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福島恵一

Author:福島恵一
プログレを振り出しにフリー・ミュージック、現代音楽、トラッド、古楽、民族音楽など辺境を探求。「アヴァン・ミュージック・ガイド」、「プログレのパースペクティヴ」、「200CDプログレッシヴ・ロック」、「捧げる-灰野敬二の世界」等に執筆。2010年3~6月に音盤レクチャー「耳の枠はずし」(5回)を開催。2014年11月から津田貴司、歸山幸輔とリスニング・イヴェント『松籟夜話』を開催中。

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カタストロフの近傍 Neighborhood of Catastrophe - Stackenas&Nakatani@Barber Fuji 21st Feb.2011
 急に思い立って、はるばる上尾までライヴを聴きに出かけた。運良くライヴならではの一期一会の悦びを味わうことが出来た。しかし、この高水準の演奏で聴衆が4人というのはあまりにもったいない。デュオの演奏機会はまだ残っている。演奏会場に急げ!
 どんな音かをひとことで言えば「仏壇と食器棚をなぎ倒して、その上でマダガスカル・ギターを弾いている」感じだろうか。「そんなんじゃわからない」という人は、ぜひ下のライヴ・レヴューを読んでみてください。


Stackenas&Nakatani Japan Tour 2011

デヴィッド・スタッケナス  David Stackenas(guitar, objects, low budget electronics)
中谷 達也 Tatsuya Nakatani (drum, gong, cymbal, objects)

2/24(木) 大分 At Hall  共演:山内桂 (sax)  097-535-2567
2/25(金) 神戸 Big Apple  ソロ&デュオonly  078-251-7049
2/26(土) 千葉 Candy  ソロ&デュオonly  043-246-7726



1.横たえられたギターの生み出す音景

 デヴィッド・スタッケナスはプラスチック製の直定規に几帳面にワックスをかけると、低いガラスのテーブルの上に横たえられたアコースティック・ギターに向けて振り下ろした。定規を弦に垂直に立ててゆっくりと前後に動かす。その響きは弓弾きらしいまとまりを欠いて、ちりちりと小刻みに震えはじけとび、細い軌跡がもつれあうようにたなびいていく。手がぶるぶると震えている。弦との接触を一定に保つのに相当筋肉を酷使しているのだろう。するとちりちりとスチールウールのように絡まりあっていた響きが、茶葉がジャンピングするように中域と高域の2層にすっと分かれ、あるいはオーロラのように響きの裾をひらめかす。プラスチックの弾性が弦との共振のポイントを様々にずらしているのだろうか。彼はe-bowに手を伸ばし、弦に押し当てて定常的に振動させながら、その間にスティックをねじ込む。たちまち、たわんだ弦から引きつったモワレが広がる。それを見つめるスタッケナスの眼差しはまるで実験好きの理科教師のようだ。あきれたことに、ついにはe-bowを3つも一度に弦に乗せてしまう。振動が干渉しあい、フィードバック状の「さわり」をつくりだし、空中に濃い銀色と薄いアルミ色が浮かぶ。そこに金属の細いスティックを軽く当てると、弦に跳ね上げられ、カンカンカカンカンカカンカンカンカキンカキンカクン‥‥と自動織機の動作音を思わせる甲高く乾いた金属音が耳を打つ。
 様々な音具を用いた特殊奏法によるテーブル・ギター演奏は、たいていの場合、それぞれの音具が持っている特定のサウンド・シークェンスに頼って、絵葉書にも似た音景色の切り替えだけに終始してしまう。しかし、彼は複数の音具を使い、それを互いに干渉させながら、指先と耳の両方で危うい均衡を楽しみ、危険なカタストロフを飛び越え、貪欲にサウンドの探求を進めていた。


2.サウンド・イメージの散乱
 
 ワイン・オーブナーのスクリュー部分をもっとぐるぐると捻じ曲げた‥そんな形をした針金で、中谷がドラムの打面に勢いよく弧を描くと、怪獣の鳴き声が立ち上がる。もっと大きなシンバルを金属のボウルで打面に押し当て、その端を弓で弾くと、また違ったかたちがさらに高く立ち上がり、互いに交響しながら複雑な伽藍をかたちづくる。銅鑼の弓弾きにより厚い響きの雲海をつくりだしながら、しかし彼はエディ・プレヴォーのようにそれを少し離れて眺めやろうとはしない。彼はそうした倍音の構築がもたらす荘重さにほとんど関心がないようだ。浮かび上がった景色はすぐさま新たな線や色を加えられ、まったく書き換えられ、あるいは塗りつぶされて、あっさり破り捨てられる。両手にシングル盤ほどの大きさの小シンバルをつかんで、まるで縁日の焼きそば屋台のような勢いで打面を擦りまくり、フロアタムの上に伏せた大きな金属製のボウルにバイブレーターを放り込み、大小のおりんを載せたスネアに、ハン・ベニンク顔負けの派手なドラム・ロールをかます。
 いま思わずベニンクの名前を挙げたが、次のアクションを探す「途中の身体」をすら舞台にさらす彼のダダ演劇的なパフォーマンスほど、中谷の演奏と遠いものもあるまい。あるいは壁を叩いたかと思うと、グラスの氷をかき混ぜる豊住芳三郎の、フリー・ジャズの連続性を随所で脱臼させせる試みも。中谷の演奏は文脈をつくらない。束の間浮かび上がる音景は、すべて聴衆の勝手な投影であり、一人ひとりが違ったものを見ていることだろう。特に彼のせわしなく、それでいて澱みない動きから眼を逸らし、発せられる音だけに意識を集中させるならば、それは身体の運動という「根拠」(実はそれは仮初めの着地点に過ぎない)を欠いて、サアンド・イメージを野放図に散乱させる。チベット密教の祭儀を思わせる低音の咆哮と金属音の目映いきらめき。古ぼけた町工場の旋盤の振動に震えるガラス戸とトタン屋根。カフェテリアの喧騒と白い湯気。仏壇と食器棚がなぎ倒され、皿か飛び散り、くわんくわんと響きを歪ませながら仏具が転がっていく。


