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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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Captain Beefheart died/牛心隊長死す
 キャプテン・ビーフハート(=ドン・ヴァン・ヴリート)が、12月17日に多発性硬化症の合併症のため、69歳で亡くなった。私は時々のぞいているBrian Olewnickのブログ「Just Outside」(http://olewnick.blogspot.com/)の記事で知った。今回掲載の彼の写真も同ブログから転載したもの。
 初めて聴いたビーフハートの作品が「美は乱調にあり」だから、古くからの聴き手ではない。だが、ビーフハートの声と背後のアンサンブルからまざまざとたちのぼる手触りと匂いに、(音楽における)「生(raw)」なものの力を知らされたように思う。その「生」ということは、また「野生」とか「プリミティヴ」というところにもつながっている。もともと彫刻を手がけていたという彼のドローイング、たとえば「美は乱調にあり」のジャケットを飾る作品は、大ぶりのナタで叩き割ったような、きっぱりとした力に溢れており、現れた形象は簡素でありながら、いまだそれぞれの線を突き動かしてやまない軋轢の中に置かれている。ZNRのファーストのジャケットもまた彼の作品だ。そのことに触れた拙稿(Locus Solusからの国内盤用ライナーノート)を、参考に掲載しておくとしよう。

 もうひとつ、ビーフハートに関して強く印象に残っているのは、彼のオーネット・コールマン評価だ。
 「ビーフハートは自分は音楽家ではなく絵描きだと語っている。ビーフハートの「天才/芸術家」の形姿は「絵描き」という事に集約されるだろう。かなり以前のインタビューで彼はこう云っている。『‥‥オーネット・コールマン。彼は最高だ。彼より凄い奴はいない。しかし彼はジャズミュージシャンではない。絵描きだね。たいていの奴は彼と一緒にやるのをこわがる。みんな天才の域ってやつには入り込むのがこわいんだ。何でもかんでも秤にかけなきゃならないなんて信じてるから。天才は量れるもんじゃあない。計量なんてのは天才にとって単なるユーモアだ。だからセシル・テイラーみたいのは天才とはいわない。テイラーはただピアノを計ってる。それにどんな意味があるんだい。ロバート・ジョンソンとサンハウスは本当の天才だ。彼らは素朴な絵描きだ。』」(秋田昌美「キャプテン・ビーフハートは偉大である-ビーフハートの歩みと現在」 フールズ・メイト24号掲載)
 ビーフハートによるこの評価は私の中で、微分化されたシンバル・ワークの上に、仕切り紙のように差しはさまれる弦楽合奏により何度なくリセットされる荒涼とした音空間に、ジャジューカ音楽の頭の中を真っ白にしてしまう倍音の沸きかえりに、多方向に散乱し交錯するハーモロディック・ファンクの揺らめきに、オーネットがすらすら/うねうねとサックスの線を走らせる様にまっすぐにつながっている。

