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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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冬のソウルのうまいもの2
 今回のソウルでは珍しく雪に降られた。気温は低くとも、空気が乾いているので、ほとんど雪にならないのだ。乾燥している証拠に道路の脇によけられた雪が、次の日になっても溶けないどころか、依然としてパウダーのようにさらさらのままである。

 市内を流れる清渓川(チョンゲチョン)の雪景色もステキだが、地下鉄6号線セジョル駅を出て、すぐ脇に広がるプルグァン川も素晴らしい。両河岸は遊歩道として整備されていて、子ども用の遊具の代わりに健康器具が設置されており、ウェアに身を包み、ウォーキングをしている人たちも多い。この日は雪の後ということで、ウォーキング組はさすがに少なかったが、そぞろ歩きをする人々でやはりにぎわっていた。川の中には水鳥がいっぱい。
 川を渡って、しばらく行った先にテリム(大林)の市場の入り口が開け、その手前に目指す店はある。黒田福美のガイドブックで知った元祖カムジャック屋。このエリアではなぜかカムジャタン=カムジャ湯ではなく、カムジャック=カムジャ汁と呼ぶ。ちなみにカムジャとはジャガイモのことで、カムジャタン=カムジャックとは、豚の背骨肉とジャガイモを辛いスープで煮込んだ鍋料理のこと。

 行きつけの角の店に入る。メニューはカムジャックの小・中・大しかない。年季の入った鍋をガスコンロにかける。肉やジャガイモはあらかじめ調理されているので、後は上に山と盛られたシュンギクやエゴマの葉がしんなりするのを待つだけ。背骨に付いた肉をかじると、しっかりとした噛み心地ととろりとしたゼラチン質が応える。シュンギクやエゴマの葉のしゃっきりとした歯応え、さわやかな香りが鮮やかなコントラストを描く。だが、カムジャックを食べる醍醐味は、食べ進むうちに、このコントラストが渾然一体溶解して、とろとろの豊かで奥深い「ドローン」と化すところにある。辛さがふうわりと中に漂い、重みのある甘やかさがぐっと舌に乗ってくる。肉と野菜も溶け合って、舌触りと香りが幾重にも響きあう。
 この魔法のようなとろみを生んでいるのが、ジャガイモではないのがすごいところだ。黄色味を帯びた小ぶりの芋が二つ割にされて、鍋の底に潜んでいるのだが、身に水分が少なく(これは大根をはじめ韓国野菜の特徴だろう)、ねっとりと甘く、ぜんぜん煮崩れしない。渾然一体となった汁の味(汁を捨てずに具材を変えて鍋をやり続けると黄金のスープができるという中島らもの話を思い出す)も、このじゃがいもの中までは滲みておらず、口の中で割れるとほっこりと別の色をした空間が開ける。

 ずっと以前に日本で食べた(自称)カムジャタンはいったい何だったんだろうと思わずにはいられない。ただ赤いだけの平坦なスープは、やたらに辛くて味覚を麻痺させた。辛さの向こうに広がる、様々な味や香りの交錯がもたらすべき深い官能は、そこには全く存在しなかった。ただ激辛なだけの貧しい食べ物。新大久保に今もあるその店は依然として行列が絶えないらしい。
 料理でも音楽でも、奥深い文化は常に、表面的な刺激だけでなく、奥深い官能をたたえている。というより、その官能が文化をかけがえないものとして支えているのだ。料理を食べて「激辛だ」で終わってしまうのは、その向こうに広がる官能に感覚が届いていない(あるいは最初から存在しない)証拠である。しばらく前に、日本の即興音楽シーンで音数の少ない演奏が流行ったことを思い出す。そうした演奏を体験して「音数が少ない」と評するのは、「激辛だ」と言うのと同様、その少ない切り詰められた音が、沈黙をどのように浮かび上がらせ、空間を彫琢し、時間を変容させたかをとらえていないことを告白するに等しい。あるいは、そのようなことは何も起こらず、ただ一定時間に発された音の数が少なかったというだけであれば、これはよく言われるように「我慢比べ」にほかなるまい(20倍カレーより40倍カレー。1時間に3音より2時間に3音)。

 具材をあらかた食べ終わって濃厚なスープが残る。鍋の底には、はらりとほぐれた肉の切れ端やジャガイモのかけらが澱んでいる。この中にご飯とごま油をぶち込んで炒め、韓国のりをかけて食するしめ方もあるのだが、それはまた別の料理である。味と香りの濃厚な「ドローン」に浸りきる喜びをさらに深めたいならば、そのまま汁をご飯にかけることをおすすめする。高域に漂う繊細な辛味と香り、中低域をしっかりと支える濃厚な舌触りと甘やかさに、米の粒立ちと軽やかな甘みが加わる。至福のフィナーレである。



穴埋め記事が意外にも一部で好評だったので、図に載ってもう1回書いてみました。おしゃれに書けないのでグルメ・ライターにはなれそうにないなと。



お目当てのカムジャックと付け合せ、店構えなど。
ポテトサラダもおいしいです。


 ちなみに2人なら小で大満足。ジャガイモが少ししか入っていないことがあるので、そういう時はおばさんに「カムジャ、チョムジュセヨ(じゃがいもを少しちょうだい)」とおねだりしてみましょう。
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韓国 | 22:35:25 | トラックバック(0) | コメント(0)
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