3.デュオの関係性

 スタッケナスはギターの弦を引きちぎらんばかりに掻きむしるかと思えば、ヴォリューム・ペダルを巧みに操って、水中のセロファンのように音をたなびかせ、あるいは劣化して輪郭がとろけたテープ・ループにしか聞こえないリフレイン(マダガスカル・ギターを思わせるざっくりと編まれた手触り)を弾いた。時にデレク・ベイリー的な断片化とユージン・チャドバーンの狂騒性の間を往還しながら、彼は中谷の間断なく(そして一見脈絡なく)変化するサウンド、その中華鍋をかき回すような圧倒的な流動に対し、もっぱらドローンとリフレインを提供した。結果として、これは実に効果的な戦略だったと言えるだろう。
 彼ら二人に共通する特質は、騒々しくクラッシュした音色への好み、カートゥン・ミュージック的な急加速と疾走感への傾きなど幾つか挙げられるが、軸となっているのは何よりもサウンドに対する貪欲さだろう。彼らは(様々な音具の選択/使用を含む)アクションに浸りこむのではなく、それを突き抜けてサウンドを更新することを目指す。一例として、中谷によるシンバルの「吹奏」を挙げよう。彼は中小のシンバルを手に持って演奏するが、時にその中心に穿たれた穴に激しく息を吹きかけて音を出す。この「吹奏」を、ドラムの打面に載せたシンバルに対して行うと、シンバルの振動がドラムに共鳴し、ただの風切り音ではなく、打面をシンバルで擦った場合と同様、メタリックなうなりとなる。しかし、おそらくは打面への密着度や立ち上がりのエンヴェロープの違いによるものなのだろう、そこには角笛やほら貝に似た「息」の響きが確かに手触れるのだ。


4.演奏の「筆脈」

 彼らはこうして安易なコール&レスポンス、見せ掛けの呼応に頼ることなく、今のサウンドに何を付け加え、何を差し引くべきかだけに集中する。その結果、様々な部分/断片により構成されていながら、彼らの演奏はコラージュの印象を与えない。コラージュが前提としている「切断」や、さらにその前提である「輪郭」が強調されないからだ。彼ら、特に中谷のアクションはそうした「切断」を持たない、埋めるべきグリッドの空白を前提としない、むしろ一連なりのものとして現れてくる。彼の動きを見ていると、ゆるやかな、あるいは素早い幾つかの旋回運動が重ねあわされており、そのフラクタル図形にも似た渦巻きの中に、楽器や様々な音具が巻き込まれていく‥といった印象を受ける。
 書道で「筆脈」という言葉がある。字を記す時には、それを構成している各線を順番に書き連ねていくわけだが、そこには一連の流れがあり、「はね」や「はらい」はそこで終わらずに、次の起筆へと連続していく。たとえ筆が紙から離れても、それは軌跡が跡付けられないだけであって、運動は継続しており、尽きることのない流れが新たなかたちを生み出していく。まさに流動が生成をもたらすのだ。中谷のアクション/演奏には、まさにこの「筆脈」がありありと感じ取れる。あれほどに苛烈な強度を込めて放たれながら、音は決して「出しっぱなし」に終わらず、演奏者へと還ってくる。この回帰が続くアクションをさらに加速させていく。いわゆる「音響派」及びそれ以降の即興演奏において、音を発するまでにはさんざんこだわり勿体をつけるくせに、放たれた(出てしまった)音に対してははなはだ無頓着な演奏者の多い現在、彼のような存在は極めて貴重と言えるだろう。
 演奏はさらに加速し、激しくワインディングして積荷を振り落としながら、なおも続けられる。棚から皿が滑り落ち、サウンドがクラッシュする。だがカオスには至らない。彼らは無責任なカオスや安易なカタストロフが、運動/思考の停止にほかならないことをよく知っているのだ。演奏は幾度となくカタストロフの近傍、崖っぷちギリギリをかすめ、危機をもてあそびながら、なおも続けられる。

2011年2月21日(月) バーバー富士



店主松本氏撮影によるライヴの様子。

次のページではシンバルの「吹奏」の様子も見られる。
http://members.jcom.home.ne.jp/barberfuji/87.html


Labfield / Collab (Hubro) 会場で購入
David Stackenas, Ingar Zachらによる電子の海



Tatsuya Nakatani / Abiogenesis (H&H production) 会場で購入
中谷のソロ。サウンドによるモビールの趣

http://www.squidsear.com/cgi-bin/news/newsView.cgi?newsID=1179
で一部試聴可能
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ライヴ/イヴェント・レヴュー | 00:30:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
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