンゲルスガール
赤い日ル女×高岡大祐×オータコージ
※急遽会場が十三宝湯→京都エンゲルスガールに変更となりました。


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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 13:32:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
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