  キャプテン・ビーフハート      「美は乱調にあり」       ZNR「Barricade 3」




ZNR/Zazou et Racailleあるいは高貴な野蛮人

 一分の隙もなく洗練されて、まさにサティ的な優美さのうちにまどろむ、続く第二作『Trait De M canique Populaire(人民機構概論?)』に比して、“ZNR”の第一作たる本作は、まだ磨かれぬ原石の美しさに満ちている。
 冒頭曲のピアノこそ、しばしサティ風のたたずまいを見せるものの、それはすぐにテナー・サックスのいらいらとフリーキーなソロにさえぎられ、続いて繰り広げられるユーモラスな人形劇中の戴冠式は、シンセサイザーの落ちつききなく跳ね回り、あちこちに引っ掻き傷をつける高音と、重く胃にのしかかり、鉛のような異物感を残す低音によって、グロテスクな強調を施されている。
 こうした耳障りなエレクトロニクスの突出(特に無骨な音色設定)は、次作のけぶるように繊細で平坦なアコースティック・アンサンブルと好対照を成しており、本作の特徴のひとつと言えるだろう。無論これは仕上げの拙さ故ではない。両者は作品世界の構成に関して、全く異なった方法論に基づいているのだ。
 その違いは両者の装画に端的に表れている。すなわち、次作を包む、病的なまでに繊細で不安定に移ろう木炭画(まるで煤けた磨り硝子を通して眺めたような、セピア色の幻燈世界は、細部が決定不能に揺らめいて、不可思議なデジャ・ヴュをすら引き起こす)と、本作に添えられたドン・ヴァン・ヴリート(キャプテン・ビーフハート)による、荒々しく走り描きされたアンフォルメルなデッサンに。前者においては、ひとつひとつは等価な要素のアンサンブルが、なだらかな濃度の起伏のうちに、全体として幾つかの形象を織り成すのに対し、後者にあっては、描く身体の狼のような疾走や跳躍が、一本一本の線を各々独立した運動の軌跡としてつくりだすのであって、画面はそれらの線が息づき、気ままに伸展し、急角度に折れ曲がり、不連続な跳躍を繰り返して、衝突/交錯するフィールドに過ぎない。濃度/分布に対する速度/運動。
 すなわち、本作において、サウンドは個々の音色の独立したムーヴメントの集合体として現れている(本作の初発である仏Isadora盤の楽器クレジットは、華麗な/控えめな/酔っ払ったピアノ、熱狂するテナー、豪華なソプラノ、望み通りのバス・クラリネット、動じないヴァイオリン、申し分のない/ぐったりしたヴォーカル、悲惨な歌....というように、その楽曲における「配役」に合わせて、性格付けの形容を使い分けている)。それは個々の音色が演じるサーカスのようなものだ。
 ジェローム・サヴァリ率いる劇団“グラン・マジック・サーカス”をはじめとして、「五月革命」(68年5月)以降の表現の中には、サーカスや大道芸が大胆に取り込まれ、道化芝居やアクロバットのブリコラージュを介して、カーニヴァル的なものが多く目指された。バリケードの中の祝祭は、囲いを取り払われたことによって、ストリートへと踏み出していったのだ。フレンチ・ロックの領域では、「五月」のバリケードの中で演奏したという「政治参加」ロック・グループ“Komintern”の『Le Bal Du Rat Mort(死んだ鼠の舞踏会)』(71年)がそうした傾向を代表する作品と言えるだろう。
 そして本作も、随所に見られる大道芸的なものの参照と多言語のカーニヴァル的な濫用(曲題に気取って使われている伊語を別にしても、例えば「Solo Un Dia」の歌詞は、唐詩=中国語から少なくとも英・仏・西の三ヵ国語混用で訳出されている)、そしてパロディックでコラージュ的な構成によって、明らかにこの系譜に連なっている。
さらにキャプテン・ビーフハートのデッサンは、彼らのカーニヴァル的なものへの傾向のみならず、もうひとつ、彼らの野蛮な動物性/無垢な幼児性/メカニックな肉体への憧憬をも明らかにしている(この点、やはり彼の絵をカヴァーに採用しているのが、L.A.F.M.S.による『Blorp Esette』(77年)及び『Blorp Esette vol.2』(80年)であることは興味深い)。シンセサイザーの音色の、むしろキネティック・アートを思わせるメカニックな「運動」ぶりや、「Saynete」における、エレクトロニクス変調により不気味な共振をきたして、昆虫人間のようになったヴォイスの使用(声は次第に混信をきたし、最後は上空をヘリコプターが旋回する。まるで『トワイライト・ゾーン』だ)を、その一例として挙げることができるだろう(また、本作の世界に最も近い演奏として、私が最初に思い浮かべるのは、キャプテン・ビーフハート『美は乱調にあり』に収められた、ざらざらとした野生の気高さに溢れる器楽曲「A Carrot Is As Close As A Rabbit Gets To A Diamond」である)。
 次作においてコンセプチュアルな世紀末的美学と緻密に書き込まれた室内楽的アレンジメントにほとんど覆い隠されてしまう、こうした高貴な野蛮さこそが、むしろ“ZNR”の本質であり、可能性の中心ではなかろうか。
 しかし、考えてみれば、本作は奇妙な位置にある。タイトルの『Barricade 3』とは、この作品が“ZNR”以前にエクトール・ザズー及びジョゼフ・ラカイユの属していたグループ“Barricade”の三作目であることを示している。
 “Barricade”(バリケードの意)は「五月」の余韻さめやらぬ69年に、ソルボンヌ大学のコミュニスト学生を中心に結成された、やはり「政治参加」するロック・グループである。メンバーにはミュージシャンだけでなくノン・ミュージシャンを含んでおり(“Schizo”結成以前のリシャール・ピナスもまたそこにいた)、楽器以外にも手近にあるありとあらゆるものを用いて、フリー・インプロヴィゼーションを繰り広げたという。なお、彼らは72年に『Barricade Ⅰ』『Barricade Ⅱ』の2枚のディスクを制作している(録音時のメンバーは、ザズー、ラカイユ、そしてこの後“Clearlight”を結成することになるシリル・ヴェルドーの三人である)。
 その後、Virginレーベルのオーディションのためのグループ再結成(結局オーディションは失敗に終わるのだが)を経て、75年に“ZNR”が結成され、そしてDisjunctaからリリースするはずだったLPが、レーベルの倒産によりIsadoraからリリースされたのが本作である。
 バリケードという閉域から「外」へと走り出た高貴な野蛮さを、カーニヴァルという形式ならざる形式によりかろうじて囲い込んだだけの、ほとんど放埒とも言うべき仕上がりの本作が、初発当時、仏国内合計で155枚きりという悲惨な売上しかもたらし得なかったことは、時代の趨勢を思えば、あるいは当然のことなのかもしれない。それ故か次作において彼らは、いささか自己完結的なサロン風審美主義により、ジョリス・カルル・ユイスマンスやレーモン・ルーセルが思い描いたような密室的ユートピア(実際にルーセル『ロクス・ソルス』は歌詞として引用されている)、すなわち妖しいエキゾティズムと綺想的な機械仕掛けに満ち溢れた母胎空間へと、再び引きこもってしまったように思われる(その意味で本作は、彼らの本質が束の間殻からはい出し、その姿を外部にさらした瞬間を捉えた希有な作品と言えよう)。
 しかし、本作を体験した後で次作『Trait De …』にもう一度耳を傾けるならば、張り巡らされたペダンティックな引用や言語遊戯の網の目の下に(あるいは着色写真の厚化粧の下に)、抑圧されながらも未だ飼い馴らされぬ誇り高き野性の息づく様を、また一見鏡のように滑らかに磨きあげられた精緻なアンサンブルのうちに、鋭く耳を刺す微小な棘の存在を感じ取れることだろう(今までそれとは知らず、これらの音に安逸に耳をなぶらせていたのなら、気をつけた方がいい。きっとあなたの耳は血だらけになっているだろうから)。
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音楽情報 | 22:05:21 | トラックバック(0) | コメント(0)
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